勇者パーティに、バッドエンド小説家が加入した日
勇者レオンがその男を仲間に入れると言い出した時、パーティ全員が反対した。
「駄目です」
僧侶ミリアは即答した。
「絶対に駄目です。職業欄を見ましたか? 小説家ですよ。しかもただの小説家ではありません。“バッドエンド専門”です」
「専門って響きは格好いいだろ」
「縁起が悪いんです」
魔法使いのリゼも、杖を抱えながらこくこくと頷いた。
「この人の代表作、知ってます? 『勇者、仲間全員に看取られず孤独死』ですよ」
「名作だ」
「勇者本人の前で言うタイトルじゃないんですよ」
当の小説家は、宿屋の隅で所在なさげに座っていた。
名をノクトという。
黒い外套に、寝不足の目。指先にはインクの染み。腰に剣もなければ、魔導書もない。あるのは分厚い手帳と、羽根ペンと、どう見ても冒険に向いていない細い身体だけだった。
彼はぼそりと言った。
「……ちなみに続編では、勇者の死後、仲間たちが彼の遺志を継いで魔王を倒します」
「続編で倒すな。今倒せ」
戦士ガルドが頭を抱えた。
だが、勇者レオンだけは笑っていた。
「いいじゃないか。俺たちには必要だと思うんだ」
「どこがですか」
「この人は、最悪の結末を誰よりも考えられる」
その言葉に、ノクトの視線がわずかに上がった。
「俺たちは勝つために旅をしている。けど、勝つことばかり考えていると、負け方を見落とす。だから必要なんだ。どうやったら俺たちが死ぬかを、誰よりも嫌なほど考えられる人が」
宿屋の空気が少しだけ止まった。
レオンは、何でもないことのように続ける。
「ノクトさん。俺たちの旅を書いてくれ。できれば、最悪の結末を先に」
ノクトはしばらく黙っていた。
それから、手帳を開いた。
「……構いません。ただし、私はハッピーエンドを書けません」
「じゃあ俺たちが変える」
レオンは笑った。
「あなたが書いたバッドエンドを、全部」
こうして勇者パーティに、バッドエンド小説家が加入した。
翌日。
ノクトは最初の仕事として、洞窟探索前に一篇の短編を書き上げた。
題名は、
『慢心した勇者、崩落した洞窟で仲間ごと生き埋めになる』
「やめろ」
ガルドが真顔で言った。
「朝飯前に読むものじゃない」
「内容を説明します」
「するな」
「勇者一行は洞窟奥の宝箱に気を取られ、天井の亀裂に気づきません。魔物との戦闘で炎魔法を使った瞬間、熱で岩盤が脆くなり、崩落。出口は塞がれ、回復薬も尽き、最後は暗闇の中で――」
「やめなさい」
ミリアが両手で耳を塞いだ。
だがリゼだけは、少し青ざめながらも手を上げた。
「……待って。その洞窟、確かに古い鉱山跡よね。炎魔法、控えた方がいいかも」
「あと、天井の亀裂も確認しよう」
レオンは即座に言った。
結果。
洞窟奥で本当に天井に大きな亀裂が見つかった。
リゼは炎魔法を使わず、氷魔法で魔物の足を止めた。ガルドは宝箱ではなく支柱の補強を優先した。ミリアは退路に目印を残した。
そして彼らは、誰一人欠けることなく洞窟を出た。
夕方、焚き火の前で、ガルドがぽつりと言った。
「……役に立ったな」
「言い方」
ミリアが睨む。
ノクトは手帳に何かを書き込んでいた。
レオンが覗き込む。
「何を書いてるんだ?」
「改稿です」
そこには、題名が書き直されていた。
『崩落するはずだった洞窟で、勇者たちは空を見た』
リゼが目を丸くした。
「それ、バッドエンドじゃないじゃない」
ノクトは少し困ったように眉を寄せる。
「……失敗作です」
「いい失敗だよ」
レオンは笑った。
それから旅は、不思議な形で進んでいった。
ノクトは毎晩、最悪の結末を書いた。
『聖女、毒入りスープで眠るように死す』
その翌日から、ミリアは食事前に必ず毒見の魔法を使うようになった。
『戦士、守るべき村人に背後から刺される』
その話を読んだガルドは、救出した村人たちの中に紛れていた魔王軍の密偵を見抜いた。
『魔法使い、禁呪の反動で心臓を止める』
リゼはその夜から、威力ではなく制御を磨くようになった。
『勇者、勝利の直前に、仲間の死を知って剣を落とす』
レオンはその話を読んだ夜だけ、少し長く黙っていた。
そして翌朝、彼は仲間全員に言った。
「俺は、誰かを置いて勝つつもりはない」
誰も茶化さなかった。
ノクトの書く物語は陰気で、不吉で、救いがなかった。
だが、その救いのなさは、彼らの足元にある罠を照らした。
まるで暗闇に落ちる前に、そこが崖だと教える小さな灯のように。
けれど、ノクト自身は変わらなかった。
彼はいつも、最悪を考えていた。
誰が先に死ぬか。
どの選択で壊れるか。
どの優しさが裏目に出るか。
どの勝利が、次の悲劇を呼ぶか。
それは才能ではなく、呪いに近かった。
ある夜、魔王城を目前にした野営地で、レオンはノクトに尋ねた。
「どうしてバッドエンドしか書かないんだ?」
焚き火の火が、ノクトの顔を橙色に揺らしていた。
彼はしばらく黙ってから言った。
「昔、私にも仲間がいました」
その声は、紙をめくる音よりも静かだった。
「彼らは皆、明るい結末を信じていた。努力すれば報われる。正義は勝つ。絆は奇跡を起こす。そういう物語を、本気で信じていた」
ノクトは手帳を閉じた。
「でも、現実はそうではなかった。準備不足で死んだ。慢心で死んだ。優しさにつけ込まれて死んだ。奇跡を信じたせいで、助かる道を選ばなかった」
誰も言葉を挟めなかった。
「だから私は書くんです。最悪を。誰かが目を逸らす未来を。甘い結末に溺れて見落とす破滅を」
レオンは静かに聞いていた。
「私はハッピーエンドが嫌いなのではありません」
ノクトは言った。
「信じるのが、怖いだけです」
火の粉が夜に昇った。
小さな星のように舞い上がって、すぐに消えた。
レオンは少し考えてから、言った。
「じゃあさ」
「はい」
「俺たちが魔王を倒したら、一緒にハッピーエンドを書いてくれ」
ノクトは目を見開いた。
「……私は、書けません」
「じゃあ練習しよう」
「簡単に言わないでください」
「難しいから仲間がいるんだろ」
レオンは笑った。
「あなたが最悪を書いてくれたから、俺たちはここまで来た。だったら最後くらい、俺たちがあなたに見せるよ。最悪じゃない結末を」
ノクトは何も答えなかった。
ただ、閉じた手帳を強く握っていた。
翌日。
魔王城での戦いは、ノクトが書いたどの物語よりも凄惨だった。
リゼの魔力は尽きかけ、ガルドの鎧は砕け、ミリアの祈りは血に濡れた。レオンの剣も折れた。
魔王は笑った。
「終わりだ、勇者」
その瞬間、ノクトは叫んだ。
「違う!」
全員が振り向いた。
彼は震える手で、手帳を開いていた。
そこには、何度も書き直された跡があった。
黒いインクで潰された結末。
破られたページ。
迷いの線。
そして最後に、たった一文。
『勇者は、まだ終わらない。』
それは予言でも、魔法でもなかった。
ただの文章だった。
けれど、その言葉でレオンは立ち上がった。
ガルドが笑った。
リゼが杖を構えた。
ミリアが祈った。
ノクトは叫び続けた。
「ここで勇者が倒れれば、魔王は人間の希望を踏みにじる! ですが、もし立ち上がるなら! もし折れた剣でも前へ進むなら! 物語はまだ終わらない!」
魔王が初めて、不快そうに顔を歪めた。
「黙れ、小説家風情が」
「黙りません」
ノクトは羽根ペンを握りしめた。
「私はずっと、終わりばかりを書いてきた。誰かが死ぬ話ばかり書いてきた。救われない結末ばかりを信じてきた」
彼の声は震えていた。
それでも、止まらなかった。
「でも、今だけは書きます」
ノクトは叫んだ。
「この物語は、バッドエンドでは終わらない!」
その言葉と同時に、レオンが踏み込んだ。
折れた剣に、リゼの魔力が宿る。
ガルドが魔王の腕を止める。
ミリアの祈りが、最後の傷を塞ぐ。
そして勇者の刃が、魔王の胸を貫いた。
長い夜が終わった。
朝日が差した。
魔王城の崩れた窓から、白い光が入り込んだ。
誰も死んでいなかった。
傷だらけで、泥だらけで、泣きそうな顔で、それでも全員が生きていた。
ノクトはその光景を見て、膝から崩れ落ちた。
「……こんな結末、知らない」
レオンは笑った。
「なら、今知ったな」
数日後。
王都では、勇者一行の凱旋式が行われた。
人々は勇者を讃え、仲間たちを讃えた。
そしてなぜか、陰気な小説家にも花束が渡された。
ノクトは困り果てた顔で、それを受け取った。
後日、彼は一冊の本を出した。
題名は、
『勇者パーティにバッドエンド小説家が加入した話』
人々は最初、また救いのない話だと思った。
けれど、最後のページにはこう書かれていた。
――これは、最悪を知る男が、最高の結末を信じるまでの物語である。
その本は、ノクトの作品で初めて、誰も死なない結末を迎えた。
評論家たちは言った。
「作風が変わった」
「昔の暗さが薄れた」
「バッドエンド作家としては終わった」
ノクトはその評を読んで、少しだけ笑った。
そして新しい原稿用紙に、題名を書いた。
『バッドエンド小説家、ハッピーエンドを書く』
彼はペンを止め、少し考えた。
それから、小さく呟く。
「……悪くない」
窓の外では、勇者たちが次の旅の準備をしていた。
どうせまた、危険な旅になる。
どうせまた、最悪の未来はいくらでも思いつく。
けれどノクトは、もう知っていた。
物語は、最悪を想像したところで終わりではない。
そこから変えるために、人は仲間と歩くのだ。
だから彼は今日も書く。
最悪の結末を。
そして、その先にあるかもしれない、まだ見ぬ光を。
勇者パーティに、バッドエンド小説家が加入した日
メタ構造を用いた救済のファンタジー
"絶望を知る者だけが、最高の結末を書き換えることができる。"
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