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ねがいごと

もっちり

15,379 字

少年たちの成長と神秘の純文学

"病を抱えた少年が、新天地で出会う光と影。願いを紡ぐ、静謐な物語。"

学校に提出するように書いたやつ 本気で書いてない 文がガキしゅぎる🥺

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 深い闇の中で、ガタンゴトンと電車の揺れる音が聴こえる。普段電車に乗らないため、あまり|聴き慣れていないので、自分にとって耳障りな騒音には違いなかったが、今だけは全く気にならなかった。むしろその振動が心地良くて、まるでゆりかごにでも揺られている気分だ。ここなら、いつまでも眠っていられる気がする。
「ほら、一星。もう着くよ。」
 優しい掌で、肩を軽く叩かれている感覚がする。僕は母の声に反応して、少しだけ眠りから覚めた。
「……ん。」
 僕は寝ぼけて返事にもならない声を出した。まだ目を瞑っていたかったが、起こされているのにまた寝てしまうのは申し訳なくて、仕方なく瞳を開けようとする。しかし、抗いがたい深い眠気に誘われ、瞼が鉛のように重く、なかなか開かない。
「…長い間連れ回したものね。やっぱり、もう少し寝ていてもいいわよ。まだ二駅はあるから…」
「大丈夫。…ちゃんと起きるよ。」
 重たい瞼を気合いで開けて、霞む瞳をごしごしと擦り、間延びした大きい欠伸をする。何度も寝ていたからか眠りすぎたようで、気怠い頭痛に苛まれていた。頭を抑えてうつむくと、窓から差し込んだ朝日が床にこぼれて、淡い光が灯っているのが視界に映る。外の景色が気になって窓を見やると、そこには典型的な、青々とした田舎の景色が広がっていた。それは、地元を紹介するパンフレットに乗っていた写真そのもので、都会に住んでいた僕にはどこか幻想的だ。
「自分の瞳で実際に見ると、迫力が段違いね。…気に入った?」
 僕が目を輝かせていることに気付いたのか、母も窓の外を眺めている。僕は問いかけてきた母の横顔に視線を移した。
「うん。…気に入った。」
 僕が口を閉じると、母は僕を見やって、穏やかに目を細めた。──僕はその表情を見て、安堵したように息を吐いていた。

 
***

『次は──加美町駅──加美町駅ィ──』
 車掌の、マイク越しの鈍い声が電車内に響く。言われた駅は、僕らが目指していた目的地だった。その声を聞き、すぐに発てるよう身支度を始めた母の姿を見て、僕も身支度をしようと下を向いた。腰についている御守りが落ちていないか確かめてから、中身のほぼ入っていない手提げを握りしめる。
「母さん、今、何時くらい?」
「今は…12時半よ。朝早く出発したから、なんとかお昼に着けたみたい。」
 母は、腕についている時計を覗き込んで答えた。なるほど、だからこんなに外が明るかったのか。もう到着だと思うと、道中ほぼ眠っていたからか、思ったよりも旅感がなく、呆気なかった感じまでする。感想を聞かれたとしても、あっという間に着いたという言葉しか出てこない。乗り換えのたびに起こされて、雛のように後をついて回っていただけなのだから、それも仕方ないとは思うが。そんなことを漠然に考えていると、不意に、ぐぅと鳴った音が耳に入る。…一拍置いてから、空腹感が追いついて、自分のお腹から鳴っていたことに気付いた。マズイ、恥ずかしい。母に聞かれてしまったかが気になって、ちらりと母の横顔を流し見て様子を伺おうとした瞬間、電車のドアが開く音がして、ビクッと身体を弾ませた。
「ほら、ようやく目的地よ、一星。」
「…分かった。」
 大量の荷物を持って、母が席を立つ。僕もほぼ同時に席を立った。先に行く母の後を追って、電車のドアから外へ踏み出すと、駅の情景が視界に広がった。年季の入った木製で、所々植物が侵食している。その古めかしさに、まるで大正ドラマの中に放り込まれたようだと感じた。
「わ、趣があるわね…お母さんこういうところ大好き。」
「母さんは昔からそういう物好きだよね。昭和レトロとか大正ロマンとか、レトロな物を見ると語り始めるじゃん。」
「よく知ってるわね。流石息子。」
「当然だよ…。」
 どうでもいい茶番を盛り上げつつ、改札をくぐり抜ける。整備がされていないように見えたのでカードが使えないのではないかと内心ヒヤヒヤとしていたが、そこは問題ないようで円滑に通れた。駅を過ぎると、暖かい風が肌に触れると同時に、壮大な山々が直に目に飛び込んできて、僕はその迫力に息を呑んだ。それから、見惚れるように長く息を吐くと、どこか強張んでいた肩の力が抜けて、体に現実感が染み込んでいく。
「やっと到着だわ〜! 疲れた!」
 母は身体を伸ばして、窮屈だった電車の中から解放されたのを喜んでいる。僕も到着を喜ぶように、ゆっくりと深呼吸をして空気を取り込んだ。隣り合って同じ景色を見ていた母は微笑んだまま此方を向くと、口を開いた。
「着いたらすぐ家に向かいましょう、って言おうとしてたけど……。やっぱり、行き先変更。」
「…? どこか行きたい場所でもある?」
「近くの飲食店にでも行きましょうか! お腹、空いてるんでしょう?」
「……うん。」
 母はウインクをして、お腹をさする仕草をしながらそう僕に問いかけた。……あの時、聞かれていたのだと僕は察して、紅くなった顔を悟られないように少し俯きながら、会話もろくにできない状態のまま母の後に着いて行った。

 
***

 
「好きなの頼んでいいからね。」
 店員さんに案内された席……いや、座布団に座わったあとそう伝えられた。先程の古さとは趣向が違い、清潔感のある気韻が静かな店内に満ちている。それは、昔から育まれてきた店独特の神秘的な雰囲気といえた。これが老舗の風格かと、初めての格式高さに震え上がりながらメニューを手に取り、開いてみると、その金額の高さに口が開いたまま戻らなくなった。
「…僕、味の違いとかそんなに分からないよ…?」
「いいのいいの、今日は威勢良く使いましょ! 引越し祝い、ってことで!」
「じゃ、じゃあこの天ぷらで…」
「いいわねぇ、天ぷら……じゃあ、私は活造りにでもしようかしら!」
 店員さんを呼び、注文を取り付けたあと静かに注文を待つ。どこからも話し声が聞こえず、室内が心地の良い温度で保たれているのがとても過ごしやすく、流石高級料亭の気遣いは行き届いているな、という印象だ。
「お待たせいたしました。こちら、鯛の活造りと天ぷらの盛合せで御座います。」
 先程頼んだ料理が運ばれてきて、テーブルの上に置かれた。店員さんは所作が洗礼されていて、皿を運ぶ手の動きがとても細やかだった。店員さんはごゆっくりどうぞ、と頭を下げるとこの場から去った。
「礼儀正しくて、気品があって……ああいう作法って憧れるわ。私も今度、作法教室にでも行ってみようかな……。」
「前も同じようなこと言ってすぐ挫折してたよね…」
 僕は少し呆れながら、なんとなく天ぷらを口に運んだ。さく、と歯切りのいい軽い音が聞こえて、むき身の海老が舌に触れる。出来立てだったから熱さが尋常ではなく、はふはふと慌てて口に空気を含んだあと、ゆっくり味わって飲み込んだ。
「美味しい……。」
「あら、感動的な一口だったみたいね? 私も早速頂かなきゃ!」
 食事を楽しみながら、たわいもない話をぽつぽつと交わす。心地いい空間で時間の流れがゆっくりと過ぎるのを感じながら、僕は少しだけこの時間が終わってしまうのを惜しんでいた。

 
***

 
 そうして和やかな団欒を楽しんだあと、母がタクシーを呼んで、僕たちは家に向かっていた。目まぐるしく移り変わる見たことのない街並みを、ガラスに手を当てて眺めながら、これから慣れ親しんだ景色になるのだと感慨に浸る。
「ここが商店街…ここは…あら…こんな所に診療所が…」
 さっきまで運転手との会話をしていた母が、隣でぶつぶつと建物の場所を呟いているのが聞こえた。運転手にしては珍しく無口な方だったのか、会話は既に終わっているようだ。母は場所の暗記に集中している様子だったので、僕は暗記の邪魔をしないように、また窓の外へと意識を向けた。そんなこんなで各々過ごしていると、外の景色がどんどん家並みへ変わっていく。そろそろ着くかな、と思っていた頃合いで、タクシーが停止した。
「目的地に着きましたよ、お母様。五千円のお支払いをお願いします。」
「はい、これで良いかしら?」
 母は千円札を五枚取り出すと、振り返っていたタクシー運転手に差し出す。運転手は紙幣を受け取ると、確認したというように頷いた。
「丁度、頂戴いたします。ご利用ありがとうございました。」
「こちらこそ、お世話になりました。」
 母が運転手とのやり取りを済ませたあと、タクシーを出て、徒歩で家に向かった。並ぶ家々を横目にしばらく歩いていると、伝統的な和風建築の家の前で母が足を止める。
「ここがこれから住む家よ。立派でしょ?」
 そう聴いて、僕はじっくり吟味するように家全体を眺めた。屋根には青味掛かった鼠色の瓦が均等に並び、壁ははっきりと木目の紋様が浮かんだ剥き出しの木が使われている。小型犬なら飼えそうなぐらいの小さめな庭から、襖が覗いていた。
「日本家屋……。すごい、初めて見たかも。」
「東京では土地代云々で、中々お目にかかれない代物でしょうね…。何より、この風流ある姿は東京の人工的な光には似合わないわ。ありのままの自然な景色と組み合わされることによって、穏やかで丸みがある調和の取れた美しさが……」
「ふーん……。それより早く入ろうよ。僕、先行くからね。」
 急に目を輝かせながら、喜びを噛み締めるように語り始めたので、僕はいつものやつかと話半分に生返事をした。長話は好きではなかったので最後まで聞かずに話を中断して、家の入り口へ足早に進んでいく。
「あーっ! 一星、もうちょっと語らせてよ〜」
 僕はその制止を無視して、引戸を開き玄関に踏み入ると、廊下が目に飛び込んできた。軽くその場で周りを見回すと、内装は外見通り木が基調になっていて、引き締まった厳かな雰囲気がある。どこか見覚えのあるような素朴さだ。染みついた木の香りがふわりと漂っている。
「家の中を探索してもいいけど、左の部屋はダンボールだらけだから不用意に触っちゃだめよ。」
「うん、分かった。」
 僕は荒い手つきで靴を脱いで、靴箱の中に入れるとすぐさま廊下を駆けていった。背中越しに母が、「危ないから気をつけなさいよ〜」と声を張り上げたのが聴こえた。

 
***

「荷解き? あー、業者さん呼んだから手伝わなくていいわよ。ほら、お駄賃あげるから、散歩でもしてきなさい。くれぐれも走らないようにするのよ〜」
「え」
 …荷解きを手伝おうとしたらそう言われて、実質的に家から追い出された。僕は今、途方に暮れたように、目的もなく惰性で歩き続けている。……ここからどこに向かえばいいんだろう。そう悩みながらポケットに手を入れると硬い感触がして、取り出してみると、スマホが入っていた。そういえば連絡用に電車に乗る前に持たされていたんだった。
「…そうだ、マップ見よう。」
 どこへ行くあてもなかったので、少なくとも目的地が決まりそうで安心した。アプリの地図を開くと、現在位置と周辺の店などが現れたので、近くに時間を潰せる場所がないかと探していたら、近くに公園があるらしいことが分かった。お金もかからないし近かったので丁度いい。ふと充電を見ると、残りが少ないことに気付いた。
「充電ないし、道は覚えたから…またしまっておこうかな。」
 モバイルバッテリーなど持っていなかったので、充電を無駄遣いしないようにポケットに突っ込んだ。手持ち無沙汰になるのが嫌だったが、ずっと歩きスマホをしていても危険だし仕方がない。我慢しよう。
「のどかだなぁ……。」
 視界に映る全てが新鮮で、どこか白昼夢を見ているようだった。見慣れた景色がどこにも存在しない新天地で行動しなければならなかったのが少し怖かったが、こうやって歩いてみるとあまりにも平和で、肩の力が抜けて行くのと同時に、好奇心が芽生えてきた。
「…折角だし、冒険をしてるつもりで歩いてみようかな。」
 僕はそう決意して、絶対に楽しんでやろうという気概で一歩一歩道を踏み締めていった。

 
***

 道中では、様々な新しい体験に出会えた。畑のあぜ道を通ったり、たまたま見つけた駄菓子屋に寄って買い物をしてみたり、大きい花畑を見かけて写真を撮ったり、とにかく東京では想像もしなかった鮮やかな出来事が次々と起きて、目が回るようだった。
「ようやく、着いた〜……って、うそ!?」
 到着できたことに|安堵していたのも束の間、公園を一望すると、予想外の景色が目に飛び込んできて驚く。……とてつもなく、広い! 確かに、良く調べもせず公園と書かれていた場所に来たが、まさかここまでの広さだとは。というか、僕が予想していた公園とは違い、年季の入った遊具が少しだけ置いてある野原という方が正しい表現だと思った。
「…もっとこぢんまりとしてると思ってた。面積が沢山あるから広くできるのかな〜…」
 まあ、それでも何もないよりかはマシだろう。僕は下手に歩き回らず、周りを見回すと、近くに唯一木製でないブランコがあるのを見つけ、それに乗った。浅めに漕いでみたあと、すぐ飽きたのでスマホを手を伸ばす。10%まで遊ぶぐらいなら、連絡手段として使う分には不足ないだろう。
「お菓子でも食べながらSNS見よ。」
 僕はしばらく、さっき買ったお菓子を片手に、ブランコへ乗ったままスマホとにらめっこをしていた。そうして30分は過ぎた頃、充電が10%になったという警告が表示されたので、スマホをいじる手を止めてポケットに|仕舞い込む。周りを見渡してみると、あたりはすっかり夕焼けで真っ赤に滲んでいた。そろそろ潮時かなと思い、帰ろうとブランコから立った時、ふと、誰かから視線を向けられていることに気付く。僕は恐る恐る、その方向に視線だけを流した。……すると、高校の制服らしきものを着た男が二人、物陰から顔だけを出した状態で覗いている。
「ね、君たち、何してんの。」
「「えっ!?」」
 何がしたいのか分からなかったため、驚かせてみれば逃げるかと、急に顔をバッとその男たちに向けて話しかけた。案の定、彼らは驚いて、姿勢が崩れて地面に倒れた。物陰から飛び出たのは、爽やかな明るい髪色の男と、切れ長の目をした眼鏡の男だ。
「いてて…。」
「ど、どう話せばいいんだ!? 陽葵!」
「とりあえず落ち着いて、理由を説明しないと不審者にしか見えないよ、この状況。」
 彼らは、とりあえず地面に手をついて立ち上がると、砂をぱっぱと払い、身だしなみを少し整えた。そのあと明るい髪の男はにかっと笑って、此方に手を振りながら話し掛ける。
「話しかけもせずにごめんね。俺ら、君が気になって話しかけようとしてたんだけど、勇気が出なくて…」
「僕も…すまなかった。失礼なことをした…。」
「…いいけど。僕のどこが気になったのさ。」
 話をしながら、明るい髪をした方が先に近づいてくる。その後に眼鏡の男が引っ付く形で遠慮がちに歩いていた。視線を横に逸らして、どこか気まずそうだ。
「ハイカラな格好してたのと、単純にここでは見かけない顔だったから。君、高校生だよね?」
「鋭いね。ま、東京に住んでたし、こっちで浮くのは仕方ないかな。」
「やっぱり、都会からか…! 住んでた、ということは、こっちに引っ越してきたのか? 東京からここまで遠かっただろう。どうしてわざわざここへ…」
 今まで明るい髪の男の後ろを、控えめについて回っていた眼鏡の彼が、話題に食いついたのか急に前に出てきて、目を輝かせながら喋り始める。まるで水を得た魚のようだ。それをもう片方は、肩を掴んで慌てて制止した。
「待って待って、急に捲し立てちゃダメだよ。先に自己紹介しないと。」
「あ、ああ。分かった。」
「まず、俺が先にやるね。俺は向坂 陽葵。趣味は料理で、得意な教科は社会。友達になってくれると嬉しいな。」
「…僕の名前は水篠 利久。読書が趣味で、得意な教科は理科だ。その、僕も、友達になってほしい…!」
「……僕は楠 一星だよ。趣味はSNS鑑賞。得意な教科は国語かな。僕も引っ越してきたばかりで友達いなかったし、そう言われると嬉しい。よろしく。」
 自己紹介が終わると、二人は僕をまっすぐ見つめたまま、掬うように手を差し出した。どうやら、握手を求めているようだった。握り返すためには片手では数が足りなかったので、僕はそれに両手で応えた。
「こちらこそ。これからよろしく、一星!」
「僕からも、よろしく頼む!」
 そう言うと、彼らは友好を示すように握りしめた手を上下に振った。明るい髪の彼、向坂は力も速度も緩めだったが、水篠と言っていた眼鏡の彼は力強く、心なしか早めだった。彼らにひとしきり手を振られたあと、頃合いを見てかほぼ同時にパッと離れた。
「その、それで……質問なんだが。一星は、どうしてここに引っ越して来たんだ?」
「……僕も詳しくは知らない。母がこの辺の出身だって言ってたから、多分その関係だと思う。」
「なるほど…、地元帰りか。なにか深いわけがありそうだな…。」
 うんうんと頷き、彼は勝手に納得していた。正直図星だったが、一日目で関係の浅いうちに言うことでもなかったので、余計なことは言わずに目を逸らしておいた。
「なあ、俺からも質問いいかな?」
 向坂が手を上げた。どうやら、彼も質問をしたいらしい。僕は、質問をされるのが特に苦ではなかったので承諾した。
「いいよ。なんでも聞いて。」
「そこの、腰についてる御守りさ──」
 質問をしている途中に、急に割り込むように音楽が流れてくる。優しい童謡のような曲調が町中に放送される形で流れていたので、大方、夕方のチャイムだろう。
「…あ。ごめん、もう家に帰らなきゃ。」
「それなら、僕たちも家に帰るか? いつもより少し早めだが。」
「そうだね。……あ、そうだ。少し待ってくれるかな?」
 明るい髪の彼は、僕を引き留めると、胸ポケットからスマホを取り出して画面を付け、素早くつついたあと、くるりと画面をこちらに向けた。そこには、何回か見たことのある画面が映っている。
「LINE、交換しよう。ここら辺の学校は少ないから、同じ学校ではあるだろうけど、多分転入するまで一週間はかかると思うからさ。その間は住所知らないから会えないし、折角早くに知り合ったんだからそれまでに沢山話したいな。」
「た、確かに…! 完全に失念していた…!」
 ……言われてみればそうだ。何故当然のことを忘れていたんだろう。僕と眼鏡の彼はいそいそと同時にスマホを取り出してLINEを開き、僕は二人が表示したバーコードを読み込んで友達に追加した。
「はい、これで交換できたね。」
「今日、帰ったらLINEで話そう!」
「うん。いいよ。」
 僕はこくりと頷いてから、スマホを元のポケットに|仕舞い込んだ。彼らも同じく元の位置に仕舞っていた。
「…それじゃあ、また。」
「またね、一星くん。」
「また会おう!」
 手を大きく挙げて、振りながら、僕は彼らと離れていく。二人の顔を明確に思い浮かべながら名前を反芻して、明日からの日々へほんのりとした期待を胸に秘めながら帰路についたのだった。
 
 
***
 
 
 ぼんやりと、家の明かりが見えてくる。夕方のチャイムが鳴ってから帰ろうとしたからか、あたりはすでに薄暗くなっていた。幸い、帰路の途中で帰りの連絡を入れていたから、母に心配はされていないはずだ。僕は玄関の目の前まで辿り着くと、引戸に手をかけた。
「母さん、ただいま〜」
 僕は母さんが離れていても聴こえるよう、大声で帰りを伝えた。母もそれに、ハキハキとした聞き取りやすい声で返事を返してきた。
「おかえりー! お夕飯、もう出来てるわよ。お風呂も沸いてるけど、先に入っちゃう? 母さん合わせるわよ。」
「じゃあ、先にご飯食べる。」
「おっけー! 外から帰って来たんだから、ちゃんと手洗いしなさいよ〜」
 言われた通り、何をするより先に風呂の隣にある洗面所へ一直線に向かって、僕は手を洗った。何気なく洗面台の上に置いたスマホが突然光ったので、画面を確認してみると、LINEの通知のようだ。内容は、3人のグループラインが作成されたことと、二人からのメッセージだった。
『俺たちは無事に帰れたよ。そっちはどう? 道に迷ってない?』
 僕は、『大丈夫、僕も無事に着いた。今から晩ご飯食べるから返信遅くなる。』と返信して、二階にある僕の自室に荷物とスマホを置きにいってから、食事を摂るために居間へ向かうと、ちゃぶ台の上にみっしりと料理が並べられているのが見えた。
「今日のメインはサバの味噌煮よ! いつもより上手く作れたのよね。ほら一星、早く座っちゃいなさい。」
「美味しそう。…おかずの数多いね。どれも、すごい気合入ってる。」
「近くの商店街の品が思ってたよりも安くて、ついつい買いすぎちゃって。だから沢山作っちゃった! まあ、残った分は冷蔵庫入れるから無理に食べなくて大丈夫よ。」
 僕はその料理の数に圧倒されながら、うん、と短く返事をして、そっと座布団の上で正座になり手を合わせた。
「いただきます。」
「どうぞ、召し上がれ!」
 手慣れた応酬をしてから、僕は箸を手に取って、真っ先にメインのおかずに手を付けた。母は料理上手なので、見た目通り味も美味しい。たまに、店に出せるほど美味しい品を作る時もあるぐらいだ。今日のも自信作というぐらい、クオリティが高かった。
「…すごく美味しい。」
「良かった! 今日はいつもと違う味付けにしたから、舌に合うか心配だったの。」
 母は僕が食べ進めるのを見ると、手を合わせて、いただきますと手短に言ってから手を付け始めた。
「別に、僕を待たなくてもいいのに。」
「いいのいいの。私が一緒に食べたいんだから。」
「…それなら、いいけど。」
 僕は少し釈然としない気分に苛まれるが、こんな事気にしていてもどうにもならないので、その気分をごまかすために食事に集中した。しばしの沈黙が部屋を包んでいると、母がなにかを思い出したようを口を開いた。
「そういえば今日、帰りが遅かったけど何かあったの?」
「新しく友達ができたから喋ってた。」
「え!? 一日目で…? 貴方、積極的にコミュニケーション取るタイプじゃなかったじゃない。一体何があったの?」
「んー、まあ、色々あったよ。じゃ、僕、食べ終わったからお風呂入ってくるね。」
 僕はまた手を合わせごちそうさまと呟くと、さっさと食器を台所に置きにいって、お風呂へと歩いていった。
「あっ、また足早に! ちょっとぐらい話してくれたっていいじゃない〜」
「早く友達とLINEしたいんだ。今度時間がある時ならいいよ。」
 居間の襖を開けながらそう言って、言い終わるのと同時に僕は部屋を出て行って扉を閉めた。
「…あの様子なら、私への遠慮もいつか消えるかしら。うふふ、やっぱり子供っていうのは、目を離した隙に成長するものなのね。」
 ひとりになった静かな部屋に、ひだまりのような暖かい声がひとつ、こだました。
 

***

『明日、どこかで遊ばないか? 丁度休日だから沢山遊べるぞ。』
『うん、いいよ』
『一星くんは行きたいところある? なかったら俺らで決めるよ。』
『ちょっと考えてみる。あとで返信するね。』
 最後まで打ち終えて返信ボタンを押したあと、布団の脇に座っていた僕は携帯を片手に携えたまま脱力するように後ろに寝そべった。行きたいところ、と言われて真剣に考えるが、下調べも最低限しかしていなかったので、特に思い当たる節はない。そっちで決めていいよ、と文字を打ちかけて、返信する直前で神社に行きたかったことを思い出して打ち直した。
『近くに神社ってある?』
『確か、徒歩で行ける距離に薬莱神社というのがあるな。一星は神社が好きなのか?』
『うん。どちらかと言うと、御守りを集めるのが好きなんだ。これも趣味のひとつかな。』
『いい趣味だな! 僕も気になってきた!』
 雑談を交えながら、明日の予定をみんなで決めていった。その結果、皆歩きで現地集合ということになった。合流しなかったのは、マップを見れば済むことなので、無駄足になると僕が判断したからだ。
『みんな、色々ありがとう。俺はそろそろ寝るね。おやすみ。』
『おやすみ。また明日!』
『うん、おやすみ。』
 僕もなんだか眠くなってきたので布団の中に入った。念のためアラームをつけてから携帯の電源を落として目を瞑る。……今日は新しい経験だらけで、久しぶりに疲れてクタクタになった一日だった。そのお陰か今日は深く眠れそうだ。明日はどんな一日になるのだろうとぼんやり思いながら、僕は眠気に身を任せた。

***

 たまに、いなくなった人の夢をみる。それは僕の大切な、────
『一星、おいで。』
 僕は、その大切な人の腕の中に飛びつこうとして、伸ばした手が宙を空振った。
「……ッ!」
 僕は、驚いたように身体を跳ねさせて飛び起きた。悪夢を見たのか、心臓がバクバクと痛いくらいに速く鼓動をしているのが不安で仕方なく、心臓あたりに手を当てて、掌を強く握りしめた。
「ゲホッ、げほ……」
 重い咳が止まらず、呼吸がままならなくなって、僕の視界は鈍く掠れた。定期的にやってくるこれは、僕の背負った呪い──初期の肺がんの症状だった。大抵、走らないとか、咳を出さないようにするとか、気を付けていれば滅多に出ないのだが、たまに、こうして突然襲ってくる時もある。
「 はぁッ……なんとか、落ち着いてきた…。」
 呼吸を整えて、咳がなんとか落ち着いてきた頃、僕の身体からは、知らないうちに冷や汗が全身から吹き出ていて、ひどく冷たく濡れているということに気付いた。風邪を引いてしまわないうちに汗を拭わなければと、僕はタオルを取りに、壁を手につきながら階段を降りていった。
「…静かだな。ってことは、母さんはまだ寝てるんだ。」
 物音ひとつしない部屋の中、洗面台の隣にあるタオルを手に取って、僕はまた二階に戻った。身体を拭いていると、そういえば時間を確認していなかったと気付いた。アラームが鳴っておらず、外が明るかったから早い時間だということは推測できる。拭き終わったあと、携帯の電源をつけて確認をした。
「5時16分…か。」
 まだ起きるには1、2時間ほど早い時間帯だ。しかし、そうそう寝付けそうな気分ではないので、惰性で起きている他なかった。僕は、とりあえず薬を飲むために朝ごはんを摂ろうと思い、物音を立てないように意識しながらまた下に降りた。食べる前にと、洗面台へ寄って洗顔と歯磨きを済ませてから居間へ向かう。
「…昨日の晩ご飯の残りをチンして食べよう。お米は…あった。」
 冷蔵庫を物色して、朝ご飯をレンジで温めたあと、僕は寝ぼけたままゆっくりと食してから、流れるように三粒ほどの薬を口に滑りこませた。
「…やる事、無くなっちゃったな…。」
 携帯で時間を再度確認してみても、5時48分と、大した時間は経っていなかった。朝ご飯を食べていただけなのだから当然だが。SNSを見て暇を潰していても良かったが、僕は考えた末に、先に神社に向かうことにした。
「二人も別に初めてって訳じゃないだろうし、先に行って下見してもいいよね。」
 マップで例の神社までの道を検索して、目的地に設定する。思ったよりも近いようで、徒歩で約10分と書いてある。
「母さんに何も言わず行くのは悪いけど…LINEに残して行けばいいか。」
 僕はそう思い、母とのLINEに『早いけど行ってきます。』と、置き手紙のようなメッセージをあらかじめ残して玄関に向かい、外へと足を踏み出していった。

***

  
「ここか…。」
 目的地に着いた僕の目の前には、威厳のある鳥居が佇んでいた。石でできた道を辿って、鳥居をくぐってみると、参道の脇に砂利が敷き詰められた広い敷地があり、その奥には立派な社があった。朝早く来たからか、周りを見渡してみても誰も参拝しておらず、他の人の気配も陰もない。
「鳥居の近くにいれば気づいてもらえるかな。」
 迷惑になると思い、二人には早く到着したのをLINEで伝えず、僕は入り口付近で丁度いい段差に座りながらスマホをいじって友達が来るのを待った。そうして、これから2時間過ごそうとしていた時、この時間帯にしては騒々しい、喧嘩をする声が神社の方向から聞こえてきた。
「しずねっこの! んだがら、嫌なんだっちゃ! いづも同じごどばり!」
「こら、待ちなさい! たまには大人しくしねぇーが!」
 声から察するに、片方は若い女性で、もう片方は老人のようだった。聞き慣れない言葉だったが、ここの地域の方言なのだろうか。気になって鳥居の陰に隠れながらひっそりと覗いてみると、高校生ぐらいの巫女服を着ている方言訛りの少女が、背の高い神主のような和服を着た老人に追いかけられているようだった。…爺と孫の関係だろうか。巫女服の少女は、こちらに一直線に走ってきている。
「やば、こっち来る…。」
 どうしていいか分からず、とりあえず覗いていたことがバレないようさっき座っていた場所に再び座り込んで、スマホを見ているフリをした。そうこうしている内に、少女は大股で疾風のように駆け抜けて、神社の鳥居をくぐった。その刹那、僕と少女の目が合った。こちらに視線が来るとは思わず驚いて身構えたが、逃げることで手一杯だったのかすぐ視線を逸らされる。少女はこのまま真っ直ぐ駆けていくのだと思ったが、予想外に方向を急転換して僕の近くの茂みに隠れた。少女の後を追ってきた老人は、少女に負けず劣らずのスピードで迫ってくる。
「はぁ、全ぐ…どごへ行ったんだべ」
 老人は呆れたように深くため息を吐きながら、見失った様子でキョロキョロと周りを見回している。その最中、冷や汗をかいている僕の存在に気付いた神主と目が合うと、彼は口元に拳をかざし、軽い咳払いをした。僕はなんだか、一悶着に巻き込まれたような気がしてならなかった。
「ンン…すみません、そこのお方。今、ここを通っていった少女がどの方向へ行ったか見ていたのなら、教えていただけますかな。不勉強なうちの子が逃げ出しまして…。」
「……えーと……。」
 気まずい気分になりながら、茂みに隠れている少女に視線を向けると、少女は殺気にも似た圧を纏いながら、口に指を当て、喋らないようにシーッと念押しされた。まるで威嚇する猫のようだ。正直に言って、引っ掻かれるのは御免被りたいので、僕は適当な方向に指を指した。
「あっちの道に走って行きましたよ。」
「ありがとう、親切なお人よ…。それでは、私はあの子を追いかけますので、失礼します。……全く、手の掛かる子供だ。」
 老人は指を指した方向へと瞬く間に消えていった。半分脅されたような状況だったとはいえ、見ず知らずの老人を騙してしまった罪悪感で胸が痛い。老人の後ろ姿が見えなくなった途端、少女は茂みを揺らしながらのしのしと這い出てきて、体についた葉っぱを払いながら立ち上がった。
「べー、だ! いんぴんかだりのとっしょりが!」
 少女は老人が消えた方向に、今時見ないあっかんべーのポーズをとって、よく分からない言葉を発している。だが、声の悪辣さから察するに、悪口を言っていることは確かだ。
「なあ、おめ! 逃がしてけるなんて話のわがるやづだな! 名前は何ていうんだ?」
「…楠 一星だけど。君は?」
「おら、朝霧 翠ていうんだ。スイって呼んで。よろすくな!」
「よろしく、スイちゃん。…それで、なんで逃げてたの?」
「…そ、それはだな…」
 少女は、視線を逸らしてバツが悪そうにしている。大方、自分が悪いことをして逃げてきたのだろう。僕は巻き込まれたことが不服でならなかったので、冷ややかな瞳で彼女を見つめた。彼女はその雰囲気に耐えかねたのか、言い訳がましい言葉で、地団駄を踏みながら駄々をこねた。
「仕方ねぇーんだ! あのとっしょりが神社さ縛りづげっぺどすっから! おら、もっと遊びでえんだもん!」
 方言訛りが激しいので聞き取りづらいが、なんとなく単語だけで言いたいことを理解した。どうやら、遊びたくて神社から抜け出してきたらしい。まあ、子供は遊ぶのが仕事だとよく言うが、巫女がする神社のお勤めとは重要なことではないのだろうか。……抜け出してしまったのなら仕方がないか。
「…しばらく遊んであげるから、その代わり、遊び終わったらさっきのお爺さんに謝ること。わかった?」
「おらと遊んでけんのか!? 分がった、約束する!」
 随分と嬉しそうに、上目遣いの無垢な瞳を向けられたので、その眩しさに僕は気後れした。さっきの態度とは裏腹に、少しだけ絆されてしまっている自分がいる。
「…それならいいよ。気が済むまで付き合ってあげる。幸い、時間はたっぷりあるしね。」
「やった! じゃあ、一緒さ山で動物にちょっかいかけにいぐべ!」
「え」
 僕は少女に、とても少女の体から出ているとは思えない強い力で山に手を引かれていった。というか、足が早すぎて、僕の体がほぼ浮いているような気さえした。

***

「つ、疲れた……。友達と遊ぶ予定があるのに……。」
 僕は、少女の底知れなさを前にして、1時間前の自分の発言を後悔していた。無尽蔵の体力に、常人離れした身体能力が加わって、さらにお転婆と来たら、もう誰にも止められない。今まで、じゃじゃ馬という言葉に心当たりがなかったが、こういう女性のことを指すんだと学びを得た。
「なあなあ、次は何する? おらは何でもいいぞ! ……あ、あそごさ滅多さ見ね鳥! 着いでごい、一星!」
「待って、ちょっと、休憩を……。ごほッ、ごほ……」
「……? どうした、一星?」
 少し運動しすぎてしまったのか、突然発作が出てしまい、僕は焦燥感に駆られた。咳を多発する人間は、どう見ても健康ではない。心配されたのを誤魔化すのはあまり好きではなかった。
「…ゆっくりでいい、落ぢ着いで、水飲んで。」
「うん……。ありがとう…。げほッ…。」
 持ってきていた自分の水筒を開けて、水を少しづつ飲み込む。しばらく大人しくしていると、落ち着いてきたのか、咳が止んだ。
「…おめ、会った時がら思ってだんでも、でけえ病気さ罹ってんのが?」
「……え? なんで、それを…?」
 僕は丸い目をして、少女の瞳を見つめる。少女は視線を彷徨わせながら、言葉を探しているような様子だった。
「んあー、おら、一目見るばりで病気が分がってすまうんだっちゃ。でも、おめの見えずらぐで、元気だったがら勘違いがど思ってすまった。無理さして、ごめんなしてけさい…。」
 少女は落ち込むように俯ながら謝った。僕はその反応にどこか哀愁を感じて、心が曇る心地がした。
「いや、大丈夫…っていうか、そんなの謝らなくていいよ。僕が言ってなかったんだし……。」
「……うん。おら、修行不足っつーごどが分がったがら、もう神社さ帰るわ。おめも、おらが連れでってけるよ。付ぎ合ってけでどうもな!」
 突然、僕の体が掬われるように身体が宙に浮いて困惑する。どうやら、僕はあの少女に担ぎ上げられているようだった。それも、俵を運ぶような担ぎ方で。
「うわっ! え、連れていくって担いで…!? これ、大丈夫なの!?」
「おら、絶対落どさねがら! とっしょり担いでも平気だったもん! ほら、行ぐぞ!」
「わ、わわわ、待って、心の準備が…!」
 その後は、スピードの速さに気が動転してあまり覚えていないが、その代わり、待ち合わせの時間の30分前にはすでに神社に着いていた記憶がある。少女は帰ったあと、すでに神社に戻っていたあの老人に拳骨を喰らって、こってり絞られていた。長く説教されている様子を僕は少し離れた場所から傍目に見ていた。
「あはは、それでそんなボロボロなんだ。いやー、見た時はほんとにびっくりしたよ。 利久なんて叫んでたし。」
 向坂と水篠と僕で、やっと合流できた僕らは今、お社の賽銭箱の目の前にいた。お賽銭をするために、三人とも5円玉を掌の内に握りしめている。僕の目的だった御守りはすでに買ったあとで、みんなでお揃いのものをそれぞれの持参したバックに付けていた。
「う、うるさいな! 早くいれないか!」
「そうだね。じゃあみんな、せーので入れようか。」
「うん。分かった。」
 彼は気恥ずかしさを叱責で誤魔化すと、お賽銭を入れることを急かした。向坂がその反応に微笑してから、せーので一斉に入れようと提案したので、僕はそれを受け入れた。
「「「せーの」」」
 3枚の硬貨が投げ込まれて、ちゃりんと金属音がなる。僕らは、神社の作法通りに二礼二拍手一礼をすると、それぞれ何かを願って、手を合わせたままの姿で静止した。
(──僕の病気が治りますように。)
 僕は、病気の完治を静かに、力強く願った。強い風が吹いて、木々がざわめく音だけが響く静寂が少しの間続いてから、向坂が最初に喋り出した。
「よし。お参りしたし、遊ぼうか。近くに遊べる所があるけど、行ってみる?」
「いいよ。でも僕、ちょっと休みたいかも……」
「散々振り回された後って言ってたもんな……。その近くにベンチがあったはずだ。そこで座ってしばらく休もう。」
 僕らは、神社に背を向けて歩き出した。なんとなく、背後から聞こえるはずのない、透き通った美しい鈴の音が聞こえて、僕だけがひとり振り返った。
「……?」
 ──巫女の少女、翠の笑う声が、遠くから聞こえた気がした。

── 了 ──

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もっちり

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