小説サイトランキング一位の男
「くそ! なんで誰も見に来ないんだよ。こんな傑作、なかなかないぞ。未来の幻想小説の新進気鋭だぞ!」
男は温くなったコーヒーをズズッと音を立てて飲んだ。何度見ても「読者閲覧」マークはゼロ。作品カードの表示すら増えない。
誰か一度でも読んでくれれば、この素晴らしさがわかるというのに。
男は三十七歳、独身。中小企業でシステムエンジニアとして働き、二年前から突然、小説を書き始めた。
きっかけは中学卒業二十周年の同窓会だった。久しぶりに会った同級生が漫画家として大ブレイクし、映画化まで決まったという。途轍もない印税の話を聞いた男に、天啓が降りた。
小説なら俺にも書ける!
それまで話題の漫画を読む程度で、小説など碌に読んだこともなかった。
転生モノやボーイズラブで溢れた世界に風穴を開けてやる! 俺は天才なんだ!
以来、男は週一万字を目標に書き続けた。仕事を終えるとスーパーで値引き弁当を買い、真っ直ぐ帰宅してパソコンに向かう。そんな生活を続けること二年。書き上げた作品は二十本、総文字数は百万字を超えていた。
これだけ書いているのだから、もはや新人とは呼べまい。男はそう確信していた。
しかし、渾身の最新作まで見向きもされないとなると、流石の男も落ち込んだ。
……読んでくれれば、読んでさえくれれば。
客観的に見て、俺の小説はどうなんだろう? 誰かに聞こうにも、友人は片手で数えられるほどしかいない。しかも、誰一人として小説など読まない連中だった。
投稿サイトにはランキングがあった。だが、上位は転生モノや同性恋愛ばかり。文学的な完成度など、どこにも評価されていない。
「こんなの人気投票じゃないか! 本当に優れた小説を評価する仕組みが必要なんだ!」
そうだ! 硬派な文藝誌の編集部のようなAIが判定するランキングサイトを作るのはどうだ! 俺のように、自分の作品を正当に評価してもらいたい物書きはいくらでもいるはずだ!
男はシステムエンジニアとしての知識を総動員し、複数のAIがそれぞれ作品を評価するシステムを作り上げた。
サイトを公開すると、わずか数日で投稿作品が集まり始めた。最初は十作品。翌朝には百作品。そして一週間も経たないうちに千作品を超えた。
思った通りだ!
「文藝編集部のようなAIが作品を判定してくれる」という情報はSNSで広まり、やがてニュースサイトにも取り上げられた。投稿作品数は鰻登りに増えていった。
男は、賑わい始めたランキングサイトを満足げに眺めた。
「ちょっと厳しめにし過ぎたかな? 最高得点でも八十八点は少しやり過ぎたかもしれん。よし、俺のを投稿してみるか。余裕の九十点だろう」
男はサイトに作品を投稿した。五分から十分ほどで、詳細な評価メールが送られてくる仕組みだ。
「さあ、新進気鋭の幻想小説家さんにビビるなよ! 世界を変える作品のお披露目だ!」
一年前にやめたはずのタバコを、男は今日のために買っていた。久しぶりの紫煙を深く吸い込む。頭が心地よくクラクラした。
ピロリーンとメールの着信音がする。男は高揚しながらメールを開いた。
「七十二点」
いや、何かが間違っている。
「主人公の悲哀が見え難いです」
何を言っている?
「場面の転換が分かりにくく、読者が置いていかれます。誰が動いているのか分かりません」
いやいやいや!
「表記の揺れが酷いです。まずはそこを統一しましょう」
コレは幻想小説だぞ! 俺が丹精込めて書いたあのピアノの名場面が理解できないのか! このクソバカAIめ! アルゴリズムが間違ってないか……
「なんだー! このクソAIめぇ! なんだよ、人情の動きなんかAI風情にわかってたまるか!」
男は必死にアルゴリズムを書き換えた。
「そもそも、幻想文学に時系列の描写の判定なんか必要なのか? いや、必要だとしても、もっと深いところを見なければならんだろう!」
男はAIの評価項目に、芸術性、独創性、思想的深度、象徴的表現などを追加し、評価基準にも自分の好みを反映させた。
翌朝、男の作品は九十四点を獲得していた。
「ほら見ろ! やっぱりな!」
男は満足げにランキングを眺めた。自分の作品が堂々の一位に輝いている。
これこそが真の文学評価だ。
その日から、男は毎朝ランキングを確認するのが日課になった。
投稿作品は日に日に増え、サイトの利用者は一万人を超えた。男は広告収入まで得られるようになっていた。
ところが、奇妙なことが起きた。
自分の作品はランキング一位なのに、閲覧数がほとんど増えないのだ。
「おかしいな。こんなに人が来ているのに」
男はアクセス解析を開いた。
自分の作品の閲覧数はたったの四十件。そのうち二件は、自分が確認のために開いたものだった。
「なんだよ! 一位だぞ! 一位!」
ところが、ランキングのずっと下に、とんでもない数字を叩き出している作品があった。
閲覧数、十二万三千八百四十一。
題名は、
『悪役令嬢に転生した俺、Ωになって公爵様に溺愛される』
「なんだこりゃあああ!!」
男は思わず椅子から立ち上がった。
「悪役令嬢なのに俺ってなんだよ! オメガってなんだよ! 時計か!?」
しかもAIの文学評価は七十一点。ランキングでは百位にも入っていない。
それなのに閲覧数は十二万を超えている。SNSでは読者が大騒ぎしていた。
『公爵様、尊すぎる!』
『もう三周しました!』
『続編お願いします!』
「何が尊いだ! こんなもの、ただのホモエロ本じゃねえか!」
男は腹立ち紛れに作品を開いた。
第一話。
「ふん、文章が軽いな。まったく文学的じゃない」
第二話。
「なんだ、この都合のいい展開は」
第三話。
「オメガって、そういう意味なのか……」
第四話。
「いやいや、男が妊娠するわけねえだろ!」
第五話。
「……ん? この公爵、何か隠してるな」
気がつけば午前二時だった。
「くそっ! こんなもの、何が面白いんだ!」
男はさらに読み進めた。
午前三時。
「いや、待てよ。ここで番の設定が効いてくるのか……」
午前四時。
「おい、公爵! そこで引くなよ! ちゃんと気持ちを伝えろよ!」
そして午前五時。
「……終わっちまった」
男はしばらく画面を見つめていた。
「ふん。まあ、最後だけは悪くなかったな」
作者のページを開く。
「……続編、ないのか?」
男はハッと我に返った。
「違う! 違う違う! 俺は文学的な欠陥を調査していただけだ! こんなの文学じゃねえ!」
男は慌ててブラウザを閉じた。
「こんなものを放置しておくから、真面目な文学作品が読まれないんだ!」
男は管理画面を開いた。
「つけてやる! 十八禁チェックボックスをつけてやる!」
生成AIに指示すると、たちまちサイトに新しい機能が実装された。
性的な要素を含む作品は、一般ランキングから除外される仕組みだ。男は念には念を入れて、真っ先に例のオメガバース小説を十八禁カテゴリーへ放り込んだ。
「ふははは! これで少しはまともになるだろう!」
翌朝。
サイトのアクセス数が倍になっていた。
「なんだ?」
男は管理画面を確認した。
新設した十八禁カテゴリーに、利用者が殺到していた。
『管理人さん、神アプデありがとうございます!』
『これで好みの作品が探しやすくなりました!』
『十八禁ランキング神すぎるぅ!』
「なんでだよおおお!!」
男は机を叩いた。
「違う! お前らのために作ったんじゃねえ!」
腹立ち紛れにキーボードを叩き始めた。
「だったら、ランキング自体を隠してやる!」
男は十八禁カテゴリーのランキングを廃止した。
翌朝、利用者たちは作品を紹介し合うようになった。
『ランキングなくなったので、おすすめまとめ作りました♡』
『隠れた名作を発掘しよう!』
閲覧数はさらに伸びた。
「ぐあああああ!!」
男はキーボードを両手で持ち上げた。
叩きつけようとして、思いとどまる。
これは四万円もした高級なHHKBのキーボード。文豪こそが使えるキーボードだ。
「くそっ! くそっ! くそおおお!!」
そっと机に戻した。
その後も男は、何度となくサイトの仕様を変更した。
文学性を重視した評価項目を増やし、ジャンルごとの補正値を調整し、人気作品には厳しい減点基準を設けた。
しかし、どれだけ改造しても、読者の好みまでは変えられなかった。
とうとう男の作品は、AI評価九十九点を獲得した。
堂々のランキング一位。
それでも閲覧数は、相変わらず増えなかった。
「なんでだよ……」
男は机に突っ伏した。
ふと、ブラウザの履歴が目に入った。
そこには例のオメガバース小説が、何度も並んでいた。
気になって、作者のページをもう一度開いた。
新しい短編が投稿されていた。
「……別に、読むわけじゃないぞ」
男はクリックした。
城から帰った公爵が、主人公の作った冷めたスープを黙って飲み干す話から始まった。たったそれだけの場面で、不覚にも目頭が熱くなった。
悔しいことに、今回も最後まで読んでしまった。
それに比べて、俺の小説はどうなんだ?
男は久しぶりに、自分の小説を読み返した。
「月光は、ピアノの鍵盤に零れた孤独の欠片を、静かに濡らしていた」
……誰が弾いてるんだ。
続きを読む。月光。孤独。欠片。また月光。主人公の名前が出てくるのは、四ページ目だった。
あの名場面は、読んでいて恥ずかしくなった。登場人物が、誰もいない部屋で、客席に向かって喋っている。
冒頭の五ページで、読むのが嫌になった。
「……なんだ、これ」
主人公が何をしているのか、自分でもよく分からない。突然場面が変わり、意味ありげな比喩が延々と続く。
男は画面を閉じた。
百点近い評価を受けたはずの作品だった。
机の上には、プリントアウトした原稿が山積みになっている。
二年間で百万字。
男はその数字を、ずっと誇りにしていた。
だが、最近になってようやく気づいたことがある。
自分は百万字も小説を書いたのに、あのオメガバース小説に出会うまで、他人の小説をまともに読んだことがなかったのだ。
「……馬鹿みてえだな」
男は小さく笑った。
その夜、男はサイトの評価システムを初期状態に戻した。
何度も変更した評価基準、補正値、独自の文学性判定。すべてを消した。
ランキングの上位から自分の作品が消えた。
画面には、全く知らない別の誰かの作品が一位として表示された。
不思議と、腹は立たなかった。
男は新しい文書ファイルを開いた。
今度は幻想小説ではなかった。
漫画家になった同級生への嫉妬。誰にも読まれなかった二年間。ランキングサイトの成功と、自分の作品の失敗。
そして、見ず知らずのBL作家に嫉妬して、夜な夜なキーボードを叩き続けた、どうしようもなく滑稽な男の私小説。
男は自分の情けなさを、初めて正直に書いた。
不思議なことに、今度は筆が止まらなかった。
一気呵成に書き上げた小説を読み返すと、男は声を出して笑った。
「ははは……ひでえ男だな、こいつ」
そして、少しだけ泣いた。
男は完成した作品を保存した。
題名は、
『小説サイトランキング一位の男』
しばらく迷った末、初期状態に戻したAI評価サイトへ投稿した。
五分後、評価メールが届いた。
投稿者が落ち込まないように、AIの採点は最低七十点に設定してあった。
男の作品は七十点だった。
小説サイトランキング一位の男
創作の業と孤独を描くメタ・フィクション
"AIの審査員とBL小説に敗北した男が、自己の滑稽さを文字に変えるまでの喜劇と哀切。"
自分の小説を誰にも読んでもらえない男は、ある日、とんでもないことを思いつく。 「そうだ、自分で小説ランキングサイトを作ればいい!」 サイトを開設した男は、AIの評価アルゴリズムを巧みに調整し、ついに自作をランキング一位に押し上げる。 ところが、なぜか誰も読んでくれない。それどころか、ランキング外のBL小説が爆発的な人気を集めているではないか。 嫉妬に狂った男は、次々とサイトの仕様を変更し始める。 しかし、どれだけランキングを操作しても、男の小説に読者は現れない。 そして男は、初めて自分自身と向き合い始める。 これは、誰よりも小説を読んでほしかった男の、少しばかり哀しい物語である。
まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。