【ユーザ情報】
ユーザID: 3128636
ユーザ名: 若菜みかん
【Nコード】
N4825MR
【タイトル】
【第一部完結】異世界ウインドオーケストラ ― あの日見た空の向こうは ―
【作者名】
若菜みかん
【種別】
連載作品
【完結設定】
連載中
【年齢制限】
全年齢
【ジャンル】
ローファンタジー〔ファンタジー〕
【作品に含まれる要素】
指定無し
【キーワード】
なろうフェス2026 シリアス 男主人公 女主人公 西洋 学園 中世 現代 群像劇 魔法 日常 青春 吹奏楽 音楽
【あらすじ】
支部大会を翌日に控えた、夏の朝。
いつもと変わらないはずだった吹奏楽部の日常は、突然終わりを告げた。
激しい揺れのあと、部室棟の窓の向こうに広がっていたのは、見知らぬ森。
先生はいない。
帰る方法もわからない。
電気も、水も、食料も、いつまで持つかわからない。
それでも彼らは、今日を生きていかなければならなかった。
何も見つからないまま過ぎていく日々。
次第に会話も減り、静けさだけが残っていく。
そんなある日、森の奥から聞こえてきたのは――フルートの音だった。
剣でも、魔法でもない。
彼らが異世界へ持ってきたものは、音楽だった。
これは、異世界に迷い込んだ吹奏楽部員たちが、新しい人々と出会い、音を重ね、それぞれの道を見つけていく物語。
【掲載エピソード数】
43
【初回掲載日時】
2026-08-31 05:35:32
【最終掲載日時】
2026-09-27 23:15:11
【感想受付】
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【収益情報】
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累計獲得なろうリワード: 0
------------------------- エピソード1開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
序曲 ~Overture~
【本文】
いつもとは違う景色に見えた。
朝焼けに染まる坂道。
見上げると、いつもより少し多い雲が、ゆっくりと流れている。
夏樹のもとへ、クラリネットを担当する一年生のアイシャがやってきた。
「おはようございます。先輩、早いですね。
ん、もしかして緊張してます? らしくないですね」
アイシャは、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「お前もな」
低音パートリーダーで、ユーフォニアムを担当する日向夏樹がそう返すと、坂の上から声が降ってきた。
「おはよう。二人とも早いのね。それにしても、朝から暑いわね」
「部長、おはようございます」
二人の声が重なる。
吹奏楽部部長で、トランペットを担当する結城若菜だった。
「今日も長くなりそうね。頑張りましょう」
「はいっ」
三人は並んで、学校へ続く坂道を上っていった。
『異世界ウインドオーケストラ
― あの日見た空の向こうは ―』
*
「ストップ!」
顧問の声で、演奏が止まった。
「木管、今のハーモニー。休憩中にピッチを確かめておいて」
「ごめんなさい。私、少し高くなってたかもです」
「大丈夫よ。少し休憩してから、もう一度合わせましょう」
クラリネットのパートリーダーが答える。アイシャやほかの部員たちは、それぞれ額の汗をぬぐった。
朝は雲が多く、少し涼しいくらいだった。それが、いつの間にか窓の外には夏の日差しが降り注いでいる。
県立有田川高校吹奏楽部。
吹奏楽コンクール支部大会を翌日に控え、最後の練習は熱を帯びていた。
かつては県大会の常連だったが、ここ数年は金賞に届きながらも、代表の座を逃している。
今年こそは――。
そんな思いを胸に、最後の調整が続いていた。
休憩を終えると、練習が再開された。通し練習やソロの確認など、ひととおりの最終調整を終えたところで、顧問が指揮棒を下ろした。
「よし。午前の練習は、ここまでにしよう」
「はい。昼食休憩のあと、視聴覚室で明日のミーティングを行います。パートリーダーとサポートメンバーは集まってください」
若菜に続き、副部長でパーカッションを担当する黒木大地が声を上げた。
「休憩の前に、明日の準備を済ませてください。各パートリーダーは、チェックリストへの記入を忘れないように」
解散の合図とともに、各パートが動き始めた。
明日の本番に向けた練習は、これで終わった。
楽器を片付ける部員たちは、どこか落ち着かない様子だった。比較的楽器の小さい木管パートが先に準備を終え、何人かは連絡橋で最後の練習を続けている。
低音パートのメンバーが部室棟へ楽器を運んでいる途中、オーボエを担当する天音奏の姿が目に入った。
奏は一人、自由曲のソロパートを繰り返していた。オーボエソロは、この曲の大きな見せ場だった。
その音色は、夏の日差しのなかへ溶けていった。
奏が楽器を下ろすのを待って、アイシャが声をかける。
「先輩、一緒にご飯食べましょう」
「ありがとう。もう少ししたら行くね」
「はーい。待ってます」
そんなやり取りを聞きながら、夏樹は連絡橋を渡った。
*
昼食後、視聴覚室で休憩していると、若菜が夏樹に声をかけてきた。
「日向君、ちょっといい?」
「はい。なんでしょうか?」
「少し、メロディーラインの合わせに付き合ってもらえる?」
「分かりました」
夏樹は、楽器室へ運んだばかりのケースをもう一度開いた。
若菜の堂々としたメロディーに答えるように、夏樹がオブリガートを重ねる。二人で何度も確認してきた箇所だった。
「ありがとう。日向君、本番もよろしくね」
「はい。先輩についていきます」
「もう少し主張しても大丈夫だから……」
「何か、おかしいところがありますか?」
「いいえ、大丈夫よ。とにかく、明日は楽しんでいきましょう」
「はい。頑張ります」
二人の間に、短い沈黙が流れた。
そこへ、大地が声をかけてきた。
「二人とも、気合い入ってるな。明日もその調子で頼むぞ」
「大地さん、ありがとうございます」
「さあ、そのくらいにしておけ。もうすぐミーティングの時間だぞ」
「あら、もうこんな時間なのね」
気がつくと、パートリーダーやサポートメンバーが集まり始めていた。
二人は慌ただしく楽器を片付け、ミーティングの準備を始める。
ふいに、視聴覚室へ冷たい風が流れ込んできた。空調が入ったようだ。
誰かが窓を閉めると、吹き込んでいた夏の風が途切れた。
「それじゃあ、ミーティングを始めましょう」
【リアクション】
0件
------------------------- エピソード2開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
第一楽章~無音の時間~
【本文】
「それでは、ミーティングを始めましよう。」
ガラッ
「遅刻よ、アイシャ」
「えへへ、ごめんなさい」
部屋に小さな笑いが起こり、張りつめていた空気が少しだけやわらいだ。
「じゃあ、当日の流れを確認するぞ」
大地が資料に目を落とし、集合時間や楽器の搬入、移動の段取りを順番に説明していく
「サポートメンバーは、ブレザーや楽器の搬入準備、大丈夫そう?」
若菜が視聴覚室の後ろへ目を向けると、小春は待っていたように姿勢を正した。
「はい。私はコンクールには出られませんけど、準備はしっかりやります。だから皆さんは、明日の演奏を楽しんできてください」
そう言って、ホルンパートでサポートメンバーの光井小春は少しだけ視線を落とした。
ほんの一瞬だった。
けれど、その表情に気づいた者は、きっと若菜だけではなかった。
「ありがとう。あなたたちサポートメンバーのおかげで、私たちは演奏に集中できます。明日もよろしくね」
「はい!」
小春は顔を上げ、今度こそ明るくうなずいた。
窓の外では、風に流された雲が太陽の前を通り過ぎていく。
視聴覚室に差し込む夏の日差しが、ふいに強くなった。白い机の上に並べられた楽譜や予定表が光を反射し、何人かが眩しそうに目を細める。
その瞬間だった。
一斉に、部員たちのスマートフォンから不穏な警告音が鳴りだした。
聞き慣れているはずなのに、決して慣れることのない音。
誰かが椅子を引いた。誰かが机の下へ身をかがめた。若菜が声を上げるより早く、足元から突き上げるような揺れが視聴覚室を襲った。
机が跳ね、椅子が倒れる。窓ガラスが激しく震え、棚に置かれていたファイルが床へ滑り落ちた。
いくつもの警告音と悲鳴が重なり、部屋中に反響する。
「地震……?」
アイシャの声をかき消すように、揺れはさらに激しさを増した。
若菜はとっさに机へ手をついた。立っていることもできない。誰かを呼ぶ声も、何かが倒れる音も、もう聞き分けられなかった。
一瞬、あたりが暗くなる。
その刹那――
世界から、音が消えた。
*
耳が痛くなるほどの静寂だった。
先ほどまで床を揺らしていた振動も、窓ガラスの音も、スマートフォンの警告音も消えている。
誰も動かなかった。
机の下に身を伏せたまま、顔だけを上げている者。倒れた椅子につかまり、周囲を見回している者。何が起きたのか分からず、握りしめたスマートフォンを見つめている者。
その静寂のなか、大地が声を上げた。
「なんだ、あの木は……」
全員の視線が、窓の外へ向いた。
そこには、青々とした木々が立ち並んでいた。
普段なら、部室棟と本校舎をつなぐ連絡橋が見える。その向こうには、つい先ほどまで練習をしていた音楽室があるはずだった。
しかし、どちらも見当たらない。
若菜は倒れた椅子を避けながら視聴覚室を飛び出した。廊下を走り、連絡橋へ続く扉に手をかける。
勢いのまま扉を開けた瞬間、息をのんだ。
その先にあるはずの床がなかった。
連絡橋は途中で崩れたのではない。初めから存在しなかったかのように、扉の向こうには何もない。
目の前には、深い森と青い空だけが広がっていた。
「橋が……ない」
誰に伝えるでもなく、若菜はつぶやいた。
*
大地を中心に、現在の状況が整理された。
空調は止まっていたが、照明はついた。廊下や階段にも異常はなく、部室棟そのものが壊れている様子はない。
手分けして建物内を確認していた生徒たちが、順番に視聴覚室へ戻ってきた。
「トイレも流れます。手洗い場の水も出ます」
「ほかの部室には、誰もいませんでした」
報告が重なるたびに、分からないことだけが増えていく。
建物の外に出た生徒たちが確認できたのは、部室棟の周囲に見渡すかぎりの森が広がっていることだけだった。
本校舎はない。グラウンドも、道路も、近隣の住宅もない。木々の間を探しても、電柱や標識さえ見つからなかった。
森の中に、この部室棟だけが取り残されている。
そして、ここにいるのは、視聴覚室でミーティングをしていた二十数人だけだった。
何度確認しても、その事実は変わらなかった。
部室棟は地域の避難場所に指定され、防災拠点も兼ねている。
「そうだ。倉庫に非常食があったな。確認しよう」
大地の言葉で、何人かが防災用品を保管している倉庫へ向かった。
棚には箱詰めされた飲料水と非常食が並び、奥には毛布や簡易トイレなども保管されていた。二十数人がすぐに困ることはないと思えるだけの量がある。
少なくとも、今夜は越えられる。
それが分かっただけでも、張り詰めていた空気はほんの少し緩んだ。
しかし、誰にも何が起きたのかは分からない。
助けが来るのか。
ここはどこなのか。
明日になれば、すべて元に戻っているのか。
答えのないまま、時間だけが過ぎていった。
やがて、窓の外で森を照らしていた光が失われていく。木々は黒い影となり、その奥は何も見えなくなった。
その夜、全員が視聴覚室に集まった。
机を端へ寄せ、床に毛布を敷く。誰も一人になろうとはしなかった。小声で話す者もいたが、その声も一人、また一人と途切れていった。
眠れるはずもなかった。
それでも、横になっているうちに――
いつの間にか、朝を迎えていた。
【リアクション】
0件
------------------------- エピソード3開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
第一楽章~吹き抜ける風~
【本文】
乾いたパンをぬるい水で流し込み、簡単な朝食を終えた。
「空腹じゃ何もできないからな」
そう言って皆に食事を促したのは大地だった。
「どうやら、普通の状況じゃないみたいね」
若菜の言葉に、大地がうなずく。
「今、全体を見てきた。電気がついてたのは、非常用の蓄電池みたいだ」
いつまで使えるのかは分からない。
それでも昨夜、明かりがあったことだけは救いだった。
「異世界……ってところなのかなぁ」
アイシャがぽつりと言った。
「アニメの展開だと、もうちょっと親切だけどな」
夏樹が力なく笑う。
その笑いにつられるように、何人かが小さく笑った。
ほんの少しだけ、張りつめていた空気が緩んだ。
「とにかく、何もしないわけにはいかないわね」
若菜が皆を見回した。
「そうだな。とりあえずは森の散策と、これからのことだな」
大地の言葉に、何人かがうなずく。
軽い話し合いのあと、若菜、夏樹、アイシャ、大地の四人で、周囲を散策することになった。
転移の翌日――つまり今日は、二時間ほど森を歩いてみる。
部室棟から離れすぎないよう、慎重に木々の間を進んでいった。
木々の間から差し込む光は明るい。
けれど、少し奥へ目を向ければ、その先は重なる木々に遮られて何も見通せなかった。
足元には見慣れない草が生い茂り、歩くたびに乾いた葉が音を立てる。
「道なのか、なんなのか分からないな」
足元を見ながら、大地がつぶやいた。
人が歩いた跡のようにも見える。
ただ草が少ないだけの場所にも見える。
「そうね。どのくらいの広さかも分からないから、慎重に行きましょう」
「ゲームなんかだと、そろそろモンスターが出てきそうだよな」
「えー、やめてくださいよ」
アイシャが嫌そうな顔をした、そのときだった。
ガサガサッ。
「キャー!」
突然、茂みから何かが飛び出した。
バタバタバタバタ――。
大きな羽音を残して、数羽の鳥が木々の間から飛び立っていく。
四人がそろって空を見上げた。
枝葉の間を抜けた鳥たちは、そのまま高く舞い上がっていく。
見上げているうちに、その姿は空へ吸い込まれるように小さくなり、やがて見えなくなった。
「……びっくりしたわね」
若菜が胸元に手を当てる。
しばらくして、誰からともなく笑い声がこぼれた。
結局、その日見つけられたものは何もなかった。
「よし、今日は戻るか」
大地が来た道を振り返った。
「そうですね。みんなも心配してるでしょうし」
夏樹の言葉に、若菜とアイシャもうなずく。
四人はそれ以上森の奥へ進まず、部室棟へと引き返すことにした。
一日、また一日と時間だけが過ぎていった。
毎朝いくつかの組に分かれて森へ入り、決めた時間になれば部室棟へ戻る。
次の日には、昨日よりほんの少しだけ遠くへ行く。
それを繰り返した。
けれど、何も見つからない。
次第に、みんなの口数も減っていった。
一週間を過ぎたころには、森を歩くことにも慣れていた。
最初は足を止めていた鳥の声にも、いつしか誰も反応しなくなった。
茂みが揺れても、少しくらいなら驚かない。
森を歩く足取りも、最初のころよりずっと速くなっていた。
それでも、まだ何も見つからなかった。
分かったことといえば、食べられそうな果物や、小動物がいることくらいだった。
――このまま、どうなるんだろう。
きっと、誰もが同じことを考えていた。
けれど、それを口にしてしまえば、不安が一気に広がってしまうような気がした。
だから誰も口には出さない。
静かに、落ち着いて。
何かが変わる時を待っていた。
二週間が経とうとしていた、ある朝。
今日も空は同じだった。
木々の隙間から見える青い空も、枝葉の間から差し込む朝の光も、もう見慣れたものになっていた。
「そういえば、まだここに来てから雨が降ってませんね」
アイシャが空を見上げた。
「そうね。飲み水のことも考えなきゃいけないし、何か見つけないと」
いつもの朝の散策。
若菜、夏樹、アイシャの三人は、担当している場所を歩いていた。
二週間近く歩き続けたことで、探索する範囲もずいぶん広がっている。
そろそろ、何か見つかってもいいころだった。
ふと、三人の間を風が通り抜けた。
木々の葉が一斉に揺れる。
三人は何となく足を止めた。
何かが違う。
そんな気がしたが、誰も言葉にはしなかった。
♪――
違和感は、風だけではなかった。
遠くから、確かに音が聞こえる。
三人は顔を見合わせた。
もう一度、耳を澄ませる。
♪――
聞き間違いではない。
「……誰か、フルート吹いてるのかな」
アイシャが音のする方へ顔を向ける。
「そうね。誰かが持ち出してるのかも」
若菜も耳を澄ませた。
夏樹はしばらく黙ってその音を聞いていたが、やがて首をかしげる。
「……なんか、少し変じゃないですか?」
音が聞こえてくるのは、まだ一度も足を踏み入れていない方向だった。
三人はその音を頼りに、森の奥へと進んでいく。
近づくにつれて、音が少しずつ鮮明になっていった。
間違いなくフルートの音だった。
やがて、木々の間から差し込む光が強くなっていく。
それまでどこまでも続いていた森が途切れ――
視界が開けた。
水面が陽の光を反射して、きらきらと揺れている。
そして、その水辺に一人の少女がいた。
銀色の長い髪が、風に揺れている。
少女はまだ三人には気づいていない。
ただ静かに、フルートを奏でていた。
木々の隙間から差し込む光が、その姿を静かに照らしていた。
【リアクション】
0件
------------------------- エピソード4開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
第一楽章~新たなる旋律~
【本文】
急に開けた視界に飛び込んできた景色に、三人は戸惑った。
三人はその場から動かなかった。
規則的に繰り返される少女のメロディーは、止めどなく流れていく風のようだった。
やがて演奏を終えた少女が三人の存在に気づき、こちらを向いた。
「誰?」
「この世界の人?」
ほんの少しの沈黙を破るように、若菜が小さく呟いた。
「驚かせてごめんなさい。俺たち、この森で迷子になってて」
「変わった服装だね。どこか遠いところから来たの?」
「俺たち、突然この森に飛ばされて……」
「……もしかして、異世界の人?」
「!? 異世界のこと分かるんですか?」
夏樹の問いに、少女は三人をじっと見つめた。
心地よい風が、水辺を吹き抜けている。
もしかしたら、この少女が何かを知っているかもしれない。
三人は少女との距離を、ほんの少しだけ縮めた。
「あ、私たちの言葉分かるの?」
アイシャが尋ねた。
「うん。魔法のおかげで、話す言葉は通じるよ」
「魔法……本当に異世界だったんだ」
「魔法! すごーい!!」
「私は結城若菜。こっちは日向夏樹。この子はアイシャ・アキノ・ロサリオ。
あなたは?」
「僕はライム。ライム・シャルトリューズ。あなたたち、異世界の人なんだね」
「どうやらそうみたいね。二週間くらい前かしら。突然、建物ごと森に移動したの」
「ねえ、街とかこのあたりにあるの?」
「ルタという村がこの先にあるよ」
「本当? ねえ、ライムさん……」
「ライムでいいよ」
「ライム、私たち、もう少し大勢でここにいるの。よかったら私たちのところまで来てくれない?」
「異世界の建物か……。分かった、行く」
部室棟へ戻る道すがら、三人はライムからこの世界についていろいろと話を聞いた。
ここはアルベトニア王国。
森の名はシトラスウッド。
そして、この先にあるのがルタ村。
大昔には、異世界から人が転移してきたという記録も残っているらしい。
ただ、その後どうなったのかまでは、ライムも知らなかった。
そして三人を驚かせたのは、ライム自身のことだった。
彼女はエルフだった。
ルタ村とこの森で、すでに百年ほど暮らしているという。
「着いたわ。ここよ」
先頭を歩いていた若菜が振り返った。
「建物も変わっているんだね。神殿みたい」
「ここは学校なんだ」
三人はライムを連れて視聴覚室へ向かった。
まだ大地たちは戻っていなかったが、フルートパートのパートリーダーが先に戻っていた。
「あら、若菜。その子は?」
「こっちの世界の人よ」
「え!! って、その子が持ってるの、楽器? フルートみたいね。少し変わってるけど、何の金属? 銀かな……?」
「これはミスリルだよ」
「ミ、ミスリル?? どんな音がするのかしら」
「異世界にも楽器があるの?」
「あるよ。見てみる?」
みんなで楽器庫へ向かった。
そういえば、ずいぶん久しぶりに楽器を見る気がする。
「ここだよ。俺の楽器はこれ」
「王都にも似た楽器がある。大きいから、低い音が鳴りそうだね」
「そう。これはユーフォニアムっていって、低音楽器なんだ」
「私のはこれよ。トランペット」
「私のはこれ。クラリネット」
「金属と木の楽器なんだね。こっちの世界と同じだ」
「ねえねえ、演奏してもらえる? どんな音がするか聞きたいな」
一呼吸して、ライムは持っていた楽器を構えた。
静かに、息を吹き込む。
瞬間、温かな風が部屋を駆け抜けた。
【リアクション】
0件
------------------------- エピソード5開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
第一楽章~風と空の交わり~
【本文】
一呼吸して、ライムは持っていた楽器を構えた。
静かに、息を吹き込む。
瞬間、温かな風が部屋を駆け抜けた。
水辺で聞いた、あのメロディーが流れた。
軽く身体を揺らし、規則的なリズムを刻んでいる。
何度か繰り返されたあと、柔らかな音が重なった。
ライムの歩幅と夏樹の歩幅は違った。
それでも繰り返すうちに、二つの音は自然と重なっていった。
二人で、何度かフレーズを続けた。
鋭く、けれど二人を邪魔しない若菜のトランペットが、ライムとは違うメロディーを刻み始めた。
やがて、この世界に来て初めて奏でた音は、
音楽になった。
「……つい入っちゃった」
「うまく合わせたのね」
「本当はユニゾンにしようとしたんだけど、速くて拾えなかった」
「……張り合って損した」
「また、やりたい」
そう言って、ライムが少し微笑んだ。
「……今の、何?」
パートリーダーが呟いた、そのときだった。
楽器庫の扉が開いた。
「ここにいたのか。ほかのやつから聞いたんだが、現地の人が見つかったって?」
大地が戻ってきた。
大地が戻り、ほかのメンバーもそろったところで、改めて今後についての話し合いが行われた。
「それじゃ、君はこの世界の人なんだね?」
「そう。ルタ村で暮らしてるよ」
大地は少し考えてから尋ねた。
「そこに俺たちを案内してもらえないかな?」
蓄電池の残量は、すでにゼロになっていた。
食料も、いつまでも持つわけではない。
ライムは少し考えた。
「村長に話してみないと分からない」
「じゃあ、何人かで村長さんに会わせてもらうことはできないかな?」
「……大丈夫だと思う」
「ありがとう。俺と結城と夏樹で行こう」
「えー、私も連れて行ってくださいよー」
「だめだ。何があるか分からないから、三人で行く」
「ちぇっ」
昼食をライムと一緒にとってから、出発することになった。
いつも食べている非常用のパンと缶詰を、ライムにも勧める。
「不思議な味。でも、おいしい」
「普段は何を食べているの?」
「なんでも。特に気にしたことない」
たわいもない会話と昼食を終え、四人は出発した。
聞けば、村までは一時間ほどだという。
知らない土地で道も分からないまま探していたことを考えれば、二週間探索しても見つけられなかったのも仕方がなかった。
「道っぽいところ、あったんだ」
「このまま道なりに行けば、ルタ村に着くよ」
そのとき、ふいに背後に気配を感じた。
夏樹が振り返る。
そこには、アイシャがいた。
「おまえ……来ると思ったよ」
「えへへ、お願いしますよー」
一時間ほど歩くと、次第に木々がまばらになり、やがて街道が見えてきた。
その先には、小さな集落がある。
振り返れば、今まで歩いてきた鬱蒼とした森が広がっていた。
「先輩、あれ魔法ですかね!!」
「おおっ!」
「火の魔法だね。何燃やしてるのかな」
「二人とも緊張感ないわね」
「まったく、うらやましいよ」
村人たちは見慣れない四人に目を向け、四人もまた、初めて見る村の景色に目を奪われる。
そんな互いの視線を感じながら、一行はライムの案内で村長の家を目指した。
「私がルタ村の村長だ。ライム、この子たちは?」
ライムが村長に、これまでの出来事を説明した。
「はじめまして。私は結城若菜です。こっちは黒木大地と日向夏樹、アイシャ・アキノ・ロサリオです。ほかにも二十名ほど、こちらの世界へ飛ばされてきました。代表して私たち四人でお邪魔させていただきました」
「なるほど、異世界からの転移者か。おとぎ話だと思っていたが、本当にあるとは」
「うん。僕もおとぎ話だと思ってた。実際に神殿みたいな建物が森にあったよ」
「して、私に会いに来た目的は何かね?」
大地は、自分たちが置かれている状況を説明した。
食料が残り少ないこと。
元の世界へ帰る方法を知らないかということ。
そして、もし帰る方法が見つからなかった場合、村で受け入れてもらうことはできないかということ。
村長は黙って大地の話を聞いていた。
やがて、少し間を置いて口を開く。
「ごらんの通り、何もない村じゃ。だが、ライムが連れてきた子たちを無下にもできん。残念ながら、転移者のことは伝承として残っておるが、詳しいことはワシにも分からん」
村長は一度言葉を切った。
「約束はできんが、できるだけの手助けはしよう」
「ありがとうございます」
大地は、ほっと胸をなで下ろした。
【リアクション】
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------------------------- エピソード6開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
第二楽章~動き出した音~
【本文】
翌朝、村人を集めて話し合いが行われた。
ルタ村――
アルベトニア王国の南西に位置する、小さな村。
比較的温暖なこの地方では農業が盛んで、王都にも近い。そのため、村の規模のわりには商業も盛んで、人や物の行き来も多かった。
村での話し合いも終わり、今日は村を見て回ろうということになった。
金物屋に差しかかったあたりで、声をかけられた。
「ライム、それが噂の転移者か」
「そう。これから村で仕事をするから、案内してるんだ」
「そうか。うちの店もちょうど人が欲しかったんだ。ん、お前どうだ? 鍛えてそうだな」
「え? 俺?」
「そうだ。俺はトールだ。見ての通りドワーフだ。金物屋をやっている。少しばかり力仕事だが、面白いぞ」
「俺は黒木大地です。一生懸命頑張るので、よろしくお願いします」
「おう、よろしくな。そうだな、細かい作業や道具の手入れなんかは、そっちの器用そうな嬢ちゃんたちはどうだ?」
トールはアイシャと小春を指さして笑った。
「わ、私は……」
戸惑う小春の隣で、アイシャがぱっと声を上げた。
「面白そうー! 私やるー。ね、小春先輩も一緒にやりましょうよ!」
「わかりました。よろしくお願いします」
トールに別れを告げ、一行は引き続きライムに村を案内してもらった。
「おかみさん、こんにちは」
「あら、ライムちゃん。あ、異世界の方たちね。ここは宿屋の三日月亭。隣では食堂と飲み屋もやってるわ」
ここでは、若菜と奏、それにほか数名が働くこととなった。
その後も村を一通り見て回り、夏樹をはじめ、多くの部員は農作業に従事することとなった。
畑や果樹園で採れる作物は、この村の特産品でもある。
夕方、宿屋のおかみさんが皆を食事に誘ってくれた。
「あなたたち、今日はしっかり食べて、明日から頑張ってね」
「はい。こんなにも温かく迎え入れてくださって、ありがとうございます」
若菜が皆を代表して、おかみさんに礼を告げた。
差し出された木皿から、白い湯気が立ちのぼっていた。
煮込み料理の熱が、じんわりと胃の腑にしみわたっていく。
缶詰や乾パンを噛みしめていた二週間が、ようやく過去になった気がした。
村の人たちの優しさに触れ、一行は部室棟への帰路についた。
ルタ村から部室棟までは、徒歩で約五十分。
少し遠いが、なんとか通える距離だ。
自転車でもあれば――なんて思ったが、転移直後の状況から考えれば、今は奇跡に近い状況だった。
「いいか、よく見ておけよ……」
トールが大地に熱心に指導していた。
店先では、小春とアイシャが縄を使った小道具を作っている。
一週間が経ち、三人ともようやく仕事にも慣れてきた。
「そういや、お前たち音楽をやってるんだってな?」
「はい、親方」
「お、親方? まあいいか。どんな楽器を使ってるんだ?」
「今度、店に持ってきますよ」
「おう、楽しみにしてるよ」
「おやかたー、かご出来たよー!」
「トールさん、私も出来ました」
「お、嬢ちゃんたち早いな。やっぱり俺の目に狂いはなかったな」
「夏樹、今日はもう仕事終わったの?」
「ライムか。ああ、今日はもう終わったよ」
「先輩ー!」
遠くからアイシャの声が聞こえた。大地と小春も一緒だった。
「夏樹、これから三日月亭行くけど、行かないか?」
「俺もちょうど行こうかなと思ってました。ライムも行くか?」
「行く」
「若菜ちゃん、奏ちゃん。今日はもういいわよ」
「おかみさん、まだ片付けが……」
「いいわよ。暗くなる前に帰りなさい」
「はい。それじゃ、お先に失礼します」
宿を出たところで、夏樹たちが目に入った。
「あら、みんな早いのね。これから帰り?」
「先輩、ここでご飯食べて帰ろうかと。一緒にどうですか?」
「そうね。私たちもそうしようかしら」
久しぶりにそろっての夕食だった。
それぞれの仕事の話をしながら、近況を話し合った。
「そういえば、トールさんが一度、俺たちの楽器を見てみたいんだって」
「楽器……」
奏が短く呟いた。そして、
「そろそろ、みんなで練習してみない?」
「いいですね! ね、先輩。やりましょうよ!」
「そうね。こっちの生活にも慣れてきたし、こっちの世界でも部活するのも悪くないわね」
「よし。帰ったらみんなにも聞いてみるか」
「ねえ、その【ぶかつ】っていうの、僕も入っていい? この間みたいに、みんなで吹くんだよね?」
「そうよ。じゃあ、ライムも参加ね。パートリーダーが喜ぶわね」
若菜がそう言って笑った。
つられて、みんなも笑っていた。
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------------------------- エピソード7開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
第二楽章 閑話 ~マジック~
【本文】
仕事の帰り道、子供たちと話しているアイシャを見かけた。
「なるほどなるほど。ありがとうね」
「おーい、アイシャ」
声をかけると、アイシャがびくっと肩を揺らした。
「夏樹先輩……」
「何やってるんだ?」
「な、何もしてませんよ。子供たちに道を教えてもらってたんです」
「ふーん。どこの?」
「洋服屋さんです」
「ああ、まだ行ったことなかったのか」
「はい。先輩も仕事終わりなんですね。さあ、帰りましょう!」
妙に勢いよく、アイシャは俺の背中を押した。
――一週間後。
「先輩、先輩!」
「なんだよ、朝から」
「ちょっと見てください。いきますよー」
アイシャは目を閉じ、片手をかざした。
眉間にしわを寄せて、じっと集中する。
しばらくすると――指先に、小さな光が灯った。
「どうですか! 一週間! 一週間も練習したんですよ!」
「へえ、すごいな」
「夏樹先輩! もっと驚いてくださいよ!」
「どうしたの?」
そこへ奏がやってきた。
「奏先輩! 見てくださいよ!」
アイシャはもう一度、手をかざした。
さっきよりも小さな光が、指先に集まっていく。
「はぁ、はぁ……どうですか!」
「すごいわね。どうやるのかしら?」
「えっとですね――」
アイシャは得意げに説明を始めた。
なんでも、体の中にある力を、指先へぎゅっと集めるようなイメージらしい。
「へえ……よし」
奏も同じように手をかざした。
目を閉じ、集中する。
しばらくすると、指先に淡い光が集まり始めた。
「はぁ、はぁ……私にもできたわ!」
「えーっ! 私、あんなに頑張ったのに! 奏先輩、一瞬だった……」
言い終わる前に、アイシャはその場にぺたんと座り込んだ。
「アイシャちゃん、大丈夫?」
そう言った奏も、その隣にぺたんと座り込んだ。
その後、光の魔法が瞬く間に部内で流行したのは言うまでもない。
どうやら俺たちではうまく力を制御できないらしく、ほんの小さな光を出すだけでも、
ひどく疲れるようだった。
それでも面白がって、あちこちで光を灯し始めた結果――
「魔法禁止!」
若菜の部長命令により、みんなの指先に光が灯ることはなくなった。
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------------------------- エピソード8開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
第二楽章〜重なっていく息〜
【本文】
部活の再開に向けて、若菜と大地は皆を視聴覚室に集めた。
「久しぶりのミーティングを始めます」
近況報告を交えながら、それぞれの状況を確認していく。
「みんな、元気そうね」
その言葉に続くように、奏が口を開いた。
「私、部活がやりたいです」
少しざわついていた視聴覚室に、明るい声が響く。
「みんな、やろうよ! せっかく楽器もあるしねっ?」
ざわめきは、やがて笑い声へと変わり、視聴覚室は温かな空気に包まれた。
「僕も一緒に入っていいかな?」
ライムの言葉に被せるように、フルートのパートリーダーが声を上げた。
「ライムちゃんと演奏できるなら!!」
「返事が早いのよ」
若菜の呆れた声に、また小さな笑いが起きた。
こうしてライムも部活に参加することになり、異世界での部活動は、いつしか皆の日課になっていった。
ある日の練習中。
「ライムちゃんの音って、よく響くよね。何かコツとかあるの?」
「んー……風魔法の加減かな」
「風魔法? あー、それで楽器庫で風が吹いたのね」
「俺たちが初めて聞いたときも、結構遠くから聞こえてたしな」
「そうだね。もともと儀式で使う曲だから、遠くの神様まで届くように吹いてる」
「夏樹先輩、明日、おやかたに楽器を見せたいんですけど……」
「ああ、手伝うよ。何を持っていくんだ?」
「小春のホルンと、私のクラリネット。それと、先輩のユーフォをお願いしてもいいですか?」
「わかったよ」
翌日。
「おやかたー、楽器持ってきたよー」
「どれどれ……こいつはすげえな」
トールは受け取った楽器を、何度も角度を変えながら眺めた。
「薄くて軽いのに、ずいぶん丈夫そうだな。鉄か?」
「これは真鍮。銅と亜鉛を混ぜた金属です」
「ほう……なるほどな」
トールは管を指で軽く叩き、今度はバルブへ目を移した。
「よく響く金属だ。それに軽くて扱いやすい。ここで息の流れを変えるんだな?」
しばらく楽器を眺めていたトールは、突然顔を上げた。
「ありがとな。だいたい分かった」
それだけ言い残すと、楽器を返し、工房の奥へ消えていった。
数日後。
いつものように部活をしていると、部室棟の外から大きな声が響いた。
「おー、ここがあいつらの城か。確かに神殿みてぇだな」
「でしょ。僕も初めて見たときは驚いたよ」
ライムと並んで歩いてきたのは、トールだった。
「おう、みんないるかー?」
「親方? どうしたんですか、こんなところまで」
「大地。俺も【ぶかつ】に入れてもらいたくてな」
そう言うと、トールは背負っていた大きな楽器を持ち上げた。
「楽器も作ってきたぞ」
形は確かにホルンだった。
ところどころ形は違っているものの、それ以上に目を引いたのは、その大きさだった。
「お、大きいですね……」
「おう、小春か。よろしくな!」
「はい。トールさん、よろしくお願いします。それにしても、こんなに早く楽器を作れるなんて……」
「親方。ちょっと、そのホルン見せてもらっていいですか?」
「いいぞ」
大地が差し出されたホルンを受け取った。
その瞬間。
「うわっ!?」
予想外の重さに、大地の身体が大きく傾いた。
とっさにトールが横から楽器を支える。
「な、なんですか!? この重さは!」
「この方がよく響くと思ってな。俺用に調整したんだよ」
大地はしばらくホルンとトールを交互に見て、
「……ははは。さすが親方」
と笑った。
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------------------------- エピソード9開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
第二楽章~あふれる思い~
【本文】
ライムに続き、トールも部活に加わった。
部活を再開して一週間。まだ音出しや基礎練習を中心に、簡単な練習曲を合わせる程度だった。
「みんな、注目。トールさんも加わったことだし、そろそろ何か曲でも練習してみましょうか?」
「はーい! 私、『宝島』やりたいです!」
アイシャの声を皮切りに、それぞれがやりたい曲を口々に挙げ始めた。
その中で、何人かの声が重なる。
「宝島!」
「それじゃあ、『宝島』をやってみましょうか。三十分後に合わせます」
若菜の言葉を合図に、それぞれが部室棟の各部屋へと散っていった。
視聴覚室に残った何人かの中には、小春とトールの姿もあった。
「トールさん、楽譜わかりますか?」
「うーん……似たような感じだな。小春、ちょっと吹いてみてくれ」
「はい」
小春は楽譜を追いながら、ゆっくりと自分のパートを吹いていく。
ひとまず、二人で同じパートを演奏することになった。
「なるほどな。だいたい読み方はわかったよ。どれ、俺もやってみるかな」
そう言ってトールは、少し大きめの自作ホルンを構えた。
そして――たっぷりと息を吹き込む。
轟くような音が、視聴覚室いっぱいに広がった。
少し離れたところにいた大地と夏樹が、思わずトールのもとへ駆け寄る。
「親方! とんでもない音圧ですね!」
「すごい……でも、すごくいい響きですね」
「わりぃ、わりぃ。ちょっと力が入っちまったよ」
三十分後。
全員が再び視聴覚室へ集まった。
「それじゃあ、始めましょう。奏、指揮を頼める?」
「はい。じゃあ、いきます」
奏が腕を上げる。
軽快なパーカッションのリズムが走り出した。
それに一人、また一人と音が重なっていく。
ソロではアルトサックスがすっと立ち上がった。
旋律が重なると、誰からともなく身体が揺れ始める。
金管が一斉に立ち上がり、高らかに音を響かせた。
ライムのフルートが、その上を風のように駆け抜ける。
そして、その中には――
少し大きすぎるホルンを抱え、誰より楽しそうに吹くトールの姿もあった。
演奏が終わった瞬間、アイシャが声を上げた。
「もーいっかい!」
「はいはい。じゃあ、もう一回ね」
奏が笑いながら腕を上げる。
再び、軽快なパーカッションのリズムが走り出した。
二度目の演奏を終え、休憩に入る。
久しぶりの合奏に、皆はそれぞれ感想を言い合っていた。
「小春、次は俺も別の楽譜をやるよ」
「はい。じゃあ、トールさんが1stで」
「いやいや、小春がメインをやるんだろ?」
「そんな、トールさん……私、コンクールメンバーじゃないので」
「メンバー? よくわからねぇが、このパートは小春がリーダーだろ?」
「……わかりました。トールさん、よろしくお願いします」
「おう。よろしくな、リーダー」
「リーダーはやめてくださいよ」
「はははは! よろしくな、小春!」
「はいっ!」
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------------------------- エピソード10開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
第二楽章 閑話 ~パントマイム~
【本文】
今日は休日。
夏樹は村まで足を延ばしていた。
三日月亭で昼食を済ませ、トールのところへ顔を出したあと、あてもなく村をぶらぶらと歩いていた。
「せんぱーい!」
声に振り返ると、クラリネットを抱えたアイシャが小走りで近づいてくる。
「どうした?」
「タンポが取れちゃって。おやかたに見てもらおうかなって」
「トールさんなら店にいたよ」
「ありがとうございます。ちょっと行ってきますね!」
アイシャと別れ、また歩き出す。
しばらくすると、洋服屋の前に小春と奏の姿があった。
「あ、日向君。今日休みなんだね」
「ああ。三日月亭で昼食べて、トールさんのところに寄った帰り。二人は?」
「私たちもお休み。服を買おうかなって」
奏が夏樹の格好を眺める。
「夏樹君は、もうこっちの服に馴染んでるね」
「なんだか楽で」
「日向君らしいね。じゃあ、また」
二人と別れ、再び歩き出した。
「お兄ちゃん! もっと教えて!」
「わかった、わかった。順番にな」
今度は大地が、村の子どもたちに囲まれていた。
「大地さん、何やってるんですか?」
「子どもたちがおもちゃで遊んでたんで、ちょっとな」
「お兄ちゃん、すごいんだよ!」
よく見ると、子どもたちの前には太鼓のようなおもちゃが置かれていた。
「こいつでな、こんな風に……」
大地が木の棒を両手に持ち、軽快なリズムを刻む。
「かっこいい! 早く僕にも教えてよ!」
「わかった、わかった。じゃあな、夏樹」
「はい、また」
みんなと別れ、夏樹は部室棟へ戻ってきた。
何となく楽器庫を覗くと、楽譜を整理している若菜と、フルートを吹いているライムの姿があった。
「二人とも、休みなのにここにいたんですね」
「ええ。今度練習する楽譜を確認していたの」
「僕はこれやってたんだ」
ライムが譜面を見せる。
「ああ、練習曲集?」
「そう。リーダーがやってみたらって」
「ふーん」
そう言いながら、夏樹も自然とユーフォニアムを取り出していた。
特に何かを合わせるでもなく、それぞれが思い思いに音を出す。
夏樹も、何となくソロ曲をさらっていた。
気がつけば、窓から差し込む夕陽で、楽譜が少し見えづらくなっていた。
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------------------------- エピソード11開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
第二楽章~同じ空の下~
【本文】
「皆、元気でやっているようじゃな」
若菜と大地は、村長の家を訪れていた。改めて、自分たちを受け入れてもらった礼を伝え、
現在の暮らしについて報告するためだった。
「はい。村のみなさんには、とてもよくしていただいています」
「トールとライムも、一緒に音楽をやっておるとはな」
「はい。おかげで、みんな楽しく過ごすことができています」
部室棟で練習するライムの姿を思い出し、若菜は微笑んだ。最初に森で出会った頃と比べると、
表情もずいぶん柔らかくなったように思う。
「そうじゃ。来月、村で収穫祭があるんじゃが――そこで演奏を披露してもらえんじゃろうか?」
「え、俺たちがですか?」
大地が聞き返した。
「どうかね?」
自分たちが、村の祭りで演奏する。
若菜は、その言葉を心の中でもう一度繰り返した。助けてもらうだけだった自分たちが、
村の行事へ招かれた。それが少しだけ、ここで暮らす者として認められたように思えた。
若菜と大地は顔を見合わせた。
「はい。喜んでやらせていただきます」
夕方。三日月亭には、ライムとトール、夏樹、アイシャ、小春、大地、若菜、奏がそろっていた。
「大地さん、祭りの演奏って、何をやるか考えてるんですか?」
「そうだな。『宝島』と『ダッタン人の踊り』なんてどうだ? 祭りっぽい感じもあるしな」
「いいんじゃない? 盛り上がると思うわ」
「祭りで音楽を演奏するの?」
ライムが不思議そうに尋ねた。
「うん。私たちのいたところでは、お祭りや行事に合わせて、みんなの前で演奏することがあったの」
「聴いてもらうために?」
「それもあるけど、一緒に楽しむため、かな」
若菜が答えると、ライムは少し考えてから頷いた。
「何だか、不思議ですね」
アイシャが呟いた。
「まあな。ここ、異世界だもんな」
「そうじゃなくて、私たちがこの世界のお祭りで演奏することですよ」
「……言われてみれば、そうね」
少し前まで、自分たちは帰る方法さえ分からず、部室棟で非常食を分け合っていた。それが今では、
村の祭りで何を演奏するかを話し合っている。
「ねえ、『ダッタン人の踊り』って、どんな曲なの?」
「最初はゆっくりした感じで始まるんだ。それから、祭りみたいな雰囲気で、だんだん激しくなっていく感じかな」
夏樹の説明を聞き、ライムはまだ見ぬ曲を想像するように目を閉じた。
「ほう。この間の『宝島』はよかったな。身体が勝手にリズムを取ってしまう」
トールは、演奏を思い出したのか、椅子に座ったまま身体を左右に揺らした。
「こんな感じだったか?」
その動きが妙にぎこちなく、アイシャが吹き出す。
「トールさん、全然違いますよ」
「そうか? だが、楽しかったぞ」
トールの大きな笑い声が、三日月亭に響いた。
「『ダッタン人の踊り』をやるなら、指揮が必要ね」
奏が考えながら言った。
「奏にお願いするしかないかな」
「そうね。私も、その方がいいと思う」
奏は少し迷ってから、夏樹へ顔を向けた。
「それなら、私のパートは日向君にお願いできるかしら。オーボエの代わりにユーフォニアムが
吹く旋律も合うと思うの」
「お、俺ですか……?」
夏樹の声がわずかに裏返った。
「嫌?」
「いや、嫌じゃないです。ただ、その……目立つところですよね」
不安そうな顔をしていたが、膝の上に置いた手には、少しだけ力が入っていた。
「分かりました。頑張ります」
「先輩、緊張して外さないでくださいよー」
「お前こそ、踊りのところでトチるなよ」
「うっ……ごめんなさい」
三日月亭に、再び笑い声が響いた。
翌日から、収穫祭へ向けた練習が始まった。
二十五人。一通りのパートはそろっていたが、『ダッタン人の踊り』を演奏するには、編成の厚みが
少し足りない。
奏が指揮台に立つ。
それぞれが楽器を構え、息を整えた。トールも、まだ慣れない手つきで自分の楽器を持っている。
その隣では、ライムが奏の振り下ろす腕をじっと見つめていた。
奏が息を吸い、指揮棒を上げる。
一拍の静寂。
そして、最初の音が響いた。
久しぶりに部活を再開した日の音とは違っていた。完全にそろっているわけではない。
それでも、誰かが入るのを迷うことも、異なる音を恐れることもなかった。
ライムの音も、トールの音も、最初からそこにいることが当たり前のように重なっていた。
この世界で出会った音が、いつの間にか自分たちの音になっている。
まだ足りないものは多い。それでも、目標を持って練習できる喜びを、部員たちは噛みしめていた。
同じ空の下で、収穫祭へ向けた音楽が動き始めた。
【リアクション】
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------------------------- エピソード12開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
第二楽章~前夜祭~
【本文】
収穫祭。
それは、自然の恵みと神々に感謝を捧げるための、ルタ村の伝統的な祭りだった。
村では、祭りへ向けた準備が着々と進められていた。
「そういえば、この世界にも神様っているの?」
飾りつけを手伝いながら、夏樹が尋ねた。
「いるよ。王都には大きな教会もある」
「女神様?」
「そう。女神様」
ライムは手にしていた飾りを、建物の軒先へ結びつけた。
「村の祭りも、その女神様に感謝するの?」
「収穫祭で祈るのは、豊作の女神だね」
「へえ。この世界にも、たくさんの神様がいるんだ」
「夏樹たちの世界には、どんな神様がいるの?」
「そうだな。いろいろいるけど――俺は、九十九神っていうのが好きかな」
「つくもがみ?」
「長く大切に使われた道具には、魂が宿るっていう考え方」
ライムは作業の手を止め、少し考えた。
「そうなんだ。だから、みんな楽器を大事にしてるんだね」
「まあ、楽器はそれだけが理由じゃないけどな」
夏樹は少しだけ笑った。
収穫祭へ向けた練習は、日を追うごとに熱を帯びていった。
仕事を終えて部室棟へ戻ると、息をつく間もなく練習が始まる。
窓から差し込んでいた夕陽が消えても、楽器庫から音が途切れることはなかった。
メロディーを任された夏樹は、何度も同じフレーズを吹いていた。
初めのうちは力の入っていた音も、繰り返すうちに少しずつ滑らかになっていく。
その近くでは、アイシャがアレグロ・ヴィーヴォの箇所を何度もさらっていた。
「また、ずれた……」
小さく呟き、楽譜へ鉛筆で印をつける。
普段ならすぐに冗談を言うアイシャも、今は目の前の音符だけを追っていた。
奏は指揮台の前に立ち、楽譜を見ながら何度も腕を振る。
速さが変わるところ。音を入れるところ。全員の息を一つにするところ。
自分では音を出さない代わりに、二十五人の音が始まる瞬間を確かめていた。
ライムは、冒頭の旋律をパートリーダーと練習していた。
異なる世界で生まれた二つの音が、互いの呼吸を探りながら、少しずつ重なっていく。
トールが吹くのは、咆哮のように響くソロだった。
まだ荒削りな音へ、小春のオブリガードが寄り添う。
トールが勢い余って音を外すたび、小春は演奏を止めず、もう一度同じ場所へ彼を連れ戻した。
その足元を、大地のティンパニーが力強く支える。
低い響きが部屋を揺らし、その上へ次々と音が積み重なっていく。
そして若菜のトランペットが、すべての音を突き抜けた。
どこまでも飛んでいけそうなハイトーンが、部室棟の外へ、森の向こうへ、夕暮れの空へ伸びていく。
初めは、それぞれが自分の音を追うだけだった。
けれど、何度も同じ場所で止まり、何度も最初からやり直すうちに、少しずつ互いの音が聞こえるようになっていった。
奏が指揮棒を振り下ろす。
二十五人と、ライムとトール。
その音はもう、誰か一人のものではなかった。
村では、祭りの準備が進んでいた。
明日、この場所に自分たちの音が響く。
若菜は夕暮れの空を見上げた。
収穫祭まで、あと一日。
【リアクション】
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------------------------- エピソード13開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
間奏曲~intermezzo~
【本文】
「はい、今日はここまでにしましょうか」
奏が額の汗をぬぐいながら、指揮台から降りた。
代わるように、若菜が前に出る。
「はい、みんなお疲れさま。明日のお祭りは楽しみましょう」
それから、大地を中心に楽器の運搬などについて打ち合わせが行われた。ティンパニーなどの大型楽器は、村で荷馬車を用意してくれることになっている。
準備も終わり、視聴覚室には若菜と奏だけが残っていた。
「じゃあ、私も片付けたら休むわね」
「お疲れさま」
窓からは月明かりが差し込んでいた。
すでに電気の消えた部室棟。練習中はライムの魔法で明るくできているが、今は手元のランタンだけが頼りだった。
そのせいか、窓から差し込む月明かりが普段よりも明るく感じられる。
若菜が楽器を片付けようとした、その時だった。
楽器棚のそばに、充電コードにつながれた
スマホがあることに気づいた。
何となく手に取る。
その瞬間、オーボエの澄んだメロディーが
流れ始めた。
「これって……」
若菜はそれ以上、何も言わなかった。
数秒――いや、どれくらいの時間だったのか分からない。
ただ、スマホから流れるメロディーに聴き入っていた。
突然、音が消えた。
静寂を切り裂くように、若菜が声を上げた。
「……たい……帰りたいっ!!」
言葉にしてしまった。
同時に、感情が止めどなく押し寄せてきた。
「若菜……」
月明かりに照らされた若菜の姿は、頼りなかった。
奏はそっと近づき、その肩に触れた。
「大丈夫。きっと帰れるから……」
「帰ろう……」
「うん……」
何も変わらない月明かりが、二人を静かに
照らしていた。
【リアクション】
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------------------------- エピソード14開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
第三楽章~秋の風~
【本文】
「せんぱーい、屋台がいっぱいありますよー!」
楽器の運搬を終え、祭りが始まるまでの自由時間を、みんな思い思いに楽しんでいた。
アイシャは夏樹の袖をつかむと、そのまま屋台の並ぶ通りへ引っ張っていく。
「先輩、一緒に食べましょう。親方からお小遣いもらってきたんですよ」
「大丈夫。俺も小遣いっていうか、昨日の給料を多めにもらったから」
「じゃあ、一緒に食べ歩きましょう!」
アイシャは並んだ屋台を見回し、嬉しそうに笑った。
「こっちの食べ物って、元いたところにちょっと似てるんですよね。テンション上がります」
「そうか。日本に来た時も、こんな感じだったのか」
「そうなんですよ。あの時は心細かったですけど……」
アイシャは一瞬だけ遠くを見るような顔をした。けれど、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「今は、みんながいますからね」
「よく食べるな?」
大地が呆れたように言うと、隣で料理を頬張っていた若菜が顔を上げた。
「これから本番だもの。しっかり食べなきゃ。ね、奏」
「うん。そろそろ三日月亭の屋台の様子を見に行きましょう」
「三日月亭の屋台?どんなのだ?」
「ついてのお楽しみ!」
三人は顔を見合わせると、人混みの向こうに並ぶ屋台へと歩き出した。
「すまんな、小春。手伝ってもらって」
「そんな。私にはこのくらいしかできないので」
小春の手元では、細く割かれた木が一本ずつ編み込まれ、籠の形になっていく。
「そんなことないだろ。小春のおかげで店の籠が大人気じゃないか。現に今作ってる籠も、夜の儀で使うからな」
「そうなんですね」
小春は、自分の手の中にある籠を見つめた。
「よし、終わったな。じゃあ小春も、祭り楽しんでこい」
「はいっ!」
三日月亭の屋台は、若菜と奏が提案した焼きそば屋だった。店先には、香ばしい匂いが漂っている。
「あー、焼きそばだ!」
「ホントだ。先輩たちが教えたのか」
アイシャと夏樹が店の前に着くと、少し遅れてライムもやってきた。
「これって、異世界の食べ物?」
「そうだよ。お祭りの日によく食べるんだ」
アイシャはそう答えると、すぐに屋台へ顔を向けた。
「おかみさーん、焼きそばちょうだい!」
その勢いにつられるように、夏樹とライムも焼きそばを買った。
ライムはひと口食べると、少しだけ目を見開いた。
「……おいしい」
「だろ? それにしても、よくできてるな」
夏樹が感心したように言うと、屋台の奥から奏が顔を出した。
「うん。似たような調味料を探して、二人で考えたんだよ」
「みんなもここに来たのね」
声の方を見ると、若菜と大地も人混みの中から歩いてきた。
ひとしきり祭りを楽しんでいるうちに、日が傾き始めた。空がゆっくりと夕暮れの色に変わり、秋を感じさせる風が吹き抜けていく。
村の中央には、みんなが集まれる広場がある。今日の演奏は、そこで行われることになっていた。
楽器のセッティングを終え、それぞれがチューニングを始める。
久しぶりに袖を通した制服。久しぶりの本番前の空気。そして、少しずつ広場に集まってくる村人たち。
やがて、演奏の時間が来た。
若菜がゆっくりと立ち上がる。観客の方へ向き直り、一礼した。
【リアクション】
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------------------------- エピソード15開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
第三楽章〜宝島と踊り〜
【本文】
「これからお届けする曲は、『宝島』です。
遠い場所へ旅立つような、夢と冒険にあふれた曲です。
私たちも今、故郷から遠く離れたこの世界で、知らない土地を歩き、知らない人たちと出会いながら、冒険の真っ最中です。
不安なこともありました。
それでも、ルタ村のみなさんに助けてもらい、私たちはここまで来ることができました。
そして、この曲からも、たくさんの元気と希望をもらいました。
今日は、その気持ちをみなさんにも届けたいと思います。
それでは聴いてください。
『宝島』」
若菜がマイク代わりの魔法具を下ろし、自分の位置へ戻る。
一瞬だけ、広場が静かになった。
大地がスティックを構える。
部員たちの視線が、自然と集まった。
「ワン、ツー――」
乾いたカウントが、祭りの広場に響く。
次の瞬間。
底抜けに明るい音が、異世界の夜へ飛び出した。
演奏が終わると、奏が指揮棒を下ろすよりも早く、大歓声がみんなを包みこんだ。
奏は少し間を置き、ソリストたちを紹介する。
そのたびに、観客から大きな歓声が上がった。
やがて広場が静かになると、奏が再び腕を上げた。
小春とトールに促されるように、ライムとパートリーダーのフルートがメロディーを奏でる。
そこへアイシャも加わった。
掛け合いが終わった瞬間、今度は夏樹のユーフォニアムがその旋律を受け取った。
先ほどまでとは打って変わり、幻想的な音色が広場を包んでいった。
やがて、大地のティンパニーが規則的なリズムを刻み始める。
アレグロ・ヴィーヴォ。
アイシャは大きく息を吸い込み、一気に音を走らせた。
躍動する木管楽器。
やがて力強い金管楽器のユニゾンが重なり、その合間を縫うように、小春の澄んだホルンソロが広場に響き渡った。
時に幻想的に。
時に力強く。
めくるめく変わっていく音の情景を、観客たちはただ見守っていた。
曲はフィナーレへ向けて加速していく。
それまで現れてきた主題が次々と折り重なり、やがてひとつの大きな響きとなって、
村中へ広がった。
最後の音が消えた。
奏も、部員たちも、すぐには動けなかった。
その静寂を破るように、一つの拍手が響いた。
また一つ。
そして瞬く間に広場を埋め尽くし、大きな歓声へと変わっていった。
【リアクション】
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------------------------- エピソード16開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
第三楽章〜祭りの余韻~
【本文】
演奏が終わり、広場では奉納の儀が執り行われた。
この一年の恵みを神へ感謝し、捧げるための儀式だった。
籠いっぱいに果物が詰められ、この日のために設けられた祭壇へと運ばれていく。
「あの籠ね、私たちが作ったんですよ。ね、小春先輩」
「小春が、の間違いだろ」
「大地先輩、ひどーい!」
「アイシャも小春も頑張ってるさ」
「お、おやかたー!」
アイシャの大げさなリアクションに、どこか緊張の残っていたみんなの顔にも、自然と笑みが広がった。
やがて奉納の儀も終わり、村の者たちが持ち寄った料理が、広場に並べられたテーブルを埋め尽くしていった。
「今年は、お前たちのおかげで祭りがずいぶん賑やかになったな」
「村長さん、演奏の機会をいただき、ありがとうございました」
若菜が頭を下げると、村長は笑いながら首を振った。
「いやいや、礼を言うのはこちらのほうじゃよ。あんな見事な演奏は、王都にでも行かんと聴けんからな」
「王都にも楽団があるんですか?」
奏が興味深そうに尋ねた。
「ああ。王国音楽団がある」
「へえ……いつか王都にも行ってみたいですね」
「さあさあ、今日の主役たち。たくさん食べて、楽しんでいってくれ」
それからしばらくして。
広場から少し離れたところから、オーボエの音が聞こえてきた。
アイシャと大地がその音に気づき、足を向ける。
流れていたのは、今日、何度か繰り返されたあのフレーズだった。
少し離れた場所で、奏がひとりオーボエを吹いている。
二人はしばらく、その場で足を止めた。
「……声、かけそびれたな」
「そうですね。でも、一番いい場所で聴けましたね」
「そうだな」
奏の独奏は、しばらく続いた。
広場で料理を囲む者。
屋台を片付ける者。
少し離れた場所で、祭りの余韻に浸る者。
それぞれの場所で、人々はふと手を止めた。
今日、何度も耳にしたあの旋律が、
静かに村を流れていた。
【リアクション】
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------------------------- エピソード17開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
第三楽章~王都からの使者~
【本文】
祭りの翌日、若菜と大地、夏樹、アイシャの四人は村長の家に呼ばれていた。
なんでも、王都からの使者が三日月亭で待っているとのことだった。
四人は少し緊張しながら、村長とともに三日月亭へ向かった。
「お待たせしました」
「いえ、わざわざお呼び立てして申し訳ございません。王都より、状況の確認に参りました」
三日月亭では、騎士のような男と、ローブをまとった女性が待っていた。
「お話は私が伺わせていただきますね。申し遅れました。私は王国音楽隊のクレメンティ・ミラーと申します」
「私は、結城若菜です」
若菜を皮切りに、大地、夏樹、アイシャもそれぞれ自己紹介をした。
「今日こちらへ来たのは、王都にも転移者の話が入ってきたからです。その後、私たちの方でも事前に調査をさせていただきました。村長からも現在の状況を伺っています。今日までのことを、あなたたちからも聞かせてもらえますか?」
若菜は、転移してから今日までのことを説明した。
転移後にライムと出会い、ルタ村へやってきたこと。村長や村人たちの好意で、この村で働かせてもらっていること。そして、村で生活しながら帰る方法を探していること。
ミラーは時折うなずきながら、静かに話を聞いていた。
「わかりました。村長さんから伺っていたことと変わりありませんね」
そして、四人を見渡した。
「アルベトニア王国国王に代わり、皆さんの滞在を許可します」
そう言って、ミラーは微笑んだ。
その言葉を聞いて、四人の間に張りつめていた空気が少しだけ緩んだ。
「ところで――昨日の演奏、素晴らしかったわ」
先ほどまでとは少し違う、柔らかな声だった。
「私たちの楽団とは編成も音楽も違うけれど、とても良かったわ」
「ありがとうございます。私たちも、とても楽しく演奏させていただきました」
若菜が答えると、ミラーは少し身を乗り出した。
「よかったら、楽譜とか楽器とか、見せていただけないかしら?」
「ええ、大丈夫ですよ。よかったら練習を見に来られますか?」
「ほんと!? ありがとう。よろしくお願いします」
その日の夕方、ミラーは部室棟を訪れた。
「これが、あなたたちの楽器なのね」
ミラーは並んだ楽器を一つずつ、珍しそうに眺めていった。金属で作られた管楽器、細かな機構を持つ木管楽器。そして、見たこともない記号が並ぶ楽譜。
「この楽譜……昨日の曲?」
「はい。私たちは、これを見ながら演奏します」
若菜が譜面を差し出すと、ミラーはしばらく黙ってページをめくった。
「よく見ると規則性は似ているのね」
「そうなんですか?」
「ええ、音の高さを表しているのは変わらないわね。それにしても弦楽器はバスだけなのね」
「はい、コントラバスだけですね。王都は弦楽器もあるんですか?」
「そうね、弦楽器と管楽器が半分ずつくらいかしら。それにしても精巧な作りね。細かな演奏の理由がよくわかるわ」
ミラーからの楽器の特性に対する質問はしばらく続いた。
「あら、少し長居してしまったようね。また来てもいいかしら」
「ええ、もちろんです。ミラーさんはどんな楽器をされているんですか?」
「私は副指揮者を務めてるわ」
「ミラーさん、指揮者なんですね!いっそ先生になってほしいな…なんてね」
「こら、アイシャ。すいませんコイツ距離が近くて」
「先生か、ねえよかったら私にあなたたちの音楽を教えてくれるかしら」
「え、俺たちが人に教えるなんて」
「そうだ、じゃあ私が先生として指揮を振るわ。代わりにみんなで異世界の音楽を教えて」
「それじゃどっちも先生ですよー」
ミラーの提案にアイシャがツッコミを入れて視聴覚室は暖かな笑いが広がった。
「それじゃ改めてよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
全員で起立してミラーに一礼した。
【リアクション】
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------------------------- エピソード18開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
第三楽章〜軌跡〜
【本文】
季節は、少しずつ移ろい始めていた。
転移したばかりの頃は、日本と変わらない夏の景色が広がっていたが、今では視聴覚室の窓から見える木々も、もう緑一色ではない。
ミラーの指導は、毎日行われるわけではなかった。
週に一度ほど部室棟を訪れ、奏や若菜たちと話しながら、合奏を見ていく。
それ以外の日は、これまでと同じように、生徒たちだけで練習を続けていた。
ミラーが指揮台に立ち、奏が久しぶりにオーボエを構えた。
「何となく分かってきたわ」
その言葉の通り、ミラーの指揮は日に日に洗練され、演奏を引き立てていった。
「異世界の音楽は、指示が細かいのね。それに、同じ言葉でも表現が変わることがあるのね」
ミラーは楽譜を見ながら続けた。
「p(ピアノ)にしても、ただ弱くではなく、繊細に、優しく、といった解釈もできるなんて」
「王都での音楽は、どんな感じなんですか?」
「式典や歌劇で演奏することが多いから、もっと厳かな感じの曲が多いかしら」
「せんせー、ポップスみたいなのはないんですか?」
「ポップス?」
「民謡とか、大衆向けの曲です」
「ああ、なるほどね。そういう音楽は、私はあまり詳しくないかも」
その一言をきっかけに、日本のポップス初見大会が始まった。
「次、これね」
「止まったら負けね」
「このソロ、やりたかったんだ」
気がつけば、初見大会は半日ほど続いていた。
「楽しかったわ。いろんな曲調があったけど……特に民謡かしら。ああいう伝統的な曲が良かったわ」
「そうですね。私もすごく好きです」
奏の言葉に重なるように、アイシャが声を上げた。
「はーい! 私はノリのいい曲が好きです!」
「知ってるよ。いつもノリノリだもんな」
「あ、夏樹先輩ひどい! 私がおバカっぽいじゃないですか!」
アイシャと夏樹の掛け合いに笑いが起こり、その日の部活はそこで終わった。
部活が終わると、ミラーも交えて夕食を取ることになり、みんなで三日月亭へ向かった。
「次は、どこかで演奏する予定とかあるの?」
「考えてなかったですね。この間のお祭りも、村長さんからいただいたお話でしたし」
ミラーの問いに、若菜は少し視線を落とした。
「やっぱり、演奏する機会はあったほうがいいわね……」
ミラーは少し考え込んでから、ふと思い出したように顔を上げた。
「そうだわ。王国音楽祭があるわね」
「王国音楽祭……ですか?」
「ええ。出られるように、私から掛け合ってみるわ」
「また、みんなで合奏できるんですね」
「じゃあ、さっそく選曲会議だな」
その日は、いつもより少し遅い帰りになった。
森へ続く道を歩いていると、木々の向こうに月が浮かんでいた。
「なんだか、意識してなかったけど……この世界にも月があるんですよね」
「お、珍しく知的なこと言うな。明日は雨かな」
「また、そうやってバカにする。夏樹先輩には、この情緒が分からないんですね」
「また始まった。二人とも元気ね」
涼しくなった森の中を、一行はゆっくりと歩いていく。
月明かりとランタンの光が、柔らかくみんなを照らしていた。
【リアクション】
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------------------------- エピソード19開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
第三楽章 閑話 ~トランペット吹きの休日~
【本文】
若菜は朝から視聴覚室の掃除をしていた。
日中はそれぞれ仕事があるため、掃除は休みの日に手分けして行っていた。
その後は自由に過ごすこともあれば、個人練習に充てることもあった。
ミラーが来られる日には、合奏を行うこともある。
この日は、部活も休みだった。
ライムと出会った水辺から汲んできた水や、屋上に溜めた雨水を使い、
掃除を進めていく。
窓から吹き込む風に、秋の深まりを感じた。
床を掃除するために机を動かしていると、引き出しの中に一冊の本を見つけた。
『アーバン教則本 トランペット』
転移前に、誰かが練習していたものだろうか。
掃除を終えると、若菜はアーバンを譜面台に広げ、トランペットを構えた。
規則正しいリズムが部室棟に響く。
気がつけば、一時間ほど経っていた。
たっぷりと基礎練習を終えた若菜は、村に行くか、このまま部室棟で過ごすか迷っていた。
結局、部室棟に残ることにした。
軽く昼食を済ませ、楽器と教則本を持って屋上に出た。
穏やかな風が吹いていた。譜面台に広げたページが、クリップに留められたまま、
かすかに揺れている。
時折休憩を挟みながら、練習を続けた。
夕方になり、ようやく楽器を下ろした。
「まるで、トランペット吹きの休日ね」
若菜はそうつぶやくと、屋上のドアを静かに閉めた。
【リアクション】
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------------------------- エピソード20開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
第三楽章〜選曲会議〜
【本文】
「雲のコラージュ……」
夏樹が、そっとつぶやいた。
「去年の自由曲ですよね。私、大好きです」
夏樹のつぶやきを、アイシャが拾った。
音楽祭では、パレード、アンサンブル、大規模な演奏と、日によって演目が分かれていた。
パレードは、『プスタ』。
アンサンブルには、小春、トール、アイシャ、大地の組と、ライム、夏樹、若菜の組――二組が出ることとなった。
だが、メインの曲決めは難航していた。
「珍しいわね。日向くんがやりたい曲をあげるなんて」
若菜の言葉に、大地も頷く。
話し合いの末、最終的に『雲のコラージュ』に決まった。
「どうして、日向くんはもう一度『雲のコラージュ』をやりたいの?」
「俺、一年の時にソロをやらせてもらったじゃないですか。コンクールの講評に、ユーフォのソロが淡白だったって書かれて」
奏の問いに夏樹は少しだけ間を置いて、続けた。
「でも、この世界なら、何かを表現できる気がするんですよね」
「夏樹先輩のユーフォ、好きですよ。真っ直ぐで」
「お、夏樹。照れてるのか?」
「大地さん、勘弁してください。アイシャ、お前も冗談が過ぎるぞ」
「えー、本当ですよ」
そう言って、アイシャはいたずらっぽく笑った。
選曲会議を終え、曲が決まったことをミラーに伝えた。
早速、二曲を合わせてみることになった。
一通り演奏を聴いたミラーは、満足そうに頷いた。
「どちらも素敵な曲ね。『プスタ』は厳かさもあって、パレードの雰囲気にぴったり」
そして、『雲のコラージュ』の楽譜へ視線を落とす。
「こっちは……繊細で、荒々しくて、儚くて。いろんな感情が伝わってくる曲ね」
「風、雲、嵐……」
ライムがつぶやいた。
「風……か」
夏樹がつぶやいた。
少しの沈黙のあと、ミラーが口を開いた。
「もう一度やってみましょうか」
夏樹は頷き、ユーフォニアムを構え直した。
練習を終えて片づけをしている夏樹に大地が声をかけた。
「俺も一年の時にな、コンクールで思い出したくないことが
あったんだよ」
「大地さんが?」
「ああ、大事なところで入れなかったんだよ。シンバルがやけに重くてな」
「いつか俺にもリベンジさせてくれよな」
そう言って、大地は片付けに戻っていった。
【リアクション】
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------------------------- エピソード21開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
第三楽章~目指す先には~
【本文】
王国音楽祭へ向けての練習が始まった。
出場するという噂は、いつの間にか村中へ広まっていた。
「若菜ちゃん、奏ちゃん。音楽祭に出るんだって?」
三日月亭で、おかみさんが嬉しそうに声をかけてきた。
「はい。そうなんです」
若菜が答えると、おかみさんは大きく頷いた。
「村長なんて、村中で見に行こうって張り切ってるわよ」
「ありがとうございます。頑張ります」
隣で奏も小さく頭を下げた。
別の日には、トールも村人に呼び止められていた。
「聞いたよ、トール。音楽祭に出るんだって?」
「ああ。この子たちと一緒にな」
トールが隣にいた小春たちへ目を向ける。
「そうか。また、あんたたちの演奏が聴けるんだな。必ず行くよ」
「ありがとうございます」
小春が少し照れたように笑った。
村の期待を受けるように、練習にも少しずつ熱が入っていった。
「はい、もう一度、木管だけでいってみましょう。少しゆっくりやるわね」
「あ、ごめんなさい」
演奏を止め、アイシャが声を上げた。
「大丈夫よ。もう一回やりましょう」
「はいっ」
ミラーは優しく微笑むと、もう一度指揮棒を構えた。
ミラーが来られない日は、個人練習やアンサンブルの練習に時間を使った。
大地、アイシャ、小春、トールの四人は、『カノン』を自分たちなりにアレンジして演奏することになった。
同じ旋律が少しずつずれながら重なっていく。
四人は何度も合わせながら、その音の重なりを確かめていった。
一方、ライム、夏樹、若菜の三人は、以前ライムが儀式で奏でた曲をもとに、新しい曲を作っていた。
あのとき即興で重ねた音を一つずつ思い出しながら、旋律を形にしていく。
「風の音……」
夏樹がつぶやいた。
「フルートね」
若菜がライムを見る。
「でも、それだけじゃ少しシンプルかな……」
ライムは二人を見ながら、しばらく考えていた。
「夏樹と若菜の音って、空みたいだね」
「空……か」
若菜が小さくつぶやく。
「風の音、空の詩……っていうのはどうかしら」
「うん。すごくきれいだね」
ライムが、わずかに微笑んだ。
【リアクション】
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------------------------- エピソード22開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
第四楽章~知られざる旅~
【本文】
アルベトニア王国の首都、ヘスペリディア。
ルタ村から馬車で半日ほどの場所に位置していた。
秋の終わりに開催される王国音楽祭には、ルタ村からも観光や商売を兼ねて、多くの村人たちが参加することになっていた。
音楽祭を数日後に控えた、最後の休日。
部室棟では、楽器や荷物の準備がいよいよ佳境を迎えていた。
必要な打楽器の選定や、荷馬車での搬入経路。
部員たちの移動に使用する馬車の手配など――。
おおよその段取りは、ミラーが村長とともに進めてくれていたため、若菜と大地は当日の具体的な流れを部員たちへ伝えていく。
「アルメニア王国……パパパーン!」
突然、アイシャが両手を広げた。
「アルベトニア王国よ。ベタなボケしないの」
「えへへ」
若菜のツッコミに、アイシャがいたずらっぽく笑った。
張りつめていた空気が少しだけ和らぎ、部員たちから笑いがこぼれた。
そして、移動日当日。
村の広場には、朝早くから何台もの馬車が並んでいた。
「すごーい! 馬車がたくさん!」
アイシャが目を輝かせる。
「お子様だなー」
夏樹が呆れたように言う。
「そんな夏樹先輩だって、さっきからずっとそわそわしてますよ?」
「まあな」
否定することもなく、夏樹は並んだ馬車を見回した。
初めて訪れる王都を前に、みんな少しずつ浮き足立っていた。
「村長さん、手配ありがとうございました」
若菜が頭を下げる。
「気にすることはない。わしらも後から向かうからの。先に行って、王都をゆっくり楽しんでくるといい」
「ありがとうございます」
若菜に続き、部員たちも村長や見送りに来ていた村人たちへ頭を下げた。
やがて荷物の積み込みも終わり、部員たちはそれぞれ馬車へ乗り込んでいく。
馬車がゆっくりと動き出すと、見慣れたルタ村の景色が少しずつ遠ざかっていった。
「ライムは王都に行ったことあるのか?」
向かいに座っていたライムへ、夏樹が尋ねた。
「一回だけ」
「どんな感じ?」
ライムは少し考える。
「うーん……広くて、人が多い」
「それだけ?」
「あと、大きな教会がある」
「あ、教会あるんですね!」
アイシャがすぐに食いついた。
「行ってみたいです!」
「うん。すごくきれいだから、みんなで行ってみよう」
「やったー!」
アイシャが嬉しそうに両手を上げる。
その横で夏樹は、馬車の窓から外を眺めた。
まだ見ぬ王都。
そして、その先に待つ王国音楽祭。
馬車の揺れに合わせるように、胸の奥も少しずつ高鳴っていった。
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------------------------- エピソード23開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
第四楽章〜城と音楽隊〜
【本文】
街道を北東へ進んでいく。
日がてっぺんを越え、少しずつ傾き始めた頃、前方に大きな門が見えてきた。
門の前に立つ兵士たちを見て、少し緊張が走る。
だが、荷馬車を止められることもなく、そのまま中へ入ることができた。
門をくぐると、遠くには大きな城がそびえ、その周りには家々や商店、露店が所狭しと立ち並んでいた。
行き交う人の数も、ルタ村とは比べものにならない。
「ほんとだ。すごい人がいる」
アイシャが目を丸くする。
その隣で、ライムが町並みの向こうを指さした。
「ほら、あれが教会だよ」
「あ、このあと自由時間ですよね? みんなで行きましょうよ!」
早くも浮き足立つアイシャに、ミラーから声がかかる。
「まずは宿に行きましょう。それから、お城に顔を出してもらえるかしら」
「えー……じゃあ、そのあとで」
アイシャが懇願するようにつぶやく。
「はいはい。教会は逃げないわよ」
ミラーの言葉に、周囲から小さな笑いが起こった。
宿に荷物を置いたあと、一行は城へと向かった。
城門をくぐると、本城ではなく、そのすぐ近くに建つ大きな建物へと案内された。
「ここが、私たち王国音楽隊の使っている建物よ」
中へ入ると、大きな部屋に通された。
中央には長いテーブルが置かれ、部員全員が座ってもまだ余裕があるほどだった。
しばらくすると、一人の男性が部屋へ入ってきた。
「ようこそ、みなさん。私が王国音楽隊の隊長、アルベルト・リモーネです。王都へようこそ!」
「ありがとうございます。私は吹奏楽部の部長、結城若菜です」
若菜を皮切りに、夏樹、奏、ライム、トールたちが順番に自己紹介をしていった。
一通りの挨拶が終わると、アルベルトの好意で、そのまま簡単な食事会が開かれることになった。
テーブルに料理が並び始める頃には、最初にあった緊張もすっかり薄れていた。
話題は、自然と音楽のことへ移っていく。
「ミラーから聞いていますよ。あなたたちの世界にも、素晴らしい音楽がたくさんあるそうですね」
アルベルトの言葉に、若菜が頷いた。
「ありがとうございます。私たちも、この音楽祭でこちらの世界の音楽にたくさん触れられることを楽しみにしていました」
「それは嬉しい。音楽祭には王都だけでなく、各地から演奏家たちが集まります。きっと、みなさんにも楽しんでもらえると思いますよ」
アルベルトは嬉しそうに笑った。
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------------------------- エピソード24開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
第四楽章 閑話 ~クラリネットキャンディ~
【本文】
飴細工。
柔らかい飴を、固まる前に素早く動かし、動物などの形に仕上げていく。
アイシャは、飴細工の屋台の前にいた。
「すっごーい、本物の猫みたい!」
「はい、お嬢ちゃん」
屋台のおじさんから手渡された飴は、かわいらしい猫の形をしていた。
首都ヘスペリディアでは、毎日のように何かしらの屋台が軒を連ねている。
「えへへ、どうです、小春先輩」
「かわいい。私も買ってこようかな」
小春とアイシャが話していると、若菜が通りかかった。その手には、同じく猫の形をした
飴が握られている。
「あ、若菜先輩も買ったんですね」
「ええ。あまりにもよくできてるから、つい。それにしても、いろんな屋台があるのね」
「そうなんですよ。あっちにはリンゴみたいな飴、あっちにはブドウみたいな飴がありました!」
「飴ばっかりね」
そう言って、若菜と小春が笑い合う。
小春も屋台のおじさんに声をかけ、気がつけば三人そろって猫の飴を手にしていた。
「よーし、飴ちゃん全部制覇するぞー!」
そう言うなり、アイシャは次の屋台へ飛び出していった。
【リアクション】
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------------------------- エピソード25開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
第四楽章 閑話 ~シンコペイテッド・クロック~
【本文】
カチ・コチ。
カチ・コチ。
店の前を通りかかった大地と奏は、規則正しく鳴るその音に足を止めた。
「ちょっと入ってみるか?」
奏はうなずいた。
壁掛け時計、腕時計、懐中時計――。
大小さまざまな時計が、店先に所狭しと並んでいる。
カチ・コチ。
カチ・コチ。
ひときわ大きな音を刻む柱時計があった。
カチ・コチ。
カチ・コチ。
二人は何を話すでもなく、しばらくその規則正しい、心地よい音に耳を傾けていた。
ボーン、ボーン、ボーン。
突然鳴り響いた時報に、二人の肩が同時にびくっと跳ねた。
続いて鳩が飛び出し、人形が踊り、あちこちから鐘の音が響き渡る。
店を出た二人は顔を見合わせ、吹き出した。
「びっくりしたな」
「そうね」
少し歩くと、背後からまた音が聞こえてきた。
カチ・コチ。
カチ・コチ。
何事もなかったかのように、規則正しい、心地よい音を刻んでいた。
【リアクション】
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------------------------- エピソード26開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
第四楽章 閑話 〜カンタベリーコラール〜
【本文】
大聖堂前。
「おっきな教会! ここが大聖堂?」
アイシャは目を輝かせて、隣にいたライムに尋ねた。
「そう。ポメロ大聖堂だよ」
石造りの建物は、見上げなければ全体が視界に収まらないほど大きい。
高く伸びた塔の先には、午後の空が広がっていた。
「ごめんなさい。ちょっと遅くなったわね」
後ろから若菜たちが追いついてくる。
「あ、若菜先輩! 早く早く! 夏樹先輩たちも!」
アイシャに急かされるようにして、ライムに続いて若菜たちも大聖堂へと入っていった。
中は思っていた以上に広かった。
高い天井。
整然と並ぶ長椅子。
そして、大きな窓から差し込む柔らかな光。
外の喧騒が嘘のように遠ざかり、静かな空気が辺りを包んでいた。
「ようこそ、ポメロ大聖堂へ」
声をかけてきたのは、一人の修道女だった。
「こんにちは!」
アイシャが元気よく頭を下げる。
「まあ。元気のいいお客さんね」
修道女はくすりと笑った。
「あの、お祈りの時間っていつですか?」
「あら……残念。今日のお祈りは、もう終わってしまったのよ」
「そんなー」
アイシャが見るからに肩を落とす。
その様子を見て、修道女は少し考えるように指を頬へ当てた。
「そうね……それじゃあ、みんなでコラールを歌いましょうか」
「えっ、いいんですか!」
アイシャの顔が、一瞬で明るくなった。
「そんなに難しくはないので、私に続いて歌ってみてください」
十分ほど教えてもらううちに、みんな少しずつ旋律を覚えていった。
「それでは、私が伴奏しますね」
厳かなパイプオルガンの音が、大聖堂を包み込んだ。
それに重なるように、みんなの歌声が高い天井へと昇っていく。
やがて歌い終えると、最後の響きだけが、しばらく大聖堂の中に残っていた。
「あー、楽しかった!」
大聖堂を出たアイシャが、満足そうに声を上げた。
「そうね。普段は演奏するほうだけど、たまには歌うのもいいわね」
奏の言葉に、ライムも頷く。
「うん、そうだね」
振り返ると、大聖堂の向こうから夕日が差し込んでいた。
少しまぶしかった。
それでも、その光からしばらく目が離せなかった。
【リアクション】
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------------------------- エピソード27開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
第四楽章〜いつもの空と四つの情景〜
【本文】
少し早く目が覚めた夏樹は、宿を出て、パレードが行われる大通りへと向かった。
朝の風は少し冷たかったが、心地よい。
ふと、何気なく空を見上げる。
いつもの空が、そこにはあった。
「おはようございます、先輩。早いですね。もしかして緊張してます?」
「おまえもな」
「あら、二人とも早いのね」
若菜の声に、夏樹とアイシャは顔を見合わせた。
そして、同時に笑う。
その様子を見て、若菜が不思議そうに首を
傾げた。
「何か、おかしかった?」
「いえ。なんか、こんなやり取り、前にもあったなって」
「そういえば、そうね」
三人の間に、自然と笑みがこぼれる。
やがて朝の静けさは消え、大通りの両脇を大勢の人々が埋め尽くしていた。
その視線を受けながら、夏樹たちは広場に設けられたステージで出番を待っている。
音楽祭のパレードでは、演奏に合わせて騎士団や音楽隊が大通りを行進する。
その幕開けを任されたのが、夏樹たちだった。
観客に向かって軽く一礼したミラーに促され、部員たちも立ち上がって挨拶をする。
若菜だけが、すっと前に出て魔道具へ向かって声を発した。
「これから演奏するのは、『プスタ』という曲です。私たちの世界では“大平原”を意味します。その大平原を旅する人々を描いた、四つの情景。壮大な響きや、どこか哀愁を帯びた旋律、その移り変わりをお楽しみください」
若菜が席へ戻る。
ミラーが指揮棒を上げると、部員たちは一斉に楽器を構えた。
わずかな緊張が、その表情に浮かんでいる。
木管の重厚なアンサンブルから、曲は始まった。
豊かな低音に支えられながら、美しい対旋律がゆっくりと重なっていく。
そこへ力強い低音のユニゾンが差し込まれ、音楽はいったん静かに落ち着いた。
間を置いて、ゆったりとした旋律が再び歩み始める。
低音はその足元を支え、複雑に絡み合う旋律が広場いっぱいに広がっていった。
観客たちも、いつの間にかそのリズムに合わせて身体を揺らしている。
やがてタンバリンが前へ出る。
そのリズムは、少しずつ、また少しずつ歩みを速めていった。
呼応するように、大通りの向こうで騎士たちが一歩を踏み出す。
ときおり挟まれる音の隙間。
そこへ響くのは、騎士たちの足音だけだった。
やがて再び音楽が満ち、その足音さえも包み込んでいく。
小春とトールが目を合わせ、ユニゾンのタイミングを待っている。
ホルンからトランペットへと旋律が渡り、若菜がすっと立ち上がった。
高らかなソロが、広場の上を駆け抜ける。
いくつもの旋律が交差し、絡み合いながら、曲は次の情景へと移っていった。
フルートのパートリーダーがゆっくりと立ち上がり、新たな主題を奏でる。
その旋律は木管から金管へと受け渡され、少しずつ姿を変えていく。
最後に残ったのは、静かなハーモニーだった。
一瞬の静寂。
その瞬間、アイシャが立ち上がった。
情熱的な音が広場に響く。
それまでの空気が一変した。
エキゾチックな旋律がタンバリンのリズムに導かれ、勢いよく走り出す。
金管のユニゾンが加わると、木管だけだった旋律は一気に厚みを増した。
また一瞬の静寂。
その向こうから、今度は情熱の中にどこか哀愁を帯びた主題が姿を見せる。
木管が重なり、金管が加わり、音楽は次の場面へ向かってさらに加速していった。
再び重厚な低音が土台を作る。
その上に乗るのは、厳かで力強い旋律。
繰り返される主題。
変化するリズム。
その合間を縫うように、美しいフルートのソロが響く。
異なる旋律とリズムが何度も交差し、それぞれが複雑に折り重なりながら、一つの大きな流れになっていった。
やがて、力強いホルンの咆哮。
ラストが近い。
音楽が加速する。
さらに勢いを増す。
そして最後は、溜めに溜めて――
ありったけの音を、空へとぶつけた。
一瞬遅れて、割れんばかりの大歓声が広場を包み込んだ。
【リアクション】
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------------------------- エピソード28開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
第四楽章~旅の余韻~
【本文】
「私の三楽章、神がかってましたよね!」
「言わなきゃかっこいいのに」
「えー、でも最高だったでしょ。音が消えた瞬間、こう、シュッと!」
アイシャは興奮した様子で、その場に立ち上がった。
パレードを終えた一行は、広場から少し離れた場所にあるカフェ兼食堂へと移動していた。
店内は音楽祭を訪れた多くの人であふれていたが、その一角だけは、ひときわ賑やかだった。
「ライムちゃん、すごくよかったよ」
フルートのパートリーダーが声をかける。
「リーダーのソロもすごかった」
ライムも嬉しそうに答えた。
「小春、ばっちりだったな」
「はい。すごく気持ちよかったです」
トールの言葉に、小春は満足そうに笑った。
緊張から解き放たれ、堰を切ったように感想が飛び交っていた。
だが、料理が運ばれてくると、さっきまでの騒がしさが嘘のように静かになった。
皆、黙々と料理を口へ運んでいく。
興奮がまだ残っているのか、スプーンを持つ手がわずかに震えている者もいた。
いつもより長い一日を終え、一行は再び自由時間となった。
明日は、アンサンブルメンバーによる小ステージが開かれる。
街に残る音楽祭の熱気を感じながら、一行はひとまず宿へと戻った。
「あら、若菜さん、夏樹くん。今帰りなの?」
宿へ戻る途中、聞き慣れた声に呼び止められた。
「ミラーさん。はい、少し街を散策してました」
「先生は?」
若菜が尋ねる。
「私は少し隊のほうに顔を出してたの。最終日の打ち合わせにね」
そう言ってから、ミラーは夏樹を見る。
「夏樹くん。ソロ、期待してるわよ」
「はい。ここでなら、今までとは違う表現ができそうな気がします」
若菜が少し驚いたように夏樹を見た。
「日向くんがそこまで言うなんて、珍しいわね」
「そうですね。自分でも不思議です」
ミラーは二人の顔を見て、少しだけ微笑んだ。
「それじゃあ二人とも、明日のアンサンブルも頑張ってね」
「はい」
【リアクション】
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------------------------- エピソード29開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
第四楽章~それぞれの思い~
【本文】
音楽祭二日目。
今日は、小ステージが開催される。
広場に設けられたステージでは、朝からさまざまな音楽が披露されていた。
アンサンブルの二組は、午後を少し回った頃の出番だったため、午前中は他のステージを見て回っていた。
「へえ、大道芸みたいだな」
大地が感心したようにつぶやく。
ステージの上では、打楽器を抱えた一団が所狭しと動き回りながら、見事な演奏を繰り広げていた。
叩きながら歩き、時には互いに位置を入れ替える。
そのたびに音の聞こえる方向まで変わり、観客から歓声が上がった。
「なるほど、こういう見せ方もあるんだな」
他にも、歌劇や歌唱、民族楽器による演奏など、さまざまな音楽が披露されていた。
夏樹たちは、自分たちの世界とは少し違う音に耳を傾けながら、音楽祭の時間を楽しんでいた。
昼食を終え、しばらくすると、大地、アイシャ、小春、トールの出番が回ってきた。
曲は、『カノン』。
準備を終え、ステージに立った四人は、互いに顔を見合わせた。
小柄なアイシャが抱える、かわいらしいクラリネット。
小春が抱える、精巧で美しいホルン。
そして、トールが抱える、武骨で鈍い輝きを放つホルン。
大地の前には、グロッケンが置かれている。
その組み合わせからどんな音楽が生まれるのか、観客にはまだ想像もつかなかった。
小春が軽くうなずき、最初の音を奏でる。
独奏で始まった旋律が、静かに広場へと広がっていった。
しばらくして、トールがオブリガートを重ねる。
大地のグロッケンが優しく音を刻み、二人のハーモニーを支えた。
何度か音を交わしたあと、小春、トールの順に演奏から抜けていく。
最後に、大地のグロッケンが静かな響きをひとつ残した。
わずかな間。
その静寂の中へ、アイシャが新しい旋律を運んだ。
そのあとを追うように、大地がオブリガートを重ねる。
今度は小春とトールが役割を変え、二人を包むようにハーモニーを作っていった。
再び何度か掛け合いを繰り返す。
やがてトール、小春、アイシャの順に、それぞれが響きだけを残して演奏を止めた。
残ったのは、大地のグロッケンだけだった。
澄んだ音が、何度か静かに繰り返される。
そして、その響きもゆっくりと消えていった。
広場には余韻だけが残り、ほんのわずかな静寂が訪れた。
四人は客席へ向かって一礼する。
その瞬間。
割れんばかりの拍手が、止まっていた時を取り戻すように広場を包み込んだ。
四人と軽く視線を交わし、入れ替わるように若菜、夏樹、ライムの三人がステージへ上がった。
曲は、『風の音、空の詩』。
夏樹と若菜が手にする、見慣れないほど精巧な金管楽器の造りに、観客の視線が集まる。
三人は準備を終えると、互いに視線を交わした。
ライムがゆっくりとフルートを構える。
大きく息を吸い込んだ。
厚く、神秘的な音が響く。
まるで楽器ではなく、ライムの身体そのものから生まれているような、豊かな響きだった。
その音色とは対照的に、刻まれるリズムは規則的で、どこか機械的な印象を与える。
しばらくの独奏のあと、そこへ柔らかな音が加わった。
夏樹のユーフォニアムが、大きな歩幅で音を刻んでいく。
ライムとは異なるリズム。
それでも二つの音は離れることなく、不思議な調和を作り出していた。
神秘的な音と柔らかな音。
二つの響きが重なり、観客を不思議な感覚で包み込んでいく。
幾度かそれを繰り返したのち、若菜のトランペットが加わった。
ライムと同じリズムを刻みながら、対旋律を重ねていく。
三人の音楽が、一気に厚みを増した。
規則的なはずの音が、幾重にも重なって聞こえる。
重なるハーモニー。
交差するリズム。
それはまるで、風に運ばれ、空の中を漂っているような感覚だった。
やがて三人は、短い和音を繰り返す。
そして――すっと、音が消えた。
三人は視線を交わし、少しだけ微笑んだ。
客席へ一礼する。
温かな拍手が、三人を包み込んだ。
【リアクション】
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------------------------- エピソード30開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
第四楽章~雲のコラージュ~
【本文】
音楽祭、最終日。
王立音楽ホールでは、メインステージが開催される。
初日のパレード、二日目のアンサンブルが好評だったこともあり、夏樹たちの演奏は大トリを務めることとなった。
「はい、ここまでにしましょう」
控室では、最後の調整が行われていた。
ミラーがみんなを見渡し、優しく微笑む。
「皆さん、悔いのないように。しっかりと思いをぶつけてください」
「はい!」
「あー、緊張します!」
アイシャが大きく息を吐いた。
だが、すぐに笑顔になる。
「でも、ワクワクしますね」
「そうだな」
夏樹は短く答えた。
満員の観客席。
ステージへ入場すると、割れんばかりの拍手が一行を迎えた。
全員がそろい、観客へ一礼する。
そして、着席。
ホールが静けさに包まれた。
ミラーが指揮棒を上げる。
ゆっくりと視線を巡らせ――合図を出した。
厚い雲を思わせるハーモニーが響く。
そこへ、フルートの風が吹き、雲を動かした。
夏樹は一息つき、あの日の空の続きを探すように唄う。
一度晴れた雲は、その思いに答えるように、再び空を覆った。
雲間から、若菜のトランペットが光を射した。
受け取った思いを、遠く――さらに遠くへ運んでいく。
やがて、空全体を重厚なハーモニーが包み込んだ。
少しの静寂を挟み、柔らかなアンサンブルが始まる。
移り変わる空は穏やかに。
そして時には、これから訪れる激しさを予感させるように。
その姿を変え続けていた。
幾度か場面が移り変わったあと、ライムが嵐の前の静けさを、情感豊かに紡ぎ出す。
吹き終えると、フルートのパートリーダーと視線を交わす。
向けられた温かな眼差しが、心地よかった。
曲は中盤へ差しかかる。
空が曇り始めるように、音は少しずつ厚みを増していった。
そしてついに、金管のユニゾンが激しくその到来を告げる。
木管楽器が雨と風を呼び、小春とトールのホルンが、雷の一撃を加えた。
低く、深く、重く鳴り響く低音。
鋭く、強く、激しく空を切り裂く金管。
木管の風と雨が混ざり合い――
やがて。
空いっぱいに広がったユニゾンが、
視界そのものを押し広げるように響いた。
風が吹く。
そのあとに、少しくすんだハーモニーが重なった。
そして、その余韻さえも――
空へと吸い込まれていった。
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------------------------- エピソード31開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
第四楽章~謁見~
【本文】
音楽祭の翌日。
夏樹たちは、ミラーから国王との謁見があることを知らされた。
代表として城へ向かうことになったのは、若菜、大地、奏、夏樹、ライム、トールの六人だった。
「アイシャ、今回はついてくるなよ」
「大丈夫ですよ、夏樹先輩。王様はちょっと緊張しますから」
「おまえでも緊張するんだな」
「どういう意味ですか!」
いつものやり取りに、若菜が小さく笑う。
「それじゃ、行ってくるわね」
「はい! いってらっしゃい!」
六人はミラーとともに、王城へと向かった。
謁見の間へ通されると、国王が穏やかな表情で一行を迎えた。
「よく来てくれた。そなたたちの演奏、実に素晴らしかった」
「ありがとうございます」
若菜たちが頭を下げる。
「よければ、これまでのことを聞かせてもらえないだろうか」
国王はそう言って、優しく若菜たちに問いかけた。
若菜は、これまでの出来事を一つずつ話していった。
突然、この世界へ転移したこと。
森でライムと出会ったこと。
ルタ村の人々に受け入れてもらったこと。
トールと出会い、楽器を作ったこと。
収穫祭で演奏したこと。
そして、ミラーと出会い、この王都の音楽祭へやってきたこと。
国王は時折頷きながら、最後まで静かに耳を傾けていた。
「なるほど。そなたたちも、すっかりこの国に馴染んだというわけだな」
「はい。皆さんには、本当によくしていただいています」
「そうか」
国王は満足そうに頷いた。
そして、何かを思い出したように表情を変える。
「ところで、転移者についてなのだが……以前、古い書物で目にしたことを思い出してな」
若菜が顔を上げた。
「誰か、魔術師長を呼んでくれ」
しばらくして、白髪を蓄えた老齢の魔術師が謁見の間へ姿を現した。
「お呼びでしょうか、陛下」
「うむ。転移者について記された文献に、心当たりはあるか?」
「はい。先の大戦時の記録として、いくつか残されております」
「どのような内容だ?」
「少々お待ちください。確認してまいります」
魔術師長が一度、謁見の間をあとにする。
その背中を見送りながら、若菜が思わず身を乗り出した。
「国王様……何か、帰れる手がかりがあるのでしょうか」
「分からぬ。わし自身、何が書かれていたのかまでは覚えておらんのだ。だが、何か記録が残っているかもしれん」
しばらくして、魔術師長が一冊の古びた書物を手に戻ってきた。
「陛下。大戦時の記録とは別に、転移の儀について記された文献がございました」
「おお。して、どのような内容だ?」
魔術師長が、古びたページを慎重にめくる。
「転移者についての記録が残されております。そして――」
一度、言葉を切った。
「異なる世界より訪れた者の中に、元の世界へ戻った者がいたと記されております。その際に行われた儀についても、記録が残されています」
誰も、すぐには声を出さなかった。
「……俺たち、帰れるんですか?」
沈黙を破ったのは、夏樹だった。
「まだ分かりません」
魔術師長が静かに答える。
「記録が残っているというだけです。同じ儀が今も行えるのか、そもそも皆様に適用できるものなのか。それを調べる必要がございます」
「そうか……」
夏樹は、それ以上何も言わなかった。
「詳しく調べさせるとしよう」
国王の言葉に、若菜たちは頷いた。
宿へ戻ると、若菜たちは城でのやり取りを全員に伝えた。
「えーーっ! 帰る方法が見つかったかもしれないんですか!」
アイシャがひときわ大きな声を上げる。
部屋のあちこちから声が上がった。
喜ぶ者。
驚く者。
何も言わず、考え込む者。
それまで一つだった空気が、わずかに揺れた。
「まだ分からないわ」
若菜が、ざわめきを静めるように言った。
「本当に帰れるのかも、まだ分からない。今は――待ちましょう」
誰も、すぐには返事をしなかった。
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------------------------- エピソード32開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
第四楽章~儀式~
【本文】
ルタ村へ帰ったあと、夏樹たちは、またいつもの日常へと戻っていった。
「ありがとうございました」
いつものように店番をする、アイシャと小春。
「親方、この鎌、少し見てくれませんか?」
「どれどれ……おお、よくなってきたな。これなら店に出せるぞ」
トールに仕事を教わる大地。
夏樹たちは、果樹園で収穫を手伝っていた。
「あら、ライム。今日は一人?」
「うん。お昼ご飯を食べに来たんだ」
「若菜ちゃん、奏ちゃん。ライムちゃんの分も用意してあげるから、一緒に休憩に行っておいで」
「はい、ありがとうございます」
三日月亭では、若菜と奏がいつものように働いていた。
そんな日々が、しばらく続いた。
ある日、練習を始める前に、ミラーが話があると切り出した。
「実はね、儀式の詳細が分かったらしいの」
部員たちの間に、小さなざわめきが起こった。
ミラーは一度みんなを見渡してから、静かに続ける。
「結論から言うわね。元の世界に帰れるかもしれないとのことよ。もちろん、確実ではないけれど」
誰も、声を上げなかった。
先日の謁見以来、どこかで期待していたはずだった。
それでも、いざ具体的な話を前にすると、誰も自分の気持ちをどう表せばいいのか分からなかった。
「一か月ほどで、儀式の準備ができるそうよ」
しばらくの沈黙のあと、若菜がすっと立ち上がった。
「ミラー先生、ありがとうございます」
そして、ゆっくりと頭を下げる。
「私たちには、帰る場所があります」
誰も口を挟まなかった。
「ここでの出来事を、忘れることはありません。確実に帰れるかは分からないとのことですが……儀式の準備をお願いします」
その言葉をきっかけに、それまで堰き止められていたものが溢れ出すように、部員たちがざわざわと話し始めた。
その中で、
「……とりあえず、何か練習しませんか?」
アイシャが、か細い声でつぶやいた。
「そうね」
ミラーが小さく頷く。
「若菜さん。準備のことは、私から国王様に伝えておきますね」
「はい。よろしくお願いします」
若菜は、もう一度頭を下げた。
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------------------------- エピソード33開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
エンディング~冬の訪れ~
【本文】
「私、ここに残るわ」
奏から放たれた言葉は、あまりにも予想外だった。
「奏……」
若菜は、それ以上の言葉を続けられなかった。
「私、王都に行ってみようと思うの」
「王都……ですか」
「うん。王都の音楽隊で、この世界の音楽を学びたいの」
アイシャの問いに、奏は静かに答えた。
また、少しの沈黙が訪れる。
「音楽祭の前に、ミラーさんから音楽隊に来ないかって言われてたの。
でも、その時は答えられなかった」
「奏……そう。すごく悩んだと思うわ。私は、応援する」
それから、少し慌ただしい時間が過ぎていった。
帰るための準備が始まった。
「そうか。まだ確実ではないのかもしれんが……おめでとう。帰るべきところへ帰れるようじゃの」
「ありがとうございます、村長さん」
若菜は、村長のもとへ報告に訪れていた。
三日月亭でも――
「そうかい。家族のところへ戻れるんだね。よかったね、若菜ちゃん」
「はい。おかみさん、ありがとうございます」
ほかの部員たちも、それぞれ世話になった村人たちのもとを訪れ、帰還のことを伝えていった。
夕方。
一通り挨拶を終え、若菜が広場へ差しかかったところで、夏樹の姿を見つけた。
「日向くん」
「先輩」
足を止めた二人の間に、少しだけ沈黙が落ちた。
「俺も、帰りますから」
「びっくりした」
「え?」
「『俺も』なんて言うから」
そう言って、若菜は笑った。
一瞬遅れて、夏樹も笑った。
帰る準備の間にも、部活は続けられていた。
その時間が心地よかった。
まだ確かではない帰還の話。
この世界に残ると決めた奏。
様々な感情が、部員たちの胸の内にあった。
それでも合奏が始まれば、音の中ではいつも通りでいられた。
「最後に何か、全員で一曲仕上げませんか?」
ミラーが問いかけた。
その一言をきっかけに、緊急の選曲会議が始まった。
いくつかの候補が挙がり、話し合いの末、最後に演奏する曲が決まった。
『アルメニアン・ダンス Part 1』
だった。
今までの本番とは、どこか違っていた。
そんな思いを胸に、それぞれが練習を重ねていった。
合奏の日は、転移の儀式を一週間後に控えた日に決まった。
吹き抜ける風は、もう冷たい。
季節は静かに、冬の訪れを告げていた。
【リアクション】
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------------------------- エピソード34開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
エンディング~鍋を囲んで~
【本文】
練習が終わった夕方。
ライムに呼ばれ、若菜と夏樹は一緒に屋上へ向かった。
「はぁ……もう、だいぶ寒くなったわね」
「どうしたんだ、ライム」
「これ」
ライムは、手のひらに収まるほどの貝殻のようなものを、二人にそれぞれ差し出した。
若菜と夏樹は顔を見合わせ、それを受け取る。
「これは?」
若菜が尋ねた、そのとき。
冷たい風が、屋上を吹き抜けた。
――次の瞬間、曲が流れた。
「魔道具?」
「そう。僕の儀式の曲。この間のメロディーが入ってる」
「ありがとう」
若菜は、少しうつむきながら言った。
「ライム、ありがとう」
「うん。儀式、成功するといいね」
「そうね。きっと成功するわ」
若菜は、すっかり日が落ちた空を見上げながら、静かにつぶやいた。
別の日、トールの工房では――
「こうして、アイシャのタンポを取り換えるのも最後かもな」
「おやかた……」
「おっと、すまんな。まだ儀式がどうなるか分からんからな」
「そうですよ。それに、まだ合奏が残ってるじゃないですか」
「ああ、そうだな。思いっきり楽しませてもらうよ。な、小春」
「はい。たくさん見せ場がありますから」
「親方、終わりました」
大地が作業を終え、トールに声をかけた。
「おう、大地。最後まですまんな。つい頼ってしまうな」
「そんな。なんでもやりますから、俺」
「ははっ、頼もしいな」
また別の日、三日月亭では――
「さあ、今日は若菜ちゃんと奏ちゃんに教えてもらった鍋を作ってみたよ」
おかみさんが蓋を開けると、ぐつぐつという音とともに湯気が立ち上った。
「わー、おいしそう! いただきまーす」
「あちちっ!」
アイシャのコミカルな動きに、自然と笑いが起こった。
今日は久しぶりに、みんなで三日月亭の夕食を囲んでいた。
そこには、ライムやトール、ミラーの姿もあった。
「なんだか、メニューが増えたね」
ライムの言葉に、奏が答える。
「そうだね。お鍋に焼きそば、卵焼き。それに、かつ丼なんかも作ったね」
「奏って、こう見えても食いしん坊なのよ」
「若菜、ほかに言い方ないの? グルメとか」
小さな笑いが起こったところで、ミラーが口を開いた。
「そういえば、儀式の方は順調に準備が進んでいるそうよ」
その言葉に、みんなの背筋が少しだけ伸びた。
「どんな感じなんですか?」
「ええ。魔法陣など、儀式の大事な部分について書かれた書物が見つかってね。だいたいの準備には、めどが立ったそうよ」
「そうですか。よかったわ」
ミラーの答えに、若菜は胸をなで下ろした。
「さあ、冷めないうちに食べましょうよ!」
「そうね。いただきましょう」
【リアクション】
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------------------------- エピソード35開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
エンディング~アルメニアン・ダンス~
【本文】
ミラーが構えた。
全員を見渡し、一呼吸置いて――
タクトを振り下ろした。
大地のシンバルと金管のファンファーレが、完璧なタイミングで繰り出された。
待ってましたとばかりに、小春とトールが吠える。
低音がそれに呼応した。
夏樹が高らかに歌い上げ、フルートとサックスへバトンを渡す。
再び、ファンファーレが鳴り響いた。
音楽は、ドラマチックな変化を繰り返していく。
夏樹が答える。
遠くから聞こえてくる、やまびこのように。
そして、次の主題へ。
奏とアイシャが軽快なリズムを刻む。
フリューゲルホルンに持ち替えた若菜が、ゆったりとしたソロを奏でた。
奏、夏樹と、その旋律に続いていく。
やがて、次の場面を予感させるように、壮大なユニゾンが鳴り響いた。
山を登り、そして下るように、音が引いていく。
遠くの山から響かせるように、小春とトールが音を飛ばした。
ミラーの指揮が、不規則に揺れる。
少し危うさを感じさせるリズムに乗って、サックスとオーボエが主題を鳴らす。
それはクラリネットへと渡され、ユニゾンで頂点を迎えた。
再びサックスとオーボエから木管楽器へ。
金管、木管と、主題を交換し合っていく。
トランペットのファンファーレとティンパニーのロールを合図に、激しく主題をぶつけ合った。
そして、すぐに落ち着きを取り戻し、次の場面へ。
息の長い、ゆったりとしたフレーズが響く。
木管楽器のメロディーに、夏樹のオブリガートが降り注いだ。
いくつもの響きが重なり合い、ロマンティックで、どこか哀愁を帯びた空気を作り出していく。
一音、また一音と抜けていく。
静寂を予感させるアイシャの音が、みんなの耳を包んだ。
――瞬間。
短く、勢いよくハーモニーが飛び出した。
クラリネットが忙しくリズムを刻む。
フルートやサックスも加わり、軽快な主題を響かせた。
大きく、短く。
何度か響くハーモニーが、その先を予感させる。
夏樹のユーフォニアムが、階段を駆け上がるように音を伸ばしていく。
次第に推進力を増し、一度目の頂上でユニゾンへと繋いだ。
二度目は、さらに勢いを増す。
リズムのアクセントが前後に揺れ、音楽はどんどん前へ進んでいく。
強弱は目まぐるしく変わる。
それでも、決して勢いは落ちない。
何度目かの金管のユニゾンが、フィナーレを予感させた。
最後のハーモニーを、ありったけ響かせる。
短いはずの最後の音が、原曲よりも長くハーモニーとなって――
いつまでも、耳から消えなかった。
【リアクション】
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------------------------- エピソード36開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
エンディング~あの日見た空の向こうは~
【本文】
「大地さーん」
「ん、なんだ。アイシャか。どうした?」
「おやかたが、三日月亭に行きたいから呼んで来いって」
「分かった。今行くよ」
「こんなところで何してたんですか?」
「ん? なんとなく、空が見たくなってな」
「空ですか? 今日も綺麗ですね」
「ああ、そうだな」
「早く行きましょうよ! 私、もうおなかペコペコですよ!」
アイシャは大地の手を取り、そのまま走り出した。
「若菜、どうしたの? ぼーっとして」
「え? そう……かしら」
「うん。聞いてた?」
「ごめんなさい。少し考え事してたの」
「もう、放っておくとすぐ遠いところに行っちゃうんだから」
「遠いところ……ね。でも、空は同じだよ」
「何それ? ゼミ始まるよ!」
「そうね。行きましょう」
大学のキャンパスを走り抜ける途中、若菜はふと空を見上げた。
鞄につけた貝殻のキーホルダーが、揺れていた。
日差しが強かった。
ビルに反射した光が、まぶしかった。
夏期講習を終えた夏樹は、ふと空を見上げた。
そのとき、ふいに風が吹いた。
鞄の方から、聞き覚えのあるメロディーが流れた。
「ライム……」
短くつぶやき、鞄につけたキーホルダーを手に取った。
「こっちに来て、一度も鳴ったことなかったのに」
もう一度、空を見上げた。
今度は、空の向こうを探すように目を閉じた。
記憶の中にあるメロディーが、夏樹の頭の中に響いていた。
【後書き】
ここまでご覧いただきありがとうございました。
一部完結になります。
よろしかったら評価や感想などを頂けると今後の励みになります。
また、加筆や修正も予定しております。
次回は、奏編とルタ村編を予定しております。
よろしくお願いします。
【リアクション】
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------------------------- エピソード37開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
ルタ村編 日常
【本文】
いつものように炉に火を入れる。
炉に熱が入るまでの間に飲むコーヒー。
大地は何気なく窓の外を覗いた。
朝日が差し込んでいた。
「大地さん、おはようございます」
「おう、アイシャ。今日は早いじゃないか」
「もう、私がいつもお寝坊さんみたいじゃないですか!」
「お寝坊さんだろう」
「おはよう」
「親方、おはようございます」
「おはようございます。おやかた」
この金物屋の主人であり、ドワーフのトールが顔を出した。
いつもの朝が、日常が始まった。
転移から一年。
季節は、また夏になっていた。
「もうすぐ七夕ですね」
アイシャがふと呟いた。
「そうだな」
炉の準備をしながら、大地が答えた。
「なんだ? 七夕って?」
「七夕っていうのは、お姫様と王子様が一年に一回しか会えなくなってしまう、ロマンティックなお話です」
「うーん、微妙に違うが、大体合ってるな」
「ほう、面白そうな話だな」
「でしょ? それで、星に願いを込めて、竹に願いごとを書いた札を吊るすんですよ」
「またちょっとずれてるが、大体合ってるな」
「吹奏楽にも曲があるんですよ」
そう言って、アイシャは一度言葉を切った。
「わたし、ね。『たなばた』大好きなんですよ。ワクワクして、ちょっと切なくって。また演奏したいなぁ」
「そうだな。こっちでもやりたいな」
「そうだな。こっちでもやりてぇな」
「おやかた! やりましょうよ!!」
「簡単に言うなよ。そう簡単に楽器は手に入らねぇよ」
「私のクラリネット。おやかたのホルン……か」
アイシャはそう言って、少しうつむいた。
「それに、曲をやるったって楽譜も――」
「あ、それならありますよ」
「……は?」
大地とトールが同時にアイシャを見る。
アイシャは少し照れくさそうに笑った。
「えへへ……実は内緒で持ってきちゃいました。この曲とだけは、どうしても離れられなくて……」
そう言って取り出したのは、一冊の楽譜だった。
表紙に書かれた曲名を見て、大地は目を丸くした。
『The Seventh Night of July Tanabata』
「お前、持ってきてたのかよ」
「はい」
アイシャは、大事そうに楽譜を抱えた。
トールがしばらく楽譜とアイシャを見比べてから、にやりと笑った。
「じゃあ、足りねぇのは楽器と人だな。よし、ちょっと考えてみるか」
「ほんとですか! おやかた大好き!」
「まったく」
そう言って、三人は笑った。
【リアクション】
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------------------------- エピソード38開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
ルタ村編 一人目
【本文】
「♪――」
アイシャは『たなばた』の冒頭のメロディーを口ずさみながら、籠を編んでいた。
「ごきげんだな、アイシャ」
「おやかた! ごきげんですよー。今日は三日月亭に、ライムちゃんも誘っていいですか?」
「お、早速一人目の勧誘だな。分かった」
夕方。
ライムの手を引っ張って歩くアイシャの姿があった。
「分かったから、引っ張らないで」
「えへへ、ごめんなさい」
「そんなにいい曲なんだ。『たなばた』って」
「うん! ライムちゃんも絶対好きになるから」
「分かった。楽しみにしてるよ」
「おーい、置いていくなよ」
後ろから、大地とトールが歩いてきた。
「ライムちゃん、オッケーだってー!」
「分かった分かった。飯でも食べながら、ゆっくり話そうぜ」
「はーい!」
みんなで夕食を囲みながら今後のことについて話し合った。
4人の前には三日月亭の看板メニューになった、
『かつ丼』
が並んでいた。
「さて、改めて状況を整理するか。クラリネット、フルート、ホルン、パーカッションの4人。楽器はクラリネット、フルート、ホルン、打楽器はまあなんとか作れるかな」
大地が状況をまとめた。
「そうだな、絶対必要な楽器とかあるのか?」
アイシャはテーブルの上に広げた楽譜を、ぱらぱらとめくった。
「はい、クラリネットはもう何人かほしいですね。金管楽器はトランペットが何人かとトロンボーンとホルンは2人ずつはほしいですね。パーカッションは2人くらいですかね」
「そうか。あと7,8人くらいはほしいってことだな。楽器は、クラリネットとトランペットとトロンボーンとホルン、あとは打楽器だな」
トールは少し考えこんで続けた。
「そっくり同じにはなんねぇが似たような音が出るように頑張ってみるわ。材料代、頑張って稼ぐぞ!」
「はい!おやかた頑張ります!!」
トールの気合の入った号令に、アイシャが元気よく返事をした。
「……また、みんなで演奏できるんだね」
かつ丼を口に運んでいたライムが、ふっと柔らかく目を細めた。
【リアクション】
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------------------------- エピソード39開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
ルタ村編 小さな手
【本文】
仕事が終わって、村から少しだけ離れた小高い丘で、アイシャは楽器を持って佇んでいた。
しばらく夕暮れを眺めていたが、やがてクラリネットを構え、静かに演奏を始めた。
キャッチーで、どこか哀愁のあるメロディー。
それは、『たなばた』の冒頭部分だった。
ひと通り吹き終え、そろそろ戻ろうと楽器を片付けていると、後ろから声が聞こえた。
「アイシャお姉ちゃん、上手!」
振り返ると、男の子と女の子が立っていた。
「レオンちゃんとシオンちゃん! どうしたの?」
アイシャは優しく声をかけた。
「お姉ちゃん、いつもここで楽器吹いてるよね?」
「そうね。ここ、好きなんだ」
「私も好きー」
「あはは。じゃあ、そろそろ一緒に帰ろうか。お父さんとお母さんが心配しちゃうよ」
「はーい」
アイシャを真ん中にして、三人は手をつないで村へ戻っていく。
その途中、シオンがアイシャを見上げた。
「私も、お姉ちゃんの楽器やってみたいな」
「僕も!」
レオンもすぐに続く。
「ほんと!」
アイシャは嬉しそうに笑った。
「あ、でも楽器がないんだよね……。おやかた、考えてみるって言ってたけど……」
少し考えてから、アイシャは二人に言った。
「じゃあ、かわりばんこで吹いてみようか?」
「ほんと? やったー!」
「あはは。今日は遅いから、また今度ね」
「はーい!」
村に着くと、アイシャは二人と別れ、そのまま工房へと戻っていった。
レオンとシオン。
二人は、村の洋服屋の双子の兄妹だ。
工房に戻るなり、アイシャは声を上げた。
「おやかたー、クラリネット作れそう? 洋服屋の双子ちゃんがやってみたいって言ってた!」
「そうだな。だいたいの作りは分かってるが、部品がな……」
トールは腕を組み、しばらく考え込んだ。
「王都なら、使えそうなものがあるかもしれんな」
そして、何かを決めたように顔を上げる。
「分かった。明日からちょっと王都に行ってくるわ。大地、留守番頼んだぞ」
「はい!」
大地が短く返事をすると、アイシャもすぐに続いた。
「私もいますよー」
「ああ。アイシャも頼んだぞ」
「はーい!」
翌朝。
トールは、大きな荷物を背負って工房の前に立っていた。
「親方、その荷物は?」
大地が尋ねる。
「売るんだよ。金がいるだろ」
「おやかたー! 帰ってくるまでに籠いっぱい作っておくね!」
「ああ、楽しみにしてるよ」
トールは荷物を背負い直した。
「じゃあ、行ってくるわ」
「行ってらっしゃい!」
【リアクション】
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------------------------- エピソード40開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
ルタ村編 仕入
【本文】
「ここに来るのも久しぶりだな。さて、先に身軽になるか」
トールが向かったのは、街の片隅にある骨董品屋だった。
扉を開けると、店主が顔を上げる。
「いらっしゃい――おお、トールじゃないか。珍しいな」
「まあな。これ、買い取ってもらえるか?」
トールは背負っていた荷物を下ろし、包みを開いた。
中から現れたのは、宝飾の施された短剣が数本。
店主は一本を手に取ると、驚いたようにトールを見る。
「いいのか? こういうのは売らないって言ってたじゃないか」
「ああ。ちょっと家族のために入り用でな」
「そうかい」
店主はそれ以上聞かなかった。
「まあ、あんたの作る品は欲しがる奴が多いからな。こっちとしても助かるよ」
「色、付けてくれよ」
「相変わらずだな」
店主は笑いながら、一本ずつ丁寧に品を確かめていった。
しばらくして、カウンターの上に金貨が数枚並べられる。
トールはそれを見て、少しだけ目を細めた。
「……ありがとな。恩に着るよ」
「家族によろしくな」
「ああ」
店を出たトールは、少し軽くなった荷物を背負い直した。
「さて。次はあいつのところに顔を出してみるか」
向かった先は、王城だった。
「久しぶりだな、ミラーさんよ」
「ええ。本当に珍しいわね。あなたが王都まで来るなんて」
「ああ。ちょっと楽器が必要になってな」
「楽器?」
ミラーは少し意外そうに首を傾げた。
「村で何か始めるのかしら?」
「まあ、そんなところだ」
トールは腕を組む。
「楽器を作ろうと思ってる。ただ、細かい部品まで俺一人で作るのは無理だ」
「なるほどね……」
ミラーはしばらく考えたあと、頷いた。
「楽団が使っている工房なら紹介できるわ。私の名前を出せば、話くらいは聞いてくれると思う」
「助かる」
「何かあったら、またいつでも来てね」
「ああ」
ミラーは少し間を置いてから、思い出したように笑った。
「そういえば、大地やアイシャ、それにライムは元気かしら?」
「元気すぎるくらいだ。そっちこそ、奏は?」
「あの子も元気よ。相変わらずね」
「そうか」
トールは小さく笑った。
王城を出たあと、トールはミラーに教えられた工房へ向かった。
店の奥には、分解された楽器や細かな金属部品が所狭しと並んでいた。
事情を話すと、工房の主人は少し驚いた顔をした。
「完成品じゃなくて、部品だけ欲しいって?」
「ああ。管や木の部分は俺が作る。必要なのは、俺じゃ作れねえところだけだ」
「なるほどな」
主人はしばらく考えたあと、棚の奥からいくつかの箱を取り出した。
クラリネットなどに使うキイやバネ、タンポ。
それに金管楽器用のピストンや、その周辺部品。
トールは値札を見て、思わず眉をひそめた。
「……部品だけでも木管は高いな」
財布の中身を確かめる。
「三本分が限界か」
結局、木管楽器用の部品を三台分。
さらに、金管楽器用のピストン周辺部品を数台分買い込んだ。
店を出たころには、財布はずいぶん軽くなっていた。
その代わり、背中の荷物は重い。
「よし」
トールは荷物を背負い直す。
「帰ったら忙しくなるな」
そう呟きながら、その顔には少しだけ笑みが浮かんでいた。
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------------------------- エピソード41開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
ルタ村編 双子のクラリネット吹き
【本文】
「そうそう。そうやって両手で押さえて――ゆっくり息を入れてみて」
店先には、アイシャとレオン、それにシオンが来ていた。
レオンが真剣な顔でアイシャのクラリネットを構え、恐る恐る息を吹き込む。
ぷぅ、と少し頼りない音が店先に響いた。
「そうそう! ちゃんと音出たよ。上手!」
「わたしもー!」
隣で見ていたシオンが手を伸ばす。
「はいはい、順番ね」
「音、出たじゃないか」
声に振り返ると、工房から大地が出てきた。
「あ、大地先輩。お疲れさまです。うん、この子たち、すごく一生懸命なの」
「おまえが先輩とはな」
「あ、ひどい! 私だって、もうお姉さんなんですよ!」
「はいはい。頑張れよ、お姉さん」
「もう……」
店先に笑い声が広がった。
そのときだった。
「ただいま」
聞き慣れた声に、レオンとシオンが振り返る。
「おやかた! おかえりなさい!」
「おう。ただいま。なんだ、レオンとシオンもいるのか。何やってたんだ?」
「二人にクラリネットを教えてたの」
「ほう」
トールはアイシャの持っているクラリネットと、その前で目を輝かせている二人を交互に見た。
そして、背負っていた荷物をぽん、と叩く。
「ちょうどいいや。とりあえず、クラリネットを二本作るぞ」
「ほんと!?」
真っ先に声を上げたのはアイシャだった。
すぐに二人の方を向く。
「やったね! 二人とも。頑張って練習しようね!」
「うん!」
「やったー!」
レオンとシオンは顔を見合わせて喜んだ。
「まあ、そう簡単にはできねえからな。気長に待っててくれ」
「親方、俺も手伝います」
大地がそう言うと、トールは豪快に笑った。
「いや、大地は店の方を頼むわ。もう財布がすっからかんだ」
「親方……」
大地は一瞬呆れたような顔をしたあと、笑った。
「はい。俺、頑張りますよ」
「おう。頼んだぞ」
「私も! 私も頑張る!」
アイシャも勢いよく手を挙げた。
トールはそんな三人を見渡し、満足そうに頷いた。
「おう。頼りにしてるぞ」
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------------------------- エピソード42開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
ルタ村編 ドワーフの楽器製作
【本文】
いつもの三日月亭。
ライム、トール、アイシャ、大地の四人は、テーブルを囲んで素麺をすすっていた。
「このソーメンって、おいしいね」
ライムが嬉しそうに言う。
「でしょ! 冷たいのもおいしいけど、温かいのもおいしいよ」
アイシャも箸を動かす手を止めない。
「そうなんだ。今度、女将さんにお願いしてみようかな」
「まさか、素麺まであるとはな……」
大地が少し呆れたようにつぶやいた。
トールがそんな大地を見る。
「そういや、お前の方はどうなんだ。そろそろ打楽器も必要なんじゃねえか?」
「ああ、そうですね。そろそろ俺も作らないとな」
「どうやって作るつもりだ?」
「とりあえず、樽に皮を張れば太鼓っぽいものは作れます。あとはカホンっていう、箱みたいな便利な打楽器があるんで、それも真似できるかなと」
「箱が楽器になるの?」
ライムが不思議そうに首を傾げる。
「なるんだよ。叩く場所で音も変わるし、結構使えるんだ」
「へえー」
その横で、アイシャが何かを思い出したように顔を上げた。
「大地さん。『たなばた』なんだから、アレ忘れないでくださいよ」
「ああ、ウッドブロックな」
大地はすぐに察した。
「アレなら簡単に作れそうだな」
「さすが! カッコいい!」
「おまえなー」
大地が呆れたように笑う。
その声につられるように、三日月亭にまた笑い声が広がった。
「さて、木も乾いたし、いよいよだな」
トールは作業台に置かれた二本の木を前に、腕をまくった。
十分に乾燥させ、楽器に使える状態まで整えたものだ。
「この木も、おいそれと無駄にできるようなもんじゃねえからな」
作業台の横には、何枚もの図面が広げられていた。
アイシャのクラリネットを借り、長さや太さ、穴の位置まで事前に細かく測って起こしたものだ。
トールは図面と木を何度も見比べる。
「よし」
一つ息を吐き、細長い棒状の工具を木の中心にあてがった。
魔法を使う。
工具が高速で回転を始めた。
軸がぶれないよう慎重に支えながら、少しずつ木の中へ進めていく。
急げば木が割れる。
曲がれば、それだけで一本が駄目になる。
時間をかけて、ゆっくりと。
やがて工具の先端が反対側へ抜けた。
「……ふぅ」
続いて、もう一本。
同じように慎重に穴を通す。
しばらくして、トールは二本を作業台に並べた。
「よし。二本とも成功だな」
今度は図面を確認しながら、側面の音孔を開けていく。
穴によって大きさも違う。
工具を取り替えながら、一つずつ、丁寧に。
すべての穴を開け終わるころには、外はすっかり暗くなっていた。
トールは大きく伸びをする。
「今日はここまでだな」
そして店先に向かって声を張った。
「おーい、アイシャ!」
「はーい!」
すぐに元気な返事が聞こえ、アイシャが店先から飛んでくる。
「明日も二人は練習するのか?」
「はい、そのつもりです」
「そうか」
アイシャは、作業台の上に置かれた二本の木に気づいた。
「あっ!」
近寄って、目を輝かせる。
「穴が開いてる! もうすぐできるんですか?」
「ああ。明日には、とりあえず楽器らしい形にはなるだろうな」
トールは図面の横に置いてある金属部品を手に取った。
「それから一度、あいつらに持たせてみたい。音の出る場所は変えられねえが、キイはあの二人の手に合わせてやりたいからな」
「そこまでやるんですか?」
「せっかく作るんだ。吹きにくかったら意味ねえだろ」
アイシャは二本の木を見つめる。
それがクラリネットになる姿を想像したのか、自然と笑顔になった。
「あの子たち、絶対喜びますよ!」
「まだ完成まではもう少しかかるぞ」
「それでも楽しみです!」
「そうかい」
トールも小さく笑った。
「じゃあ明日、二人を連れてこい」
「はい!」
アイシャは嬉しそうに店先へ戻っていった。
トールはもう一度、作業台の二本の木を見る。
「さて……明日も忙しくなりそうだな」
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------------------------- エピソード43開始 -------------------------
【エピソードタイトル】
ルタ村編 はじめての楽器
【本文】
「よし、これで完成っと」
大地の前には、大きな酒樽が置かれていた。
「大地兄ちゃん、それ太鼓?」
ロビンが大地の背中に抱きつきながら聞く。
「ああ。バスドラムっていうんだ。低くて大きな音が鳴るぞ。ズシーンってな」
「へー! やってみてよ!」
「いいぞ。ちょっと離れてろよ」
大地は、太めの木の先に柔らかな布を巻きつけて作ったマレットを構えた。
そして、出来上がったばかりのバスドラムを叩く。
ドーン――。
低い音が店先いっぱいに響いた。
「うわっ!」
ロビンが目を丸くする。
「すごい! お腹がズーンってなった!」
「よし! 成功だな」
「おう。いい音じゃねえか。工房まで響いたぞ」
音を聞きつけたトールが顔を出した。
「親方。三日月亭の女将さんからもらった樽のおかげですよ」
「どれ」
トールはバスドラムを少し傾け、裏側を覗き込む。
「やっぱりな。ちゃんと空気が抜けるように穴を開けたのか」
「さすが親方」
そんな話をしていると、後ろから声が聞こえた。
「大地兄ちゃん、トールさん、こんにちは!」
レオンとシオンだった。
その声を聞いた途端、アイシャが勢いよく店から飛び出してくる。
「レオンちゃん! シオンちゃん! いらっしゃい!」
そして二人の手を取った。
「さあ、工房に行きましょう!」
「え?」
「なになに?」
訳も分からないまま、二人はアイシャに引っ張られていく。
トールも、やれやれといった顔でそのあとを追った。
「レオンちゃん、シオンちゃん。楽器、もうすぐだよ!」
「ほんと!?」
二人は嬉しそうに飛び跳ねた。
「おう。二人とも、ちょっとこれ持ってみな」
トールが作業台から、製作途中の二本のクラリネットを持ってくる。
「すごい!」
レオンが目を輝かせた。
「アイシャお姉ちゃんのと同じだ!」
まだキイは完全には取り付けられていない。
トールは二人にそれぞれ楽器を構えさせると、腕や指の長さを確認しながら、取り付け位置に印をつけていった。
「トールさん! どのくらいで出来るんですか?」
「そうだな……来週には何とかなるだろ」
「やったー!」
「良かったね!」
一番嬉しそうなのはアイシャだった。
「じゃあ来週から、曲の練習始めよっか!」
「うん!」
その様子を少し離れたところから見ていたユーリが、大地の服の裾を引いた。
「ねえ、大地兄ちゃん」
「ん?」
「俺たちの楽器って、どのくらいかかるかな」
少しだけ顔を伏せながら尋ねる。
「そうだな。もうちょっとかかりそうだな……」
「そっか」
「でもな」
大地はそう言うと、店の中へ入っていった。
ロビンとユーリは、不思議そうに顔を見合わせる。
しばらくして、大地が何かを持って戻ってきた。
「楽器が出来るまで、こいつで練習だな」
ロビンには小さなものを。
ユーリには、それより少し大きなものを渡す。
「これって?」
「マウスピースっていうんだ」
大地はロビンから小さい方を借りると、唇に当てた。
ブーッ。
音が鳴る。
「おお!」
「これはな、楽器を鳴らすための大事な部分だ」
大地はマウスピースをロビンに返した。
「口の端を軽く支えて、真ん中は力を入れすぎないようにな。唇をブルブルって震わせてみろ」
「うん! やってみる!」
二人はマウスピースを唇に当てる。
スーッ。
聞こえたのは、息の音だけだった。
「鳴らない……」
「難しいよー」
「最初はそんなもんだ」
大地は笑う。
「ほら、こうやって――ブルブルブルって」
二人も真似をする。
「ブルブルブル……」
そして、もう一度。
ブーッ。
かすかだが、確かに音が鳴った。
ロビンが目を見開いた。
「鳴った!」
「鳴ったよ、大地兄ちゃん!」
「おう! 上手いぞ。その調子だ」
「もう一回!」
「僕も!」
それから二人は、日が暮れるまで夢中でマウスピースを鳴らし続けた。
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作成日時: 2026-09-28 07:49:14
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