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チバルスカヤ玩具戦記

梓星

22,986 字

ファンタジー戦記、ダークファンタジー

"玩具が兵器となる世界で、老将は死を、若き副官は未来を継ぐ。"

聖暦1026年、チバルスカヤ王国東部に突如として現れた「死者」の軍勢。黒い霧をまとい、生者を蹂躙する敵に対し、東部方面軍の老司令官は迎撃を決意する。この世界の軍隊は少しばかり奇妙だった。ティラノサウルスやブラキオサウルスが兵士とともに戦場を駆け、モスラが偵察に飛び、エレキングやゴモラが敵を迎え撃つ。トミカ、レゴ、プラレール、そしてガンダムやオプティマス・プライムさえも、彼らにとっては正真正銘の兵器である。玩具たちが本気で戦う、奇妙な軍記物。老いと死に抗いながら最後の戦場へ向かう老将と、彼から未来を託された若き副官。これは、ひとりの軍人が自らの「終わり」を迎え、次の世代へ何かを残すまでの物語である。

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チバルスカヤ玩具戦記

1.聖暦1026年9月 トネルヴァ川攘夷戦

聖暦1026年9月29日。晴天。南西の風。首都チバルスカヤから東方へ3万ボーソ。トネルヴァ川西岸地区。

 私は丘に登り双眼鏡を目に当てた。対岸には百目樹がまばらに生えるだけの荒涼とした地が広がっている。木の葉は依然として緑が濃い。落葉はまだ先だ。空には紫苑鳥の若鳥が舞っている。太陽が眩しい。
 私のいる丘と川を挟んで正面。黒い。死者が群れている。その数はおよそ1000。腐臭がここまで漂ってくる。死者どもは古い外套をまとい、剣、槍、斧。錆びた武器を手にしている。
 川が大きく蛇行した地点にあった橋は焼け落ちている。東岸の都市サワラチェヴに駐屯する守備隊が死者の侵攻を止めるために焼いたものだ。
 戦力は優勢。開けた場所で正面から戦うことができれば、恐竜・怪獣大隊を正面に押し立てた何の工夫もない戦法で叩き潰せるだろう。
 進軍があと3日早ければ。橋を渡り東岸に陣取り、いとも容易く死者を撃退できたはずだ。
 「どう見る、副官」
 私は隣の若者に問うた。副官は軍帽、軍服を着て、律儀に一番上までボタンを留めている。腰に下げたライトセーバーがきらりと陽の光を反射する。
 「指揮官殿の進言通り、プラレールをウラヤスクまで延伸していれば我らは既に勝ち鬨をあげていたでしょう。それをチバルスカヤの豚どもは…」
 「口が過ぎる。それに今それを言っても始まらん」
 たしなめる。どこで誰が聞いているか分からない。だが私も思いは変わらない。ウラヤスクまで鉄道で兵員を輸送できていれば。いや、言っても始まらない。さっき自分でそう副官を戒めたばかりではないか。
 「…気取られないようにトミカ工兵団を上流に回し架橋するしかないでしょう」
 「だが、これだけ視界が開けた場所だ。重機が動けば目立つ」
 「では川が凍る12月まで待ちますか」
 「それだと大軍が仇になるな。駐留の軍費がかさむ。来年度もプラレールは延伸されん」
 緊縮財政を唱える宰相の顔が浮かぶ。2人、黙り込む。
 最終的な勝利は揺るがない。戦力差がありすぎる。となると目標は被害を最小限にすること。そして…。
 私は踵を返す。後方には私の背丈ほどもある巨大なタイヤの自動車が待機している。青い車体には「ビッグフット」と書かれている。地形を問わない走破性のあるホットウィール・モンスタートラックだ。
 後ろから駆け足で追ってきた副官が「私が運転します」と運転席に乗り込む。「大丈夫か?」。私は助手席へ回る。副官は心外という様子で「このくらいできます」とハンドルを握る。「そうか。ならばこの戦いもお前に任せよう」
 ビッグフットが大きな岩を踏んで跳ねる。
 「私にですか」
 「そうだ。3日後に作戦会議を行う。それまでに計画を立案しろ」
 副官の表情が変わる。目の輝きは自信を窺わせる。若い男の目だ。野心を隠しきれない。嫌いではないが、その危うさも知っている。
 ビッグフットはマテル・ジュラシックワールド・トリケラトプスとブラキオサウルスの間をすり抜けて丘の北側に位置する本陣に到着した。私はビッグフットを降りて副官と別れる。
 「さて…」
 私も考えなければなるまい。副官の作戦案が使い物にならなかった場合は、代替案が要る。
 通常戦力は歩兵4000。これだけでも十分大きい。
 これに加えて、ティラノサウルス、トリケラトプス、ブラキオサウルス、プテラノドンから構成される恐竜大隊、一騎当千の「英雄」であるアンパンマンがいる。
 さらに補助戦力として、ブルドーザー、かにクレーン、マカダムローラー、ホイールローダー、ショベルカーから成るトミカ工兵団、ドクターヘリ、ハイメディック救急車から成るトミカ医務兵団があり、建築資材としてマテル・メガブロック、特殊武装としてバスボム3発も有している。
 改めて私は豪華な陣容に驚いた。私が副官ぐらいのころは、もっとずっと乏しい戦力で戦ったものだ。
 物思いに沈みながら、陣を歩き兵の士気や詳細な地形を確認しているうちに、日が傾き始めた。宵の明星、告死星の輝きが微かに見える。

聖暦1026年10月3日午前10時。曇。無風。

 副官自らがラッパを吹いた。前日の作戦会議で決まった通り、まずティラノサウルスとブラキオサウルスが前進を始める。対岸の黒い塊が蠢きを止める。こちらを注視しているようだ。
 アンパンマン、プテラノドン、ドクターヘリが飛び上がる。それぞれ一発ずつバスボムを抱えている。
 ティラノサウルスとブラキオサウルスが川に入る。自国領土だ。川の深さも分かっている。ブラキオサウルスは余裕があるし、ティラノサウルスも直立に近い姿勢なら顔が沈むことはない。
 ブラキオサウルスの背には兵が乗っている。やがて川の中央辺りで足を止めると長い首を対岸に下ろし、尻尾をこちらの岸にあげ、即席の橋を作った。兵士たちが次々に尻尾から背中、首を通って対岸へ向かう。
 死者たちが矢を放ち始める。ブラキオサウルスの背中から兵が撃ち返す。ティラノサウルスの上陸まではまだ時間がかかる。
 上空のアンパンマン、プテラノドン、ドクターヘリが川へバスボムを投下した。激しい発泡とともに甘い香気が川面に広がる。
 「ここは運試しだな」「引き寄せてみせます」。副官は双眼鏡を覗いたまま答える。
 バスボムの1つはサンリオタイプ。何が出る? バッドばつ丸。ペンギンのキャラクター。当たりだ。ばつ丸は滑らかに泳いで対岸の戦闘に加わる。
 「偶然じゃないですよ。サンリオはケロッピ、タキシードサム、ハンギョドンと水に強いキャラクターが多いですから」
 2つ目はアンパンマンタイプ。出てきたカレーパンマンは強力なキャラクターだが、ここではすぐに顔が濡れて戦闘不能になった。3つ目はパウ・パトロールタイプ。ダルメシアンのマーシャルが必死に泳いで対岸に渡った。
 ブラキオサウルスの頭付近は両軍の押し合いが続いていた。数的優位が活かせない。橋頭堡が確保できない。
 死者たちは一切の恐れもなく、声をあげることもなく静かに剣をふるい、矢を放つ。そのどれもが錆びついているが、黒い瘴気を纏っている。生身の兵に当たると身体が朽ちる。
 一人また一人とブラキオサウルスの首から兵が川へ落ちる。朽ちた身体の腐敗臭が漂う。我慢のしどころだろう。
 私はちらりと副官を見る。「兵が見ている。双眼鏡を下ろせ。汗を止めろ」
 損害が広がりつつあった橋頭堡を巡る戦いは、バスボムの投下を終えたアンパンマンが戦いに加わり、バッドばつ丸、マーシャルが上陸に成功し敵後方の弓を持った死者に襲いかかった時点で流れが変わり始めた。
 そして11時前。ティラノサウルスが咆哮とともに上陸した。敵陣は脇腹を食い破られる形になり、ブラキオサウルスを経由した本隊の雪崩のような上陸が始まった。死者が踏み潰され、黒い瘴気をあげて消滅していくのを目の端で見ながら私は本陣の中に入り、報告書の作成を始めた。作戦立案者として副官の名前を記入した。右肘に軽いしびれを感じた。

聖暦1026年10月20日。晴天。南の風。首都チバルスカヤ郊外のカフェ。

 ドアが開く音がする。店内に漂う紫煙の向こう側に副官の姿を認めて、私は軽く手をあげる。やはりしびれがある。
 「お疲れ様です」
 「ああ、やっと終わったよ」
 私は大げさに顔をしかめてみせた。「チバルスカヤは書類の山だ」
 東方の小競り合いとはいえ凱旋将軍なのだから扱いは悪くない。貴族たちは大げさに「常勝将軍」だのと囃し立てる。作戦立案者の副官もすっかり「若き英雄」だ。
 副官は給仕にバナナジュースを注文する。「私も参りました。まさかあのような…」
 「戦勝の宴か」
 亡国の危機を救ったわけでも、外征し王の威光を広めたわけでもない。誰がやっても勝つ戦。それにかこつけて酒池肉林の騒ぎをする。
 「一体あの宴に何万ラッカセかかっているのでしょうか。あんなものをやらなければ…」
 私は首を振る。
 「今回の活躍で君もああした場に顔を出さざるを得なくなる。不満を顔に出すなよ」
 「…しかし、あの作戦は半分以上、指揮官殿の」
 バナナジュースが運ばれてきて一度口を閉じる。
 「骨子はお前の案だ。恥じることはない」
 一口、珈琲を飲む。
 「今後、東方は不安定になるだろう。本来、プラレールの延伸、都市城壁のレゴ化を急ぐべき時だが、期待はできん」
 この店の珈琲はこんなに苦かったか。
 「戦は増える。学んでおけ」

2.聖暦1028年5月 ウラヤスク奪回戦

聖暦1028年5月4日。晴天。西の風。首都チバルスカヤから東方へ2万5000ボーソ。城塞都市ウラヤスク西方。

 「トネルヴァ川でお前の運転するこいつに乗ったのは1年半前か」
 広い平原をビッグフットが駆ける。地平線の向こうに尖塔が見える。城塞都市ウラヤスクのシデイラ城だ。副官がさらにアクセルを踏み込む。城壁を取り囲む黒い影が見えてきた。
 「完全に包囲されているな」
 黒い瘴気を纏った軍団。死者だ。あちこちに黒い軍旗のようなものが上がっている。一つだけだが大きな大きな塔のような構造物がある。大型の投石機に見える。攻城兵器だろうか。
 副官もビッグフットを停めて双眼鏡を覗き込む。
 「前とは比べ物にならない規模ですね。2万は下らない。指揮官殿の予想通りです」
 私は唸った。東方の村々は既に破壊され、前に守ったサワラチェヴも蹂躙されただろう。既に国土の5%が踏みにじられたことになる。
 「数は多いですが、我らが攻撃を開始すればウラヤスクの守備隊3000も呼応するでしょう。挟撃できます」
 私は頷く。あと10日もすれば恐竜大隊、怪獣大隊の主力が揃って前線に到着する。この広いエクスペア平原でならば存分に力を発揮できる。
 そうなれば建国王の東方親征以来の大会戦になる。華々しい戦闘。勝利。軍人の誉れ。憧れないといったら嘘になる。だが、私の軍歴でそんな戦いは一度もなかった。
 「ウラヤスクの食料備蓄はまだ余裕があるな」
 副官が怪訝そうな表情を向ける。だが、私は確信している。決戦を急ぐべきではない。

聖暦1028年5月6日。雨。西からの強風。首都チバルスカヤから東方へ2万3000ボーソ。フナバディスラ。

 私は副官を前線に残し、プラレールの東方の終着点となるフナバディスラへ戻った。先日到着した恐竜大隊は既に前線へ向けて移動している。今日は怪獣大隊のバンダイ・ウルトラ怪獣シリーズ・エレキングとゴモラがフナバディスラに到着した。
 フナバディスラには既に兵員3000あまりが待機中だ。恐竜、怪獣の特殊戦力、前線の約1万5000と合わせれば死者どもに引けをとらない。
 戦力は整ってきている。
 この戦力を押し出して行けば、敵軍は包囲を解いて応戦するしかない。副官の期待通り、ウラヤスクが城門を開いて敵軍の後方を突く展開もありうる。
 私が敵将ならば、包囲は失敗として軍を引く。または包囲を解いて、挟撃されない形に布陣し直して平原での決戦に備える。
 私は既に前線にいるはずの恐竜大隊のプテラノドンと怪獣大隊のモスラを呼び戻す指示を出した。指令書を受け取った副官はまた怪訝な顔をするだろう。

 聖暦1028年5月7日。曇。微風。フナバディスラ。

 呼び戻したプテラノドンとモスラに偵察を指示する。フナバディスラ周辺に敵影はなし。

聖暦1028年5月8日。雨。西の風。フナバディスラ。

 包囲されたウラヤスクの状況確認に向かわせたプテラノドンが帰還しない。モスラで再偵察を行う。結果は最悪だ。

聖暦1028年5月9日。雨。西からの強風。フナバディスラ。

 悪天候の中、私は約3000の兵とエレキング、ゴモラを伴ってフナバディスラを出立した。前線の状況を確認したいが、もはや航空戦力がない。間に合えば良いのだが。

聖暦1028年5月10日。豪雨。西からの強風。フナバディスラ東方。

 副官からのトミカ・日産スカイライン GT-R V-SPEC2を用いた伝令により、敵軍がウラヤスクの包囲を解き、ウラヤスク南西の小高い丘に布陣したとの情報を得る。副官率いる本隊はやや前進し龍鱗の陣で睨み合っている模様。前線に戻るスカイラインに伝令を託す。

聖暦1028年5月11日。曇。微風。ウラヤスクとイチカグラードの中間点。

 本隊が見えた。折れた軍旗、負傷兵。冷たい汗が流れる。だが、実際に陣に入ってみれば、ダメージは致命的なものではないことが分かる。私は胸をなでおろした。主力は維持できている。頼みのティラノサウルス、ブラキオサウルス、トリケラトプスも健在。副官は上手くやってくれた。
 私は出迎えた副官とともに本陣に入った。
 「指揮官殿、何故です。昨日の戦い、退く必要はなかったはずです。我が隊は勝てました」
 昨日、私はスカイラインに積極的な戦闘を厳しく禁じ、イチカグラード付近まで後退を指示した伝令を託していた。
 伝令が届いた時点で、敵軍は既に前進を開始していた。副官はエクスペア平原での決戦を決意し、龍鱗の陣の両翼を展開する指示をまさに出そうとしていたところだった。
 一転、龍鱗の陣は翼を開かないまま後退を開始した。だが、陣の最前部は既に敵との距離がなく戦闘に突入。この龍の頭を犠牲にすることで、結果的には本隊はイチカグラード付近にまで撤退することができた。
 「1000近い兵を失いました。孤立したウラヤスクも心配です」
 副官の言葉の端々に私を責めたいという意識が滲んでいる。
 「昨日の時点ではこれが最良だった。よく我慢してくれた」
 副官の侍従兵が私に珈琲を持ってきた。副官は私が今でも珈琲を好きだと思っているのだろう。
 「ウラヤスクは既に全滅している。中にいるのは死者だ」
 副官の表情が凍りつく。
 「では、あの包囲は演技だと言うのですか?」
 「ウラヤスクを航空戦力で偵察した。プテラノドンは未帰還。撃墜されたのだろう。モスラで再偵察を行い、市民の姿が全く見られないことが分かった。城内からの偵察に対する攻撃も執拗でモスラも大ダメージでチバルスカヤに送り返した」
 私は本陣の即席の建物の窓から外を見やった。ここからでもシデイラ城の尖塔が微かに見える。10万近い市民が住んでいた街だ。
 「では…昨日、私があのまま応戦していたら」
 「ウラヤスク南西の敵陣にお前は南下して襲いかかる。敵はあえて退がってみせるだろう。お前が敵陣に迫った段階でウラヤスクに潜んでいた死者どもに横から殴られる」
 珈琲を一口、口に入れる。苦い。もしそのように展開していたらイチカグラード、フナバディスラも陥落は避けられない。いや、まだ危機を脱したわけではない。ここで勝たなければ、東方の主要都市壊滅という結果は同じことだ。

聖暦1028年5月12日。曇。西の風。ウラヤスクとイチカグラードの中間点。

 早朝。少し肌寒い中を私は歩く。風が吹く度に幹を歪に曲げた紫色の寡婦樹が恨めしげな音を立てて揺れる。工兵たちが夜通し、レゴで防御柵を作っている。
 イチカグラードとウラヤスクを結ぶ街道に置いた本陣を中心に、左翼の低地にティラノサウルス、ブラキオサウルスをこれみよがしに配置。右翼の寡婦樹の林には怪獣大隊のエレキングとゴモラを伏せた状態で置いた。トリケラトプスは本陣の守りだ。歩兵総数は1万7000。
 それに対して敵は2万を超え、それとは別にウラヤスクの戦力もある。恐竜大隊、怪獣大隊は強力だが、ウラヤスク内の敵戦力次第では劣勢になる。
 陣内を歩く私の横には「英雄」スパイダーマンが控えている。万が一の警備だ。東方の5月は雨が多い。今回、アンパンマンは連れてきていない。いれば、プテラノドンの代わりに上空から偵察をさせられたのだが。失敗した。
 主導権はこちらにはない。おそらく敵は今日、仕掛けてくるだろう。先に延ばす理由がない。
 判断は正しかった。「最悪」は避けられた。だが、後手に回り過ぎた。その結果、不利な形での決戦を強いられることになる。抗ってはいるが、大枠ではこの戦いは敵の思惑通りに展開している。
 「思惑…」
 今回の戦いで、死者どもは明らかに高度な戦略を用いている。ただ目先の生者に襲いかかっているだけではない。奴らにそんな意思があるのか。それとも死者どもを操る誰かがいるのか。
 
 本陣に戻る。朝食を取りながら副官と打ち合わせをする。私は副官に死者どもが高度な作戦を実行する能力があるとの見立てを話したが、話が終わるよりも前に、敵軍が前進を開始したとの報が入った。
 本陣を出て双眼鏡を覗く。黒い塊が街道を蠢いている。光のない目。締まりのない口。ただただ前へ歩く。工夫もなければ恐れもない。死者の行進。
 「指揮官殿。あれも見せかけなのでしょうか。何らかの戦略的な意図があると?」
 「本当のところは分からん。だが、そう思っておいた方がいい」
 副官は少し思案し、「では、私は右翼の指揮を取ります。後ほど」と去っていった。今生の別れである可能性は互いに知っていながら口にしなかった。
 死者どもとの距離が詰まってきた。最前線には先日伝令に使用されたスカイラインのほかに、私が前線での足代わりに使うビッグフット、さらにトミカ・マツダCX-5、ホンダ・プレリュードが並ぶ。
 費用対効果は最悪だ。だが少しでも数を減らしたい。私は手をあげて合図を送った。スパイダーマンが頷いて私のもとを離れる。まずCX-5が動き出した。みるみる加速して死者の群れの中に突っ込んでいく。石畳の街道。直進の道。遮るものはない。かなりの数を轢き飛ばし、黒い塊の中に消えていった。
 続いてプレリュード、スカイライン。次々に死者を轢いていく。最後はビッグフット。愛着のある車両だが、やむを得ない。ビッグフットの巨大なタイヤが死者を弾き飛ばしていった。
 だが、それでも死者の行進は止まらない。距離が近づく。弓の射程に入った。双方が矢を放つ。死者どもが抜刀し駆け始めた。我が方の前列も鬨の声をあげ、槍を構える。
 
 中央、右翼、左翼。全正面で戦端が開かれた。一進一退の攻防がしばらく続く。合図して左翼のティラノサウルス、ブラキオサウルスを前へ出す。ブラキオサウルスの尻尾の一振りで死者どもが塵芥のように吹き飛ばされる。ティラノサウルスが腐敗した死者の身体を恐れることなく噛みちぎる。たちまち左翼は優勢になった。
 何かが風を切る音が聞こえた。巨大な岩が飛んでくる。濃い灰色の雲を背景に目視しづらいが、奇妙に滞空時間が長くゆっくりと弧を描いて、轟音とともに左翼の前線近くに落ちた。音が衝撃波になって私がいる本陣にまで届く。ビッグフットで偵察した時に見た攻城兵器だ。
 こちらの恐竜狙いは明白だった。あれが直撃したらティラノサウルス、ブラキオサウルスでも危ない。対策はしてあるが…。
 弾が重いので連射は効かない。頼む。当たる前に潰してくれ。
 
 敵の集団の中にフルスピードで突入したビッグフット。巨大なタイヤで車高は高い。その下回りにスパイダーマンが張り付いていた。
 ビッグフットは次々と死者どもを撥ね飛ばし、徐々にスピードが削がれバランスを崩す。スパイダーマンはビッグフットが停まるよりも先に糸を放ち、街道脇の緑の葉がよく茂ったガラテアの木の枝に潜んだ。
 スパイダーマンが受けた命令は2つ。第一の最優先指令は「敵将」と確信できる者がいたら何としても殺せ。第二の指令は攻城兵器が動き出したら潰せ。
 死者どもは喋らない。戦場の怒声や武器がぶつかり合う音が妙に遠く聞こえる。その中でギィという木造物が軋むおとを微かに響かせ黒い、巨大な塔が多数の死者に引かれて移動してきた。スパイダーマンは状況を注視する。自身が潜むガラテアの木からは少し距離があるところで攻城兵器が固定された。大型投石機のようだ。スパイダーマンは逡巡する。糸の一飛びで届く距離ではない。どうする。
 見たところ、投石機は巨大な重りを落とし、その反動で長いアームを跳ね上げる構造のものだ。
 投石機の長いアームに岩石が装填された。アームの反対側の重りのロックが外される。ビュンと大きな音を立ててアームがスイングする。スパイダーマンの優れた五感はきれいな放物線を描いて飛ぶ岩石の姿を捉えた。
 ガラテアの枝の上で位置を調整する。ここだ。手をかざす。投石機は第2射の準備を進めている。岩石が装填された。アームが動き出す。岩石がアームからリリースされる。スパイダーマンの目には全てがスローモーションのように見える。
 右手で糸を放った。糸は高速でこちらへ接近してくる岩石に吸い付く。跳ねる。空中の岩石を支点にして糸が大きくスイングして、スパイダーマンを投石機の方へ運ぶ。右手の糸を切る。と同時に左手で次の糸。振り下ろされてこちらへ突き出した投石機のアームに届く。隠密らしからぬ目立つ赤いスーツが空を舞う姿に死者どもが気が付く。だが、もう遅い。
 アームに乗り移るとまず装填された岩石を飛ばすための重りの支えを手刀で叩き折る。矢が飛んでくる。2つ目の支えを壊した時点で重りは自重で落下した。耳をつんざくような轟音が響く。この重量のものを戦場で装着し直すことはできまい。
 その瞬間、スパイダーマンの研ぎ澄まされた感覚、スパイダーセンスが何かを捉えた。

 第2射が放たれた。私は双眼鏡を覗く。再び岩が放物線を描く。岩の近くに赤い何かが舞ったような気がする。
 岩が左翼に落下する。ドン!という衝撃音。ティラノサウルスの脇腹に命中した。ティラノサウルスが、倒れる。
 その時、敵陣の方から凄まじい轟音が響いた。何だ? 再び双眼鏡を構えるが、距離がありすぎてはっきりとは分からない。だが、投石機が動く気配はない。何かあった。スパイダーマンがやってくれたか?
 ティラノサウルスはまだ死んではいない。倒れながらも口で接近してくる死者どもを攻撃する。だが、この体勢では死者どもの剣や槍による攻撃が簡単にあたってしまう。
 ブラキオサウルスも歩兵もカバーに回る余裕がない。…ダメだ。蟻が落とした菓子に群がるように死者がティラノサウルスの巨体を引きちぎっていく。ソフビが切り裂かれる音が響く。最後の咆哮が轟く。長い間、我が隊の中核戦力だった恐竜大隊。その中でも最強を誇るティラノサウルスが、やられた。戦力が低下しただけではない。兵の動揺も避けられない。
 左翼を破られるわけにはいかない。私は本陣の守りに置いておいたトリケラトプスを左翼に向かわせた。

 投石機による第1射の岩石が宙を舞ったその瞬間。これが合図となったのか、ウラヤスクの城門が開かれ、中にいた死者どもが列をなして溢れ出た。新たな死者の群れはイチカグラードへ向かう街道を南側に迂回し、寡婦樹の林の南側を目指す。

 副官は切り札である2体の怪獣を伏せたまま、寡婦樹の林に立てこもる防御的な戦闘を続けていた。敵は強引な攻撃を仕掛けてきたかと思えば、退却するように見せて追撃を誘ってきたりもする。
 「本当に死者どもに将がいるのか…?」
 半信半疑だったのが、信に傾きつつある。
 本来ならば怪獣を前面に押し立てて敵を切り崩し正面を援護。敵戦力の寸断を狙いたい。できるはずだ。
 だが、本当に敵に指揮官がいるのであれば。風が吹く度に寡婦樹が慟哭する。嫌な音だ。
 伝令が駆けてきた。敵別働隊が接近中。ウラヤスクの中にいた部隊だろう。かなり大きく迂回しており、副官の右翼部隊を攻撃するというよりは後方に回り込み、イチカグラードを直接叩こうとしているように見える。いずれにせよ後方に回り込まれた時点で詰みだ。
 やはり敵にも将がいる。副官は確信し、改めて指揮官の読みの鋭さに舌を巻く。だが…。伝令に幾つかの情報を確認する。副官は指揮官の事前の指示とは少し異なる命令を怪獣に与えた。

 エレキングが立ち上がった。白い巨体、長い尾、鎌のような2つの角。異様な姿は生物として実在した恐竜に近いようで遠い。やはり怪獣だ。
 「やはり別働隊があったか」
 私は双眼鏡をあてて歩兵を伴って前線とは別方向、南へ歩いていくエレキングを見送った。少し左目が霞む。
 また読みは当たった。副官に怪獣温存を指示しておいて良かった。だが、最悪を回避しただけだ。通常の歩兵とブラキオサウルス、トリケラトプス。これだけで勝ちきらなければならない。
 投石機の巨大な姿は目視できるが完全に沈黙している。スパイダーマンが無力化に成功したことを確信する。敵将は…どうだろうか。

 スパイダーマンは投石機の一番高いところに登り、それを見た。敵陣の一番深いところ。ウラヤスクに近い。子どもか? 長く黒い髪、黒いワンピース。7歳くらいの女の子に見える。いや、ぐにゃりとその姿が歪む。老婆? 男か?
 敵将かと問われれば分からない。指揮をしているというより、ただ歩いている。だが、他の死者とは明らかに異質だ。
 もう一度見る。人の姿が滲んで境界を失い、黒が全て空に溶け出した。かと思うと最初の少女に戻った。
 吐き気を感じる。正視できない。
 「敵将」と確信できる者がいたら何としても殺せ、という指令を受けている。だが、攻撃をするには距離がありすぎる。それ以前にスパイダーマンは退路を失っていた。
 空を舞う岩石に糸を付けてここへ来た。今や脱出に使えるものはない。投石機は無数の死者に囲まれ、徐々に奴らが登ってきている。

 寡婦樹の林の南の平原ではエレキングを中核とする部隊と敵別働隊の戦闘が始まった。
 副官は寡婦樹の林の右翼部隊本隊には林から出ないで防御に徹することを指示し、こちらに同行していた。
 伝令の情報は概ね正確だった。敵の数は想定より少ない。林から出たところでエレキングの電撃や弩を使った攻撃を開始する。前列は長槍の部隊で守る。
 状況に応じて後退し林に身を隠す。電撃で敵陣に穴が開けば再び前進する。格闘戦でも強いエレキングを電撃の長射程攻撃にのみ使う。限られた戦力で敵別働隊を足止めし続ける。

 被害が増え始めた。正面は疲労した兵士たちが疲れも恐れもない死者の行進に押されつつあった。私はレゴの防御柵を展開し、部隊を少し後退させた。
 だがこれ以上下がる場所はない。トミカ工兵団の車両を呼び寄せる。ブルドーザーやロードローラーを戦闘に用いるなど下策中の下策だが他に方法がない。
 左翼はブラキオサウルス、トリケラトプス共に健在で維持できている。右翼はエレキングが別働隊への攻撃を開始したようだ。ゴモラはどうした? 

 投石機を登ってくる死者を蹴り落とす。矢が眼前を掠める。果てしない敵の攻撃にスパイダーマンにも疲労の色が濃い。
 ちらりと後方を見る。味方ははるか向こうだ。誰かが突破して救助が来る可能性はなさそうだ。
 その時―。

 前線と後方の投石機の間。突然地面が盛り上がり始めた。街道の石畳が割れる。何かが地中から出てくる。三日月のような特徴的な頭部。ゴモラだ。
 
 スパイダーマンが走る。投石機のアームの先端から糸を放つ。ゴモラの頭に届く。ジャンプ。糸は大きくしなり、弧を描き、スパイダーマンはゴモラの肩に降り立った。

 ゴモラは姿を現すと直ちに後方から敵の最前線に襲いかかった。スパイダーマンはゴモラに取り付こうとする死者を糸で巻取り、蹴り落とした。
 街道の正面で敵軍は挟撃される形になった。

 突如現れたゴモラに私は目を見張った。私が副官に指示したのは怪獣2体で別働隊を攻撃することだった。エレキングだけで別働隊と戦えているのなら、これは起死回生の一手だ。
 信じるしかない。これを逃したらもう勝機はない。私は全軍突撃を命じる。歩兵もブルドーザーもロードローラーも突っ込んでいく。左目はほぼ見えなくなってきていた。

同日夕刻。曇。西の風。

 長い一日が終わった。我が方は正面で敵を壊滅させ、左翼は恐竜大隊の活躍で、右翼は寡婦樹の林を利用した防御戦術で維持しきった。エレキングを中心とした隊も副官の必死の指揮で敵別働隊を撃退した。
 敵は午後3時を過ぎるころにウラヤスクを放棄し、退却を開始した。言うまでもなく我が方も壊滅的な被害を被っていた。
 夜になりようやく副官が本陣に戻った。「見事な機転だった」。私は彼を労った。紙一重の危険な賭けではあった。だが、彼は賭けに勝った。彼の言い方を借りれば「引き寄せた」。
 握手を交わす。副官は軽く微笑む。私の左目が腐って落ちた。副官はそれを拾うと、何も言わずに食べた。

聖暦1028年5月30日夕刻。曇。西の風。首都チバルスカヤ郊外のカフェ。

 私は帽子を目深に被って紅茶を飲んでいた。新聞で「隻眼の虎」などと持て囃されたせいで変に有名になってしまい、出歩きにくい。
 副官がやってくる。眼帯の位置を整える。副官は与えられたばかりの殊功勲章を誇らしげにつけている。彼はタピオカミルクティーを頼んだ。
 今回の東方動乱は国に大きな衝撃を与えた。ウラヤスクは奪還したものの都市としての再建は放棄され、シデイラ城を中心とした前線基地とされた。トネルヴァ川以東の奪還の目処は全く立っていない。
 報道では我が東方軍団の大勝利とされたが、国民は実情を感じ取っているようで、イチカグラードなどの東方の諸都市からより西へ脱出する人が相次いでいる。
 政府はさすがに軍事費の増額を認め、ティラノサウルス、プテラノドンを失い半壊した恐竜大隊に代わる中核戦力として怪獣大隊を増強し、新たに機甲軍団を設立することを決めた。
 私と副官は近況、主に煩雑な書類と報告書に対する愚痴を述べ合う。
 そして…。
 「例の少女の話は…?」
 私は首を振る。スパイダーマンが持ち帰った情報。死者どもの中を歩く黒い少女。これは政府と軍の最上層部のみに報告が行われたが、どう評価するかについては誰も確たることを言えなかった。
 しばしの沈黙。
 「この先、どうなりますかね?」
 不安げなようすで副官が聞く。彼も恐れを知るようになったかと思う。
 「しばらく小競り合いが続くだろう。というより威力偵察か。今思えばあのトネルヴァ川の戦いも威力偵察だったのだろう」
 紅茶を飲む。苦くはないが味はしない。
 「その後で本当の決戦になる」

3.聖暦1033年7月 イチカグラード防衛戦

聖暦1033年7月25日。晴天。無風。首都チバルスカヤの軍令部

 軍令部の窓の外には夏そのものという強い日差しと濃い緑の葉をつけた木々が見える。昔から夏は嫌いではない。席を立って背を伸ばす。
 5年あまり平穏な時が流れた。私は東方軍団の総司令となり軍令部が主な職場になった。「片目を失った軍人に書類仕事をさせるなんてひどい」と言う冗談は誰も笑わない。
 本日、ついにフナバディスラからウラヤスクまで鉄道の延伸がかなった。だが、バカバカしいことにこの新しい区間はプラレールではなくNゲージが採用された。
 政府は入札の結果だと言っているが、これではフナバディスラで積み替えをしなければならない。
 機甲軍団も費用対効果の高いHG規格ではなく、高性能だが高コストなMG規格が採用されたせいで配備はなかなか進まない。
 既に昨年後半から旧サワラチェヴ跡地周辺で渡河してきた敵との小競り合いが目立つ。残された時間は少ない。
 よく晴れた空を見上げ、ウラヤスク駐留軍の指揮官となり最前線に立つ副官を思う。

聖暦1033年8月1日。晴天。北の風。ウラヤスク。

 シデイラ城前。かつて国外からの文物を集めた市場ワールドバザールがあったエリアは今では機甲軍団を始めとするウラヤスクの中核戦力の駐屯地となっていた。駐留軍の指揮官となった副官は間もなく帰還する友軍の出迎えのために駐屯地内を歩いていた。
 戦力の拡充は進んでいない。採用されたMG規格でウラヤスクに配備されたのは RX-78-2 ガンダムVer.3.0一機のみ。あとは隣国から無償供与された旧式で右肩が緩み塗装も剥げたオプティマスプライムがあるのみだ。指揮官殿が「そんな洒落た名前は似合わない」と言って「コンボイ」と呼びたがるのを思い出し苦笑した。
 トネルヴァ川を渡河してきた敵の小規模部隊を撃退した部隊が帰還した。城門が開かれ兵2000とエレキングが入ってくる。思い出深い怪獣だが、就役後5年以上が経過しダメージが蓄積している。あの戦いでは真新しい白い身体が異形の怪獣という雰囲気だったが、すっかり汚れてくすんでしまった。ゴモラは西方軍団に転属された。
 副官に寄り添うようにダルメシアンがいる。トネルヴァ川の戦いでバスボムから出てきたマーシャルだ。すっかり老犬になっている。
 上空を見上げる。偵察・支援のモスラが旋回している。羽が破れる大ダメージを受け修復されたモスラも傷みが目立つ。往時のスピードはもう出ない。
 2年前からもうじきバンダイ・ムービーモンスターシリーズ・キングギドラが配備されると聞かされているが未だに実現していない。
 副官はため息をついた。
 軍事拠点とは思えない29もの美しい尖塔を有するシデイラ城。軍事拠点というよりはお姫様が舞踏会を開いていそうな外観だ。
 域外の蛮族に我が国が軍事だけでなく文化でも卓越していることを誇示するためにこのようなデザインにされたと聞く。
 「我が国が合理性に欠けるのは昔からか」
 政府も国民も目先に迫った危機に対してさえ反応が鈍い。5年何もなかったのだからもう何もないのではないかと希望的観測をしている。
 「口が過ぎる。それに今それを言っても始まらん」
 いつの日か指揮官殿に言われた言葉を思い出す。指揮官殿は与えられた僅かなものだけで勝利を積み重ねてきたのだな。それを思えばガンダムがあるだけましだ。
 気を取り直したその時に物見台の兵士が手を振って何かを叫んでいるのが目に入った。嫌な予感がした。

聖暦1033年8月2日。晴天。無風。首都チバルスカヤの軍令部。

 チバルスカヤの軍駐屯地にウラヤスクに配備されていたトミカ医務兵団のドクターヘリが飛来した。伝令だった。トネルヴァ川西岸、つまり我々の領域内に昨日までいなかった死者どもが多数集結しているという。
 そうだ。5年前のウラヤスク奪回戦も死者どもがどうやってトネルヴァ川を渡り、どうやってウラヤスクの城壁を越えたかがまるで分からなかった。川に橋はないし、城壁はほとんど損壊していなかった。
 直感する。おそらくこれが決戦になる。スパイダーマンが見たという少女も現れるだろう。少女の目撃例はその後、ない。スパイダーマンの証言を疑う者もいる。だが、私はその存在を確信している。
 フナバディスラ、イチカグラードの戦力を上手く使う必要がある。私は直ちに東方軍団の司令部を前線に近いフナバディスラに移すことを決め、その決定をウラヤスクに戻るドクターヘリに託して副官へ伝えた。

聖暦1033年8月3日。晴天。北の風。フナバディスラ臨時司令部

 私は側近数名と警護の「英雄」スーパーマリオを引き連れて、プラレールのE231系総武線に乗りフナバディスラまで移動した。
 フナバディスラには歩兵5000とブラキオサウルス、トリケラトプスがいる。もっとも彼らも傷だらけで余裕があれば退役となっていてもおかしくない状態だ。
 私は突貫工事で作られたレゴ製の司令部に入ると、現地守備隊の隊長に探させて東京マルイ・ワルサーP38を受け取った。片目の老将が何をする気だと思っただろう。だが、これが必要になる気がする。
 偵察はしたいが航空戦力がない。昨日からフナバディスラにある数少ない機動力であるトミカ・スズキ ワゴンR、ホンダ フリード、スバル インプレッサ WRX タイプRの3台をフル回転させて周囲の状況を探っているが、今のところ死者どもは見つかっていない。
 イチカグラードまで進出するべきだろうか。イチカグラードの守備隊は歩兵3000と隣国から無償供与された旧式のハローキティのみだ。巨大な猫は怪しい獣だという理屈で怪獣大隊に所属しているが戦力にはなるまい。
 思い直す。総司令が落ち着かずに右往左往するのは兵を不安にする。それにイチカグラードはウラヤスクの副官がカバーしてくれるはずだ。
 見上げると東の空からモスラが飛んでくる。ウラヤスクからの伝令だ。何か動きがあったのだろうか。

聖暦1033年8月4日。晴天。北の風。ウラヤスク。

 モスラをフナバディスラの東方軍団司令部に預けた代わりに、ガンダムを分離し、コアファイターを偵察に運用し始めた。いざという時にガンダムに戻して戦闘させるのに若干時間がかかるというリスクはある。だが、現状では偵察能力の強化の方が優先順位が高い。
 副官はシデイラ城の尖塔のベランダで双眼鏡を構えていた。ややイチカグラードに寄った街道脇の丘を中心に死者が集まっている。数は7000程度。それほど多くはない。ただ幾つか大きな構造物と未確認の存在がある。
 構造物は前回のような投石機や破城槌に見える。そして前の戦いで命を落としたティラノサウルスのような黒い影がある。ゾンビ恐竜とでもいえばいいのか。ティラノサウルス同等の戦力だとしたら危険だ。戦うとなればガンダムをぶつけるしかない。
 黒い少女は確認されていない。
 ベランダから城内に戻り地図を眺める。状況を見れば討って出るべきだ。ウラヤスクの戦力だけでも優位。イチカグラードの守備隊も敵の背後を脅かす位置にある。だが…。
 前回、あれほど狡猾だった敵が今回はまるで無策に見える。別部隊がいるのかと思えば偵察には何もかからない。どうすればいい。指揮官殿ならどうする。

聖暦1033年8月5日。曇。北の風。フナバディスラ。

 ウラヤスクから託された虎の子のモスラのお陰で偵察力は大幅に強化された。だが、やはり周辺に死者どもはいない。

聖暦1033年8月6日。曇。北からの強風。ウラヤスク。

 ウラヤスクの城門が開かれた。副官は1万の歩兵とエレキング、オプティマスプライムを引き連れて出撃した。
 今朝早く敵軍はイチカグラード方面へ向けて移動を開始した。イチカグラードの部隊と市民を見殺しにはできない。これで討って出る他の選択肢はなくなった。
 敵軍を追って街道を進むウラヤスク駐留軍の上空を偵察のコアファイターが追い抜いていく。ガンダムはまだコアファイターによる運用を続ける。
 普通に行けば敵軍はイチカグラード守備隊とウラヤスク駐留軍に挟撃される。愚策だ。副官はどうしても誘い出されたという意識が拭えなかった。
 戦闘となればトミカ医務兵団のドクターヘリは重要だが、連絡のためフナバディスラへ飛ばした。

同日、フナバディスラ。

 ドクターヘリが飛来したが、私はそれ以前にモスラによる偵察で敵軍の動きを把握していた。すでに歩兵3000とブラキオサウルス、トリケラトプスはイチカグラードの南西地点にある丘へ向けて移動を開始している。
 イチカグラードの南西。つまりイチカグラード、フナバディスラのどちらへも進軍しやすく、ウラヤスクへ続く街道からも近い。どういう展開になっても対応できる。
 だが、その指揮はフナバディスラ守備隊の隊長に任せ、私はフナバディスラに残った。
 あえて見送りもせず前線への未練を断ち切る。味のしない紅茶を飲む。妙に痰が絡むが、咳払いをしても一向に取れない。

同日、イチカグラード南方。

 敵軍がイチカグラードに攻撃を開始した。だが、ウラヤスク駐留軍は既に、その姿を肉眼で捉えられるほどに迫っていた。イチカグラードが陥落するよりはるか前に挟撃できる。副官は地形を見渡してエレキングと弩の配置場所を算段し始める。
 身体が傾いた。足を踏み外した。違う。地面が盛り上がっている。副官の足元だけではない。街道の石畳が割れる。何か出てくる。既視感。5年前、地中を密かに侵攻していたゴモラが出てきた。
 地中から腐った腕が出てくる。死者だ。足を掴まれた。ゾッと鳥肌が立つ。死の恐怖を感じる。いや、何を怖気づいている。
 副官は腰に下げたライトセーバーを手に取り、死者の腕を叩き切った。初めて実戦で使った。
 周囲を見回す。凄まじい数の死者が地中から現れ、たちまち混戦となった。死者が出てきたのは部隊後列。周りは主に弓兵で接近戦に対応できていない。弩も破壊されている。
 護衛の「英雄」は分不相応と断っていた。その戦力を防衛に回すべきだと。早まったかもしれない。
 そうか。5年前の戦いでゴモラを「見られた」。
 トネルヴァ川の戦いで我が方は恐竜とアンパンマンやプテラノドンなどの航空戦力を使った。5年前の戦いで敵はプテラノドンを撃墜しモスラに大ダメージを与えるほどの対空戦力と遠距離から恐竜を仕留める投石機を用意していた。見られると対策される。
 だから、副官はガンダムとオプティマスプライムは配備されても一度も実戦に使用していなかった。対策されないように決戦まで秘匿していた。
 この地中戦力はゴモラ対策だ。それを転用され、不意を突かれた。副官は中列を呼び戻す指示を出した。ここで死ぬわけにはいかない。ライトセーバーが独特の音を立てて死者を斬った。

 フナバディスラからイチカグラード南西地点へと進出した援護部隊は目的地へ到着するや否やイチカグラードへ転進した。
 丘からは街道を埋めるウラヤスク駐留軍が混乱に陥っているのが手に取るように見えた。歩兵3000とブラキオサウルス、トリケラトプスが急ぎ足で丘を下る。
 そこに風切音とともに岩石が落ちる。投石機だ。イチカグラード周辺に数機が置かれているが、投石機は攻撃する都市の城壁を標的としていない。
 複数の投石機から次々に岩石が降り注ぐ。

同日、フナバディスラ。

 レゴで作られた臨時の司令部。デスクの引き出しを開け、ワルサーP38を取り出す。腰のホルスターに収める。ぽつりぽつりと雨が落ち始めた。
 司令部を出た。私の数歩後ろをマリオがついてくる。「君も前線に送るべきだったな」とごちてみたところで今それを言っても始まらない。いや、そうでもないか。私はマリオに餞別の花を贈った。ファイヤーフラワー。マリオに似合いの花だ。
 控えている伝令役にモスラをウラヤスク駐留軍に戻すよう命じる。もう偵察はいらないだろう。
 天候が悪化しているとはいえ、妙に暗い。慌てて司令部警護の兵がついてこようとするが「誰も来るな」と止めさせる。固く閉じられた城門を開けさせ外に出る。私の指示に逆らう兵はいない。はじめて総司令を拝命して良かったと思った。

 同日、イチカグラード。

 中列の歩兵が戻りようやく状況が落ち着き始めた。副官はライトセーバーを収め一歩下がる。西方に現れた味方部隊はイチカグラード方面に突入する模様だ。ありがたい。こちらの遅れをカバーしてもらえる。
 そこに投石機による攻撃が始まった。双眼鏡で見る限り投石機は少なくとも3機ある。今回も恐竜狙いのようで全弾が援護部隊に向けられている。
 副官は前方にいるオプティマスプライムに指示を出す。
 オプティマスは片膝をついてエネルギー銃イオンブラスターを構えた。ブラスターは左手で持っている。右手は無償供与前からの長期間の使用で関節が不安定になっており、精密な長距離射撃には使えない。
 側近が副官の方を不安げな表情で見る。外したらイチカグラードの城壁を破壊することになる。
 チュイーンという甲高い発砲音が響く。青い光線が空を切り裂いて黒い構造物が火を吹く。命中した。兵士から歓声があがる。
 銃身の冷却、エネルギーの再充填。第2射の準備が終わった。オプティマスが慎重に照準を定める。
 発射。青い光線が伸びる。2射目も命中した。黒い構造物がたちまち燃え上がる。
 「古い分、経験豊富ということか」。副官はこの状況で続けて命中させるオプティマスをこれまで過小評価していたことを恥じた。
 第3射。これで最後の1基も潰してくれれば。オプティマスが構える。発射。
 そのタイミングでオプティマスが前に傾いた。足元が崩れた。チュイーン。光線は照準から大きくずれ前列の味方兵士にあたった。
 また地中の死者だ。オプティマスの足元を崩された。地中にはあと何体いるのか。常にこのリスクを考えて動かなければならない。
 そこにドーンという轟音が響く。ブラキオサウルスが倒れた。岩石が命中した。トネルヴァ川に架かった恐竜の橋を思い出す。
 オプティマスの足元の死者は歩兵が撃破した。だが、ブラスターは街道の石畳に打ち付けた衝撃で割れ、バネが飛び出している。もう撃てない。
 投石機はまだ1基残っている。副官は目を瞑る。コアファイターに機銃で狙わせるか。だが万一やられたら切り札のガンダムが使えなくなる。航空機による偵察を切り捨ててでもガンダムを呼び寄せるしかないか。
 決めかけて目を開く。何かが燃えている。
 オプティマスはブラスターを捨てエナジーアックスを装備した。全軍がイチカグラードへ急ぐ。
 そのイチカグラード周辺を取り囲む黒い死者たち。ひときわ高い最後の投石機。そのすぐ近く、どこだ。城壁の上か。何か巨大なものが燃えている。
 副官は双眼鏡をあて目を凝らした。…ハローキティ? 炎上するハローキティが城壁から落ちる。いや、イチカグラードの守備隊がハローキティに火を付けて落としたのか。火が木造の投石機に燃え移る。黒い煙があがる。
 そして、その上空。モスラが戻ってきた。副官はその瞬間、コアファイターをガンダムに戻す指示を出した。

同日、フナバディスラ。

 城壁の外に出た。
 遠くに見える黒い点が少しずつ近付いてくる。例の少女だ。なぜ彼女がここに来るのが分かったのか。何となく分かったとしか言いようがない。生き物は自分の死期が分かるものなのかもしれない。
 もうじき、あれが私のもとに来る。腰のワルサーP38に触れる。
 肉眼で姿が捉えられる距離にまで近付いてきた。少女…ではない。あれは若い頃の母ではないか? それが歪んで弾けて子どもになった。幼い頃の自分だろうか。
 私を動揺させようとしているのか。私の心象風景が投影されるのか。…どうでもいいことだ。
 幼い私がどろりと溶けて、ひどく醜い老人になる。自分の面影がある。私があと10年生きたらああなるのだろうか。スパイダーマンが正視できないと言っていたのはこのことか。
 醜い老人は何か言いたげに口を開く。そこから黒いものが溢れ出て老人も溶けて長い髪の少女になった。
 私はワルサーP38を抜いて構えた。抗え。こんなものが効くわけがないが、それでも撃つのだ。
 ガァン!
 銃弾は当たる前に錆びた金属の塊になって落ちた。少女はゆっくりと歩み続ける。

同日、イチカグラード。

 いよいよ敵との距離が詰まってきた。副官はここで部隊を散開させた。特に街道の石畳の上に置く部隊は最小限にする。
 車輪のついた破城槌が動き出す。
 「やはり」
 加速して街道を突っ込んで来る。
 破城槌は弓よけの三角の屋根の中に丸太状の槌を取り付けたものだ。ぐんぐん加速する。逃げ遅れた数人が撥ねられたが被害は最小限だ。
 「屋根の下に敵が潜んでいるぞ!」
 5年前の意趣返し。地中からの攻撃が逆に副官に警戒のきっかけを与えていた。
 最前線では最も警戒していた敵の黒いティラノサウルスが暴れ始めた。オプティマスが敵を止め、エレキングが電撃で狙う。
 もう一台。さらに大きな破城槌が来た。轟音を立てて駆けてくる。だが、大きさは大した問題ではない。街道を開けてやり過ごす。後は中に潜んだ死者に弓で集中砲火を与える。
 …死者ではない。中から出てきたのは黒いティラノサウルス。2体いたのか! 副官は半歩下がって後方を見て、槍兵に遠巻きに囲んで積極的に攻撃しないように指示する。
 さらに敵陣から何かが空中に飛び出す。黒いプテラノドン。上空を旋回し周囲を警戒しているモスラに襲いかかる。羽を損傷したモスラはスピードが出ない。背後を取られる。だが、モスラの背中から激しいファイヤーボールが飛び出しプテラノドンを襲う。マリオが乗っている。

 最前線。1体目の黒いティラノサウルスが突進する。エレキングの電撃を浴びる。身体を焦がしながらも足は止まらない。エレキングを噛みちぎった。微かに放電したかのように光り、白い身体が倒れた。
 オプティマスがエナジーアックスを振り上げて駆け寄る。ティラノサウルスは尻尾でオプティマスをなぎ倒す。そこに恐竜大隊の最後の一体であるトリケラトプスが突撃。角がティラノサウルスの足に突き刺さった。
 ティラノサウルスは叫びをあげ怒り狂ってトリケラトプスに噛みつく。立ち上がったオプティマスがティラノサウルスの背中にエナジーアックスで斬りかかる。エレキングの電撃で表面が脆くなっている。ゆるくなった関節の右手による攻撃でも刃が通った。
 首筋を噛み砕かれたトリケラトプスがゆっくりと倒れる。右足と背中がズタボロになりながらもティラノサウルスはオプティマスに襲いかかる。オプティマスは右手に力が入らない。押し負けそうになる。
 一瞬、胸のマトリクスが光ったかのように見えた。エナジーアックスの最後の一閃がティラノサウルスの首を刎ねる。それと同時にオプティマスも右腕が肩からもげて、その場に崩れ落ちた。

 空中ではモスラと黒いプテラノドンのドッグファイトが続いていた。背後から食らいつこうとするプテラノドンに、モスラの背中のマリオがファイヤーボールで応戦する。
 再びモスラの背後に回ったプテラノドンにマリオがファイヤーボールを放つ。プテラノドンは急降下で躱す。下。モスラの背中のマリオからはプテラノドンの位置が見えない。ファイヤーボールの死角でもある。
 プテラノドンは地表すれすれで切り返し、今度は急上昇する。そのまま加速を付けて鋭いくちばしをモスラに突き刺した。モスラが叫びをあげて失速する。
 だが、刺されたその瞬間、マリオは大きく飛び上がっていた。得意のジャンプ。照準をつけてプテラノドンの背中に着地する。振り落とそうとするプテラノドンにゼロ距離でファイヤーボールを連射する。プテラノドンは炎上。マリオを乗せたまま寡婦樹の林に墜落した。

 後方。破城槌から現れた2体目のティラノサウルスが咆哮をあげる。弓と槍での攻撃は効かないわけではないが、決定打にはなりにくい。
 副官の指示通り、兵たちは取り囲んで槍を突きつける。積極的には攻めない。副官は側近のうち剣の腕の立つ1人にライトセーバーを渡した。
 何人かの兵士が静かに回り込む。破城槌の周りに集まる。副官が手をあげる。
 兵士が破城槌を押す。ティラノサウルスを包囲していた兵士が横に飛び退く。破城槌がティラノサウルスに激突する。ティラノサウルスが倒れる。
 「突撃!」
 槍兵が総攻撃を開始した。今なら顔面や首筋を狙える。槍が次々に突き出される。側近が持ったライトセーバーが足の腱を切り裂く。
 これも意趣返し。副官は思う。5年前は投石で倒された我が方のティラノサウルスがこうして集中攻撃でやられた。兵の犠牲は少なくない。血の匂いが立ち込めている。それでも歩兵だけでティラノサウルスを仕留めた。
 後方から足音がする。ガンダムが来た。こちらは最後に切り札を残している。敵は…カードを切り終えたのだろうか。

同日、フナバディスラ。

 もう一度構える。少女が一歩足を踏み出す。ワルサーP38はみるみる錆びつきバラバラになって崩れ落ちた。私は少し笑った。少女は歩みを止めない。
 「お迎えが来たというやつか。お前みたいな見知らぬ少女でなく女房か母さんだと良かったんだがな」
 私が言うと、少女の頭がぱっくり割れて中から副官の顔が出てきた。
 「悪くはないが、そいつはまだ死んでいない。お迎えはできない」
 一瞬、まさかという思いが去来した。打ち消す。そんなはずはない。彼はこの戦いに勝つ。
 そう思った瞬間、副官の顔がくるくると高速で回転し、少女の顔に戻った。
 少女はまた一歩、歩みを進める。もう私のところまで10歩もない。彼女が私のところまで来た時、私は死ぬ。怖い。死にたくない。美味しいものを食べて、仲間と笑いたい。女を抱きたい。困難に打ち克って、達成感を味わいたい。覚悟はできていると思っていたのに、やはり生きたい。
 だが、私に逃げられる場所はなかった。もう退路はない。打てる駒もない。死はありふれている。私の愚かな采配で何人殺しただろうか。私は結局、死の重さをこの瞬間まで分かっていなかった。
 全てが終わる。もう喜びも悲しみも感じることはなくなる。厭だ。全てが無に帰る。永遠の無。
 いや、そんなことはない。私はここで終わる。だが、全てが終わるわけではない。
 私は笑った。少女の頭がすぐ目の前にあった。

同日、イチカグラード。

 副官は一人黙って後方から戦場を見渡していた。味方には勝利を確信する雰囲気が生まれてきている。
 敵はティラノサウルスを始めとした強力な駒を失い、数的にも不利。こちらはガンダムを中心に一方的な攻勢に出ている。高コスト過ぎて数が揃えられないと不満だったMG規格も、確かに強力で頼もしくはある。ビームライフルの一射で大量の死者が消し飛んでいく。敵はもはや全滅に近い。犠牲は大きかったが、最終的には完勝だ。
 ふと気が付いてイチカグラード上空を見上げた。空が歪んでいる。黒い霧のような何かが徐々に形を作っている。何だ?
 上空に現れたのは巨大な拳銃、ワルサーP38だった。兵士たちにざわめきが広がる。空中でだれが操作するわけでもなくトリガーが引かれ、撃鉄が起こる。
 ガァン!
 銃弾は正確にガンダムの頭を吹き飛ばした。副官は焦る。やられたのが頭部だけならまだ戦えるはずだ。ビームライフルであの巨大拳銃を破壊できるか?
 だが副官が命令の叫びをあげる前に、ワルサーP38は静かに崩れ落ちていった。僅かに残っていた死者どもも消えていく。
 戦闘は終結した。

同日、フナバディスラ。

 少女が私の身体を抱いた。耳元で何かを囁いた気がしたが聞き取ることはできなかった。

聖暦1033年8月7日未明。曇。無風。イチカグラード。

 ウラヤスク駐留軍はイチカグラードに入城し負傷者の治療や部隊の再編にあたっていた。副官も深夜まで状況の把握と指示に追われ、床に就いたのは日付が変わる頃だった。
 総司令への報告は再び分離させたコアファイターに託した。指揮官殿はこの戦いをどう評価するだろうか。勝つには勝ったが無様な戦いだった。叱られるかもしれないなと副官は思う。いや、叱ってほしいと願っているのだろうか。
 心の昂りが治まらないからか極度の疲労のためか、上手く眠ることができず、眠っているのかいないのか自身でも分からない状態が続いた。
 未明。人ならざる者の気配を感じて飛び起きた。黒い。死者がいる。ライトセーバーは側近に貸したままになっている。
 だが、死者は立っているだけで襲いかかってくる気配はない。
 「…指揮官殿?」
 黒い影に染まっている。ひどい腐臭がする。だが、身に付けている年季の入った外套には見覚えがある。
 「亡くなられたのですか…?」
 死者は腰に下げた鞘から古い剣を抜いた。副官はとっさに身構えたが、死者はその剣を床に捨てた。現在では使われていないタイプの古い軍刀だった。確か軍学校を卒業し、任官される時にもらうものではなかったか。
 「…そういうことですか」
 副官は剣を拾う。「剣は…昔から私の方が得意でしたね」
 錆びているが切れるのだろうか。切れるのだろう。
 副官は一礼する。そして何も言わずに死者の首を切り落とした。

── 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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