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絶対王者の偶像

つの

4,010 字

現代社会の病理を描く心理サスペンス

"依存と支配、偶像の崩壊が導く、生存のための狂気的な決断。"

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負けるのが嫌いなので、戦わないことにした。
テストも、部活も、果てにはじゃんけんに至るまで。
人生のコンセプトは「逃げれば負けない」。

毛沼 鋪赤羽(けぬま ほあかば)、16歳。

偉人の人生自慢にムカついた。
俺は昨日起きたことすら覚えてないのに。

働いてる人にムカついた。
俺は毎日-5000円ぐらい払って生きているのに。

働いてない人にムカついた。
俺は動いていないと焦りが募って眠れないのに。

意見や感想を言う奴は睨んで追い返した。怒っているわけではない、という的を得ない弁明にさらに腹が立った。
球技では点を取られたくなくて、自陣ゴールに張り付いていた。責めなきゃ勝てないぞと、心底どうでもいいことばかり言われた。

勉強なんて最悪だ。ゆっくりと自分より優れた先人がいることを叩き込まれ、
彼ら彼女らを尊敬するよう強制される。
先生という単語にすら嫌悪感を抱いた。先に生まれたというアドバンテージは誰にも覆せない。
若さというアドバンテージはすぐに使い物にならなくなる。

争いの種は積極的に潰した。
取り合いになりそうなものは隠した。
誰かが欲しいと言ったら譲り、やさしーヤツになった。
点数表も決算表も、数字を見ずに破り捨てた。
たまに、自分の顔がひどく弱弱しく見えた。

いくらあがいても、
キリが無かった。

逃げた。戦いから、会話から、化かしあいから。
いつからか、「逆張り」のレッテルを張られるようになった。

好きなモノに縋って楽になるため、好きなものを見つけることにした。
好きなモノが俺の勝ちといえば、それで俺の中では勝ちになる。
負けにならない。ならないのだ。

そんな俺に、彼女は都合がよかったんだ。

「アイドル、陽屑泉輝・・・今年も続投」

でかでかとニュースサイトのトップを飾る彼女は、
俺の人生を託す偶像にはもってこいの人材だった。

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「重すぎ、ありえない」
盗聴器付きの花束を工事現場に放り投げ、友人たちに笑いかける。

陽屑 泉輝(よくず みずき)、25歳。

「実際花束にしちゃ重いしね~・・・」

反応が悪い。こりゃコイツらグルだね。

「で、でもさ、それファンの人からでしょ?」
「そーだよ!応援してくれてるんだから大切にしないと」
「ちょっとだけ、ちょっとだけね、私はその人の気持ち分かるかも~・・・ なんて・・・」

ファンを盾にした言い訳、誤魔化し、自己保身。
奴らに盾の価値があるとでも思ってんの?
私がそいつらに配慮するって?

「気持っちわりー、
 もう関わってくんなよブスども」
言葉を吐き捨て、足早にその場を後にした。

最後の友人だった。
多分次は私のファン○号として会いに来るんだろう。

もう、何も考えないことにした。
誰の言葉も、思考も、共感できなくなったから。

「世界一かわいいもんなぁ、私・・・」

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泉輝は人間1かわいかった。
そのせいなのかはわからないが、彼女は世界で唯一の「アイドル」に選ばれた。
「アイドル」になれば強制的に世界に認知される。
冗談抜きに、彼女のことを知らない人間はこの世に存在しない。
俺の思考の依り代としてこれ以上の存在はいまい。

彼女に依存することで、俺は解放されるのだ。
意見も聞くふりをして流せるようになった。
球技だって適当にやって適当に笑えるようになった。

俺が何でどう負けようと、彼女の笑顔には何も関係ないのだから。

しばらく平穏が続いた。
思考力で、
言語力で、
論理力で、
暗記力で、
運動力で、
その他諸々で・・・
何で負けても負けていない。
最高だ!

だけど、
俺は感じてしまった。

「ホントここ数年の表紙はずっと泉輝だな」
「ずっとそーだろ、誰も文句を言わないもんだから俺はすっかり慣れちまったよ」

「裏路地で泉輝ちゃんの生写真売ってるんだって!」

「これ、泉輝ちゃんがつけてたネイル!今値段10倍ぐらいになってるんだよ!」

「なーなー、シール交換しよーぜ」

「あれ、それ泉輝のアクリル板じゃん!」

反射的に鞄を閉じる。

「やっぱ流石の逆張り毛沼でも泉輝ちゃんのことは好きなんだな!」

ドッと歓声があがった。

部屋の笑い声が、
やけに近く聞こえた。

これがきっかけだったのかは分からない。けれど、
感じてしまったのだ。どうしようもなく。

長い間焦がれ続けるといつか必ず至るのであろう、この想いに。
絶対に考えてはいけない、この願いに。

「あ~~~。結婚したい。」

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「結婚?するかよ、夢見てんじゃねーぞいい歳したジジババ共が!」
「またまた~、そんなこと言って! 恋愛対象は年下?年上?収入はどのくらい?」
「恋愛対象の性別は?男ですか、それとも女ですか!」
「ズバリ、どんな人がタイプですか!?」

キモイキモイキモイ!
何だコイツら、正気か?これこそセクハラだろ、コンプラ!ポリコレ!多様性!今すぐ私を守れ!!

「金か?金だよな!ほら!これ私のクレカ!番号も教えてやるから!今すぐこの放送止めろ!」
「視聴者が求めているんです!私たちには最後まで放送する責務があるのです!」

嘘つけ!!!!!てめーが聞きたいだけだろ!!!!!
家帰ったら突撃しない!人間として守るべき最低限のラインを侵しといて何言っても説得力ねーんだよ!

「見えませんか!?人々の声が!視聴者の意向が!」
いつの間にか部屋に貼られたグリーンバックスクリーンにでかでかとSNS画面が映し出される。

・泉輝ちゃんの困ってる顔、まじ国宝!
・ガチ恋すんのあたりまえやん・・・ #泉輝様と一日
・記者!いけ!もっと押せ! #泉輝様と一日

正気じゃなかった。どこにも正気な奴なんていなかった。
私はアイドルになった。アイドルってなんだ?
私はこいつらになにもしてないぞ。

どうやったら、どうしたら解放されるんだ。
私は、いつか ・・・

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負ける。
彼女のことを好きであり続ける限り、いつか負ける。
グッズの数かもしれない。
費やした時間かもしれない。
文章に込められた熱かもしれないし、
知識量かもしれない。
このままじゃ負ける。

せっかく手に入れた、不可侵のはずの安全地帯が、内側から腐り落ちていく。
結局変わらないじゃないか。
陽屑泉輝が世界のモノである限り、手を伸ばし続ける限り、
俺はずっとこの苦しみからは抜け出せない。

させない。
そんなことは絶対に許せない。

絶対に負けない、唯一無二が必要だ。
戦わずとも俺の勝利が約束される、圧倒的な地位が必要だ。

誰もがその価値を認め、心の底から手が出てもおかしくない、
そして・・・俺自身が圧倒的に欲しているモノが必要だ。

結婚しかない。
結婚しかないのだ。
俺には彼女と結婚する以外に平穏の道は残されていない!

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終わる。
私が私じゃなくなっちゃう。
私じゃないなら亡骸にもう価値はない。
私は私が大好きだ。
私は命を懸けて私を守る。

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結婚は、互いに合意がないとダメだ。でなければ勝ちではない。
一生負けの十字架を背負うなんて御免だ。
できるわけないかもしれない。でもこれしかない。
人生一の大博打だ。

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わかってる、どうすればいいか。
でもわからない、どうやったらいいか。

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やるしかない。まずは彼女と対等になるために。

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やるしかない。まずは世界の眼を退けるために。

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「俺は、アイドルになる!」

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「私は、アイドルをやめる!」

── 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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