「金穂」
私の体は青く広がる空に、今にも
押しつぶされようとしていた。
数刻前、私は私宅から逃げ出していた。
芥川龍之介の「トロッコ」と共に。
何とも言えぬ、ドロリとした感情に侵されていたからだ。
そんな私の心は失敗して、
全て倒れたあと、最後に一枚、残ったドミノだった。
これは決して私がsentimentalismeな訳では無い。
ただ、こんな空が駄目なのだ。
青い空が私の醜態を世間に広めるのだ。
「あぁ憂鬱だ。」そんなド黒い言葉を青い空に投げつけた。
しかし、
こんなド黒い言葉に汚れる、世界では無かった。
空に押しつぶされそうなのは、私だけだろう。
そう思い、町へ歩き出して周りを見渡した。
意外にも、私の前の三人組は肩をすくめ、歩いていた。
一瞬、三人は塀のように見えた。
身を縮め、空の下に立ち尽くしていた。
「ああコイツらも一緒なんだな」
そう思ったが、三人組が紅葉の木の下で酒盛りを始める時は
満面の笑みが溢れているように見えた。
「あぁ私は同じ境遇の奴を望んでいたのか」
そんな一縷の希望に縋って、裏切られてしまえば、
ただ憂鬱になるだけだ。
そんな憂鬱を抱えて、ふらふらと歩いては、
いっそ自分という存在が無くなればいい、そう思ってしまった。
でも、誰にも知られなくなる、
ただそれが嫌だった。
街の外れへと足を進ませていくと、もう使われない、
線路があった。
この線路を進めば、人など居ない土地へと行ける、
そう歓喜してしまった。
歓喜というものは、中々に心を和らげてくれるものだ。
線路を少し歩いていると、
いつから置いてあるかわからない、
蔓に覆われたトロッコを見つけた。
周りを二、三度見渡して、人が居ないことを確認し、
懐の芥川龍之介の「トロッコ」を蔓に覆われたトロッコの中に投げ入れて、
ゆっくりと押していった。
トロッコは意外と重く、息を切らして山道を押していた。
山頂についた頃でしょう、辺りを見渡すと
山々はひどく赤面していました。
私はトロッコを少し押しては乗っては、
慣性でおつる事をウズウズして待っていた。
錆びた金属音の「キィ」という甲高い、
憂鬱な心を打ち壊して、
「カタ」そう、急に前方への加速が増えては、
紅葉の並木トンネルを通り抜けていく。
並木のトンネルを抜ける頃には、
私の憂鬱さは、幾分かマシになった。
しかし人の感情の推移とは、ドミノのようだ…
いや、山々の登り坂や一気におつるような坂のようなんだ。
そう、いつも考えている、独自理論を展開しては、
理論によって、私宅から逃げてきた事を思い出しては、
幾分マシになった心はまた曇った。
トロッコは坂を登る前の重さより、何故か重くなってしまった。
山々に差し掛かる太陽の日が、紅潮する山々みたくなり、
地平線に消えようとしている。
「憂鬱な一日が終わって、また次の憂鬱とした日が始まる。」
そう思いました。
だから最後に…最後にこの坂を越えて、朝帰りしてやる。
そう、自分の憂鬱な心に言い聞かせて、登るのだ。
最後の山の坂は、非常に急勾配であった。
まさに人生とでも、言おうか、
私はトロッコの重さと坂のキツさが心に響いた。
山頂についた頃には、
とうに地平線には、微かな光しか残っていませんでした。
さぁ最後の心の歓喜だ!そう思ってトロッコを少し押して、
すぐさま乗り込んだ。
最後の下り坂は私の想像以上に緩やかだった。
緩やかな下り坂は苦痛であった。
スピードなんて出ずに、ゆっくり「カタ、カタ」
ただ進むだけでした。
しかし次第に、車輪の音の間隔が小さくなって、
トンネルを通過したら、
そこは風に揺られた稲の国だった。
稲の国はただ風に揺られる、住民しか居なかった。
金穂たちは、風に逆らわず、揺れていた。
私もまた、しばらくその場に立ち尽くし、
風に吹かれていた。
まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。