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復讐代行はやってません

連載中(書きかけ)

被験者:坂井

26,454 字

都市伝説ホラー、現代怪談、復讐譚

"「復讐代行はやってません」――その言葉の裏に潜む、都市伝説を操る異能の影。理不尽に囚われた魂は、禁忌の儀式に救いを求める。"

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カシマレイコ

 雑居ビルの一室で、男はノートパソコンに表示された報告書を眺めていた。その傍らには、スーツ姿の女が立っている。

「これで条件はだいたい固まったかな」

「そうですね」

 男は報告書を保存し、ノートパソコンを閉じた。

「じゃあ、次は実践だな。被験者は?」

「募集してあります」

 男は椅子の背にもたれた。

「来るかな?」

「来ますよ。必ず」

「業が深いね。まったく」

     *

 水野香織の娘、美羽が死んでから一年が経つ。

 自宅マンションからの転落死だった。

 遺書はなかった。だが、美羽のスマートフォンには、死の直前まで五人から送られていたメッセージが残されていた。

『キモい』

『学校くんな』

『死ねば?』

 美羽は何度も「やめて」と送っていた。

 いじめだった。少なくとも、香織にはそう確信があった。

 学校に相談し、警察へ行き、教育委員会に訴え、弁護士の門も叩いた。だが、結局、誰も彼女たちを「人殺し」として裁いてはくれなかった。

 五人は今も同じ空気を吸い、学校に通い、やがて卒業し、進学や就職をし、恋人を作り、家庭を持つだろう。だが、美羽にはそのどれもが永遠に訪れない。

 リビングのテレビからは、事件のニュースが流れていた。

『――住宅で男性が死亡しているのが発見されました。遺体には複数の損傷があり、警察では殺人事件として――』

 香織はテレビを見つめるでもなく、手元のスマートフォンで文字を打ち込んでいた。

『復讐 代行』

『復讐屋 本物』

『いじめ 復讐』

 画面に並ぶのは、別れさせ工作や退職工作をうたう胡散臭い業者ばかりだ。

 違う。そういうことじゃない。

 五人に、美羽と同じだけの恐怖と絶望を味わってほしい。それだけだった。

 いつから探し始めたのか、自分でももう分からない。ネットの掲示板を漁り、消された書き込みを追い、書かれていた連絡先へ片っ端から連絡した。

 ほとんどは返事すらなかった。金を要求するだけの詐欺もあった。話を聞くだけ聞いて、面白半分にからかってくる者もいた。

 それでも探し続けた。

 ある夜、以前書き込んだ掲示板に、見覚えのない返信がついていた。

『ここで聞くより、もっと詳しい人がいるよ』

 その下には、一つのリンクが貼られていた。

 リンクを開いた先にあったのは、説明も名前もない、住所だけのページだった。

 そこに行けば、何かが変わるかもしれない。そんな保証はどこにもなかった。それでも香織は、その住所へ足を運んだ。

     *

 古い雑居ビルだった。

 エレベーターを降りると、廊下の突き当たりに看板のないドアがひとつある。ここまで来て、急に怖気が走った。それでも美羽の顔を思い出し、ドアノブを回した。

 中は妙に殺風景だった。六畳ほどの部屋に事務机がひとつと、パイプ椅子が二脚だけ。壁には何もない。シャツ姿の男が、机の向こうでノートパソコンに目を落としていた。

「すみません」

 男が顔を上げる。

「こちらで……復讐をお願いできると聞いたんですけど」

「復讐?」

「はい」

「ああ。またか」

「え?」

「申し訳ないですけど、復讐代行なんてやってませんよ」

「でも、ここを紹介されて……」

「誰にですか?」

「……分かりません」

「分からない?」

「掲示板にリンクが貼られてたんです。開いたら、ここの住所だけが書いてあって……」

「なるほど」

「だから、そういうところだと……」

「最近たまにいるんですよね、そういう人」

「……すみませんでした」

 香織は頭を下げた。何を期待していたのだろう。こんなところまで来て、馬鹿みたいだ。

 逃げるようにドアへ向かおうとした、その時だった。

「あ」

 男が声を上げる。

「復讐代行はやってませんが、その代わりくらいにはなるかもしれませんよ」

 香織の足がぴたりと止まった。

「いつでも被験者は募集してますから」

 香織は振り返った。

「……被験者?」

「ええ。興味がおありならどうぞ」

 男がパイプ椅子を示した。

 香織はその場に立ったまま少しためらい、それからドアノブを離して椅子へ戻った。

 男は机の引き出しから一枚の名刺を取り出し、差し出した。

「申し遅れました。都市です」

 香織は名刺を受け取った。

 都市 伝。ふりがなは、みやいち・つたう。

 その下には、実践都市伝説研究家と印刷されている。

「水野香織です」

「水野さんですね」

 都市はノートパソコンへ向き直った。

「それで……さっきの、代わりになるかもしれないというのは?」

「当所の実験は、少々危険なものが多いんです。普通に被験者を募集するのは難しくて」

「……何をするんですか?」

「今、確認したいのは――」

 都市はノートパソコンの画面をスクロールした。

「カシマさんですね」

「……カシマさん?」

「ご存じですか?」

「名前くらいなら……」
 
 子供の頃に聞いた都市伝説だ。身体の一部を失った女が夜に現れ、質問をしてくる。答えられなければ殺される――そんな話だった気がする。

 香織は数秒、都市の顔を見つめた。笑っていない。

「ふざけないでください!」

 香織は勢いよく立ち上がった。

「私は真剣なんです! 娘が死んだんですよ! 一年も探したんです。警察にも学校にも何度も――」

 都市は何も言わなかった。怒鳴られても、表情ひとつ変わらない。

「……もういいです」

 香織は吐き捨てるように言って、鞄へ手を伸ばした。

「当所には確信があります」

 都市の声は、さっきまでと何も変わらなかった。香織の手が止まる。

「ただ、信じろというのは無理だと思います。ですから、騙されたと思ってやってみませんか? 何も損にはならないし、相手がほんの一瞬でも怖がれば、少しは気が晴れるのでは?」

 香織は鞄を掴んだまま、都市を見た。

「……本当に、来るんですか?」

「その確認をするための実験です」

 都市は淡々と答えた。

 香織はゆっくりと鞄から手を離した。

「……私は、何をすればいいんですか?」

「まず、これを読んでください」

 都市は一枚の紙を机の上に置いた。

 香織は座り直し、そこに書かれた話を読み進めた。やがて、少し首をかしげる。

「……何か、私が昔聞いたのと違うような」

「これが本来の全文ですね」

「本来の?」

「こういう話は、人から人へ伝わっていくうちに変わりますから。色々端折られたり、逆に付け加えられたりして、今知られている形になってます」

 香織はもう一度、紙を見る。

「でも確か……聞いたら、三日以内に五人に話さないと自分のところに来る、とか」

「それは本文じゃありませんね」

「本文じゃない?」

「ええ。話の後に、それを付け加えて伝えられているだけです」

「じゃあ……」

「五人に、この話を伝えてください」

 香織が顔を上げた。

「でも、五人っていうのは本文にはないんですよね?」

「ええ。だから確認するんです」

 あまりにも淡々と返され、香織はそれ以上聞けなかった。

「……誰でもいいんですか?」

「構いません」

 五人。その言葉を聞いた瞬間、頭の中に顔が浮かんだ。

「……LINEでも、いいんですか」

「大丈夫ですよ」

 香織は鞄を開け、一台のスマートフォンを取り出した。

 自分のものではない。美羽が使っていた古い機種だ。透明なケースには、美羽が好きだったキャラクターのシールが貼られている。

 解約できなかった。データも消せなかった。ただ充電だけを続けていた。

 電源を入れると、待ち受け画面で美羽が笑っていた。香織は一瞬だけ指を止め、それからLINEを開く。

 五人のアカウントは、今も「友だち」に残ったままだ。美羽が死んでから、一度もメッセージは来ていない。

「……誰を選んでも、いいんですね」

「ええ」

都市は理由を聞かなかった。

 香織は紙に書かれた話を、自分の指で打ち込んでいく。

「……送ったら、どうなるんですか」

「カシマさんが来ることになっています」

 香織が顔を上げる。

「なっていますって……」

「だから被験者募集なんですよ」

 都市はそれだけ言って、ノートパソコンへ視線を戻した。

 香織は手元の画面へ目を戻した。

 美羽を笑いものにした五人。勝手に写真を撮り、拡散した五人。学校へ行けなくなってからも、陰湿な言葉を投げ続けた五人。そして、美羽が死んだ翌日に、

『マジで死ぬとは思わなかった』

 と書き込んだ五人。

 本当に、信じていいのだろうか。

 こんな怪談を送ったところで、いたずらだと笑われるだけかもしれない。またあの五人に、美羽のことを笑われるだけかもしれない。

 それでも、死んだ美羽のことをほんの一瞬でも思い出させられるなら。

 香織は五人それぞれのトークを開き、同じ文章を送っていった。

「……送りました」

「はい。これで結構です」

「私は、もう帰っていいんですか?」

「どうぞ」

 香織は立ち上がり、美羽のスマートフォンを鞄にしまった。ドアまで歩き、ノブに手を掛ける。

 そこで、足が止まった。

「……あの」

「はい?」

 香織は振り返った。

「あの子たちは、どうなるんですか」

「結果は三日後に出ます」

 都市はノートパソコンへ視線を戻した。

「結果を見るための被験者ですから」

     *

 その日の夜。

 ベッドに入ってから、香織は昼間のことを思い出した。

 そういえば。

 美羽のスマートフォンを取り出してLINEを開くと、昼間送った五つのメッセージには、すべて『既読』がついていた。

 読んだんだ。あの五人が、美羽のスマートフォンから届いた話を。

 香織はしばらく画面を見つめてから、画面を消した。

     *

『ねえ、美羽からLINEきたんだけど』

『うちもw』

『怖っ』

『絶対母親でしょ』

『まだやってんの?』

『てかカシマさんとか懐かしすぎw』

『これ5人に送れってやつじゃなかった?』

『じゃあもう5人に送ってるじゃんw』

『つーか美羽とか久しぶりに見た』

『存在も忘れてたわw』

『てかブロックしてなかったんだ』

『いないヤツ、ブロックする必要ないでしょw』

『それなw』

『ちょっと返信してみよw』

     *

 香織の手の中で、スマートフォンが震えた。

 新着メッセージが一件。

『へーい美羽ちゃん元気ー?』

 続けて、もう一件届いた。

『見てるー?w』

 香織はしばらくその二つを見つめていた。

 何も返さず、画面を消した。

     *

 三日後。

 佐藤星愛は、自分の部屋で動画を見ていた。

 三日前に届いたLINEのことなど、もう忘れかけていた。死んだクラスメイトのアカウントから突然送られてきた、気味の悪い怪談。最初に見た時こそぎょっとしたが、どうせ母親が送ってきたのだろう。

 くだらない嫌がらせだ。そう思って、それきり気にしていなかった。

 午前零時を過ぎたころ、ふと誰かに見られている気がした。

 動画を止め、イヤホンを外す。静かだった。エアコンの音しか聞こえない。

 気のせいか。そう思って顔を上げた。

 部屋の隅に、女がいた。

「……え?」

 心臓が跳ねた。

 誰。いつから。

 叫ぼうとしたのに、喉がひくついただけだった。

「お、お母さん……」

 身体が動かない。

 女が口を開いた。

「手がほしい」

「……え……?」

 意味が分からない。

 女が一歩、近づいた。

「手がほしい」

「や……やだ……」

 星愛は首を振った。

「やだ……来ないで……」

 女が手を伸ばした。

     *

 鈴木心姫は、風呂から上がったところだった。

 髪をタオルで拭きながら洗面台の鏡を見ると、自分の後ろに女が立っていた。

「うわっ!」

 心姫は飛び退くように振り返った。誰もいない。

「……は?」

 廊下を見る。脱衣所を見る。やはり誰もいない。

「何だよ……」

 胸を押さえ、大きく息を吐く。

 もう一度、鏡を見た。

 いる。

 さっきより近い。

「手がほしい」

 背筋が粟立った。

「……は?」

「手がほしい」

 恐怖より先に、苛立ちが込み上げた。

「ふざけんな! 誰だお前!」

 勢いよく振り返った。

 今度は、いた。

「――っ」

 心姫の顔から怒りが消えた。

     *

 田中月姫は、コンビニからの帰り道だった。

 友人とのグループLINEには、明日の放課後の予定を催促するメッセージが何件も届いている。面倒になって既読もつけず、スマートフォンをポケットへ押し込んだ。

 イヤホンをしたまま住宅街を歩いていると、前方に女が立っていた。俯いたまま、道の真ん中に立っている。

 月姫は顔をしかめ、横を抜けようとした。女も同じ方向へ動いた。

「……なんだよ」

 反対へ避ける。女も動く。

「邪魔なんだけど」

 女がゆっくりと顔を上げた。

「手がほしい」

 月姫の足が止まった。

「……え?」

 三日前、美羽のアカウントから届いたLINEが頭をよぎった。いや、それよりもっと昔にも。

「……カシマさん?」

 小学生の頃に聞いたことがある。

 確か、手を欲しがられた時は――

「今、使っています」

 女が止まった。

 数秒経っても、何も起きない。

「……合ってる」

 月姫の口元が緩んだ。

「なんだ……知ってれば大丈夫なんじゃん……」

 その瞬間、女がもう一度口を開いた。

「脚がほしい」

 月姫の笑みが消えた。

「……え?」

「脚がほしい」

 頭の中を必死に探す。手は覚えている。だが、脚は何て答える。

「ちょ、ちょっと待って……」

「脚がほしい」

「待ってって!」

 知らない。そんなのは知らない。

 女が一歩近づく。

「や、やだ! あげない!」

 月姫は後ずさった。

「来ないで!」

 女が動いた。

     *

 山本姫星は、ベッドに寝転がって友人と通話していた。

『それでさ、明日の――』

「待って」

『なに?』

 姫星は身体を起こした。

「……誰かいる」

『家に?』

「いや……部屋」

『は?』

 机の前に、女が立っていた。ドアが開いた音などしなかった。いつからそこにいたのか分からない。

「誰?」

『え、何? マジで誰かいんの?』

「おい、誰だよ!」

 女がこちらを向いた。

「手がほしい」

「……は?」

『何? 何て?』

「手がほしい」

 姫星はベッドの上を後ずさった。

「何言ってんだよ……」

『ちょっと、姫星?』

 女が一歩近づいた。

「来んなよ」

『姫星?』

「来んなって!」

 女は止まらない。

「ねえ、警察呼んで!」

『え?』

「早く! 誰か部屋に――」

 通話が途切れた。

     *

 伊藤愛海は、眠っていた。

 ふと目を覚ますと、ベッドの横の暗闇に女が立っていた。

「……誰?」

 愛海はまだ半分眠ったまま、目をこすった。

 女が口を開いた。

「手がほしい」

 その瞬間、眠気が吹き飛んだ。

「……カシマさん」

 三日前のLINE。死んだ美羽のアカウントから送られてきた怪談。

 知っている。

 小学生の頃に流行った。答え方も覚えている。

「今、使っています」

 女は動かなかった。愛海は息を止めて待つが、何も起きない。

「脚がほしい」

「今、必要です」

 即答した。

 女はまだ動かない。愛海の肩から力が抜けた。

 大丈夫だ。答え方は知っている。

「その話を誰から聞いた」

「カシマさん」

 すぐに答え、そのまま続ける。

「カは仮面のカ。シは死のシ。マは魔のマ。レイは霊のレイ――」

 一瞬、言葉が止まった。

 何だった。最後の、コ。

「コは……」

 出てこない。愛海の呼吸が浅くなる。

「待って……」

 女は何も言わない。ただ、待っている。

「分かってる。知ってるから……」

 思い出せ。

 コ。コ。

 頭の中に言葉が浮かんでは消えていく。その中に、ひとつだけ妙にはっきりした言葉があった。

『殺すぞ』

 美羽に何度も送った言葉。

「コは……殺すの、コ」

 女の手が伸びた。

 愛海の目が見開かれる。

「あっ、待って!」

 思い出した。

「事故! 事故のコ!」

 もう遅かった。

     *

 翌朝。

『――昨夜、市内で高校生五人が相次いで死亡しているのが発見されました』

 テレビには、見覚えのある校門が映っていた。

『死亡したのは、いずれも同じ高校に通う佐藤星愛さんら五人で、警察は五人の死亡に関連があるとみて調べています』

 香織はテレビから目を離せなかった。

 間違いなかった。あの五人が、一晩で全員死んだ。

 あの話を送ってから、三日後だった。

     *

【速報】○○市で高校生5人死亡

 42:名無し
 これ去年のいじめの奴らじゃね?

 43:名無し
 何それ

 47:名無し
 同じ高校で女子一人自殺してる
 たしかこいつらがいじめてたって話

 51:名無し
 あー知ってる
 親がなんか偉い奴で揉み消されたって噂の?

 54:名無し
 それそれ

 58:名無し
 事件にならなかったんだっけ

 61:名無し
 学校はいじめ確認できませんでしたで終わり

 66:名無し
 一人自殺してるんだよな

 71:名無し
 でも5人同時って何があったんだよ

 73:名無し
 本当にあいつらならちょっとスッキリした

 74:名無し
 不謹慎

 76:名無し
 でも気持ちは分かる

 81:名無し
 因果応報ってあるんだな

     *

 雑居ビルの一室。都市は机の前に座り、その傍らにはスーツ姿の女が立っていた。

 ノートパソコンからニュースの音声が流れている。

『――五人の死亡推定時刻はいずれも昨夜零時から未明にかけてとみられ――』

 都市は机の上のファイルに目を通すと、赤いスタンプを判定欄へ押した。

『再現性確認』

「よし、これで終了! お疲れさん! 撤収!」

 都市は満足そうにファイルを閉じた。

「次はどうします?」

 女が尋ねる。

「何にしようかねえ」

     *

 昼過ぎ。

 香織は、あの雑居ビルへ向かった。

 何をするつもりだったのか、自分でも分からなかった。確かめたかったのかもしれない。礼を言いたかったのかもしれない。あるいは、あの男の口から、全部ただの偶然だと言ってほしかったのかもしれない。

 エレベーターを降り、廊下の突き当たりまで歩く。三日前と同じドアが、そこにあった。

 香織はノックした。

 返事はない。

「すみません」

 もう一度ノックする。それでも何も聞こえない。

 ドアノブへ手をかけると、開いた。

「……あの」

 中を見て、言葉が止まった。

 何もなかった。

 事務机も、二脚のパイプ椅子も、ノートパソコンも。三日前にあったものはすべてなくなり、六畳ほどの殺風景な空室があるだけだった。

「何してるんですか?」

 背後から声をかけられ、香織は肩を震わせて振り返った。作業着姿の男が立っている。

「ここ……」

「そこ、空き部屋ですよ」

「空き部屋?」

「ええ」

「三日前、ここに人がいたんです」

 男が怪訝そうな顔をする。

「三日前?」

「はい。男の人がいて、机があって……」

「ずっと契約ない部屋なんですけどねえ」

 香織は室内へ目を戻した。

「ずっとって……」

「少なくとも俺がこのビル担当してからは」

「どのくらいですか」

「三年くらいかな」

 香織は何も言えなかった。

 三日前、自分は確かにここにいた。都市と話し、紙を渡され、美羽のスマートフォンから五人へLINEを送った。

 香織は鞄から名刺を取り出した。

 都市 伝。
 みやいち つたう。
 実践都市伝説研究家。

 印刷された文字は、三日前と何も変わっていなかった。

 香織は名刺と、何もない部屋を交互に見た。

 やがて鞄から美羽のスマートフォンを取り出すと、三日前に送った五つのメッセージをしばらく見つめ、静かに電源を落とした。

 一年間、一度もできなかったことだった。

     *

 その日の夜。

 一つの書き込みが、インターネットの片隅に投稿された。

『本当に復讐してくれるところを探しています』

 数分後、返信が一つついた。

『ここで聞くより、もっと詳しい人がいるよ』

 その下には、一つのリンクが貼られていた。

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【付記】

実践都市伝説研究記録 No.037

■名称
 カシマレイコ

■分類
 伝播型/出現型/致死性

■概要
 事故などによって身体の一部を失った女性の霊として語られる都市伝説。伝承を知った者のもとへ一定期間後に出現し、身体の一部を要求する。

 要求に対して規定の回答を行うことで回避可能とされる。名称、出現条件、質問内容、回答方法などには多数の異説が存在する。

■評価
 危険度 ★★☆☆☆
 再現性 ★★★★★
 制御性 ★★★★☆
 実用性 ★★★★☆

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── 第1章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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