機甲大戦記VOLT
タラップを駆け上がる音がドックの中に鳴り響く。男は前だけを見て駆け上がり、無機質な銃声とすれ違う。外側には、男を守るようにズラリと人が並んでいた。白衣を着たまま、施設の研究員たちが肉の壁になっている。
容赦なく降り注ぐ鉛の雨が、頭蓋を砕く。
腹を食い破る。
胸に風穴を開ける。
肉を散らす。
―――それでも彼らは倒れない。
意識も、命もないのに、倒れる事だけは決してしない。
それは『レジスタンス』と呼ばれる狂気の徒、無声の激励を受けて駆け抜ける男もまたその一人。真新しいパイロットスーツに身を包み、撃ち抜かれる同志たちを背にコクピットを目指す。
「クソッタレ!何なんだよ、こいつら!」
若い兵士が悪態をつく。
「喚くな!何が何でもコクピットに行かせるな!」
中年の兵士が声を上げる。銃声にも負けない声を。それはむしろ、己を鼓舞するように。
―――
―――――
―――――――
『ダメです!パイロットがもうコクピットに・・・!』
通信機越しのくぐもった声が地上戦艦の艦橋に響く。メインモニターに映し出された整備ドックからは黒煙が上がり、合わせて五隻もの戦艦がその死に体の建物を囲んでいる。各艦にはそれぞれ、複数の同盟軍正式量産機ナイトと、そのさらなる発展型の高級機センチネルが随行していた。それらはGS(ギガント・ソルジャー)と呼ばれる巨大な人型兵器。誰もが寝物語に聞いた巨人を幻視するだろう。
民間のドック一つを相手にするにしては明らかな過剰戦力。それは同盟軍の誰もが分かっていた事だ。だからこそ、不気味。
「やむを得んな。全艦に通達、総員打ち方用意!」
額に溜まった脂汗を拭うと、艦長は部下たちに冷徹な指示を下す。
「しかし艦長、友軍がまだあの場所にっ!」
「構わん。何が何でも破壊せよ、というのが上からの命令だ。」
振り返りざまに声を上げる部下に、艦長は精一杯の冷酷さを演じて見せる。眉間に青筋を浮き上がらせ、握った拳は僅かに震えていた。
戦艦の主砲がぐるりと半転して一点を見つめる。崩れかけの、炎上して黒煙を上げる整備ドックである。
「納得いきません!『VOLT』とはいったい何なんですか!何故ここまでして・・・」
「うるさいっ!命令だと言っている!全艦に告ぐ、―――撃てっ!」
若き部下の訴えをかき消し、艦長の命令が通信機越しに全艦の艦橋を駆け巡る。総勢三十一機にも及ぶGSの軍勢が作戦状況を見守る中、戦艦の主砲が容赦なく火を吹いた。雷鳴のような轟音が幾重にも重なって響き渡り、ドックのみならず、建物を中心とした一帯が地表から消し飛ばされた。攻撃は執拗で、無慈悲だった。
誰も生かしておかない。
何も残してはならない。
『ソレ』の痕跡さえ継承させない。
そんな執念を感じずにはいられない程、攻撃は残忍で、執拗で、徹底的だった。
若き兵士にはもくもくと広がり膨れ上がる赤黒い雲が、全てを飲み込む巨大な髑髏、あるいは無感情に肥大化する怪物の首のように思えてならなかった。
/機甲大戦記VOLT『悪魔誕生 その④』より
第一話『悪魔誕生 その①』
「ねぇ、デバイスに通知来てるよ。」
手のひらに収まる程度の大きさの通信デバイス、長方形の黒い手鏡のような機械の角に埋め込まれたほの赤い通知ランプが規則的に点滅している。低めのリビングテーブルに放置されたソレの持ち主は、まるで気付いていない風に床に座り込んで背中を向けていた。
「ジョー!聞いてるの?」
少女の声も、デバイスの通知も、まるで自分とは無関係の事のように振る舞う男。痺れを切らした少女は、畳んでいた洗濯物を苛立ちながらソファーに放る。そして、敢えて足音を立てながらデバイスを取りに向かう。
「今スナップガンをバラしたところなんだ。終わったらそっちも見るから。」
気だるそうな背中が申し訳程度の返事をする。彼と同年代の男にしては小柄な、およそ百七十センチメートルという体躯ではあるが、歪なまでに鍛え抜かれた肉体は、人間より先に猛獣を想起させる。大して手入れもしてないのにウルフカットのようにまとまった髪がまた、彼の獣然とした雰囲気に拍車をかけていた。黒いノースリーブのシャツから覗く腕は大小様々な傷が幾重にも重なっていて、およそヒトの腕とは呼べない造形。その滅びた荒野のような肌は、実に男の全身を網羅していた。
ジョーと呼ばれた青年はあぐらをかいたまま、目の前の解体された銃の部品を一つ一つ拭いていた。黒く煤汚れたパーツを、やはり汚れた布切れ越しにつまみ上げると、揉み込むような蠕動運動で汚れを拭き取って金属光沢を取り戻す。
どすどすと近づく足音で、ジョーは少女が諦めていない事を察する。こうなっては彼に勝ち目はない。相手は頑固で、意地っ張りで、困った事にほとんどいつも正しいからだ。立ち上がって振り返ると、少女は既に至近距離まで接近していて、逃がすまいと例のデバイスを男の目と鼻の先まで突き出していた。
「ん。」
黒い液晶画面に顔が映ると、ジョーは本能的に視線を逸らした。すると、デバイスの向こうの少女の、あからさまに不満そうな顔が目に入る。
長い金髪を自然なクセにまかせて流している少女。身長はジョーより頭一つ分低くて小柄だが、少女が猛獣のような男に臆する様子は一切ない。ティーシャツに半ズボン丈のオーバーオールを身にまとっている。ジョーほど目立つわけではないが、彼女の身体にもいくらかの古傷が見て取れる。
「分かった、分かったよ。ニナがそういう顔をすると、俺もどうすれば良いか分からなくなる。」
言いながら、ジョーは渋々通信デバイスを受け取った。
「任務かも知れないよ?司令部から大事な連絡かも。」
「待たせとけば・・・」
「そうやってすぐ人間関係から逃げる!だめだよ。」
言い訳の隙も与えず、ニナは立てた人差し指をジョーの口元に触れた。青年は観念したように液晶に目を移し、虹彩認証で画面のロックを解除する。
通知を確認する。大量に溜まった通知を流し見する。そのほとんどが不特定多数に送りつけられる広告や業務連絡の類だった。広告は元々興味がないし、業務連絡の類もニナに丸投げしている。やはりわざわざ作業を止めて見るほどの事はないと思った矢先、予想に反してジョー個人に宛てられたメッセージが一つだけ来ていた。
「クソジジイ。やっぱり見るんじゃなかった。」
あからさまに嫌そうな顔をする。
「アインハルト博士?何か大事な用じゃないの?」
背伸びをしてジョーの腕越しにニナが画面を覗き込むと、ジョーはデバイスをニナの目線の高さまで下ろす。その画面には送り主のアドレスとニックネーム、『プレゼント』という件名、そして本文の一部が表示されていた。
”親愛なるジョーへ。
まだ3日ほど早いが、誕生日おめでとう。
お前がここまで生きながらえた幸運を祝して私から贈り物をしようと思う。”
「・・・いけしゃあしゃあと。」
悪態をつくジョーの声色は、いつもの気だるげなものとは違ってとても冷たく感じられた。
アインハルト博士は良い噂を聞かない人物だ。ジョーやニナが所属するレジスタンスという地下組織の創立メンバーでありながら、ほとんど誰もその実態を知らない謎多き人物、経歴も顔さえも。レジスタンスにあれこれと司令を出す立場だが、そのレジスタンスでさえ博士の実態は何も掴めていない。
ジョーとアインハルト博士の間の確執は、ニナもなんとなくは察している。しかし詳しく聞いた事はない。元より口数の少ないジョーが努めて口にしない以上、彼女もそこに土足で踏み込むつもりはないのだ。
ジョーは液晶に表示された文章をスクロールし、更に先へ読み進める。
”目標ポイントはマップの座標にマークした通りだ。私の息が掛かった工業都市だが、あそこはもうダメだ。そこにとっておきの誕生日プレゼントを用意してある。
軍艦五隻。数は知らんがセンチネルも来る。大所帯のパーティーだ。ジャゴで行くなら乗り捨てるつもりで行け。
健闘を祈る。
アハト・ゼムに栄光あれ”
読み終えると、ジョーは短く『了解。 アハト・ゼムに栄光あれ』とだけ返信する。
あまりにも無茶苦茶な内容に、あまりにもあっさりした返信だったのでニナも呆気に取られていたが、送信ボタンが押された瞬間我に返る。
「ちょっと!またこんな無茶な事安請け合いして!軍艦五隻なんてどうするつもり?あり得ない!抗議するからデバイス貸して!」
感情的になるニナを尻目に、ジョーは何も言わず画面をロックしてデバイスをソファーの方へ放り投げる。
「あっ。ちょっと、ねぇ!」
ニナは自然と放り出されたデバイスを目で追ってしまう。ジョーはその隙に再び床に散らばったスナップガンの前にあぐらをかくと、布切れで汚れを拭き取る作業に戻る。
「大丈夫、なるようになるさ。」
「何が大丈夫だって言うの?機体だってないんだよ?」
まだ諦めきれないのか、デバイスを拾って戻ってきたニナがジョーを責め立てる。
「ない事はないだろ。三日もあればドックのジャンクから一機ぐらいは組めるはずだ。」
「・・・片腕のがね。」
「アックスが握れりゃ充分だ。」
「あんたって、本当に・・・」
無理だ、とは言い切れないのがジョーというパイロットの恐ろしいところ。それをニナは誰よりも間近で目撃してきている。エンジニアとして、バディとしては絶対に行かせるわけにはいかない無茶苦茶な司令なのに、ニナ自身、今度もなんとかしてしまうんじゃないかという安心感を感じている。
『ジョー・ザ・スクラッパー』とは、彼が戦場でつけられた数々の異名の一つに過ぎない。
曰く、制御不能な怪物、冷酷な殺戮マシーン、死体の丘で嗤うもの、立ち塞がるもの全てをスクラップに変える者・・・敵か味方か、誰が先に言い始めたのかすら定かではないが、それが『ジョー・ザ・スクラッパー』の風評である。
クレーンを操作しながらGS(ギガント・ソルジャー)を組み上げていく。それは鋼鉄を纏う人型の大型兵器だ。ジャンクパーツの腕一つとっても人間の身長をゆうに超えるほど巨大。今ジョーが組み上げているジャゴタイプでも、その全高は十三メートルに及ぶ。三十年以上前の旧式機ながら、その設計思想は驚くほど完成されている。最新鋭のGS市場ではナイトやセンチネルと何度も世代交代を重ねているものの、やはり末端の前線を支えるのはこういった信頼出来る兵器なのだ。
ジャゴは四肢と胴体部、そして胴体部の中でも頭部、胸部、腹部が独立したブロックに分かれている。
頭部ユニットは、前後に大型のレンズ状センサーを設けた円筒状のカメラユニットに、左右に伸びる角のような通信アンテナと胴体部と繋ぐ為の簡素なアームの実にシンプルなもの。両腕は医療用ロボットの技術を流用した五本指規格のマニピュレーターを採用しながら、格闘武装として十分に使えるほどの衝撃吸収構造が内蔵されている。
ジャゴ最大の特徴は、胸部中央に位置するコクピットブロックを左右から挟む二門の二百ミリ回転式連射砲だ。巨大なハッチを怪物の大顎のように開くと、人間とさほど変わらない巨大な徹甲弾を雨あられのように撃ち放つ。
動力源はバッテリー水素ハイブリッドエンジン。背部に背負ったバックパックに、ジャゴの心臓は内蔵されている。内蔵バッテリーの電力で基本動作をまかない、瞬間的な爆発力を要する場面ではタンクの水素を消費する。また平時は、水素を消費してバッテリーを充電し続ける事で稼働時間を延長する。外部に露出したエンジンがジャゴの弱点であるのは間違いないが、それが最も効率的な冷却方法なのだ。
そしてもう一つの大きな特徴は、その歪な脚部造形にある。ジャゴの脚部は動物を模した多関節、それも山羊などの高山地帯の断崖絶壁を縦横無尽に駆け回る種のものが参考になっている。膝から先は追加の逆関節機構が設けられ、接地面は蹄を模した、ひび割れた円盤のような形に。そして、そんな特徴的な脚部を貫く大型のスプリング構造が装甲の内部から露出している。
そんな、ヒトとヒトならざる者の中間のような兵器が、人類史上初の人型兵器『ジャゴ』である。
このような旧式機は専門的なエンジニアリングの知識が無くても容易にパーツ交換が出来るほど構造が単純だ。加えて、GSが新モデルに代替わりする毎にジャゴシリーズの価格は暴落し、市場に有り余ったパーツはタダ同然、戦場跡地を物色すればほとんどのパーツが手に入るほどありふれているのだ。『レジスタンス』のような地下組織が好んで使用する兵器は、自然とこういった物に限られる。
「レフトアームはやっぱりダメか。どれも接合部が焼き切れてる。」
ジャンクパーツの貯蔵は充分あると思っていたジョーだったが、ニナの言う通り完全体のジャゴは組めそうにない。
「マニピュレーターだけなら生きてるのもあるんだけどな。仕方ない。肩口は網か何かでシーリングするか。」
レバーを動かしながらクレーンのワイヤーで吊り上げた巨人の胴体に、同じくワイヤーで吊り上げた右腕ブロックを慎重に近づけていく。限界まで近づけたら、その先は手作業で細かなケーブルを接続したり、可動部にオイルを塗る必要があるのだ。幸いまだ三日も猶予がある。今日はパーツの選別と武装の点検。仕上げは明日以降にやれば良い。
ブツブツ独り言を呟きながらクレーンを操作していると、ドックの地上階ドアが開く。
「ジョー!ご飯出来たよ!」
大空洞のドックは物音がよく響く。ニナの声を聞き、ジョーは軽く伸びをしてから作業を中断した。ここは半分地下、半分地上階に広がる整備ドックだ。あまり大きな建物を必要としない他、地下という気温や湿度が安定した空間を使う事でGSのパーツやそれに関わる電子機器を傷めない特徴がある。
カツカツと靴音を立てて壁に張り付くように配置された金属製の階段を昇る。軽く手を振って見せると、ニナも笑顔を返した。
「言ったでしょ?片腕がダメだって。」
得意顔で言うニナ。対するジョーはバツが悪そうに目を逸らす。
「なんとかなると思ったんだよ。」
「なーりーまーせーんー!機械は根性で動かないの。」
当てつけのようにいうニナに、ジョーは敢えて何も言い返さず黙って軍手を外すと、そのまま居間の方へ歩いていく。
「手洗って。」
敷居を跨ごうとしたジョーをニナの小言が引き止める。
「軍手してたから・・・」
「洗って!」
振り返りざまに人差し指で洗面所を指すニナを見ると、それ以上の抵抗はやめて面倒くさがりながらも手洗い場へ向かう。その間にニナは食卓に料理を運んでいく。
あらかじめ炊いておいた複数の穀物と細かく切った根菜を甘辛いソースで炒め、一口大に切って軽く焼きめをつけた合成タンパク質ブロックと一緒に盛り付けた、ありふれた家庭料理だ。半世紀以上前の第一次三国大戦以前の世界では生きた動物の肉が主流だったが、度重なる戦争で広い土地を必要とする畜産業はほとんど壊滅。僅かな上流階級以外は滅多に精肉を食す経験はなく、特にジョーやニナの世代はもはや実物を見た事さえない。
ニナが盛り付け終えた頃にはジョーも洗面所から帰ってきており、ズボンの裾で濡れた手を拭きながら椅子に腰掛けていた。思うところはあるものの、今度は小言を飲み込んで自分も席に座る。
「ん。うまい。」
ジョーはフォークで料理を口に運び、咀嚼しながら短く感想を言う。それを聞いてニナも表情が和らぐ。
「で、軍艦五隻、どうすんの?」
ナイフで合成タンパク質ブロックを更に小さく切り分けながら、毒気を抜かれた声色でニナは問う。
「どうもしない。」
ゴクリと口内の物を飲み下すと、さも当然のようにジョーは返答する。
「どうもしないってどういう意味よ?」
「そのままの意味だ。あんなの飾りだから無視でいい。」
皿から視線を上げると、そこにはニナのとても不満そうな顔があった。
「地上戦艦だろ?ひらけた平地じゃあるまいし、動く機動兵器に艦載砲が当たるかっての。」
「そうだけど・・・でも五隻だよ?」
「マップ見ただろ?場所は工業都市のド真ん中なんだ」
言いながら、ジョーは皿の料理をフォークでずらしながら正方形の網目状に分けていく。穀物と根菜の炒め物が、徐々に工業地帯特有の、定規で線を引いたように規則正しく建物が立ち並ぶ街の略地図の体をなしていく。
次にジョーはおもむろに合成タンパク質ブロックをフォークで刺すと、軍艦に見立てて皿の上を滑らせた。
「ほら、遮蔽物はいくらでもある。大型艦のサイズじゃ建物の隙間には入れないし、片っ端から崩したって戦艦の揚力じゃ瓦礫が高すぎてろくに近づけやしない。」
ジョーの言い分はもっともらしくて筋が通っている。いつもなら舌戦はニナの圧勝だが、今度ばかりはめぼしい反論が見当たらない。
「向こうもそれぐらい分かってる、だから飾りだって言うんだ。やり合うとしたらセンチネルだな。」
そう言ってすべらせていた合成タンパク質ブロックにソースを絡めると、ジョーはひょいと口に放り込む。
「もう、分かったから。とりあえず食べ物で遊ぶのやめなさい。」
「う、悪い。」
「そうだよ、センチネル!どうするの?そっちは数もわかんないんだよ?」
指摘されたジョーはフォークを置くと、顎を指で撫でながらしばらく考える。
「そうだな・・・多分三十、多くても五十機ってところだろ。でも五十機ならナイトと混合だろうな。」
「その心は?」
返答するジョー。しかしニナはまだ納得していない様子。
「ジジイが言うには、軍艦は全部で五隻だろ?格納庫と甲板を使い切っても随行出来るGSの数には限度がある。センチネルはたしか十七メートル級、ナイトも十五メートルはあっただろ?」
「そっか。GSは年々大型化してるのに、軍艦の規格は五十年以上前からほとんど変わってない。そう考えると確かに、多くて十機だ。」
「それに、ナイトにしろセンチネルにしろ、あいつらは編隊を組むのが前提の兵器だ。特にセンチネルは近距離特化のセンチネル・ヒーロー、中距離支援のセンチネル・ソルジャー、遠距離特化のセンチネル・スナイパーで役割がはっきりしてる。三機でひとチームなら、ふたチームで六機。それ以上は物理的に戦艦に載せられない。」
ジョーの説明を聞いて、納得しかけている自分に嫌気が差す。
「それでも・・・それでも三十機だよ?さばき切れるの?」
語気を弱めながらも、ニナはまだまだ食い下がる。
「だから、全部一挙に相手にするって前提が間違ってるんだよ。いいか、同盟軍の連中はジジイのプレゼントに相当ビビってる。そこがミソだ。だから軍艦五隻に最新鋭のセンチネル複数なんて戦力を引っ張り出してる。本来随伴機の役割は母艦の守護だろ?じゃあ半分は留守番だ。そうすると市街地戦に出てくるのは十五機。地形をうまく使えば一対一か二に持っていける数だ。」
「・・・」
「ほら、なんとかなりそうだろ?」
理屈の上ではそうかも知れない。しかし、そんな説明をされたからと言ってニナはジョーほど楽観的にはなれない。
「ごちそうさま。」
一足早く食べ終えたニナは、吐き捨てるように言って乱暴に話を切り上げる。そしてジョーを食卓に残し、足早に自分の食器を持って台所へ向かった。
つづく
第二話『悪魔誕生 その②』
当日。ジョーとニナはGS用大型トレーラーに組み上げたジャゴを乗せて例の工業都市へ向かう。それはトレーラーとは名ばかりの、全長十数メートルもあるGSを収容できる移動式ガレージのようなものだ。運転席は広い視野を確保するために、少し前方に突き出た硝子張りのキャノピーになっている。
乾いてひび割れた褐色の大地を、トレーラーの巨大な車輪が蹂躙して疾走する。この車両は廃材回収業者の物を流用したものであり、傍目には極ありふれたハゲタカの一つとしか認識されない。ハゲタカのようなタイプの業者なら戦場付近をうろついていたり、戦場に踏み込んでまで廃品を回収する事も全く不思議ではない。決して好意的に見られる職種ではないが、彼らが居る事によってどれほど戦いが繰り返されても『戦争のゴミ』は回収され、街は復興に向かいやすくなり、社会は簡単に戦争の傷を忘れて新陳代謝する。
ここまでいくつかの検問も、廃品の山に埋もれた片腕のジャゴを見せる事で二人は突破してきたのだ。
「わあ、やってるね。あれ。」
ハンドルを切りながらニナが呟くと、助手席から窓の外を見ていたジョーも同調する。
「ああ。流石にジジイの息がかかってるだけあって、一応自警団にも友軍がいるんだな。」
「でも、あれじゃ長くは持たないね。」
「さあな。」
ジョーの気のない返事で会話が途切れる。しばらくの沈黙と、車内を激しく揺らす荒れ道の喧騒が鼓膜を叩く。
ジョーは遠目から確認出来る、射撃の光りと音、そして街の様子を見ていた。射線を見れば相手の位置と目標が分かる。しかしそれだけではない。観察すれば弾の種類から、それを扱えるGSの種類までもが見て取れる。中口径の連射砲と、二百ミリ規格の大口径。プラズマ兵器の射線も見て取れた。
「友軍は五から七機、ってところか。敵機はだいぶ散らばってるな。」
「散らばってる?じゃあ相手はどのドックが本命か知らないんだ。だから街中のドックを虱潰しに探す必要がある・・・」
「そんなところだろうな。ジジイのマップでプレゼントが第七ドックにあると知ってる俺たちに多少の分がある・・・ジジイが乗り捨てろと書いていたのはそういう事か。」
二人は冷静に戦況を分析する。
当初の予想通り、地上戦艦は全部で五隻来ていた。ラブリュス級巡洋艦。二百メートル級の大型艦だが、それ故に工業都市の懐には入り込めない。街は大小さまざまな建物が立ち並び、地上にも高所にも鉄道やモノレールが神経組織のように複雑に走っている。それがコンクリートジャングルの体を成している。街の奥地へ入り込めるのはより身軽なGSだけだが、土地勘のない同盟軍は安易に奥地へ進出するのは難しい。進出しなければ街中のドックは調べられない、しかし踏み込み過ぎればゲリラ戦術の餌食にされかねない。その微妙な駆け引きが性能不利と数的不利のレジスタンスが同盟軍相手に拮抗出来るカラクリだった。
―――――――
―――――
―――
戦艦の艦載砲が少しずつ遮蔽物になる建物を薙ぎ払い、遮蔽物が減った分だけ同盟軍のGSは戦いやすくなる。この事実が、レジスタンスの拮抗が期間限定のものだと冷たい現実を突きつける。最終的に、この土地には何も残らない。街も、人も、ドックも、兵器も。その結末に至らしめる為に、詰め将棋を指すように、同盟軍は着々と作戦を進めていた。
同盟軍の正式量産機、ナイト・シリーズ。それはどこかの国、どこかの世界で中世騎士と呼ばれていた者に酷似した見た目をしている。
頭部カメラユニットは円筒形の兜に守られ、スリットを通して外界を映している。無骨な金属光沢を照り返す、蛇腹の構造。肩部可動構造は肩アーマーと一体型になっており、大きくて威圧的なシルエットを成している。
その外観は、より人型に。両腕には追加アタッチメントを保持する為のハードポイント、両足の脹ら脛部分には移動速度を劇的に向上させるスラスターが内蔵され、背部には長距離跳躍を可能にする大型ブースターが設置されていた。
胸部前面はコクピットハッチを兼ねた装甲が鎧のように機体を守り、ジャゴでは弱点として露出していた動力部もこちらは内部に収納されている。あらゆる面で前時代の戦士を凌駕する新時代の騎士、蹂躙と制圧の矛こそが、即ちナイトなのである。
「ライオット少尉、前に出過ぎだ。」
通信機越しに上官の声が聞こえる。その声とともに『NO VIDEO』の小窓がインターフェースに表示されるが、若い少尉は瞬時に髭面でしかめっ面のモリソン中佐の姿に頭の中で置き換える。その顔があまりにも恐ろしかったので、ライオット少尉は本能的にアクセルペダルから足を外した。
「すいません、中佐。」
すぐに自分も音声をオンにして返事をする。
ライオット少尉のナイト・ウォーリアーの肩に手を置きながら、ナイト・アーチャーを駆る、同じく少尉のヴァイスマンが軽口を言う。
「張り切り過ぎると死ぬからな・・・肩の力抜いて行けや!」
階級は同じだが、ヴァイスマン少尉はこのモリソン部隊に半年早く配属された、ちょっとした先輩だ。
「ヴァイス・・・お前はもっと規律というものを思い出せ。任務中に酒を飲む奴があるか。」
隊長のモリソン中佐はヴァイスマン少尉の話し方から推測しただけだが、どうやら図星だったようでヴァイスマンは急いで通信から抜ける。呆れたようなモリソン中佐の溜息が響き、通信に参加していた隊員たちの笑い声がこぼれた。
「良いかお前ら。装甲は信用しすぎるな。相手を旧式と見くびるな。俺は今罠の中に居ると思え。規律は守れ、だが作戦には縛られるな。良いな?」
隊長の命令に息を合わせて返事をすると、隊員たちは一気に作戦行動を開始する。
ナイト・ウォーリアーは大型のシールドを備えた、同盟軍の正式量産型GSだ。シールドに隠れながら先陣を切って接近し、マシンガンを撃ちながら突撃する。そして近接戦闘では敵を装甲ごと叩き壊すスパイクメイスで戦う、中近距離戦闘を得意とする機体。前進する事に躊躇がない、ライオット少尉のような若くて思い切りの良いパイロットにうってつけのGSである。
そして彼の先輩、ヴァイスマン少尉が駆るナイト・アーチャーは装甲突破に重点を置いた大型の射撃兵装、ネメシスボウで一撃必殺を狙う機体である。ネメシスボウとショートバレルマシンガンという近接戦闘を想定していない潔い設計で、味方のウォーリアーに守られながら一瞬のチャンスをモノにする。
「骨董品が・・・いい加減にしろよなっ!」
建物の陰から飛び出たライオット機が、シールドを構えて真正面に向かって走る。若い少尉が向かう先には一機のジャゴが控えていた。
骨董品と呼ばれた旧式機は、ライオット機の突進にも臆せず迎え撃つ構えだ。コクピットを左右から挟む大きな胸部ハッチが開き、牙を剥くのは二百ミリ徹甲弾の大口径機関砲。怪物の大顎のように開いたハッチから覗く旋回式の多砲身が、重厚な駆動音と雷鳴のような破裂音を上げて火を噴いた。発射された徹甲弾はシールドに容赦なく激突し、衝撃は無慈悲にコクピットを揺らす。この時のライオット少尉には、操縦桿を握る自分自身とシールドを構えるナイトが同じ衝撃を共有しているという実感があった。人機一体の感覚に心が震える。彼を満たす背徳的な、兵士としての充実感が心地良い。
ジャゴの二百ミリ徹甲弾機関砲は確かに驚異的な武装だ。三十年以上前、まだ地上戦艦が戦場の主役だった時代、この大口径の連射砲を有する機動兵器は間違いなく戦場の悪魔だった。あの時、人型兵器は戦争の歴史を塗り替えたのだ。しかし、あれから世界は大きく変わった。技術は進歩し、戦術は洗練された。二百ミリ徹甲弾はもはや防ぎ得ない最強の矛ではなく、技術と戦術で防ぎうる数ある兵器の一つに成り下がった。特にこのナイトシールドは、ジャゴタイプの胸部ガトリング砲を無効化する目的で設計され、多大な資本が研究開発に費やされ、その末に誕生した防衛の絶壁だ。
衝撃はある、しかしダメージはない。操縦桿越しに殴りつけるような衝撃の雨を感じながら、ライオット少尉は一歩、また一歩とレジスタンスのジャゴとの距離を詰めていく。その背後に控えるヴァイスマン少尉のナイト・アーチャーがネメシスボウに矢を番えてジャゴのコクピットに狙いを定める。それは弩を参考に作られた兵装で、矢筒と一体になった大型の射撃兵装だ。ドリルのような螺旋形状の矢をバレルのジャイロ構造で射出する事によって、高速回転するドリルの矢が激突した場所を掘削し、盾や一部の遮蔽物を貫通して敵を射抜く。当然、ジャゴのコクピットハッチ程度は容易に貫通して中のパイロットをミンチにする威力がある。
「わりぃな、アハト・ゼムの亡霊ども。さっさと成仏してくれや!」
サイトをジャゴに合わせると、オートマチックパイロットシステム(APS)が自動で照準を微調整する。ジャゴと比べて自動化と簡略化が進んだナイトの火器管制システムの本領発揮である。パイロットがモニターに表示された照準で大まかな目標を指示するだけで、システムは敵がジャゴタイプのGSであると即座に判定し、狙いがコクピットであると理解し、その急所を正確にロックオンするようにナイトの腕関節や姿勢をミリ単位で調整してオートロックオンを決行する。
後はただ、パイロットが操縦桿のスイッチを押せば良い。それだけで、敵は死ぬ。
「じゃあな!」
ジャゴパイロットを少々哀れに思いつつ、ヴァイスマン少尉は努めて軽薄に、己に言い聞かせるように言って指に力を込める。
ライオット少尉のナイトに守られヴァイスマン少尉がネメシスボウの矢を放つと、唐突にライオット機の右肩部が爆裂する。黒煙を肩から膨らませ、鋼の巨人がゆらりと傾いた。
その爆風に煽られた矢はあらぬ方向へ飛ばされ、千切れたナイトの腕は勢いよくビルに突っ込んでめり込んだ。
「ライオットォォォォッ!」
叫ぶヴァイスマン少尉。衝撃的な映像を目にして動揺するが、この程度のシチュエーションなら何度も訓練時代に繰り返している。
勢いよく背部ブースターを吹かして前に出る。ウォーリアーよりは小ぶりながら、アーチャーにもシールドは備わっているので、ヴァイスマン少尉はライオット機を飛び越えるようにして弾幕の前に立った。そして盾を力強く構え、一心にジャゴの胸部ガトリング砲の連射に耐える。
機動力に重点をおいたアーチャーのシールドは、残念ながらウォーリアーのものほどの耐久力は持ち合わせていない。これは、ジャゴが弾切れを起こすのが先か、アーチャー仕様のシールドが耐久限界を迎えるのが先か、そんな我慢比べが勝負の明暗を分けるかに思えた。
「来るなヴァイスさん・・・やつら・・・!」
通信機越しのくぐもった声が、手遅れの警告をする。倒れたライオット機が見ていた先には、路地から出て来たもう一機のジャゴがいた。新手は大型のバズーカを構え、こちらを狙っている。先程ライオット機の腕を吹き飛ばしたのもこの機体だ。
そして今、新手のジャゴはバズーカの引き金を再び引いて次弾を発射する。狙いは当然、ガトリング砲に必死に耐えるナイト・アーチャーだ。胸部のコクピットこそ狙えない角度ではあるが、ナイトの脇腹は冷却用スリットになっている。肋骨のように連なる鎧の隙間を、昆虫のような無機質なジャゴの頭部カメラが睨めつけていた。
ヴァイスマン機は正面のガトリング掃射を受け切るので必死だ。避ける事も守る事も出来ない。ジャゴのバズーカから発射された凶弾はそのまま直撃コースを邁進する。
男ははじめて、ここで死を意識した。
———『俺は今罠の中に居ると思え。』
モリソン隊長の忠告が、今更になって鼓膜をなぞる。
凶弾は激突し、爆音が周囲を震わせた。重厚な金属が砕け、大量に火薬が炎を纏って暴走する音が鳴り響く。黒煙と爆熱を伴う衝撃波が、辺り一帯を駆け抜けた。
その激震はライオット少尉とヴァイスマン少尉のコクピットをも揺さぶった。しかし、両者無傷。恐る恐るモニターを見ると、そこには頼もしいセンチネル・ソルジャーの背中、隊長のモリソン中佐がバズーカの一撃を防いでいた。
『センチネル』———即ち、同盟軍の決戦兵器。
同盟国最新鋭にして、最強の量産機がセンチネル・シリーズである。ナイトを元にしていながら、より頑丈に。より大出力に。そして、より強力な武装を携えて。
白銀の騎士は黒煙を切り裂き、白亜の盾は不滅とばかりに煌めいた。傷一つ、照り返す事も無く。
「させんぞっ!」
バズーカの再発射までには多少の隙がある。モリソン中佐はそれを瞬時に判断し、新手のジャゴは捨て置いて今もガトリング砲を撃っている方に進路を固める。センチネルタイプが持つシールドはナイトシールドのさらなる発展型、特殊な積層波状構造を採用し、衝撃を減衰しながら逃がす事が出来る。素材の硬さと湾曲した形状で耐久力を担保しているナイトのものよりも遥かに防御性能が向上しているのだ。
センチネルは難なくガトリング砲による徹甲弾の雨あられを肩代わりすると、ブースターを吹かして濁流の中を逆走するようにジャゴに急接近する。そしてシールドのスリットに携行している大型の十文字槍、ストライククロスをセットする。盾の裏に完全に隠れ、槍の刃を突き出したまま大型ブースターの圧倒的高出力で突進する様は、さながら無敵の矛。ジャゴを貫こうと激進する。
ジャゴは頃合いと見ると、ガトリング砲のハッチを閉じてサイドステップでモリソン中佐の突進を避ける。これはモリソン中佐自身も予想外だった。シールド裏に完全に隠れてしまった事が、そのまま仇になって相手の動きを追い切れなかったのだ。
―――ピピピピッ
無機質な警告音がセンチネルのコクピットに木霊する。敵は左舷に避け、今度は接近反応あり。老いを自覚しつつ、大きく体勢を捻って槍を盾のスリットから外しながら振り抜く。バックハンド気味の槍の一閃は、唐竹割りに振り抜かれたジャゴアックスの一撃と交差する。
技巧は互角。しかしGSのエネルギー出力とエモノの質量は中佐のセンチネルが上。ジャゴアックスが真下まで振り抜かれる事はなく、逆にストライククロスはアックスを絡め取るようにして彼方へ飛ばす。先の一閃は、本来なら十文字槍の左右に伸びた刃がジャゴの胸部を勢いよく引き裂いてコクピットを破壊するコースだった。しかしジャゴのパイロットは判断が早い。背後のビルに突っ込むほどの思い切ったバックステップで、間一髪凶刃をやり過ごす。
「・・・やるな、だがっ!」
再び開く、怪物の大顎。ジャゴは、もはや残り少ないガトリング弾をここで全て使い切る覚悟だ。しかし、モリソン中佐も手練の一人。この局面は見えていた。無理にジャゴを追わず、槍を逆手に持ち替えて放り投げる。
ビルにめり込んだジャゴは流石にその一投は回避出来ず、胸部ガトリング砲のハッチが開いてから発射が始まるまでの微妙な隙、そこを狙い撃ちされてしまう。十文字槍の切っ先がコクピットに深々と突き刺さり、今にも発射しようと回転を始めていた旋回式多砲身がゆっくりと回転を停止する。それはまるで、パイロットと共にジャゴも息を引き取るように。
同じ頃、若き兵士たちも奮戦していた。ライオット少尉は悔しさのあまり拳を握って操縦席を一度叩くと、それで頭を切り替える。
「ヴァイスさん!」
無事な方の腕でウォーリアー仕様のシールドを拾い、ヴァイスマン機の方へ放り投げる。
絶妙なタイミングだった。それはジャゴのバズーカが内部で次弾を薬室に受け渡し、射撃準備が整った瞬間の出来事だったからだ。
「おうよ!」
ヴァイスマン少尉はライオット少尉の意図を瞬時に理解し、アーチャー仕様のシールドを放棄してウォーリアーの大型シールドを構える。
ハードポイントに固定する暇もなく、爆発の衝撃が二機のコクピットを駆け抜ける。ヴァイスマン機は僅かに仰け反り、瞬時に姿勢を戻して次弾に備える。しかし、次弾は来ない。代わりに響いたのは跳躍したGSが着地する重厚な音。
「しまった!」
ヴァイスマン少尉は、奇しくもモリソン中佐と同じ轍を踏む。大型のシールドに視界が遮られた一瞬、ジャゴはサイドに、しかもヴァイスマン少尉たちに接近する形で移動していたのだ。そのあまりにも鮮やかな機体操作を前に、ヴァイスマン少尉は悪態を付く事しか出来ない。
「俺は・・・足手まといにはならねぇっ!」
叫ぶライオット少尉。ナイトの副兵装であるマシンガンを無事な方の腕で構え、ヴァイスマン機の肩口からジャゴに向けて連射する。
ライオット機の射撃を受けて、ジャゴは更に接近しながら反対側にステップを踏んで回避。しかしその動きはヴァイスマン少尉も確認していた。
「行かせねぇよ!」
ヴァイスマン機はジャゴの行く手を阻むように、ビルに深々と大型シールドを突き立てる。そして、ナイト・アーチャーの副武装であるショートバレルマシンガンを手に取る。この距離ならいくら凄腕のパイロットでも、マシンガンの弾を避けられるわけがないという判断だ。同時に、これほどの至近距離ではバズーカによる射撃は出来まいと。
その判断は正しかった。しかし、シールドの反対側から姿をあらわしたジャゴは回避行動も、ましてやバズーカによる射撃をするつもりもなかった。敵はバズーカの砲塔を棍棒のように両手で握り、勢いよくヴァイスマン機の肩口から後頭部にかけて振り下ろす。その衝撃は装甲からフレームへ、フレームからコクピットへ、そしてコクピットをも貫いてナイトの足元へと伝播する。メインモニターの映像が乱れ、背後を移すサブモニターは完全にブラックアウトした。機械仕掛けの騎士は衝撃に耐えきれず、膝から崩れてコンクリートに沈む。
この一撃で砲身がひしゃげたバズーカを放棄すると、武器をジャゴアックスに持ち替えてコクピットを破壊しようと振りかぶる。
「させるかァァァッ!」
飛び出したのはライオット機だった。マシンガンを捨て、ナイト・ウォーリアー本来の武器であるメイスを振りかぶる。その様子を見て、ジャゴはヴァイスマン機への攻撃をキャンセルし、やり過ごそうとバックステップを試みる。
「逃がすか!まずは腕ッ!」
しかしライオット機はこの好機を逃さない。迷いなくペダルを最大限まで踏み込み、背部ブースターがジャゴとの距離を一気に詰める。そして振り抜かれたメイスは狙い通りジャゴの肩に激突、装甲を潰しながら引き剥がし、肩関節を完全に破壊する。剥き出しのモーターは原型を留めないほど形を歪ませ、神経組織のように走るケーブルが一部断線して火花を散らす。
力なく垂れ下がった腕がブラブラと振り子のように揺れる。ジャゴは僅かに後退り、一か八か、至近距離でガトリング掃射を浴びせようとハッチを解放する。
「そうは行かないぜぇ・・・!」
立ち上がったヴァイスマン機が抱き込むようにしてジャゴのもう片方の腕を絡め取り、そのままスイングして背後のビルに叩きつける。ジャゴはその駆動系にエラーが発生したのか、ガトリングハッチは半開きの状態で解放運動を停止する。
しかし、多砲塔の旋回は止まらない。射撃の予備動作の回転と、重厚な駆動音は変わらず鳴り響く。ジャゴのパイロットは暴発も恐れず胸部ガトリング砲を打つ覚悟だ。危機が去ってない事に気づいて後退するヴァイスマン少尉、入れ替わりにライオット少尉が前進する。
「取ったッ―――!」
果たして、ライオット機のメイスの一撃はジャゴのコクピットに振り下ろされ、その両側のガトリング砲身さえ歪ませながらパイロットを絶命させた。もはや意味のない鉄くずと化したGSは膝から崩れ落ち、僅かに首が項垂れる。
程なくして、二人の少尉のモニターに通信ウィンドウが表示された。
「ライオット少尉、ヴァイスマン少尉、無事か!」
路地から姿をあらわした隊長のセンチネルに手を振りながら、二人は「無事です。」と答えた。
「うむ。被害状況を報告せい。」
モリソン中佐の問いに、先に答えたのはライオット少尉だった。
「はい。右腕をロスト・・・すいません、油断してました。」
『そうだな。だが敵も十分手練だった。良い勉強になったと思っておけ。』
次いで、ヴァイスマン少尉も報告する。
「APSのスキャンだと、駆動系に大した損傷は無し。まだやれます。・・・ただ、サブモニターが真っ黒ですね。こりゃ後ろのカメラがイカれちゃってますわ。」
「ふーむ・・・視界が限られるのはまずいな。」
「ライオットのやつよりぁマシっすよ。」
「そうだな。まあ、一先ずはなんとか敵機二機撃墜だ。敵の戦力を考えればこれでもかなりの打撃にはなっただろう。我が隊はこのまま母艦への撤退進路を取りつつ、交戦中の友軍を発見次第そちらに協力する。良いな?」
モリソン中佐の新たな方針を聞き届けると、二人の少尉らは「はい。」と返事をする。しかしその声色は、作戦行動を開始するときのような余裕と自信に満ち溢れたものではなかった。勝利を収めたはずなのに、高揚感も達成感もまるで感じられない。
―――
―――――
―――――――
ビルの合間をジャゴが飛ぶ。飛行能力は備わっていないのに。それはあたかも、パルクールでもするように。通常のジャゴにこんな芸当は出来ない。胸部ガトリング砲をオミットした事による無理な軽量化と、脚部スプリングを二重構造にする大胆な改修で設計上想定されていない動きを可能にする。異常発達したような脚部に、片腕という未完成。その有り様は、片翼で飛ぶ鳥のようだった。
「ニナ、これから作戦行動を開始する。」
通信デバイスから響いた声は、やはりいつも通りの、抑揚のない気だるげな声だった。
「了解。確認するけど、途中まで接近したら乗り捨てて第七ドックへ向かうんだよね。」
「ああ。ドック前で降りたら、敵に本命はここだと教えるようなもんだからな。大丈夫、うまくやる。」
また適当な事を・・・と少女は呆れる。しかしその適当さが、すなわち彼の型破りさだという事も知っている。
前日のドックでもそうだった。ジャゴの改修案を聞いた時は流石にひっぱたいてやろうかと思った。最大最強の武装であるガトリングを捨てて、代わりに跳躍力を強化。どうせ乗り捨てるので、軽くするために駆動部の衝撃吸収加工は最小限で良い・・・なんて。それを強化案と称する事自体、狂っている。しかし、それを扱うパイロットはもっと狂っている。そして、そんな改修案を一夜で形にしてしまうエンジニアもまた、きっと狂っている。
「知ってる。頑張ってね。」
通信はそこで途切れ、両者は己の行くべき方角へ迷わず進む。ジョーは第七ドックへ、ニナはあらかじめ決めておいた合流ポイントへ。
ジョーのジャゴは大きく跳躍すると、ビルの壁面に飛びつく。それだけで建物は音を立てて倒壊し、ガラスとコンクリート片をちらしながら目まぐるしく形を変える。しかしジョーはミリ単位の姿勢制御と研ぎ澄ませた感覚で見出す最良のタイミングで崩れ行く足場を蹴飛ばし、次のビルへ再び飛びつく。この異次元の身軽さこそ、ジョーが機体に求めたものだった。武装は腰部にマウントしたアックス一つのみ。その潔さがまた彼好みだ。
今のジョーにとっては、工業地帯の入り組んだ地形も遮蔽物となる高い建物もまるで障害にはならない。目標ポイントまでほぼ一直線に進撃する。
「接近反応?中佐、APSが高速接近反応を検知してます・・・これは?」
ライオット少尉がいち早くマップ上の警告表示に気が付くと、ヴァイスマン少尉とモリソン中佐もマップを確認する。そこには、簡略化されたマップ上で建物を表す無数の長方形を斜めに横切るマーカーが凄まじい速さでこちらに接近していた。
「飛行タイプか?」
「だとすればレジスタンスのジャルゴか。いや、それにしては高度が低すぎる・・・」
ヴァイスマン少尉の指摘に同調するも、違和感を拭い切れないモリソン中佐。接近反応は刻一刻と近づき、脅威がすぐそこまで来ている事を示す警告音が鳴り響く。
所属不明、
ゼロ距離表示、
方向は直上。
三機は防御姿勢を取り、上空をジャゴが飛んで行く。
「センチネル、一。ナイト、二。想定通りだな。これなら問題なく各個撃破に持ち込める。」
冷たく言いながらジョーはビルの壁面に飛びつき、そのまま三機から死角になる路地へと降りる。
「あれもジャゴ!て事はレジスタンスか!」
シールドを構えて戦闘態勢に入るライオット少尉。しかしモリソン中佐のセンチネルが片手で静止する。
「ダメだ。ありゃ何か、とんでもなくおかしい。手負いの機体じゃ食われるぞ。」
「でも隊長!」
食い下がるライオット少尉。それをモリソン中佐が一括する。
「少尉!命令に従え!ヴァイス、お前もだ。機体を過信するな。母艦に戻ってこの事を皆に伝えるんだ。」
言いながら、モリソン中佐はセンチネルのブースターを吹かす。
「いいな!」
部下たちの返答はあえて聞かず、中佐のセンチネルもビルの向こうへ消えていく。残された二人は戸惑いながらも、中佐の命令を全うしようとする。しかし同時に、今度ばかりはあの中佐にももしもの事が起こるのではないかと。そうなった時、命令に従ったがゆえに助けられなかったのだとしたら、それは一生後悔するのではないかと。そんな焦燥に駆られて、その場を動けなくなる。
モリソン中佐が路地を曲がると、そこには先程のジャゴが立っていた。見たところ片腕、手負いなら既に他の部隊との戦闘で消耗している可能性が高い。ガラ空きの背中にはバッテリーと水素タンクを積んだバックパックがある。コクピットに次ぐ、ジャゴのもう一つの弱点だ。冷却効率のためにほとんど剥き出しになったエンジンを潰されれば、ジャゴはやはり沈黙する他ない。
叩くなら今、
やるなら一瞬、
勝負は一撃。
中佐の、老兵としての直感がけたたましいまでのアラートを鳴らす。
「うおおおおおおおッ!!!」
武者震いを雄叫びで掻き消し、モリソン中佐は勢いよくストライククロスを真正面に突き出した。
しかし、ジョーはその動きに合わせて再び跳躍する。背後へのムーンサルト。強化された跳躍力だけでなく、巧みな姿勢制御技術、卓越した空間把握能力、腕の振りまでもを利用した操縦技術と、パイロットの怪物的な身体スペックあってこその離れ業だ。
・・・何せ『ジョー・ザ・スクラッパー』は、ただの人間ではないのだから。
着地が僅かに先か。ジョーはアックスのビアード部分を鎌のように使ってセンチネル・ソルジャーの首を取ると、勢いをそのままに背後へ引きずり倒す。それはあたかも、センチネルという鉄塊を地面にぶちまけるように。
『ぁああ・・・うわあああ・・・!』
通信機越しに、中佐の悲鳴とコクピット内部がめちゃめちゃに破壊された音が再生される。高い音はモニターのガラスが割れる音だろうか。低い方は中佐が中で何度も全身を強打する音だろうか。
ジャゴとセンチネルがほぼ同時に姿を表す。ビルの陰から飛び出たその光景は、凄惨そのものだった。その有り様に圧倒され、二人は何も出来ないまま立ち尽くしていた。それほどまでにその光景は恐ろしく、信じがたく、現実味をビタイチも感じられなかった。
ジョーのジャゴは寸分たがわずセンチネルの肩部と胸部の間の、増加装甲の接合部にアックスを振り下ろす。このプレートアーマーという増加装甲は、センチネルの堅牢さを担保すると同時に、損傷しても簡単に張り替えられるという高い整備性を実現している。しかしその分、接合部だけは脆いという弱点がある。ジョーはそれをよく知っている。
獰猛な肉食獣が亀の甲羅を剥がして、中の柔らかな肉に牙を突き立てる。そんなグロテスクな映像を幻視する。ジョーのジャゴがセンチネルの頭部を踏みつけると、微かに映っていたメインモニターの映像が完全にジャゴの足裏で塗りつぶされ、カメラが破壊されると同時に『NO SIGNAL』の文字が冷たく表示される。ジャゴは足でセンチネルの頭部を抑えながら、増加装甲を引き剥がしてコクピットをあらわにする。そして無感情に、流れ作業のようにアックスを振り下ろす。
エモノを急所から引き抜くと、カメラユニットの冷たい視線がライオット少尉とヴァイスマン少尉に向けられる。瞬間、二人の意識が戦場に引き戻された。
「野郎・・・やってやる・・・やってやるッ!」
ネメシスボウを構えるヴァイスマン機。避けもせず、守りもせず、ジョーのジャゴは一直線にナイトに向かって走り出す。
「来るなッ!来るなァッ!」
叫ぶとともに矢を放つヴァイスマン少尉。だが、ジョーはその矢を最小限のアックスの振りではたき落とす。恐怖と驚愕が二人の兵士を同時に貫いた。恐怖からか、ヴァイスマン少尉は何発も何発もネメシスボウを発射する。そして、その全てが全く同じように打ち払われる。
ジョーにとって、ヴァイスマン少尉の攻撃はあまりにも見え透いていた。狙うならコクピット。次点でカメラか足。その定石通りにヴァイスマン少尉はネメシスボウを構え、APSは寸分たがわず定石通りのポイントを狙う。そんな攻撃は目をつぶっていても打ち払える。
矢をはたき落としながら急接近するジョーのジャゴ。ヴァイスマン機は近接攻撃に備えてネメシスボウを盾にする。咄嗟の判断だった。あまりの急展開に、ライオット少尉は状況に追いつけないでいる。
「!?―――」
衝撃と、疑問。その二つがほぼ同時にヴァイスマン少尉に襲いかかる。
ジャゴはそのアックスを振り下ろさず、サイドモニターは通り過ぎようとするジャゴの、巨大な横顔を映し出していた。思考に空白が生まれる。
疑問、
不気味、
安堵、
しかし、理解不能。
ヴァイスマン少尉の思考をホワイトアウトさせた理解不能が、なんの前触れもなくブラックアウトに切り替わる。ひしゃげたコクピットハッチに深々と突き刺さったジャゴアックスが、事の顛末を物語る。
それは、ヴァイスマン少尉がまだ知らない、生涯知る機会さえ無かった殺し合いのルール。相手の『隙』には、構えの隙と動きの隙の他に『意識の隙』が存在する。全神経を集中しているときであればあるほど、アクシデントはその意識の隙を誘発する。『理解不能』を無理に理解しようとした時、目の前の敵は透明になる。足音は無音になる。時が止まる。そして、鼓動も止まる。
沈黙したナイトが、その全重量をアックスに預ける。そしてジョーのジャゴは無慈悲に跳躍する、アックスを力任せに振り抜きながら。突き刺さった刃は、コクピットモジュールをナイトの胸部から引きずり出して大きく振るわれた。ヴァイスマン機は胸に大きな穴を開けたまま、何度かバウンドして地面に横たわる。
「ぁああ・・・ああぁああぁああぁあああッ!!!」
ヘルメットを脱ぎ捨て、ライオット少尉は髪を掻きむしる。叫ぶ。狂を発する。
ヴァイスマン少尉は気のいい兄貴分だった。軽薄で問題行動が多くて困った人ではあったが、いつも近くで支えてくれた家族のような人だった。ヴァイスマン少尉に乗せられて兵士宿舎の食料庫に忍び込んだ事もあった。その時、初めてモリソン中佐と出会ってこっ酷く叱られて、グラウンドを百周走り切るまで食事抜きなんて罰を下された。
どうして今、そんな事を思い出すのだろうか。整理のつかない頭で操縦桿を握り、目の前の憎たらしい骨董品にメイスを振り抜く。わけもわからないまま、泣きながら、ライオット少尉は死にもの狂いで突撃する。
ジョーのジャゴは最低限の動きでライオット機のメイスを打ち払い、流れる動きでナイトの頭部に肘打ちを入れる。突撃の勢いを逆利用した一撃だったが、頭部カメラは完全に破壊されてコクピットの中は真っ暗になる。ライオット機はそのまま背後へ倒れ始めるが、ジョーはナイトが倒れるより先にコクピットにアックスを振り下ろす。
それで、終わり。アックスの巨大な刃が無慈悲にライオット少尉の身体を潰し、ナイトはなんの抵抗もなく背中から大の字に倒れる。戦闘が終了したと見ると、ジョーはアックスを再び腰部にマウントする。
「あの槍、使えるな。」
ぼそっと呟くと、横たわったセンチネルが握るストライククロスをやや強引に奪い取る。そしてその巨大な十文字槍を肩に担ぐと、マップで位置確認をしながら歩を進めるのだった。
つづく
第三話『悪魔誕生 その③』
『作戦行動中の友軍に次ぐ―――』
しばらく歩くと、ジョーの通信デバイスが緊急通信表示でひとりでに点き、音声を再生し始める。
「オープン回線か?」
画面上に表示された通知に触れると、発信者は不明。アドレスコードはレジスタンス末尾だが大部分が文字化けした、奇妙な文字列が表示される。ジョーは引き続き、その通信を聞いた。
『作戦行動中の友軍に次ぐ―――
第六ドック周辺に敵機多数。センチネルタイプを七機確認。早急に排撃されたし。
繰り返す―――
作戦行動中の友軍に次ぐ―――
第六ドック周辺に敵機多数。センチネルタイプを七機確認。早急に排撃されたし。
繰り返す―――』
通信は何度も同じ内容の短文を繰り返している。声の質やトーンから機械音声ではなく、生身の人間による訴えだと分かる。だからこそ、そこには人間味というものが感じられなかった。
誰かが第六ドック付近のセンチネルを排除するまで鳴り止まないらしい。ジョーはそれを奇妙に思いながらも、通信を切って例の第六ドックの方へ足早に向かう。
「まあ、もともと本命に直行するわけでもないしな。乗りかけの船ってやつだ。」
静かに嘯きながら、倒れたジャゴやナイトの残骸を通り過ぎていく。この辺りでも名もなきレジスタンスと同盟軍の激戦が繰り広げられていたのだろう。十字路を当初予定していた方の反対側に曲がると、遠目に既に戦闘を繰り広げるジャゴと複数のセンチネルが確認できた。
ストライククロスを携えて飛びかかるセンチネル・ソルジャー。その攻撃をアックスでいなし、カウンター気味に攻撃を叩き込む友軍のジャゴ。二機の巨人がすれ違い、轟音とともに火花を散らした。重厚なプレートアーマーを纏ったセンチネル・ソルジャーは軌道を変えず、反対にジャゴは軽量故に僅かに体勢を崩してしまう。
その瞬間を、ソルジャーのパイロットは逃さなかった———!
ソルジャーはバックステップで後退しながら、斧の一撃をシールドで弾く。そしてシールド裏の三連装グレネードを全弾発射した。
アックスのリーチでは反撃出来ない距離———
———回避不能な体勢。
ジャゴのパイロットはそれでも回避を試みる。しかし、避けきれずに肩に命中したグレネードが腕を千切って吹き飛ばした。
なおも諦めずに奮戦しようとアックスを構えるジャゴ、それを側面から別のソルジャーが銃口で睨めつけた。旧式機の膝が伸び切るより先に、冷徹な銃声が空を裂く咆哮と硝煙を上げていた。そして無残にも、膝を撃ち抜かれてバランスを崩すジャゴ。
ストライククロスは十字の刃の反対側が百五十ミリ単射砲になった複合兵装である。その射撃をもろに受けたジャゴは片膝を折ってその場に崩れるしかなかった。動きが止まったと見るや否や、正面と側面から十文字槍がジャゴに向けて突き出される。如何に体格が巨大化しようと、この点は人でも人型兵器でも変わらない。
足を封じられた戦士は、如何なる手練だろうと———もはや的だ。
最後の抵抗。正面からの刺突はコクピットを狙ったものだったが、ジャゴパイロットの巧みな姿勢制御で急所を外し、切っ先はガトリング砲を貫くに留まる。しかし二撃目の、側面からの刺突には対応できなかった。ストライククロスの切っ先が二の腕を貫き、胴体に縫い留めて動きを止めてしまった。
身じろぎさえ出来ない巨兵の命運は、もう誰の目にも明らかだ。
———雷光一閃。
天空から放たれた真紅の斜線が、動かないジャゴを焼き穿った。
センチネル・スナイパーが誇る最強武装、プラズマ粒子加速砲の一撃である。弩を模した射撃兵装で、高圧電流で形成した強力な力場の反発により金属粒子を圧縮、その時のエネルギーを利用して金属粒子を射出する事で空気との摩擦でプラズマ化した金属粒子を放出する射撃兵装である。GSという鉄人に備わった堅牢な装甲や盾を、その強度関係なく焼き穿ってしまえ。そんな理念を具現化させた、正真正銘・一撃必殺の兵器だ。
かくして、ジャゴは撃ち抜かれて大爆発を起こす。至近距離で爆風に晒されたソルジャー二機はシールドを構えて完全無傷。爆風が晴れて白銀の装甲を煌めかせた両機は、センチネルタイプ本来の驚異的なスペックと連携を見せつけるのだった。ソルジャーたちはやがて正面に構えたシールドを元の位置へ戻すと、キョロキョロと周囲を警戒しながらゆっくり後退する。
瞬間、不可視の一閃が黒煙を切り裂いた———
一筋のストライククロスが飛んでくる。音もなく、形もなく。
ソルジャーのパイロットは反応出来ない。が、APSはその攻撃を即座に察知して緊急回避行動を取った。コクピット内で警告音を鳴り響かせながら、巨人は大きく上半身を仰け反り、鋼鉄の巨人が十文字槍をギリギリで躱す。
ストライククロスの、鏡のような刃。すれ違いながらソルジャーの横顔を映していたそれは、APSの判断が正しかったと証明していた。
———確かに、正しかったのだ。その判断は。
その槍を避けなければ頭部のカメラはやられていたからだ。そして矢継ぎ早に、APSはもう一つの高速接近反応を警告する。しかし、今度は緊急回避が発動しない。仰け反った姿勢のソルジャーは、物理的に一歩も動けないのだ。
判断は正しい、
反応も的確、
しかし、物理法則が生存を許さない。
爆煙を邪魔だと言わんばかりに片腕の振りで吹き消し、両足で飛びつくのはジョーのジャゴ。 唐突な展開に、センチネルのパイロットたちの思考はフリーズしていた。これほど敵機が密集した只中に、手負いの旧式機で乗り込んで来る事は、本来なら自殺行為以外の何物でもないのだ。同型機同士でさえ、一対多数の乱戦に自ら飛び込もうとは思わないと言うのに。
「まずは、一。」
ジョーはそのままセンチネル・ソルジャーを押し倒し、片足で頭部を、もう片方で胸部を踏みつける。堅牢なプレートアーマーとは言え、五十トンにも及ぶ大質量を最大限に活かしたストンピングの前にはひとたまりもない。鎧はひしゃげ、コクピットのモニターが破裂する。そして前後からせり上がった鉄の津波が、柔らかなパイロットの肉体を締め付け、圧壊してしまった。
呆気に取られていたセンチネルたちが我に帰る。如何に信じがたい光景であろうと、実際に起きてしまったのだから仕方がない。思考を切り替えなければ、自分も後に続くだけなのだ。
生き残った方のセンチネル・ソルジャーがすぐさまシールドを構える。そして素早い動きで、ストライククロスをスリットにセットした。ソルジャーの上半身は完全にシールドに守られ、百五十ミリ単射砲の銃口がジョーのジャゴを睨めつける。
さらに、ブースターを吹かしてもう二機のソルジャーが急行した。同じようにシールドとストライククロスを構え、壁のように立ち並ぶ。
「来たか。」
呟くジョー。視線の先には、三つ並んだシールドの絶壁が広がっている。
これこそがセンチネル・ソルジャーの真骨頂、ファランクス陣形である———
中央機の射線が、敵機の『前後』を封じる。
右翼機が、敵機の右舷退避を許さない。
左翼機が、敵機の左舷退避を許さない。
前後左右、あらゆる方向への移動を許さない陣形。
触れずして敵機の『足』を奪う。回避も反撃も叶わないまま、鋼の巨人が無残な鉄塊に変わるまで撃ち続けるのがファランクス陣形の真髄だ。
しかしジョーが逃れた先は、上。しかも真上ではなく、飛びつけば不安定に崩れるビルの壁面。ガラガラと鉄筋コンクリートや窓ガラスが足元で踊っているにも関わらず、その姿勢は至って安定していた。
「三と、一・・・いや、もっとか。」
冷静に戦場を分析するジョー。そしてソルジャーたちのファランクス陣形には目もくれず、ジョーは彼の更に上空で旋回するスナイパーに狙いを定めていた。
———一撃必殺のプラズマ粒子加速砲か。
———鉄壁のファランクス陣形か。
どちらも間合いの外だというのなら、潰すべき優先順位はもう決まっている。
先程踏み潰したセンチネル・ソルジャーから奪い取った十文字槍を構え、ビルの壁面を滑りながらスナイパーに投擲する。
当然、攻撃はスナイパーにも見えていた。ジャゴが見せた異次元の動きに少々面食らいながらも、スナイパーのパイロットは冷静に投擲を見切って、空に円を描いてこれを回避する。
———それは、罠。
本命は第二刃のアックスだった。避けやすい一撃を避けさせ、それで生まれた隙を狙い撃ちする。ジョーが得意とする戦法だ。
アックスは深々とフライトボードに突き刺さり、スナイパーは錐揉み回転をしながら急激に高度を失っていく。パイロットは必死にボードにしがみ着こうとするが、それは悪手。フライトボードは更にバランスを崩し、より激しく回転しながらビルに突っ込んでしまった。その衝撃でセンチネル・スナイパーは跡形もなく四散し、爆発はビルの反対側にも貫通しながら、巨大な摩天楼が音を立てて倒壊した。
その顛末には興味を示さず、ジョーは事も無げに地上に降りる。次の標的は三機のセンチネル・ソルジャーたちだ。
ファランクスを組んだ状態だからこそ、ソルジャーたちはジョーの予想外の動きに対応できない。いとも容易く背後を取られているというのに、そのリカバリーは間に合っていなかった。
ジョーのジャゴは素手。
叩くなら、今が好機。
だと言うのに、捕捉する事さえままならない。
ニナに強化された脚力と、ジョーの独特な動き。センチネルたちは決定打を打てないまま翻弄され、近接戦の間合いを許してしまう。
それでも丸腰よりは有利だと、槍を力強く振り抜くセンチネル。ジョーは頭部カメラだけを素早く動かして、ギリギリで攻撃をすり抜けさせる。メインモニターの映像が激しく動いて歪むが、ジョーにとってはあまり意味がない事だ。ジョーにとってモニター映像などは補助的なものに過ぎない。彼にはより広く、より鮮明に戦場というものが見えている。
槍を避けながら、ジョーはカウンター気味にセンチネルの胸部に蹴りを放った。初撃でセンチネル・ソルジャーを仕留めた時のストンピングとは比べようもないが、十数メートルの大ジャンプを可能にする脚力から繰り出される破壊力は、増加装甲とコクピットハッチに守られたパイロットをピンボール状態にするには十分な威力があった。
「・・・頃合いか。」
センチネルの襟をつかみ、二機のGSの重量を利用してスイングする。すると、ジョーとセンチネル・ソルジャーの位置が入れ替わり、プラズマ粒子の光線が寸分たがわずソルジャーを貫いた。真紅の光が重装甲を焼き穿ち、赤熱した輪が表面にじわじわと広がる。そしてセンチネルは力なく膝をつき、項垂れると同時に爆発四散した。撃ち抜かれた原子炉の業火が、容赦なく一帯を吹き飛ばした。
通信内容を信じるなら、敵のセンチネルは七機以上はいた事になる。ふた組以上の編成を組める数がいてスナイパーがたった一機とは考えにくかった。死角に隠れて最良の狙撃タイミングを狙っている、と想定するほうが合理的だ。隙を見せれば必ずそこを狙うだろうと踏んでいた。
「見えた!ドックの向こうか。」
ビームの射角からスナイパーの大まかな位置を看破すると、爆散したソルジャーのストライククロスを拾いながら煙幕に紛れて建物裏に隠れる。本来ならGS戦、とりわけ最新鋭のセンチネルタイプ相手に煙幕を利用した戦術はあまり意味がない。同盟軍の量産機に搭載されたAPSは常に熱源探知による自動索敵と、リアルタイムでマップ上のマーキングを行うからだ。
———しかし今度の場合だけは例外だ。
燃え盛るセンチネルの残骸が近すぎてAPSは正確な座標を割り出せない。この局面では、センチネルのパイロットも自らの目と足で索敵するほかないのだ。センチネル・ソルジャー二機のうち一機はその場に残り、もう一機が慎重に黒煙をかき分けながらシールドにストライククロスをセットしてジョーのジャゴを探す。
ジョーはコクピットの静寂の中で、センチネルが歩行する音と、操縦桿に響く振動でセンチネルたちの動きを追っていた。その傍ら、モニターでコントロールパネルを開く。
「クイックスキャン・・・被害報告・・・駆動部の損耗率は四十七・七パーセントか。水素残量も二割を切ってるな。このあたりが潮時か。」
パネルを閉じると、まだ黒煙の霧が晴れないうちにジョーのジャゴがストライククロスを勢いよくビルの窓に突っ込む。巨大な銃口がもぬけの殻になった会議室に押し入り、デスクとパイプ椅子を蹂躙しながら反対側の窓へ進撃する。そしてビルを反対側まで貫いて敵の頭部を狙いすました。
索敵に行ったセンチネル・ソルジャーと違い、その場に残ったソルジャーはしきりに上空を気にしていた。先程のジョーが見せた、異次元の跳躍力を目に焼き付けていたからだ。地上用GSに三次元機動は出来ないという常識を捨て、上空からの強襲に備えていた。
・・・既に撃鉄は引かれたとも知らず。
ジョーのストライククロスが火を噴き、ソルジャーの頭部は勢いよく破裂する。カメラユニットを完全に破壊されたパイロットは何の前触れもなく暗転したコクピットの様子に動揺したが、すぐに状況を察してうずくまり、シールドに隠れながら防御の姿勢を取った。
唐突な友軍の被弾、そして戦闘不能。索敵を担当していたソルジャーにも戦慄が走る。背後の友軍機がやられたという事は、敵は既にこちらを回り込んでいる可能性が高い。
―――しかし、いつ?
―――どうやって?
浮かんだ疑問を、パイロットは首を振って強引にかき消す。今重要なのはそんな事ではない。
味方のソルジャーが次々にたおれ、ついに最後のセンチネル・ソルジャーになったパイロットは思い切ってシールドをかなぐり捨てる。より身軽に。そしてより広い視野を持つために。
煙幕が薄れる———
真正面から、片腕のジャゴがストライククロスを携えて走って来た。ソルジャーのパイロットは、両腕で自身のストライククロスを保持して一騎打ちに備える。
装甲もパワーも正面勝負ならセンチネルがジャゴより圧倒的に上。普通に考えれば負ける要素はない。それなのに、センチネルのパイロットにはジョーのジャゴが幽鬼そのものに見えてならなかった。理屈を超えた何か。その恐怖を咆哮で掻き消して操縦桿に力を込める。
上空をフライトボードで旋回していたセンチネル・スナイパーも心は同じだった。それはただの旧式機でも骨董品でもなく、戦禍そのものが形になった悪鬼だと直感した。ここで仕留めなければならない。互いが同盟軍とレジスタンスだからではない。ただ一人の人間、ただ一人の軍人として、あれはあってはならないものだと魂が叫ぶ。
そしてその覚悟は、この第六ドック前に集まった全七機の最後の機体、センチネル・ヒーローもやはり同じだった。戦いの亡霊は戦いの中で鎮めるしかない。もしあの手負いのジャゴが何かの間違いでソルジャーとスナイパーの壁を突破する事があれば、必ず自分が斬り伏せようとシールドソードを構える。それは大盾と剣が一体になった武装。圧倒的な質量の暴力で、一撃でGSそのものを叩き潰す武装である。
立ち塞がる者、狙い撃つ者、そして斬り伏せる者。三位一体の同盟軍最強戦力が、『VOLT』を目前に立ちはだかる。
つづく
第四話『悪魔誕生 その④』
メインモニターに機械仕掛けの騎士が映る。長大な十文字槍を携え、横薙ぎに振り抜こうと振りかぶっている。センチネル・ソルジャー、鉄壁の守りと多彩な兵器で戦う尖兵だ。その先、低い高度まで降りてきてこちらに狙いを定めているのはセンチネル・スナイパー。装甲を焼き穿つ一撃必殺のプラズマ粒子加速砲を構え、冷徹に照準を合わせている。そして最奥に君臨するのがセンチネル・ヒーロー。身の丈程もある巨大な剣を携え、一刀のもとに斬り伏せようと仁王立ちする。
状況は芳しくない。ジャゴのシステムが必死にパイロットにもう限界だと警告する。バッテリー水素ハイブリッドエンジンの生命線である水素残量は既に十六・二パーセント。全身の各関節にとどまらず、内部フレームの駆動部までもが度重なる無理な戦い方で悲鳴を上げている。駆動部の損耗率が五割を上回るとGSは正常に動作できなくなるとされているが、アラートとともに表示されている損耗率は四十八・四パーセント。そして走る度に、衝撃が足裏から全身の関節へ伝播する度に、その数字は加速度的に深刻化する。
「あと三機・・・行けるか?いや、行くしかないか。」
ジョーは短い言葉で己を鼓舞する。ここからは一手たりとも無駄な動きは許されない。ジョーにとってはまだまだ道半ば。この三機はゴールではなく、その先の『本命』に辿り着く為の障害に過ぎないのだから。
障害は取り除く。ただ、それだけの事なのだから。
「行くぞポンコツ、保ってくれよッ・・・!」
遂にソルジャーとジャゴが間合いに入る。
武器は互いに同じストライククロス。正面からの打ち合いなら最新鋭機のソルジャーに軍配が上がる。槍を突き出すジョーのジャゴ、それを弾こうと一閃するソルジャー。二つの十字が交差する。
驚愕はソルジャーのものだった。交差したかに思えた槍は接触せず、ジョーのジャゴは再び宙を舞う。それはセンチネルのパイロットたちが想像だにしなかった奇策だった。ジャゴは十文字槍を棒高跳びのポールとして使い捨て、五十トンの巨体を今一度空に放ったのだ。
ジョーの動きが、ソルジャーの理解を超える。スナイパーの照準が狂う。空白の時間がスローモーションのように引き伸ばされる感覚を、三機の騎士が共有する。槍を振り抜いた前傾姿勢のソルジャーの背に、ジョーのジャゴが着地した。センチネル特有の絶大な瞬発力を実現する背部バックパックの大型ブースターは、見方を変えれば露出した大型爆弾だ。足場にしたそれを、ジョーのジャゴは容赦無く蹴り飛ばす。蹴撃は外装を大きく挫滅させ、内部のプロペラントタンクを勢いよく破裂させた。衝撃はコクピットまで貫通し、パイロットスーツでも備え付けのエアバッグでも殺しきれないエネルギーが小さなヒトの身体に襲いかかる。ソルジャーはそのまま力なく顔面から地面に激突し、段階的に細かい爆発を繰り返しながら砕け散った。
スナイパーのパイロットは、その光景を見て絶叫する。狙いを定める余裕はなく、接近するジャゴがサイトに入った瞬間に射撃スイッチを押し込んだ。狙いも何もあったものではない、本来なら無駄打ち。しかし動揺も恐怖も知らないAPSがパイロットの代わりに狙いを修正する。
―――寸分たがわぬ、コクピットへの一射。
だからこそ、ジョーは空中でも避けられる。
片腕がないというハンデを極限まで活かし、姿勢制御レバーを微妙な加減で引いて、ジャゴの身体を弓なりに引き伸ばしながら屈する。
死の光りがジャゴの装甲を照らし、高熱は触れずとも表層の塗料を蒸発させる。そして照らし出された鉄塊が真っ赤に赤熱しながら蒸気を上げて歪んだ。真紅の閃光を脇腹で抱き込むようにしてやり過ごすと、元から存在しない左腕の方へ流してプラズマ粒子砲の一撃がスレスレで通り過ぎる。
もはや逃げられる距離になく、また狙える位置関係にもなく。必殺の機を逃したスナイパーが、地を這うべき旧式機の逆襲に遭う。ジョーのジャゴはスナイパーの足首を掴むと、そのまま敵機を引きながら落下する。そして腕の振りと激しい姿勢の反転を利用し、鞭を打つようにしてスナイパーを地面に叩きつける。衝撃はセンチネルの外装を痛々しく破壊し、内供構造を粉砕し、その形を保ったまま二度と立ち上がらない鉄塊に変えた。
しかし、ジャゴも無傷ではいられなかった。スナイパーを叩きつけた時の衝撃が腕にも伝播し、ここまでの戦いで蓄積された各関節へのダメージが、起動した時限爆弾のように悲鳴を挙げた。マニピュレーターは砕け、肘から肩にかけてのフレームはバラバラに解け、各部のケーブルが一斉に千切れて火花を散らす。損耗率、六十八・五パーセント。危険域を大きくオーバー。腕を喪失した事を加味した数字ではあるが、全身のあらゆる稼働パーツが限界を迎えている証拠だ。もはや、いつ機能停止してもおかしくない。
センチネル・ヒーローのパイロットは戦慄していた。たった一機の旧式の為に、既に六機もの友軍機が破壊されてしまった。両腕を失ったジャゴとの一騎打ち、常識で考えれば負ける要素は一つもない。しかしこの敵を相手取る上では、戦いの常識など最も当てにしてはいけない事だとよく分かる。
ジョーのジャゴが一歩踏み出す度に、センチネル・ヒーローは一歩退く。それは相手を誘い込むように。第六ドックの正面は大型車両が難なく行き来出来るようにロータリーになっていて、周囲のビルに囲まれた地形とひらけた環状交差点は決戦のリングのように見える。ロータリーを挟んで片側にジョーのジャゴ、もう片方にセンチネル・ヒーロー。その先はセンチネルが退いてもジャゴは踏み込まない。
両腕が欠損し、後どれぐらい動けるかさえ定かではないコンディションのジャゴにとって、出来る攻撃は突進のみ。それを告白するように、ジョーのジャゴはクラウチングスタートのような前傾姿勢を取る。
「見事。」
センチネルのパイロットが思わず呟く。そして巨大な剣を大上段に構える。
通常の剣術は剣を振り上げる動作と振り下ろす動作のツーステップで構成されている。そこに足捌きや間合いの管理、場合によっては盾の有効活用も追加される。センチネルのパイロットは目の前のジャゴの動きを見て、瞬時にツーステップでは食われると直感した。故に構えは大上段。構えの時点で剣を振り上げる動作を完了した、ワンステップの構えを選択する。
防御手段を一切持たないジャゴと、防御を完全に捨てたセンチネル。勝敗は一瞬で決まる。それが分かっているからこそ、二機は時間が止まったように動かない。両者のコクピットではシステムが、様々な信号をけたたましく送り続ける。接敵反応、警告表示、推奨戦闘プラン、機体損耗率表記、エネルギー残量アラートなど・・・二人のパイロットはその悉くを完全に無視する。見ているのはただ一点、すなわち敵。モニターに表示された像では無く、よりリアルな、手触りのある相手の『命』。
二機のGSの時が止まっても、戦場の時間は止まらない。動かない二人の周りの景色は否応なしに変貌を遂げる。
街の外周のめぼしい建物を破壊し尽くした五隻の地上戦艦が、遂に艦載砲で瓦礫さえも粉砕して進路を切り開きながら中心部へと侵攻を始めたのだ。それは、めぼしいドックがやもはや中心街の第五ドック、第六ドック、第七ドックしか残っておらず、より外周に近い第一から第三ドック、第八から第十ドックはレジスタンスと自警団の奮戦虚しくも壊滅させられた事を意味している。同時にこれは、同盟軍側のGS部隊への撤退命令でもあった。ドックを虱潰しに探すフェーズは終了し、街を完全に更地に返す『掃討作戦・無差別砲撃』のフェーズがはじまったのだ。
『ジョー!応答して!』
ジャゴのコクピット内に少女の声が響く。通信越しでもその慌てようが想像出来るほど、語気は強かった。叫びとさえ言えるだろう。
『タイムアウトだよ、もうジャゴでどうにか出来る段階じゃない!』
ニナは戦場になった街から離れて、状況を一望出来る廃墟都市のビルに隠れていた。同じような掃討作戦で壊滅した街だ。そこから、地上を這うクジラのように何もかも粉砕しながら進撃する戦艦を望遠スコープで見ているのだ。
『ねぇ、ジョー!聞こえてるの、分かってんだからね!』
苛立ちながら叫ぶニナ。コンクリートの壁を蹴る。
しかしジョーはそれさえ無視。通信を切る事さえしない。崩れ行く街、鳴り止まないアラート、叫び続けるニナ・・・その全てを悉く置き去りにして、極限の集中力で目標を見据える。
モニターの向こうの、
コクピットハッチの向こうの、
ロータリーの向こうの、
増加装甲の向こうの、
コクピットハッチの向こうの、
モニターの向こうの、
まだ見ぬパイロットの、首。
―――崩れ行く世界の中で、ただそれだけを見据える
二人の視線が一致した時―――
地を蹴るジャゴ。爆裂した地面から粉塵が吹き上がり、機体はそれをも置き去りにする。この衝撃で脚部関節を守っていた外装はバラバラと剥がれ、役目を全うして地面に転がる。
センチネルのパイロットはまだ反応しない。相手の動きに釣られそうな自身の反射神経を根性で抑え、APSの勝手な自動反応を許すまいと力強く手動ブレーキを握る。まだ間合いではない。コンマ数秒にも満たない時間が、極限の集中力の世界では何十秒にも引き伸ばされる。『その』タイミングを待つ。長く苦しい、我慢の世界。
そして、音速を超えた攻防が遂に結実する。剣の間合いに入ったジャゴに、センチネルが重く鋭い鉄槌を下した。弧を描く剣閃がジャゴの頭を潰し、その直下のコクピットを潰し、同時にその背後のバッテリー水素ハイブリッドエンジンを潰し、縦真っ二つに切り裂いて絶命させるコースを行く。
『瞬間』を狙っていたのはジョーも同じだった。それは、あと少しで剣が機体に接触するかどうかの『瞬間』だった。その瞬間、ジョーは勢いよく姿勢制御レバーを引く。ジャゴの前傾姿勢は反転し、振り下ろされる剣と同じ速度でジャゴの身体も地面の方へ動く。頭部と脚部の位置が逆転し、突き出された足が正確にセンチネルの胸部を射抜いた。この姿勢では何度もバックパックを地面に叩きつける事になり、ジャゴのエンジンは見るも無残に破壊されて全機能が停止した。しかしそれでも、慣性だけは止まらない。ジャゴの質量に押されてセンチネルは背後のビルに突っ込んだ。何の抵抗もないまま、勢いを殺す事もないまま。その事実が、敵パイロットの安否について雄弁に語る。
ジャゴの足はやがて完全に折れ、バラバラに砕け散りながら鋭利な大腿部のフレームがセンチネルの装甲を突き破って突き刺さる。潰れて抱き合う二機は押し花のよう。センチネルの剣は最後までジャゴのコクピットに触れる事はなく、手動レバーで開いたコクピットハッチからはジョーが耳元に通信デバイスを宛てながら出てきていた。
「ニナ、聞こえるか?」
地上数階程度の高さから難なく飛び降りると、足早に二機から離れながら通信を続ける。
『聞こえるか?じゃないでしょ!何やってたの!』
「・・・機体はロスト。作戦通り第二フェーズに移行する。」
ニナの叱責に、一瞬黙るジョー。ニナの口調を聞いて、これは何を言っても納得されない空気だと見抜く。ならばしょうがないと、状況説明だけを簡単に済ませる。
『作戦?そんなの良いよ、もう作戦失敗だよ!軍艦が無差別攻撃に乗り出したの。どうにか出来る段階は終わったんだから、素直に合流ポイントまで帰ってきて!』
「そうでもない。第七ドックはもう目と鼻の先だ。行ってくる。」
『待って!ねぇ・・・!』
ニナの通信を強引に切ると、そのまま第七ドックの方へ走り出す。
地上戦艦の砲撃は更に激しさを増し、生き残った同盟軍のGSは既に戦艦の周囲まで退却し、逆に戦艦は何もかも薙ぎ払いながら街の奥へ奥へと侵攻する。生き残ったレジスタンスのジャゴたちは戦艦を止めようとするが、その護衛に回った遠距離狙撃タイプのセンチネル・スナイパーやナイト・アーチャーたちが戦艦の甲板から次々に狙い撃ちしていく。艦載砲が悉く全ての遮蔽物を粉砕し、平地に引きずり出された歩兵を狙撃手が撃ち抜いていく。その様はもはや戦いとは呼べなかった。作業、あるいは掃除と呼ぶべき行為だった。
「今度はなんだ?」
通信デバイスを持ったまま走るジョーだったが、再びデバイスが通信を受け取って鳴り出した。少々苛立ちながら画面を見ると、それはオープン回線で救難信号を出していた、アドレスコードはレジスタンス末尾だが大部分が文字化けした怪しい発信源からの通信だった。
「第六ドックの奴らか。」
通信を受け取ったジョーがぶっきらぼうに言う。すると、先程と同じ声が否定した。
『否。我々は第七ドック所属の研究チームだ。だが、そうか・・・お前が例のパイロットか。』
意味ありげに声が言うと、その先を続ける。
『九五◯◯(きゅうごまるまる)までに、第七ドック第二ハッチへ急行せよ。繰り返す、九五◯◯までに、第七ドック第二ハッチへ急行せよ。繰り返す・・・』
「・・・了解。」
機械音声のように命令を繰り返す、肉声。短く返事をすると、その通信を強引に切ってジョーは全力疾走する。
九五◯◯、つまりおよそ1分半。そのタイムリミットの中で、本来なら十分以上はかかる距離を走破しなければならない。空から砲弾が降り注ぎ、このあたりの建物も次々に破裂しては崩れていく。瓦礫、崩れたビル、いくつもの行き止まり・・・そういった物を飛び越えながら建物の屋根に登り、屋根から屋根へとジャンプを繰り返す。
走るスピードは既に時速六十キロメートルをオーバーしていて、段階的に七十キロメートルに到達しつつある。明らかに人間離れした身体能力だが、それもそのはず。彼はただの人間ではなく、アインハルト博士による人体改造を受けた改造人間なのだから。広い視野、卓越した空間把握能力、鋭敏すぎる超感覚、怪物的な身体能力を殺し合いの中で極限まで磨き上げた、最強の兵士がすなわち『ジョー・ザ・スクラッパー』なのだ。
そんなジョーでもギリギリだった。目線の先には第七ドック。閉まりつつある第二ハッチに飛び込み、大口が彼を飲み込むようにして封鎖される。
「コードネーム『スクラッパー・ジョー』、呼び出しに応じて参上した。次の指示を乞う。」
身体の砂埃を叩いて払いながら言うと、一人、また一人と薄暗いドックの奥から白衣の研究員達がやってくる。そして、無言で拍手をしながら彼を取り囲んだ。
その中でも特徴的なのは、老齢ながらガッチリした体格の研究員。目を凝らすと、彼の身体の大部分は機械化されていて、顔面の半分もマスクのように鋼鉄が覆っている。眼鏡に見えたものは頭部に埋め込まれたカメラで、機械化された手の中には真新しいパイロットスーツが大事そうに抱えられていた。
「私だ。声で分かるな?よくぞここへたどり着いた。話に聞いていた通りだ。」
それは通信を送っていた研究員の声だった。ジョーはパイロットスーツを受け取りながら誘導されると、ドックの奥へ研究員たちと歩いていく。
「我々は半年ほど前にアインハルト博士に『VOLT3』の設計図を送りつけられたものでな、まあ、なんとか今日までに仕上げたというわけだ。」
「VOLT・・・?」
研究員の言葉にジョーが問いで返すと、研究員は驚いた顔をする。鉄仮面からはみ出たしわくちゃの皮膚を見るだけで、その驚愕が見て取れるほど。
「すごいですよ、VOLTは。アインハルト博士の最高傑作、戦いの歴史を終わらせる兵器ですよ。誰にも使えないですけどね~。」
気さくな口調で若い女性研究員が言う。そんなジョー達の視線の先には、既存のどんなGSのとも違う巨人が立っていた。
全高、目算で十五メートルほど。くすんだ赤色と黒銀色の装甲は。そのシルエットはどこか、鍛え抜かれた戦士のような、生物的な生々しさを醸し出していた。しかし目を凝らせば、やはり人間とは違う関節、違う身体。その、ヒトとヒトならざる者の境界に立つ有り様が内なる不快感を湧き上げる。
「これが、VOLT・・・?」
ジョーの質問に、その場にいた研究員は皆静かに頷いた。
第七ドックが大きく揺れる。次いで小刻みな揺れと、立て続けの破裂音。戦艦の魔の手が遂にここにも及んだ証拠だろう。車両による砲撃か。歩兵によるジャベリンやマシンガンの攻撃も迫りくる。
「さあ、そのスーツを着てVOLTのコクピットに急ぎたまえ。」
鉄仮面の研究員が急かす。
「スーツって、そんな時間は・・・」
「必要不可欠だ。急ぎたまえ。」
研究員は強引に遮ると、語気を強めて言った。他の研究員達も同意見だと目つきで同調するので、ジョーは仕方なくスーツを着替える。
その間に研究員達は思い思いの武器を持って、VOLTを足元から螺旋状に覆っているタラップの手すり付近に整列する。壁が崩れはじめ、火の手が上がる中、見るも悍ましい光景がジョーの眼前に広がっていく。研究員達は自分自身の身体をハーネスで手すりに固定し、隙間無く身を寄せて武器を構えた。それが何を意味するのか、分からないジョーではなかった。マシンガンを構えるもの、拳銃を構える者、巨大なバズーカを構える者、両手に手榴弾を持つ者、それ以外にも実に様々な武器を研究員達は構えている。
最後に鉄仮面の研究員がその行列に加わると、外部ハッチからVOLTの足元まで、隙間無く真っ赤なレーザー網が展開されて鉄壁の防御を展開する。
「ジョー君。我々の希望、我々の意地、我々の命、君に託そう。アハト・ゼムに栄光あれ!」
そう言って鉄仮面の研究員も、他の仲間たちと同じようにマシンガンを構える。機械仕掛けで強化された肉体の恩恵か、彼は二挺同時に構えていた。
「アハト・ゼムに・・・栄光あれ。」
研究員たちの行動に少々気圧されながらも、ジョーはこの時全てを察した。研究員たちの覚悟、このあとの運命。ここへ来た意味。ここまでの道のり。その全てが、奴の筋書き通りだったという事も。
ジョーは全ての研究員たちに敬礼すると、一心不乱に鉄の階段を駆け上がる。研究員たちの表情は実に晴れやかだった。己の運命を知りながら、それは一切の曇り無く『やり遂げた』者の顔だった。それこそ、マラソンを駆け抜けるアスリートがラストスパートで見せるような。
遂に外壁が破裂し、粉塵とともに同盟軍の兵士たちがなだれ込む。
「ここです!当たりです!奴らここに籠城してやがります!」
若い兵士が無線機に怒鳴り込むように報告する。
すると彼を追い越すようにして何人もの兵士が戦闘態勢で突撃するが、すぐにレーザー網に阻まれる。
「先輩、レーザーガードが濃すぎて進めません!」
「馬鹿野郎!何のためのハジキだ!構えろ、撃て!」
兵士たちは混乱の中で、ほとんどその場の判断で研究員たちを撃つ。
ハーネスで身を手すりに縛り付けた研究員たちもまた、各々の判断で兵士たちを迎え撃つ。しかし正規軍の兵士たちは防弾装備を整えている事に加え、白兵戦のいろはも心得ている。研究員たちの攻撃はほとんど有効打にならず、逆に同盟軍兵士たちは次々に凶弾を命中させていく。
駆け抜けるジョーを、研究員達は銃撃を一心に受けながら見送った。純白の白衣は見るも無残に赤く染まり、ハーネスで固定された身体が銃声のリズムに合わせてダンスを踊る。
タラップを駆け上がる音がドックの中に鳴り響く。男は前だけを見て駆け上がり、無機質な銃声とすれ違う。外側には、男を守るようにズラリと人が並んでいた。白衣を着たまま、施設の研究員たちが肉の壁になっている。
容赦なく降り注ぐ鉛の雨が、頭蓋を砕く。
腹を食い破る。
胸に風穴を開ける。
肉を散らす。
―――それでも彼らは倒れない。
意識も、命もないのに、倒れる事だけは決してしない。
それは『レジスタンス』と呼ばれる狂気の徒、無声の激励を受けて駆け抜ける男もまたその一人。真新しいパイロットスーツに身を包み、撃ち抜かれる同志たちを背にコクピットを目指す。
「クソッタレ!何なんだよ、こいつら!」
若い兵士が悪態をつく。
「喚くな!何が何でもコクピットに行かせるな!」
中年の兵士が声を上げる。銃声にも負けない声を。それはむしろ、己を鼓舞するように。
―――
―――――
―――――――
『ダメです!パイロットがもうコクピットに・・・!』
通信機越しのくぐもった声が地上戦艦の艦橋に響く。メインモニターに映し出された整備ドックからは黒煙が上がり、合わせて五隻もの戦艦がその死に体の建物を囲んでいる。各艦にはそれぞれ、複数の同盟軍正式量産機ナイトと、そのさらなる発展型の高級機センチネルが随行していた。それはGS(ギガント・ソルジャー)と呼ばれる巨大な人型兵器。誰もが寝物語に聞いた巨人を幻視するだろう。
民間のドック一つを相手にするにしては明らかな過剰戦力。それは同盟軍の誰もが分かっていた事だ。だからこそ、不気味。
「やむを得んな。全艦に通達、総員打ち方用意!」
額に溜まった脂汗を拭うと、艦長は部下たちに冷徹な指示を下す。
「しかし艦長、友軍がまだあの場所にっ!」
「構わん。何が何でも破壊せよ、というのが上からの命令だ。」
振り返りざまに声を上げる部下に、艦長は精一杯の冷酷さを演じて見せる。眉間に青筋を浮き上がらせ、握った拳は僅かに震えていた。
戦艦の主砲がぐるりと半転して一点を見つめる。崩れかけの、炎上して黒煙を上げる整備ドックである。
「納得いきません!『VOLT』とはいったい何なんですか!何故ここまでして・・・」
「うるさいっ!命令だと言っている!全艦に告ぐ、―――撃てっ!」
若き部下の訴えをかき消し、艦長の命令が通信機越しに全艦の艦橋を駆け巡る。総勢三十一機にも及ぶGSの軍勢が作戦状況を見守る中、戦艦の主砲が容赦なく火を吹いた。雷鳴のような轟音が幾重にも重なって響き渡り、ドックのみならず、建物を中心とした一帯が地表から消し飛ばされた。攻撃は執拗で、無慈悲だった。
誰も生かしておかない。
何も残してはならない。
『ソレ』の痕跡さえ継承させない。
そんな執念を感じずにはいられない程、攻撃は残忍で、執拗で、徹底的だった。
若き兵士にはもくもくと広がり膨れ上がる赤黒い雲が、全てを飲み込む巨大な髑髏、あるいは無感情に肥大化する怪物の首のように思えてならなかった。
―――――――
―――――
―――
VOLTと呼ばれていた巨人のコクピットは、これまでのGSとは違って項の位置にあった。飛び込んだ瞬間、複数のハッチが閉じてジョーは操縦席に誘導される。内装は機械的なのに、その手触りはむしろ生物的だった。コクピット内には僅かに景気やコントロールパネルの明かりが灯るだけで、その薄暗さも相まって、ジョーは怪物の腹の中に居るような気がした。
「モニターはないのか。」
戸惑いながらも周りを見渡すと、意味ありげに後ろ髪のような太いケーブルの束に接続されたヘルメットがあった。思い切ってそれをかぶってみると、瞬間、凄まじい轟音と浮遊感が襲いかかる。
外では正にこの瞬間、地上戦艦五隻による同時砲撃が決行されたのだ。しかしそれだけではない。何かとてつもない力がジョーとVOLTを空の彼方に突き上げた。それは、第七ドックの地下に敷き詰められた大型爆弾だった。もしドックが完全に陥落するような事があれば、その爆弾が敵も味方も巻き込んで周囲を吹き飛ばす事になっていたのだ。
無重力のような浮遊感の中で、ジョーの視界には『VOLT3 ACTIVE』の文字が映る。そして、真っ暗な視界がクリーンになっていく。
「なんだ、これは!?」
驚愕は無理もない。全周囲360度の視界、死角はゼロ。正面を示す照準表示以外は方向を定義するものさえ何も無い。全周囲炎と黒煙の世界が上下左右に、無限に広がっていく。
無感情に意識が崩れていく。
大海に落ちたインクのように、自己が指数関数的に希釈されていく。
広すぎる視界がそうさせるのか、それ以外にも要因はあるのか。
考える事さえ成立しないまま、時間だけが流れていく。
この間、コンマ数秒にも満たず。
極限状態の中で、回路がつながる感覚があった。
ズレた視界が一致する。
脊椎から伸びて全身へと広がる神経が、皮膚を突き破ってもう一つの網に接続される幻覚。
宇宙の構造が脳の構造と重なるように、極小と極大が重なって開眼する。
その瞬間、二つの身体が一致する―――
髑髏のような黒雲を抜けて、真っ赤な巨人が自由落下する。これほどの衝撃を受けて、なお無傷。直下には、黒煙を上げる街。それを蹂躙する地上戦艦、五隻。護衛のGS、多数。意識が現実に引き戻される。戦いはまだ終わっていない。
死にゆく全てのレジスタンスの思いを受けて、赤銀の死神が今、降臨する。
悪魔誕生編 終
第五話『赤銀の死神 その①』
アントニー中尉は、空に広がる巨大な黒雲を複雑な気持ちで見上げていた。彼はまだ若かったが、自分の選択や行いは常に正しいと自負していた。親の反対を押し切って同盟軍の一般公募に志願した時も、訓練兵時代に上官の勧めで士官課程に進んだ時も、それを修めてこれから順当に将校課程のステップを駆け上がろうと決めた時も、自分の選択は正しいという自信があった。
レジスタンスという連中の言い分が完全に理解できないわけではないのだ。この土地に大昔から存在した三国、イグラ、アイラ、スコラが合併して同盟国を名乗りだしたのはほんの十六年前の話だ。それが事実上イグラによる他二カ国の併合だったのは間違いないが、第一次三国大戦、第二次三国大戦、機神戦争とも呼ばれる第三次三国大戦という三度の世界大戦を経てようやく辿り着いた戦争なき時代が現在なのだ。過去の時代を知る世代であればあるほど納得しかねる事もあるだろう。恨みつらみの数々もあるだろう。アントニー中尉はそれを否定しない。しかしその上でなお、相争い続けた三国が手を取り合う現在の平和の方が尊いと思うのだ。
だからこそ中尉はレジスタンスのような輩が許せない。過去に縛られ、今と未来をまるで見ていない。過去の出来事に折り合いをつける事もなく、おかしな陰謀論ばかり真に受けて、平和な世界に戦争の火種を撒き続ける連中。そんなテロリストどもがいるから、軍隊はまだ廃業しないのだ・・・と彼は本気で信じていた。
中尉の目から見ても、今度の作戦はやり過ぎだった。この工業都市のどこかの民間ドックがレジスタンスに協力している疑惑があるからと、同盟軍は街そのものを消し去る選択をした。ラブリュス級巡洋艦五隻に、ナイト三十機、センチネルは十五機も随行した。その時点でおかしいと気付くべきだったが、同盟軍の権威を見せつけてテロリストどもを牽制する意図でもあるのだろうと、勝手に脳内で補完していた。しかし事実は違った。今回の作戦は完全な焦土作戦だった。
誰も生かしておかない。
何も残してはならない。
『ソレ』の痕跡さえ継承させない。
こんな事が許されて良いのだろうか。中尉は疑問に思う。
しかし、同盟国という絶対的な正義を許さないのは———中尉は、これ以上考えてはいけないと首を振った。
——————―
———――
———
全方位から全身を覆う爆炎と黒煙の分厚い雲を抜けると、そこではじめて自分が落下している事を理解する。
定義する: ———重力が引く方が下、ならばその反対が上。
推測する: ———頭が下なら、これは逆さま。
結論する: ———今自分は、真っ逆さまに墜ちている。
「これは、まずいな・・・」
全備重量六十五トンの鉄塊が、時速五百キロメートル以上の速度で落下する。人型で、頭から真っ逆さまに。これは良くないと直感すると、ジョーはせめて姿勢の上下だけでも反転しようと試みる。
VOLTの操縦システムは拍子抜けするほどシンプルだ。それはアインハルト博士が、脳波コントロールパイロットシステム(BCP=Biological Control Pilot system)と名付けた次世代の人型兵器操縦システム。VOLTの機械の身体とパイロットの脳を『ビジュアルコネクトヘルメット』を通じて接続することで、パイロットは自分自身の身体を操るのと同じ要領でVOLTを操縦する事が出来る。ヘルメットを被る事でパイロットの脳と機体を接続し、パイロットが『グリップタイプコントローラー』を握った時に意思を操縦として出力する。VOLTの操縦は事実上これだけで完結するが、補助的にコントローラーには武装制御のスイッチや射撃用のトリガー、出力管理のための『コントロールペダル』、そしてその他の詳細設定を担う『コントロールパネル』が存在する。パイロットの脳への負荷さえ考慮しなければ実にシンプルで実用的なシステムなのだ。
加速度的に地面が近づく。激突するより先に身体を屈んで丸くなり、足を振り子のように使って体勢を入れ替える。しかしそれだけではない。全身に配置された衝撃波発生装置『ショックポイント』がタイミング良く起動し、空中で瞬間的に体勢を変える。
「うッ、これは・・・!」
これだけでも、凄まじい負荷が身体にかかる。ジャゴのような機体を限界以上のスペックで使い潰すジョーでさえ、この怪物のスペックは持て余していた。姿勢変化でさえこの重圧だ。着地した時の衝撃を考えただけで、ジョーでさえ生唾を飲み下さずにはいられなかった。
「ッ———!!!!」
分かっていたつもりだった。凄まじい衝撃と、それ以上の重圧は避けられないと。それは着地と同時に襲いかかる狂気で、さながら巨大な悪魔の手の中で握りつぶされるような重圧だった。途切れそうな意識をなんとか繋ぎ止め、力の限り歯を食いしばって耐える。
地上戦艦の艦橋からは、巨大な黒い髑髏が赤い巨人を産み落とす様子が良く見えた。巨人は吸い込まれるように大地に消え、轟音とともに何もかも薙ぎ払う衝撃が僅かに残存した建物や、その足元の瓦礫を吹き飛ばした。砂塵に阻まれ、目視は不可能。計測器の類は著しく乱れ、モニター映像も度重なるノイズに切り刻まれる。
「なんだ、ありゃ・・・」
同盟軍のGSたちはシールドを構えてなんとか踏ん張り、地上戦艦は艦橋保護のシャッターを下ろして衝撃に耐える。その場に集った戦艦の乗組員も、随行するGSのパイロットたちも、置かれた状況を理解しきれないままひたすらに衝撃にだけ耐えていた。
アントニー中尉のような考えを抱いて作戦に参加した同盟軍兵士は決して少なくない。この作戦は本当にただの牽制なのか。牽制で無ければやはり街一つを巻き込んだ掃討作戦なのか。そこまでして歴史の勝者が恐れるものは、一体何なのか。この戦いに正義はあったのだろうか。
・・・衝撃が、そんな疑問を希釈していく。目の前の現実にはそれだけの説得力があった。
しかしアントニー中尉は食い下がる。揺れる艦橋で計測装置のインターフェースを掴んでバランスを取りながら、今一度立ち上がって振り返る。
「艦長!『VOLT』とは一体何なんですか!あの爆発が『VOLT』なんですか!説明してください!」
黙って見ているだけの、他の乗組員たちも同じ気持ちだった。人はどこまで『正体不明』についていけるだろう。状況を注視しながら目を逸らす。そんな士官たちと、啖呵を切る若い中尉を鋭い視線で艦長が流し見る。
やがて自分の席から立ち上がった艦長は、揺れる艦内でも驚くほど安定した足取りで中尉に近づいていく。
「艦長・・・!」
中尉がそれ以上何かを言う前に、静かな仏頂面の艦長が鬼の形相に変貌しながら中尉の顔面を殴った。拳打は中尉の前歯を叩き折り、揺れと衝撃でコントロールを失った顎が勢い良く閉じて犬歯で舌を貫いた。
殴られた衝撃か、艦内の揺れか、あるいはその両方か。中尉は後頭部から計器に強打して身体の力が抜ける。パチパチとノイズが走る視界に、ぼやけながらも飛び込んでくる艦長をぼうっとした頭で眺める。他人事のように。
艦長は中尉の胸ぐらを掴み、自分の顔の高さまで引きずり上げながら怒鳴りつける。
「半年以上前だ!同盟軍の大隊が未開拓領域に資源採集へ行って、帰って来なかった!その後向かった救護班も!調査班も!誰も!事件から実に四ヶ月、ようやく回収出来たボロボロの友軍機から復元できた情報がV-O-L-Tの四文字!そして今度はここの民間ドックがVOLTに関わってると来た。どうだ、これで満足かッ!」
未開拓領域とは、この東西八千キロメートル・南北五千キロメートルにも及ぶアルビオンと呼ばれる大陸の北東部を占める高山地帯と、そこにある無数の高原や大地を広くアバウトに指し示した言葉である。厳密には未開拓ではなく、定住や開発に向かないので捨て置かれた土地であり、地政学的には充分解明済み。文明から隔絶された少数民族の存在も確認されている。
この地形はアルビオン大陸における戦いが延々と終わらない一因でもある。人々は悠久の時から限られた住みやすい土地を奪い合って戦い、戦いの怨恨を精算するために戦う。文明は戦いに勝つために進化をやめず、進化すればするほどに戦いは激化していく。
言うだけ言って、艦長はアントニー中尉を放り出す。
「ライトウッド少尉、中尉を懲罰房に連れて行け。命令無視は三日間の拘束と決まっている。その他客員は引き続き戦闘態勢維持。VOLTがなんであれ、我々兵士にはそれを打倒する義務がある。艦長として、諸君らの奮戦を期待する。」
視界は晴れ、徐々に粉塵が降りて街の全体像が浮かび上がる。すり鉢状にえぐれた大地と、ビルだったものの土台の残骸がまばらに確認できる。そしてその中心部には、赤銀の戦士がたった一人、無傷の外装を輝かせながら立っていた。
ライトウッド少尉が意識朦朧のアントニー中尉の腕を取って肩に担ぐと、中尉がうわ言のように「ずびまぜんでした・・・ずびまぜんでした・・・」と謝り続けるのを聞いた。冷静沈着な艦長の取り乱しようも信じられなかったが、少尉には尊敬していた先輩のこの姿も信じられなかった。懲罰房に一歩近付く度に、少尉が積み上げてきた現実が一欠片ずつ崩れていく、そんな焦燥感が胸を支配した。
砂塵の霧が晴れると、ジョーは置かれた状況を確認する。無数の銃口が自分に向いている。VOLTの目はとても良いので、ジョーは各戦艦の主砲から、ナイトやセンチネルの射撃兵装から、何から何まで大小様々な銃口を一つ一つ舐めるように観察する事が出来た。
・・・それはなんて、見慣れた光景か。
慣れないコクピットで、ようやく慣れたシチュエーションに一息つく。これならいくらでも見てきた光景だ。最初は戸惑ったVOLTの視界だが、慣れてしまえば悪くない。撃ってくるなら迎え撃つまで。
「ジジイの置き土産か、お手並み拝見と行こうかな。」
ポキポキと指を鳴らすと、胸中の高揚感を隠しきれないままグリップタイプコントローラーを握る。それでVOLTはジョーの意図を反映し、仁王立ちの姿勢を解いた。腕がだらりと脱力して垂れ下がり、姿勢は少々猫背気味。膝関節は伸び切らずに余白を残し、人面を模した鉄面皮の表情が先程よりも明らかに鋭く、冷たい殺意の視線を真正面に投げかける。
その動きが決定打だった。VOLTを取り囲む戦艦が一斉に主砲を解放し、弾幕のドームがVOLTに襲いかかる。だが、そんなものは障害にさえならない。己の身体のように巨体を動かせるなら、なおさら。素早い身のこなしで弾幕に突進し、無数の凶弾を最小限の動きで受け流す。それを可能にしているのはVOLT特有の圧倒的な出力と運動性能、そして強制的に慣性を殺すショックポイントの反作用だ。ゆえにVOLTは、ただ動くだけでパイロットを容赦無く食らう。
「ぐう・・・うう・・・!」
その身を潰しかねない重圧と、引き裂く程のエネルギー。それを歯ぎしりと根性でねじ伏せながら、ジョーは分厚い弾幕を無傷で抜ける。
ここまで動かしていれば分かる事だが、恐らく命中してもVOLTは平然と戦い続けられるのだろう。しかし、それでは乗りこなしたとは到底言えない。いち早くこのじゃじゃ馬に慣れ、乗りこなす。その為には率先してより険しい道を選ぶ。それが唯一の生存と勝利の道だと、ジョーは良く知っている。
「敵GS、防衛ライン突破!第二波、間に合いません!」
焦った兵士の声が艦橋に響き、時を同じくして護衛のナイトやセンチネルたちが一斉に飛び立った。
ジョーの少々強引な慣らし運転の甲斐あってか、大出力で弾幕を突破したVOLTは既に戦艦の目と鼻の先まで来ていたのだ。それ自体が巨大なサイズで、大出力の武装を扱える地上戦艦は強力な兵器だが、それ故に艦上から狙える射角には限度がある。それは大型艦であればあるほど顕著で、この全長二百メートルのラブリュス級巡洋艦も例外ではない。だからこそ、近接戦闘は護衛の騎士たちが受け持つ体勢を取っている。
三機のセンチネルと四機のナイトで全七機。センチネルは全バリエーション揃ってひとチームを組み、ナイトはウォーリアーとアーチャーがそれぞれ二機ずつでバディをふた組み編成していた。これほどのVOLTの性能を見せられては、もはや誰も過剰戦力だとは思わなかった。戦艦五隻の艦載砲一斉掃射を避けきる以上、弾幕は完全に無意味。そうと即座に判断したナイト・ウォーリアー二機はシールドとメイスを構え、身を守りながら突撃する。近接戦闘で動きを止めてから、ナイト・アーチャーかセンチネル・スナイパーに狙い撃ちさせるためだ。
駆け抜けるウォーリアーたちを追い抜くようにストライククロスを構えたセンチネル・ソルジャーも加わり、同盟軍GSの第一陣とVOLTが遂に激突する。
「・・・まずは、あいつから。」
ジョーはセンチネル・ソルジャーに狙いを定めると、互いの間合いが重なるより先に跳躍した。そしてソルジャーのシールドに向かって急降下しながら飛び蹴りを放つ。
それは敵からの射撃を警戒しつつソルジャーの体勢を崩す為の一手だったが、VOLTの蹴りがセンチネルシールドに激突すると足裏のショックポイントが起動してシールドを破壊。そのまま貫通した蹴りが正確にソルジャーの胸部を捉えて蹴飛ばした。背後へ飛ばされたセンチネルは何度かバウンドし、その度に地面との接触で腕や足がもげながら内部構造も粉砕される。そして爆散しながら騎士だったものが大地に散らばった。
「すごいな。」
思わず感嘆の声が漏れるジョー。想定以上の威力に驚きを隠せない。しかし同盟軍の兵士は待ってはくれない。
爆炎を切り裂いてアーチャーの矢が放たれる。動きが止まった瞬間に撃つ、ただそれだけに集中していた弓兵達が引き金を引いていた。ドリル状の特殊な矢が回転しながら直進し、螺旋状に空気を押しのけていく。それに煽られた黒煙もとぐろを巻きながら散っていく。
VOLTはひらりと身を躱して矢を一つ避けると、もう一つの矢は素手で捕まえた。握りこぶしの中で回転して暴れる矢がやがて観念したように動きを止める。するとVOLTは拳で握り込んだ矢を手の中で回転させながら親指と人差し指で持ち直し、ダーツのように構えて近くのウォーリアーに投げ放つ。
状況を受け止めきれないウォーリアーのパイロットはこれに全く反応できなかった。腰と肩の回転を効果的に活かし、腕の振りと手首のスナップを加えた投擲はさながら野球選手の投球フォームを思わせる。大胆な身体の動きに反して、指先の挙動は異常なほど繊細だった。僅かな狂いもなく想定通りのコースを進んだ矢はウォーリアーの眉間を貫き、カメラユニットを完全に破壊して沈黙させる。
「・・・こんな事も出来るのか。」
ジョーは他人事のように言いながら、動かないウォーリアーからシールドを取り上げる。そして取り上げたシールドでウォーリアーを張り倒すと、少し距離が離れたもう一機のウォーリアーに盾を投げつける。
シールドが激突したウォーリアーは大きく体勢を崩すが、VOLTが近づこうとするとアーチャーたちが矢で阻む。もとい、アーチャーたちはウォーリアーを囮にして今度こそ命中させるつもりだったが、死角から射たはずの矢を立て続けにVOLTに避けられてしまったのだ。そして、この一瞬の隙を利用してセンチネル・ヒーローが一気に間合いを詰める。
ヒーローは背部ブースターを全力で吹かしながら最高速で接近すると、身の丈程もある巨大なシールドソードを振りかぶる。
「くっ、何か武器は・・・」
ヒーローを見て悪態をつくジョー。その意思に呼応して、ジョーの脳内に背部のディスク式マウントラックのイメージと、そこに収納された刀、サムライソードのイメージが流れ込む。
「後ろか。」
VOLTが背後に手を回すと、その手のひらに受け渡すようにディスクが回転して刀の柄を握らせる。手のひらに硬い実感を得たジョーはそのまま引き抜く動作をし、刀を袈裟懸けに振るった。
勢いよく大剣を振り下ろすヒーローと、刀を振り抜くVOLT。二機が金属音を鳴らしてすれ違う。それは日本刀に似た形状の近接武器。高速振動する刃が容易にGSを両断できる脅威の切断力を有する。盾を構えれば盾ごと両断し、鍔迫り合いさえ成立させない。VOLTシリーズに備わった驚異的な運動性能と合わせることで近接戦闘においてほぼ無敵の攻撃性能を誇る。
大剣はその中腹から一直線の断面が輝いて分離し、誘われるようにヒーローの右腕も上腕辺りから分離した。そして露わになったヒーローの胴には、一筋の分割線が増えていた。線はヒーローの胸部を斜めに駆け抜け、脇腹を通じて同じ線が背部にも浮かんでいた。それはサムライソードがプレートアーマーを袈裟懸けに切り裂いて侵入し、コクピットを切り裂き、中のパイロットをも切り捨てながら内部フレームを両断し、最奥のマイクロ原子炉S型さえも真っ二つにし、最後は背部のアーマーを内側から切り裂いて抜けた証拠である。
ヒーローは糸の切れた人形のように慣性に従って反転すると、そのまま大の字に倒れ伏した。その衝撃によって寸断された内部組織がドミノ倒しのように次々とズレては壊れ、原子炉が暴走して大爆発を起こす。VOLTは背後からの激しい爆炎に飲まれるが、なお無傷。燃え盛る火炎を逆光に、漆黒の巨人が浮かび上がる。
「すごい・・・けど、変な剣だ。刃が片方にしかない。じゃあ、こんな感じか。」
炎を照り返して激しく輝く刀を物珍しそうに眺めると、右手は鍔に設置するように握り、左手は柄頭の方に添えて手をクロスする。刃は上を向き、刀の側面がVOLTの頬を鏡のように映した。身体は半身に引き絞り、足は肩幅よりもやや開いて安定感と瞬発力を両立する。
それはどこかの国、どこかの世界で『霞の構え』と呼ばれる立ち方だった。背に炎を纏い、刃先を敵兵の喉元に向けた赤銀の巨人が、次の標的に狙いを定める。
「だんだんこいつのクセにも慣れてきたな。さあ、行くぞ・・・」
そう言って操縦桿を握り直すと、脚部に点在する複数のショックポイントと背部の大型のショックポイント、ショックブースターを全く同時に起動する。その瞬間に発生する推進力は今までの比ではなく、瞬間移動とさえ見紛う速度に到達していた。殴りつけるような衝撃がコクピットを駆け抜けるが、ジョーの身体は既にその威力に慣れつつあった。
アーチャーとすれ違い、刀は電撃のように振り抜かれる。遅れて駆け抜けた衝撃波が胴の位置で両断されたアーチャーの上半身と下半身、そして携行していた数々の武装を四方に撒き散らす。その動きは上空を旋回するセンチネル・スナイパーにも追う事が出来ず、狙いを定めようとするうちに地上の残存したウォーリアーやアーチャーを一機、また一機と撃破される。
「あれでラストッ!」
スナイパーが攻めあぐねている内に立て続けに三機のナイトたちを片付けると、スナイパーの方へサムライソードを雑に投げる。すると刀は回転しながら放物線を描き、スナイパーをも切り裂いてしまった。
スナイパーは上空で爆発を起こし、その爆炎から姿を表した巨大な刀が地上戦艦の甲板に深々と突き刺さってそそり立つ。
「バ、バカな・・・」
艦長は言葉を失っていた。『VOLT』と呼ばれる何かが同盟軍上層部も恐れる脅威だとは知っていたが、それがこれほどの怪物だとは思いもしなかった。戦艦五隻による飽和攻撃も、ナイトとセンチネルによる一糸乱れぬ陣形を組んだ戦術も、このたった一機のGS相手には通用しない。
先程刀が刺さった時よりも一回り大きな衝撃がホバークラフトで浮くラブリュス級巡洋艦を揺らした。VOLTが甲板に飛び乗り、主砲を目の前にして悠然と刺さった刀を抜いている。
「はッ・・・!砲手は何をしている!これはチャンスだッ!今のうちに・・・」
腰を抜かし、戦意喪失しかけている部下たちを鼓舞しようと指示を出す。しかし、艦長が命令を言い終えるより先にVOLTはサムライソードを横薙ぎに一閃して第一砲塔を斬り飛ばす。それは刀で樹齢百年を超える木を切り倒すような横暴だ。ジョーは構わず、切り株同然になった第一砲塔の残骸に足を掛けると、今度は第二砲塔を斬り飛ばそうと刀を振りかぶる。
「ジョー・・・ザ・スクラッパー・・・か。」
艦長がうわ言のように小さな声で呟いた。
それは戦場にはびこる数々の根も葉もない噂話、あるいは都市伝説の類い。曰く、それは制御不能な怪物、冷酷な殺戮マシーン、死体の丘で嗤うもの、立ち塞がるもの全てをスクラップに変えるもの・・・およそ信じるには値しない作り話として艦長は認識していた。『ラインヘッセの要塞陥落』も『デカール坑道の屈辱』も、一人の英雄が戦況をひっくり返すなどありえないと。それは軍人なら誰もが見るユメであり、ユメのまま終わる御伽噺だと。
同じ『戦う者』として、艦長の胸中には色々なものが込み上げてくる。VOLTの力に対する恐怖、憧れ、嫉妬・・・そして、自分はここで終わるという冷たい現実。導くべき部下たちを道連れにするという、無責任。艦橋越しにVOLTの巨大な鉄面皮と向き合って、その全てを容赦無く突きつけられる。
艦長は一人席を立つと、何も言わずにVOLTを睨みつけた。VOLTは第一砲塔の時と同じように斬り飛ばした第二砲塔の残骸を足場に艦橋に肉薄すると、大上段に刀を構えて振り下ろす。部下たちが我先に艦橋から逃げようとする中、艦長だけは拳銃で艦橋の窓を撃ち続けた。その窓の強化硝子さえ貫通出来ない銃弾が、一発、また一発と硝子にめり込んで止まる。艦橋の天井が潰れながら裂け、窓硝子が無数の破片に割れて爆ぜる。それは巨獣が脳天を砕かれて血飛沫を上げるように。
頭脳を失った戦艦はホバーの制御が乱れ、VOLTの一刀で斬り伏せられると同時に大地へ沈む。落下して勢いよく地面と激突したホバー装置が戦艦の自重で潰れ、細かい爆発を繰り返しながら沈黙する。ジョーは残り四隻の戦艦を見据えながら、勢いよく刀を艦橋から抜き放った。
つづく
第六話『赤銀の死神 その②』
望遠スコープのダイヤルを慎重に指先で動かしながら、戦場の様子を観察する。ここは廃墟都市の中でもひときわ高いビルの一角。それでも構造の半分以上は倒壊してしまっている。当然、無残に破壊されてしまった建物はここだけではない。この都市の全ての建物が砲撃を免れることはなく、砕かれ、あるいは炎上してその本来の機能を失っている。
ジョーとの連絡が途切れてからというもの、ニナはずっと工業都市の様子を観察していた。もうじきここと同じになる、今も戦火が絶えない街の事だ。五隻もの地上戦艦が街中の建物という建物を徹底的に破壊しながら奥地へと侵攻する。さながら、それはクジラが地上に這い出てちっぽけな人間たちを蹂躙しているよう。遂には目標の第七ドックをも、主砲の一斉掃射で地表から消し去ってみせた。攻撃は執拗で、無慈悲だった。
誰も生かしておかない。
何も残してはならない。
『ソレ』の痕跡さえ継承させない。
そんな執念を感じずにはいられない程、攻撃は残忍で、執拗で、徹底的だった。
徹底的な砲撃の末に第七ドックは見たこともないほどの大爆発を起こし、その周囲一帯を吹き飛ばした。ドックの地下から太陽が生まれたかのような強烈な光と熱波が発せられ、程なくして異常事態は巨大な雲として結実する。キノコのような、巨大な積乱雲。赤黒い不気味なそれは、絶えずもくもくと姿を変えながら吹き上げた瓦礫やら何やらを吐き出し続ける。
「・・・」
少女は言葉を失っていた。
ジョーはあの第七ドックに向かうとだけ言い残して、一方的に通信を切った。それから程なくして、あの大爆発。誰でも分かる、生存の可能性は絶望的だ。どんな死地でも機転と工夫で乗り越えるのがあの男ではあったが、そんな小手先の技術や戦術でどうにか出来る事には限度がある。出撃前から分かっていたはずのことなのに、予定調和の結論を見せつけられているのに、少女はショックを隠しきれなかった。口元に手を当て、目は充血するほど見開いていた。
しかし、自分自身でもその正気を疑いそうになるが、少女は未だに望遠スコープで『彼』を探していた。倍率を最大望遠まで引き上げて、戦場を端から端まで舐め回すように観察する。脳と理性は死亡確定の四文字を弾き出して、彼女自身もそれに納得したと言うのに。ニナの中の何かが、当然の帰結・絶対の真実を無根拠に否定する。
———再び、衝撃。
今度のは上空の黒雲も、直下の炎も吹き消すほどの極大の衝撃波。
ニナは別方面を最大望遠で見ていて『その瞬間』には気付かなかったが、衝撃に驚いて望遠スコープから目を離した瞬間に『ソレ』を目の当たりにした。
「今度は何っ・・・!」
悪態をついてスコープを構え直す。
砂塵の霧が晴れるまでの時間が矢鱈と長く感じる。もどかしさ余って何度も舌打ちをしながら視界が開くのを待っていると、遂に『VOLT』の姿をその目に映し出した。
「何、あれ・・・」
言葉が自然と口からすり抜ける。優秀なエンジニアである彼女でも見たことも聞いたこともない造形の、巨人。
悠然と仁王立ちする巨人は、兵器にしてはあまりにも人間的で、人間と呼ぶにはあまりにもおどろおどろしいチグハグな見た目をしていた。ヒトにしては、その目はあまりにも冷たすぎる。抜き身の刃のような、ヒト。
———そんなヒトを、ニナは既に知っている。
巨人がわずかに動いた瞬間、砲撃の第二波が襲いかかる。全方位から隙間無く。徹底的に、無慈悲に叩き潰す為に。
しかし巨人には弾の一発も当たっている様子はなかった。それこそ真実味の無い話だが、あの十五メートルを超える巨体が人間以上の身軽さで、僅かな弾幕の隙を縫うようにしてすり鉢状にえぐれた大地を駆け抜けたのだ。凄まじい速度で、ジグザグの軌道を描いて飽和攻撃をやり過ごす超人・・・
———そんな人を、ニナは既に知っている。
そして同盟軍のGSと赤い巨人が遂に激突する。
その動きを、少女はよく知っている。その戦い方を、誰よりもよく知っている。赤い巨人はまるで彼のように、さも当然のように最適であり得ない戦いを繰り広げる。
センチネルが爆ぜる、切れる、撃ち落とされる。ナイトが立て続けにバラされる。戦艦すらも、何の抵抗も叶わないまま艦橋を潰されて撃沈した。その戦い、あまりにも速く、あまりにも鮮やか。もはやその結論は疑いの余地がなく、ニナは衝動に駆られるままに望遠スコープを放り出して廃ビルを駆け下りる。
ここは中腹から折れたビルの地上六階に相当し、崩れかけた壁と柱に囲まれて屋上テラスのように開けている。そんな一角が下階へ続く大穴になっており、もう一階下まで突き抜けて壊れたコンクリートブロックが小高い山のように積み上がった姿が見て取れる。登る時は慎重に内壁をよじ登って開けた頂上の六階を目指したが、今回は勢いよくその山に向かって飛び降りる。高さが見た目以上にあったせいか、それともコンクリート礫はやはりクッションには適さなかったのか、飛び降りたニナはゴロゴロと細かい礫と一緒に転がり降りながら体中に打撲や切り傷をつける。
「いっ、たぁ・・・」
歯を食いしばりながら、思わず片目をつぶる。なんとか体勢を立て直して、膝立ちして袖をめくってみると、肘から腕全体にかけて表面の肌色の皮が不規則に剥がれて中のピンク色が覗いていた。白くめくれた皮膚が泥を巻き込んで汚れ、露出した部分から赤いものが滲んでいた。
少し遅れて、切り裂いた刺すような痛みをじわりと発熱するような鈍痛が塗りつぶしていく。この袖をまくり上げた肘だけでなく、反対の方も。膝も、尻も、背中の方も同じ鈍痛が同時多発的に広がっていく。もう少し上手いこと降りられると思っていたが、現実はそうもいかないらしい。
「萎えるなぁ、これ絶対跡が残るやつじゃん。」
袖を下ろしながら立ち上がると、小走りで先へ進む。
ここは廃ビルの四階。先程の五階エリアはほとんど床が倒壊していたが、こちらは大部分が残っている。当然照明はなく、割れた窓から覗く自然光だけの薄暗い室内を横切って下階へ続く階段に向かう。床に散らばった窓硝子をパキパキと踏み、横転した汚いパイプ椅子をいくつか横切り、壁に張り付くように置かれた作業机を通り過ぎる。この街でも、同盟軍の軍事作戦が決行されるまでは当たり前に人が暮らしていたのだろう。こんな風なビルに職場があって。この周りのどこかの建物に自宅があって。当たり前の生活が、人生が、一瞬のうちに瓦礫とともに崩れたのだろう。他人事なのにやるせない気持ちになる。 真っ暗な階段の壁に手のひらを這わせながら三階に降り立つと、新たな問題に直面した。
「そうだ・・・ここ、外登って来たんだっけ。」
ここは三階から一階まで完全に床が抜けており、階段も瓦礫で埋まってしまっている。行きは外の外壁の窓枠や突起を頼りによじ登ってきたが、同じ方法で降りるのは難しい。とくにこの傷だらけの身体では思うように手足に力も入らない。
どうやって降りたものかと考えていると、窓の外から僅かに覗く突起物を発見する。
「あれは?」
よく見るために慎重に壁伝いに靴底とさほど広さが変わらない足場を進むと、それがちょうど二階の高さに設けられたこの建物正面玄関の庇(ひさし)だと分かった。
割れて窓枠に残った硝子を気にしながら内壁から外壁に移動すると、ゆっくり屈んで足場に手をつき、そのまま慎重にぶら下がる。三階から一気に一階まで落ちてしまったらただでは済まないが、このまま庇に降りれば高さは一階分しかない。覚悟を決めて手を離すと、ジョーの教えを思い出して足首や膝など特定の関節に体重が乗らないように、着地と同時に膝を屈して段階的に両手をつく。
「うっ、くぅ・・・」
とっさだったからか、不慣れだったからか。やはり衝撃は全身を駆け抜け、負傷した場所を中心に痛みが走る。耐えきれずに声が漏れ、目を瞑る。それでも怪我はない。見様見真似のうろ覚えではあるが、彼の教えはちゃんと生きていた。
同じように庇の縁にもぶら下がり、今度はもう少し慣れた要領で飛び降りる。相変わらず痛みはあるが、この落下で怪我はしなかった。いとも簡単にビルの合間をパルクールして見せるジョーほどではないが、自分も捨てたもんじゃないと達成感を噛みしめる。
その足で急いで大型トレーラーに飛び乗ると、廃墟都市を離れて一直線に工業都市へ向かう。アクセルを踏むとエンジンが勢いよく唸りを上げ、荒野の道なき道を巨大な車輪が蹂躙する。車内がガタガタと揺れて傷に響くが、今の彼女には些末な事に思えた。むしろ気付けになるとさえ。乾いてひび割れた大地を疾走する車体は何度も飛び上がり、ニナは巧みなハンドル操作でデカブツが横転しないように制御する。そして危険を顧みず、赤銀の巨人の元へ全速力でトレーラーを走らせるのだった。
——————―
———――
———
「ライトウッド少尉・・・僕はここじゃなく、懲罰房に・・・」
弱々しい声で言うアントニー中尉は、ここまで無言で付き添ってくれた少尉を心配して懲罰房の方を指差した。指が向く先は何も無い壁だが、中尉にはその先の角を曲がった通路の奥の、薄暗い部屋が見えている。
「行ってどうするんですか、先輩。」
冷たい声色で少尉が返答する。それは疑問文であったが、答えを求める問いでないのは明白だった。「軍規だから・・・」と外の爆音に埋もれる声でつぶやく中尉に、少尉は苛立ちからか一段と強く包帯を引いて結ぶと、一歩中尉から後退して離れる。
「軍規なんかないですよ。先輩なら、分かるでしょう。」
しばらく、揺れる艦内で二人は黙り込む。
そう、分からないわけではないのだ。艦が何度か揺れて、ひときわ大きな爆発音が響いて。ホバー装置が停止して戦艦は動きを止めた。艦橋が破壊されたのはもはや疑いようがない。高度こそ高くはないが、それでも浮遊していた巨体が大地に落下したのだ。船底付近のサブエンジンやホバー装置はまたたく間に自重で潰れてしまった。そこに配属された者たちも逃げる暇もなく圧死してしまったはずだ。
砲手たちももういない。第一、第二と砲塔が立て続けにVOLTに斬り飛ばされた時点で生存は絶望的だ。そして、艦を幾重にも貫く砲弾の数々。この医務室も辿り着いた頃には既に大穴が開いて半壊していて、衛生兵だったものがそこら中に転がっている。もはやこの艦で生き残っているのは、ライトウッド少尉やアントニー中尉のような『偶然持ち場にいなかった者』だけだ。
「撃ってるのは・・・友軍なんだよな。」
揺れが来る度に外れたと安堵し、次こそ当たるのではないかと恐怖する。
「でしょうね。奴は真上なんだから、横から撃ってるのは・・・」
友軍がこちらを撃っているという絶望は計り知れなかった。この戦場にもはや味方はいない。敵と敵が戦っていて、自分は抵抗出来ずに巻き込まれる。二人の将校は、この時はじめて民間人の気持ちを理解したと思った。その恐怖と無力さを。
「狙いはメインの原子炉か。」
アントニー中尉がライトウッド少尉の方に振り返りながら言うと、少尉は無言で頷いた。
このラブリュス級巡洋艦の動力はメインエンジンの小型原子炉と、サブエンジンのバッテリー水素ハイブリッドエンジンだ。船底付近に設置されたサブエンジンは自重で潰れてしまったが、艦の最奥に埋め込まれた小型原子炉は依然生きている。同盟軍はこれを外部からの砲撃で破壊して、戦艦そのものを一つの大型爆弾として利用するつもりなのだ。
もう随分前からお互いに理解していた結論だが、そうと口にするのが恐ろしかった。そうと口にすれば、それは同盟軍という組織があたかも兵士を使い捨ての駒としか見ておらず、いよいよとなれば生存確認もせず友軍を爆弾として使い潰す組織だという事になる。
———こんな事が許されて良いのだろうか。中尉は今一度、疑問に思う。
しかし、同盟国という絶対的な正義を許さないのは———
・・・先送りにした問いが、アントニー中尉を逃さない。
その甲板では、ジョーと同盟軍の攻防が続いていた。同盟軍の戦艦は二手に分かれ、二隻は並んでジョーが落とした艦を集中砲火、もう二隻は大きく弧を描いて回り込みながら載せたGSを発進させる。その狙いがVOLT本体ではなく、直下の戦艦なのは明白だった。その狙いが見えていながら、ジョーはその甲板を離れられないでいた。
———真紅の光が一閃する。
甲板の上をローリングして躱すと、今度はその先でネメシスボウの矢が降り注ぐ。
「チッ・・・」
苛立ちから、舌打ちしながらVOLTの刀で矢を切り払うと、既にエネルギーチャージを終えたプラズマ粒子加速砲の一撃が放たれる。
同盟軍のナイト・アーチャーにはホバリングボードが、センチネル・スナイパーにはフライトボードが外付けの飛行ユニットとして存在するが、VOLTにはそういった飛行能力が存在しない。並み居る敵の大群を一騎当千の白兵戦能力で打ち砕き、戦艦さえ真正面から屠るVOLTだが、こうして格闘と刀のリーチの外から付かず離れずの攻撃をされては立つ瀬がない。
「ん、今度はなんだ?」
その苛立ちに呼応してか、再びジョーの脳内にイメージが流れ込む。
それはVOLTが背部のディスク式マウントラックに背負っているもう一つの武装、『レールキャノン』の存在を知らせる機体からのメッセージだった。それは『サムライソード』の鞘と一体になった巨大な電磁砲で、鞘の鯉口と砲口の位置を入れ替えるほどディスク式マウントラックを大きく回転させて肩に懸架する。
背中のものがぐるりと回転する慣れない不快感に反射的に身をよじると、次の瞬間には右肩にレールキャノンの重量を感じる。BCPのなせる技だ。それとほぼタイミングを同じくして、ジョーの視界にはX軸、Y軸、Z軸で構成された独特な照準表示が展開された。その交差点がレールキャノンが狙う先を示し、意味ありげに『3』の数字が現れた。
「これが、射撃兵装・・・なのか?」
慣れないインターフェースに戸惑いながらも、上空を旋回するスナイパーに狙いを定める。
敵機の動きを観察し、その軌道の特性を見切り、動きを先読みして弾道と発射から着弾までのラグを感覚で掴み取る。
「———そこッ!」
叫ぶと同時に、操縦桿の射撃用トリガーを強く押し込む。
レールキャノンの砲身は二枚の長いレールを向かい合わせた形状だ。その断面は六角形になっており、そのレール内を滑る特殊弾もまた独特な六角錐の構造をしている。この特殊弾が互いに力場を干渉し合って指数関数的にエネルギーを増幅する電磁加速レーンで押し出され、音速の何倍もの速さで射出される仕組みだ。
甲高い唸り声を轟かせ、閃光と稲妻を散らしながらレールキャノンの特殊弾が放たれる。砲身はその一撃で砲口から中腹ほどまで赤熱し、怪しく蒸気を吹き上げていた。
「外した!?」
完璧な一射を放ったつもりが、レールキャノンの弾は敵機に当たるより先に目標ポイントを通り過ぎ、あらぬ方向へと消えてしまう。
通常の射撃理論では、弾速が速すぎて当たらないのだ。ジョーは熟練者だからこその轍を踏む。
「クソッ!」
そうこうしている間に、再び敵機の射撃。急いで飛び退くと、閃光とともに背後の艦橋の残骸が焼き穿たれて融解する。
体勢を整えつつ照準軸の数字を見ると、数字は『2』に変化していた。
「残り二発か。今度こそッ———!」
再び三つの軸を敵機に重ねる。
スナイパーはチャージまでの時間を旋回してやり過ごそうと空中で移動を開始するが、今度は『ラグがほとんどない』事を考慮して狙いを研ぎ澄ます。
トリガーを引くと、再びレールキャノンが叫び声を上げた。火薬の爆発を推進力とする通常の射撃兵装とは明らかに違う、鼓膜を引き裂くような高い音が木霊する。そして特殊弾はその怪音さえも置き去りにし、スナイパーをバラバラに引き裂きながら絶空に散らした。
GSがバラバラに砕け散ってから動力炉が空中で爆発するという、世にも奇妙な映像をその場に集った兵士たちが目撃する。それは敵対する同盟軍だけでなく、VOLTを操縦しているジョーさえも目を見開く光景だった。
戦いはまだまだ続く。同盟軍の艦隊は依然として原子炉の破壊を狙っている。VOLTが戦艦の主砲並の射撃兵装を所持していることが判明して同盟軍のGS部隊も動揺しつつ、だからこそここで斃さねばならないと奮起する。
甲板の上で反撃に転じるVOLT、その直下で絶望と向き合う同盟軍の士官たち。なりふり構わず畳み掛ける同盟軍艦隊と、真実を見届ける為にそこへ向かうニナ。戦況は、さらに混迷を極めていく。
つづく
第七話『赤銀の死神 その③』
揺れる艦内に、レールキャノンの発射音が響く。通算で二回。甲板という板一枚挟んだ外の出来事だと言うのに、遠く彼方のように錯覚する。それだけ戦艦の装甲は厚く、多層的な構造をしている証拠なのだろう。
「変な武器を使うんですね。あのVOLTっての。」
世間話をするような軽さで、ライトウッド少尉は鳴り響いた音をコメントする。他人事のような口調には、諦観が色濃くにじみ出ていた。
「射撃、なのかな。おかしな話だよな。僕たちが攻撃した奴が皆を殺して、今度は死に損なった僕らを、友軍の砲撃から守ってる。気が・・・気がどうにかなりそうだ・・・」
両手で顔を覆い、そのままうずくまるようにして頭を抱えるアントニー中尉。ライトウッド少尉も同じ気持ちだった。いつ破られるかも分からない壁に背中を預け、五臓六腑に響く砲撃を直に感じながら中尉から目をそらす。
———『守ってる』なんて言葉が出る時点で、この男は軍人失格だ。敵と味方、それから戦況というものが見えていないのだろう。
しかし、それなら軍人として失格していない自分はどうするべきか。ライトウッド少尉の脳裏には悍ましい最善策が去来する。軍人として正しくあり続けるなら、何を犠牲にしてでも目標を撃墜することに全力を注ぐべきだ。環境も、味方も、自分自身さえも。
その手段が分かっていながら、足が動くことを拒絶する。少尉もまた己の軍人失格を痛感して歯噛みした。
「どこへ、行くんですか?」
不意に、壁に手を突きながら歩き出したアントニー中尉を呼び止める。振り返りざまに彼が見せた顔は、弱々しくも吹っ切れた顔だった。
「・・・軍規なんかもうないって、さっきお前が言ったんじゃないか。じゃあ、僕は『好きに』する。お前も『好きに』してくれ。」
「言ってる意味がわかりません。」
「艦を脱出する。ついでに誰か、生き残ってたら連れて行く。命令も強制もしないけど・・・もしその気があるなら、ライトウッド、ついて来てくれ。」
それだけ言って、アントニー中尉の背中は医務室を後にして通路に消える。
今しがた、中尉は「これから敵前逃亡する。」と宣言したようなものだ。軍人失格、なんてものではない。銃殺刑もやむを得ない行為だ。ライトウッド少尉の手が、自然に腰のホルスターのスナップガンに伸びていた。
———敵前逃亡は、銃殺刑。
———命を賭してでも、目標達成が兵士の本分。
そんな兵士の常識を正しいと認めていながら、少尉はがら空きの背中が完全に消えるまで引き金を引けないでいた。壁に手をつき、短い歩幅で足を引きずる中尉を撃つのはこんなにも簡単なことだと言うのに。裏切り者は処刑するという原則は、こんなにも単純明快なのに。
——————―
———――
———
その直上、甲板の上。レールキャノンの一射によって砕け散ったセンチネル・スナイパーの残骸が降り注ぎ、乾いた大地に鉄の雨を降らす。同盟軍のGSは仕切り直しとばかりに距離を取り、戦場には僅かなインターバルが発生していた。
「残り一発・・・」
レールキャノンの残弾表示を見て、ジョーは焦るでも奮起するでもなく、むしろ冷静に訝しんでいた。初めて乗った機体ではあるが、設計者の人となりを考えれば総弾数三発限りという事は考えられなかった。
ジョーの思考に合わせて、VOLTは腰から下腹部辺りをペタペタと手で触れ始める。それはなくした何かを探して、とっさにポケットに触れるような———あまりにも人間的な仕草。
「これか。」
その成果か、ジョーはVOLTの腰部に設置されたスカートアーマーの裏、その収納部に隠された予備マガジンを探り当てた。
それはGSの携行火器としては大きめながら、レールキャノンの破壊力を考えれば拍子抜けなほど小ぶりな湾曲弾倉だった。懸架式の砲塔に、この形状の弾倉ときた。ジョーには直感的に使い方が理解できる。これまでの戦いの中でおよそあらゆる武器武装に接してきたという事情もあるが、パイロットの頭脳と機体を直接繋ぐBCPがそうさせるのだろう。
VOLTの視界、VOLTの五体、VOLTの武装・・・その全てを人間の頭脳で制御するのがBCPの本質だ。自他の境界、つまりパイロットと機体の境界は有って無いが如し。獣が指導も事前知識もなく鉤爪や牙の使い方を本能で解するように、ジョーもまた本能でVOLTの機能を開拓しつつあった。
重厚な金属音とともに、湾曲弾倉がレールキャノンに接続されて特殊弾がもう二つ、薬室に受け渡される。ほの冷たい金属塊が弾倉から滑り出て砲身内を移動する感覚、それすらも弾丸を手の中で転がすような確かな感覚でフィードバックされる。そして、眼前の三次元軸式照準表示の数値は『1』から『11』に修正された。
「最大で十三発ってわけか。まあ、妥当かな。」
気を取り直してレールキャノンを構えると、敵のGSたちもVOLTに強力な射撃兵装が備わっていると弁えた陣形に組み替えていた。
有効射程ギリギリの高さを、緩やかに高度を上下しながら旋回する。射撃の瞬間もその場にとどまらず、距離、位置、射程の全てを悟られないように立ち回るのがこの陣形の特徴だ。二機いたセンチネル・スナイパーはこれで一機、随行するナイト・アーチャーは十機。本作戦に参加したアーチャー部隊で、ここまで生き残った全てが駆り出されていた。
「ひとつ———」
ジョーが呟くと、アーチャーが一機、爆ぜて塵になる。
VOLTの三次元軸式照準で狙い定められた獲物には、もはや高度も陣形も関係ない。レールキャノンの長射程は上空を旋回するアーチャーたちのみならず、遠く離れた戦艦そのものさえ狙えるのだ。VOLTは更に狙いやすくするために艦橋の残骸によじ登り、さながら新たな主砲となって飛行するGSたちに狙いを定める。
「ふたつ、みっつ、よっつ———ッ!」
立て続けにGSが撃ち落とされる。
原型すら残らず、爆散してはバラバラに砕け散って鉄くずが大地に撒き散らされていく。たとえ動き回る標的であっても、レールキャノンの弾速を超えられなければ止まっているも同然なのだ。逆に同盟軍のGSは、VOLTがその場を動かないにもかかわらず、動き続けなければならないので狙う難易度は跳ね上がっていた。当たるかどうか分からないという迷いが隙を生み、その隙が利用される。そして友軍が立て続けに撃ち落とされるという恐怖が新たな恐怖と迷いを生んで、負の連鎖は病魔のように同盟軍の陣形を蝕んでいた。
「よし、後は———ぐッ!」
残ったGSを探していた矢先、はじめてVOLTが被弾する。回避する為の足場はほとんど無く、逆に敵戦艦の砲撃は一点に集中する。それは見えていた攻撃だったのに、艦橋に登った事が仇となって避けきれなかったのだ。
鉄筋コンクリートの巨大ビルをいくつもなぎ倒してきた艦載砲の砲撃だが、それでもVOLTの装甲に傷をつけるには至らなかった。命中した砲弾は全部で三発。右半身の胸部と腹部、そして側頭部に一発ずつ。音速を超えて飛行した円筒形の鉄塊が勢いをそのままに激突し、粘土のようにぐにゃりと形状を変えて円盤型に広がる。そして個体のまま液体のように放射線状に飛び散って消えた。
ダメージこそ全くなかったが、砲弾の威力は艦橋の先端に立っていたVOLTを突き飛ばすには充分だった。落下しまいとジョーはサムライソードを逆手に持ち替えて艦橋の側面に突き立てる。鋭い刀身は容易に艦橋を貫いて突き刺さり、峰を下に向けて突き刺す事でロックがかかる。刀の柄にぶら下がったまま、追撃しようと高高度から降りてきたアーチャーをレールキャノンで撃墜して次の攻撃に備える。
戦艦たちがこのチャンスを逃すまいと一挙に動き出した。並列した二隻は引き続き艦橋への攻撃を集中し、左右から回り込もうとしていた残りの二隻は、弧を描いていた進路を直角に曲げて両側面からVOLTを挟撃した。砲撃は一挙に集中し、VOLTがぶら下がる艦橋はその背面と側面からの集中攻撃に耐えかねて爆散した。凄まじい光と熱波と爆音を伴い、黒煙が巨大なサムライソードを天高く放り出した。炎上する艦から錐揉み回転しながら飛び出した刀身が何度もギラギラと光を照り返し、放物線を描いて大地に突き刺さった。
轟音は艦内にも響き渡る。何もかも薙ぎ払う衝撃が駆け抜けて、アントニー中尉もその威力の餌食となってしまった。憔悴しきった精神は容赦なく肉体の力を奪い、ゴムボールのような自分が壁から壁へ叩きつけられながら通路を転がり進む自覚があった。
「ぐっ・・・ぁああ・・・!」
何度目かの激突は平坦な壁面ではなく、通路の曲がり角への直撃だった。肋骨が挫滅し、内臓に衝撃が響いて内出血を誘発する。肋間筋の一部が機能を一時停止し、動かない胸郭が呼吸を拒んだ。
くの字に体を屈して患部を庇い、伝播した激痛に耐えかねて反転する。弓なりに体を反ると、甲板からこのフロアまでの天井が丸ごとなくなっていることにようやく気がついた。艦橋を丸ごと消し飛ばすほどの総攻撃が行われたのだろう。いよいよこの戦艦の装甲も限界だと状況が訴える。甲板は灼熱の業火が支配し、黒煙は容赦なくこのフロアも侵食していく。黒い亡霊の魔の手のように。死神が命運尽きた者を追い詰めるように。殺人にのみ特化した赤と黒がやってくる。
「クソ、クソ・・・」
悪態を吐き散らしながら、沢山の背中を踏んで進む。あるいは倒れても、四つ足で這ってでも。
その一人ひとりを、中尉は知っている。ルーカス少尉、ヴラド少尉、マーカス曹長、リン・リー技術大尉、マリアンナ伍長、ノルド大尉、エルソン少尉、マーティン少尉、アダムス牧師・・・全員、同じ艦で同じ時間をともにした仲間だった。親しい者もいれば、ただの顔見知り、反りが合わない奴もいた。それでも、こんな最後を迎えていい者は誰一人いなかったはずだ。作戦が終わったらなんだかんだと文句を言いながら退屈な哨戒任務に戻って、久々に田舎の家族にでも顔を見せて、部下に威張って上官の顔色を伺う。そんな日常が待っていたはずだった。
文句を言いながら、声も涙も枯れ果てて進むアントニー中尉。火のない方へ、煙のない方へ。ただそれだけを目指して。
「・・・誰か、いるんですか・・・?」
死体の山から、か弱い声が問いかけた。
———錯覚だろうか。中尉は絶えず口にしていた悪態を飲み込んで立ち止まる。
見渡す限り、一面死体。軍服が軍服の上に重なり、光を失った目玉がいくつかこちらをぎょろりと覗いている。この墓場に、生きたモノの気配はない。
「いるなら、たすけて。」
消え入りそうな声が死体の山から呼びかける。
———錯覚じゃない。中尉はようやく確信した。視線の先の死体の山が、その重なり合う背中が少しズレたように見えたからだ。
何人もの体をかき分けて進み、軍服を掴んでは放り投げて行く。屈強な軍人たちの体は大柄で、完全に力が抜けきって物同然になったそれは、体重が生前の二、三倍増しにでもなっているかのように思えた。覆いかぶさり離れようとしない死体の数々は、まるで生存者の救出を何が何でも妨げたいようにさえ見えてくる。
お前だけ、生き延びるのか。
お前だけ、逃げるのか。
明日なき我等を、置いていくのか。
そんな無声の罵声を無視して、あるいは振り払って次々に死体を投げ捨てる。
「どこだ!手を伸ばしてっ!———ゴホゴホッ・・・」
叫びながら死体の山を漁っていた中尉は、すでに黒煙を吸いすぎていた。もはや体に力が入らない。もはやこれが、最後の一体。そう思ってすがるように言うと、積み重なった男たちの大きな身体の脇の下から、なにか白いものが顔を出す。
———それはなんて、綺麗な手。泥と煤と、赤黒く乾いた血がべっとりこびりついているのに。アントニー中尉は奪い取るようにその手を取り、頬に触れた。
「あたたかい・・・生きてる!まだ生きてる!」
力の限りその手を引くと、二、三人ほど死体を押しのけて女性が姿を現した。
ここに衛生兵として配属されたばかりの二等兵、ロベルタ・スーを中尉が抱き寄せる。容赦なく揺れる艦内で、臆せず彼女は職務を全うしようとしていた。負傷兵が多く集まるエリアにたった一人でも駆けつけようと回廊を駆け抜け、そして爆風に巻き込まれて兵士たちの濁流に飲まれて生き埋めになってしまった。
じわりじわりと死体の山の底で酸素を失って圧死する運命の彼女にとって、かすかに聞こえた中尉の悲鳴のような悪態は天恵にも等しかった。
「ああ、中尉さんだ・・・」
抱きしめられたまま、ロベルタ二等衛生兵はわずかにまぶたを開く。そこには彼女を包容する太い腕と、大きな肩の擦り切れた階級章と、迫りくる炎と黒煙があった。
———
———――
——————―
「チィ・・・油断した・・・」
間一髪、砲撃が届くより先に甲板に飛び乗っていたVOLTは集中砲火の直撃を避けきっていた。迷いない判断で刀を放棄し、大炎上する甲板の炎と黒煙に紛れることに成功していたのだ。ジョーの機転によるところが大きかっただろう。しかし同時に、VOLT特有の視界の恩恵でもあった。それは単に全周囲三百六十度の像が見えるというだけでなく、『死角』を極限まで排除するのが目的の視界なのだ。刀を頼りに艦橋にぶら下がった瞬間、ジョーには背後の艦橋の壁面のレイヤーと、はるか先の砲門を向ける戦艦のレイヤーが同時に見えていた。だからこそ容易に最適なタイミングを掴むことが出来た。
VOLTはパイロットに必要なモノを見せる、それをパイロットが受け止められるかなど———微塵も構うこと無く。その容赦のなさこそが、すなわちVOLTの規格外さでもあるのだ。
黒煙の向こう、VOLTは再びジョーに信号を送る———
「お前・・・今度は何を見せるつもりだ・・・?」
その問いかけに応じるように、黒煙のレイヤーに新たな像が映る。
砲口から煙を燻らせる敵の戦艦。重厚な鉛色が金属光沢を照り返す装甲に、ほの赤いエリアがぼんやりと浮かぶ。位置はちょうど艦橋と第三砲塔の直下の辺り。装甲と、戦艦の構造そのものによって幾重にも厳重に守られた『艦の心臓』だ。
「本当に当たるっていうのか?」
———この距離から?
———あの場所が?
「・・・やる価値は、あるか。」
黒煙から見え隠れするレールキャノンの砲口が、今一度敵に向いた。
狙いは装甲。正しくは、その奥の『モノ』。多層的な装甲と隔壁、回廊や施設に守られた奥にある『心臓』———すなわち、メインエンジンたる小型原子炉。
GSの盾や装甲を抉り穿つ『ネメシスボウ』でも———届かない、
GSそのものを焼き穿つ『プラズマ粒子加速砲』でも———届かない、
街中の建物を薙ぎ払って蹂躙する『地上戦艦の主砲』でも———届かない。
———あの場所を、睨めつけて・・・
「届けッ———!」
閃光と稲妻を置き去りにして、音速を超えた凶弾が今一度唸り声をあげる。
怪鳥の嘶きが、鋼の巨獣の懐を穿つ———
つづく
第八話『赤銀の死神 その④』
医務室の扉を開いて、アントニー中尉が通路の曲がり角に消えていく。ライトウッド少尉は、そんな背中を何も出来ずに見送っていた。銃口は的確に急所を射抜いていたが、銃身はせわしなく小刻みに震えていた。それでも撃てば外さない———外し得ない———距離なのに、引き金にかけた指はやけに重かった。
「・・・」
そして少尉は取り逃がす。狙いを定めきる前に、引き金を引き切る前に『敵前逃亡を企てた裏切り者』が射程内から姿を消したのだから。それならばしょうがないと、銃を下ろすしかないのだから。
———命令も強制もしないけど・・・もしその気があるなら、ライトウッド、ついて来てくれ。
残響が頭蓋骨の空洞の中を跳ね回って繰り返される。それはなんて、人として正しい言葉だろう。とても倫理的で、あたたかで、———兵士にあるまじき思想か。
「トーマス・ライトウッド、お前はまだ『兵士』だろう?」
両手でバチンッと顔を叩き、覆った手のひらで表面のものを拭き取る。
少し湿っていて、脂っこい。黒い汚れは煤か埃か。念入りに拭ったので、目元は赤く充血していた。声に出して己が何者かを確認すると、ライトウッド少尉も医務室を後にする。ただしアントニー中尉が向かった先とは反対の通路を、より艦の奥へと進むために。
——————―
———――
———
炎上し、崩れかけた甲板から向けられたレールキャノンの砲口が怪鳥の嘶きを上げる。そうと形容する他ないほど甲高い射撃音は既存のどの射撃兵装とも違い、その威力もまた比べようもなかった。
電磁加速レーンが特殊弾を砲身内ですべらせ、稲妻を伴って砲口から射出する。衝撃波は怪音とともに周囲の黒煙を散らし、そこに同盟軍の戦艦たちは『VOLTは未だ健在』という事実を容赦なく突きつけられる。
射撃と、着弾———それはほぼ同時に。
甲板に一つ、それほど大きくない穴が出現する。拍子抜けなほど、小さい穴。VOLTを回り込んでいる二隻の戦艦からは確認することさえ出来ない、数多くある装甲の凹みか汚れにすら思える程度の穴だった。
「やりやがった・・・」
この瞬間、その真の意味を理解していたのはレールキャノンの引き金を引いたジョー本人だけだった。
そして、惨劇が始まる———
艦橋や主砲の中から覗く照明や艦体の周囲に配置されたライトの数々が、戦艦という巨獣が突然死したかのように一気に暗転する。そして光が失われ尽くすより先に、VOLTが開いた穴から勢いよく炎が吹き出した。それは曲芸師の火吹き芸のようでも、容赦なく命の灯火を吹き消す血飛沫の奔流のようでもあった。
吹き出した超高温の炎の正体は、小型原子炉の破壊に端を発する大爆発だった。艦内という閉鎖空間に発生した高熱と衝撃波が内部構造をすり潰しながら焼き払い、各施設に配備された乗組員らを貪食しながら装甲の方へと広がっていった。そして装甲に空いた小さな穴が唯一の内から外への出口となっていたので、炎と衝撃と破壊の勢いは自然にそこに集中した。
炎の奔流の勢いは凄まじく、死に体のままホバーで浮遊する戦艦が反作用で横転を始める。しかし破壊はそれで終わらなかった。第二波は船底部に位置するホバー装置と直結したサブエンジンの爆発だった。小型原子炉の爆発によって艦内部から崩壊の煽りを受け、こちらも耐えきれずに爆発してしまったのだ。横転しかけていた戦艦は誘爆したサブエンジンの爆発とホバー装置の粉砕によって僅かに角度を修正し、揚力を完全に失って船底の左舷から大地に激突した。
既に破裂して炎上していたサブエンジンとホバー装置は戦艦の重量でまたたく間に潰れ、それを皮切りに下から上へと崩壊の波が押し寄せる。それは重力が狂った世界のドミノ倒しのよう。根本から突き上げる衝撃とテコの原理で艦橋や主砲がもげ、内部構造の何もかもが原型を留めない艦内には燃料や可燃性ガスが充満する。そしてもげた艦橋が地面に落下して叩きつけられるのを合図に、戦艦全体が大爆発を起こして光と熱波の中に消えた。
並列したもう一隻の戦艦も爆風に煽られ、装甲表面を赤熱化させながら横転を始める。艦の傾きは加速度的に角度を増し、揚力を生み出すはずのホバー装置が制御を逃れて横転の勢いを加速させた。落下しながら半転する戦艦の巨体が側面から大地に激突し、こちらの艦も大爆発を起こす。甲板と船底が大きく膨れ、楕円形に戦艦を引き伸ばして破裂させる。戦艦という狭い檻を突き破って広がる光と熱波がドーム状に広がり、鉄くずを飲み込んで燃え広がる。
———
———――
——————―
爆風は遠く離れたVOLTの甲板の黒煙をも吹き消していく。それだけの凄まじい衝撃が駆け抜け、艦内に残されたアントニー中尉やライトウッド少尉にも轟音が届いた。閉鎖空間の艦内からは、当然外の様子は分からない。それでも彼らには外の状況が想像出来た。
ロベルタ二等衛生兵と中尉は一緒に黒煙が充満しつつある回廊を進み、この鋼の牢獄の出口を探す。ライトウッド少尉は一人、潰れて狭くなった回廊を匍匐前進で進む。照明は既にどこも物理的に壊れているか電気の供給が無くなっているので、通信デバイスの画面の僅かな明かりと直感を頼りにより深く、奥へと進んでいくのだった。
——————―
———――
———
———たった一撃で戦艦二隻、撃沈。
その事実が戦慄となり、生き残った同盟軍を震え上がらせた。今この場に巻き起こっている現実が『焦土作戦』ではなく『命懸けの決闘』だと、ようやく真の意味で理解する。
———自分たちは決して『優位な側』ではないと。
———自分たちはむしろ『駆られる側』なのだと。
山並みに沈む夕暮れの赤が、爆散した戦艦の赤と溶け合ってあたりを照らす。
それは真昼がまだ続いているかのよう。遠くの空はもう夜の紺色を連れてきているというのに、この場所だけは時が止まったようである。VOLTか、同盟軍か、どちらかが死に絶えるまで———時計の針は前に進まないのである。
同盟軍は最後の賭けに出る。残った戦艦二隻は挟撃の進路をほぼそのままに、VOLTが甲板にいる戦艦を左右から挟み込んで全速前進した。斧の刃に似た船首が風を切って、大地に深々と座礁した艦に突撃する。そこには、遠距離から砲撃して小型原子炉をVOLTを殺す爆弾として使おうなどという回りくどい戦略はなかった。
戦艦の大質量で『アレ』を轢き潰す。それ以外に、斃す手段は存在し得ない———それが将校たちの結論だった。
「・・・来るか。」
高速接近する戦艦に、ジョーもレールキャノンの砲口を向けて応戦する。
「何ッ———!」
しかし、レールキャノンが自弾を発射するより先に、複数のGSがVOLTの甲板に飛び込んできた。
四方から飛びかかるのは残存したナイト・ウォーリアーやセンチネルの数々だ。空からも次々とアーチャーたちが降りて来る。開けていた甲板は次々に押し寄せる同盟軍のGSで埋まっていき、ところ狭しと並んでVOLTを取り囲んでしまった。
悪あがきと分かっていながら、こんな事をすれば生きては帰れないと理解していながら、それでも同盟軍の兵士たちはそうせざるを得なかった。VOLTの背後から二機のナイト・アーチャーが取り押さえようと飛びかかり、正面からは胸部を貫こうとセンチネル・ソルジャーが十文字槍を突き出した。VOLTは敢えて両腕をアーチャーたちに掴ませると、ショックポイントを有効活用して高速反転する。勢いをそのままに一機のアーチャーはソルジャーの槍に突き刺さって背部からコクピットを串刺しにされる。反対の腕を取ってアーチャーはそのまま甲板から投げ出される。地面に激突したアーチャーは腰の位置で身体が半分に千切れながら潰れると、爆発するより先に全速前進する戦艦のホバーで吹き飛ばされた。
アーチャーが串刺しになった槍をかなぐり捨てると、ソルジャーの視界からは至近距離にいたはずのVOLTが消えていた。ソルジャーはVOLTが姿を表した時に備えてシールド裏の三連装グレネードを構えるが、それは悪手。深々とかがみながら懐に滑り込んでいたVOLTの強烈なアッパーカットがソルジャーの顎を撃ち抜いた。もげた首は天高く打ち上がり、甲板に集った無数のGSのシルエットの中に消える。
入れ替わりに、また別のGSが飛びかかる。それはスパイクメイスを携えたナイト・ウォーリアーだった。VOLTの頭部を打ち砕こうと振り抜かれたメイスだったが、VOLTは首無しのソルジャーを無理やり立たせて盾として使う。メイスの一撃をうけてソルジャーのバックパックブースターが大爆発を起こし、周囲のGSをも吹き飛ばしながらウォーリアーを薙ぎ払った。
「しめた・・・そこだッ———!」
ジョーはこの瞬間を逃さない。並み居るGSの軍勢、その肉の壁に穴が空いた瞬間———
ディスク式マウントラックが回転する、
砲口が戦艦に向く、
そして、———射撃。
照準も使わず、狙いもせず、レールキャノンの特殊弾が正確に迫り来る戦艦の艦橋を捉えた。
撃ち抜かれた建造物が爆ぜて舞い散り、制御を失った戦艦は小刻みに揺れながら大地に沈んで行った。高速で船底から激突すると、サブエンジンとホバー装置は即座に潰れて爆裂する。そして艦体は自重で下部が潰れながら徐々に地中へめり込んでいき、やがて速度を失って停止した。
戦艦は残り一隻。それだけは何としても守り抜く為にGSたちは更に激しく抵抗する。盾持ちのGSは盾を構え、持たないものは放棄されたフライトボードやホバリングボードを構えてVOLTを取り押さえようと押し寄せる。面と数、絶対に逃がすまいという強い意志でGSたちはVOLTを取り押さえた。格闘など出来ないほどの密度、わずかたりとも誰も動けないほどの密度でVOLTを拘束する覚悟だ。
戦艦は依然として迫りくる。全方位からスクラムを組んだGSたちは一歩も退かず、こうも密着されては流石のVOLTでも殴打や蹴りで敵を排除する事は出来ない。
「道連れにするつもりか・・・悪いが、御免だ。」
前後左右、どの方向にも動けないこの陣形だが『穴』はある。
小さく呟くとジョーは全方位から押し寄せる敵たちではなく、自分の足元の甲板に目を向けた。ここは固く揺るぎない大地ではなく、脆く儚い甲板の上なのだ。既にいくつもの砲撃を受け、ギリギリなんとかその形を維持しているにすぎない。そこが、突破口。
VOLTは勢いよく体勢を下段に崩すと、拳のショックポイントを利用した強力な拳打を甲板に放つ。瞬間、ギリギリのバランスで形状を保っていた甲板の一部が抜けて直下のフロアにまで陥没した。
ここで生まれた『僅か半身分の間』———
———ジョーはこれを無駄にしない。
ナイトの顔面を捕まえ、握りつぶしながら引き寄せる。カメラユニットを破壊されたパイロットはとっさの反応が出来ない。次にナイトを襲ったのは謎の浮遊感だった。VOLTはナイトの顔面と股関節を掴んで持ち上げると、そのままどこか遠くへ放り投げた。
『たった一機分の猶予』
———それが、ジョーがこの局面に求めた最後の一手。同盟軍艦隊の完全敗北に王手を掛ける一手だ。
ミサイルのように飛び上がったVOLTが宙を舞う。同盟軍のGSたちはもはやそれを見上げるしかなかった。瞬間的な加速力の差は歴然で、生まれた隙間を潰そうとパイロットがアクセルペダルを踏み込んだ頃には、既にVOLTはそこにいなかったのだから。
アントニー中尉とロベルタ衛生兵の二人も、その姿を見上げていた。結局生存者は他に見つからず、脱出に成功したのはこの二人だけだった。
「中尉。GSって、あんなに跳ぶものなんですか?」
防風に暴れ乱れる髪を押さえながら、ロベルタ衛生兵が聞いた。中尉は静かに首を振る。
「まさか。」
———GS(ギガント・ソルジャー)とは、ヒトが扱う兵器だ。如何に技術が洗練され、その形質が変化しようと、重力や慣性の法則からは逃れられない。ヒトの限界、その軛からは逃れ得ない、はずだ。
ならば、『アレ』は———
「アレは、VOLTだよ。」
中尉が言い終えるより先に、天高く舞い上がったVOLTは大きく身体を捻る。体中のショックポイントが起動し、重力に抗いながら十五メートルの巨体が何度か回転して空中で姿勢を修正した。
思えば、起動したばかりの時はこの動きだけで悶絶するほどの重圧を感じたものだ。それが今では、嘘のように軽やか。
「これで、終いだァッ———!」
ジョーが叫び、応じたVOLTが飛び蹴りの姿勢を取った。
重力に従った落下———だけではない。全身のショックポイントと、背部の大型ショックブースターも動員した空前絶後の超加速で戦艦の艦橋に突進する。
戦艦の方も全速前進している。止まることも避けることもままならない。
もはや止まれない鋼の巨獣と———
———誰にも止められない死神が、激突する。
果たして、艦橋は轟音を上げて爆裂した。ホバーの制御を失った艦はそのまま大地に激突し、船底部で何度か細かい爆発を起こしながらドリフトする。そして、二隻の戦艦はGSの一機も入れない程度の隙間を残して並列して停止する。ほんの僅差ではあったが、遂ぞ戦艦は到達出来なかった。
VOLTはそんな戦艦の背後に着地———奇しくも、そこは放り出されたサムライソードが突き立った地点だった。大地から引き抜いて振り返ると、同盟軍のGSたちも甲板から降りては各々の武器を掲げてVOLTの方へと接近していた。
———この戦いに、もう意味はない。
随行機の本分は戦艦の守護だというのなら、その任務遂行は望むべくもない。
『VOLT』の破壊が任務の最終目的だというのなら、それが不可能なのは誰の目にも明らかだった。
本作戦に投入された戦力ではVOLTには対抗出来ない———その結論だけが、同盟国勢力にとっての『収穫』だった。
夜の帷はもう降りて久しく、撃沈した戦艦の炎も薪となるものを喰らい尽くした頃、VOLTは最後の一閃にて勝負を決めた。手首のスナップで刀を回転させ、振り下ろされたメイスを弾き飛ばす。そして刃が一回転して元の角度に戻ると、勢いよく突き出された刀身が眼前のナイト・ウォーリアーを貫いた。
この頃になるとジョーはすっかりVOLTの視界にも慣れ、むしろ使いこなす域に達していた。目の前に映った敵はシールドを構えていたが、ジョーは意図的に通常のレイヤーとシールドに隠れたコクピットブロックのレイヤーを確認しながら戦う。『最小限の手数で斃せ』と己に追加のルールを課し、その枷に則って最後まで残っていた二十余機のGSを屠ってみせた。紙細工のような手応えで貫かれたシールドと、その先のコクピット。十五メートルのナイトの巨体が刀の鍔に凭れて息を引き取る。そこから勢いよく刀を引き抜くと、鋼の巨人はその反作用で大の字に倒れてしまった。
全てが終わった静寂の時間。すり鉢状に抉れた決戦の地、そこに動くものはもはや何もなかった。立っているのは、夜闇に黒ずむ赤銀の巨人が一機。それ以外は、全て死んでいた。あれほど轟音を上げていた砲弾砲塔も、縦横無尽に駆け回り飛び回っていた人型兵器達も、何もかも。
この土地にこれだけの静寂が訪れたのはいつぶりだろうか。昨日までここは活気ある工業都市だった。沢山の兵器工場、沢山の整備ドック、沢山の廃品処分場が立ち並ぶ、この歪な機械文明の縮図のような場所だ。絶え間なくGS用大型トレーラーが行き来し、昼も夜も関係なく研究員や作業員が職務に明け暮れた。それはまるで、鉄と鋼の蟻塚のよう。無機質で規則的な喧騒は途切れる事を知らず、彼方から見た街は眠らない不夜城そのものだった。
———そんな静寂を、一陣のエンジン音が断ち切った。
このすり鉢状の大地、兵(つわもの)たちの集団墓地に、一台のGS用トレーラーが乱入する。
速度は明らかにオーバー、横転も自壊も覚悟の上なのだろう。すり鉢の縁から飛び上がった車両が僅かに飛翔し、既にひび割れていた運転席のフロントガラスは、接地とともに勢いよく木っ端微塵に砕け散った。ハンドルを握っていたのは、運転席の大きさと比べるとその特徴が顕著なほど小柄な少女。手入れ不足の針金のような長い金髪が風に煽られて顔にかかると、邪魔そうに首を振ってそれを払い除けた。
トレーラーは迷わず、最短距離でVOLTの膝下に突撃していた。荒れ地も、窪みも、瓦礫も、機械の残骸も、障害の悉くが存在しないかのような振る舞いだ。避けもせず、回り込みもせず、その進路は定規で引いたような直線。そんな走り方をしていれば車両は跳ねるし、歪むし、悲鳴を上げる。
———少女はその小さな手で大型車両を取り押さえ、引きずり回しているようであった。
しかし、それも長くは続かない。
何度目かの跳躍、何度目かのバウンド。何度も車体を衝撃が走り、遂に前輪が一つ外れて彼方へ転がり消えてしまった。本来ならそれだけで走行不能になるような設計ではないのだが、少女が出していたスピードは車体を大きく揺さぶるのに充分だった。制御を失った鉄の巨体は大きく傾き、そのまま横転してドリフトする。
ガリガリと乾いた地面を削り、砂埃を立てながら大型車両が腹をみせて大地を滑った。そんなトレーラーが動きを止めて砂埃に姿をうずめる頃、小さな人影が飛び出した。少女は邪魔そうに砂埃を振り払い、やはり真っ直ぐに赤銀の巨人の元へ走っていく。そんな彼女を、鉄面皮の視線が見下ろしていた。切れ長の睨めつけるような視線はあまりにも鋭く、星空の光を鏡のように照り返す抜き身の刀はあまりにも冷徹だった。
そんな巨人に真っ向から立ちはだかり、走り疲れて息も絶え絶えの少女が叫ぶ———
「ジョーッ!」
———その名を呼ばれて、巨人は刀を振り上げる。
一陣の風が、少女の髪を薙いだ。
乱れた金髪は背後にながれ、
『彼』を見上げる少女は僅かに目を細めている。
ガチンッ———刀が鞘に収まる、重厚な金属音。
巨人は少女に覆いかぶさるようにかがむと、片膝立ちの姿勢でうなだれる。逆光ゆえか、黒い影が星空を塗りつぶして、むしろくっきり映って見える。切れ長の両目が光を失い、各関節部から僅かに力が抜けるのが見て取れた。次いで、頭部の付け根から腰部の辺りまで連綿とつらなる脊髄上の器官、スパインブロックが動き出す。ドミノ倒しのように一つずつ、隣接するブロックに促されてもう一つ、ちょうど項の位置が盛り上がって隠されたコクピットハッチが露出した。
ハッチが開くと内部が高温なのか、まずは夥しい蒸気が勢いよく音を立てて噴出する。そしていくつかの駆動音を伴い、蒸気の霧の中に人影が現れる。その位置、地上からおよそ七メートル半にも関わらず、男は何の躊躇もなく飛び降りた。暑そうに、そして煩わしそうにパイロットスーツのジッパーを下ろすと、上半身部分が腰のベルトの位置までパックリ割れる。裸けた両肩を捻りながら袖から両腕を抜き出す。いったいどう鍛えればそうなるのか想像するだけ足がすくむような、ほぼむき出しの筋肉。それを、ところ狭しと傷がびっしり並び、傷の上に傷がいくつも折り重なった皮膚が覆っている。
———それは少女が見知った『彼』の両腕だった。
「言っただろ、ニナ。———なるようになるって。」
相変わらずの抑揚のない気だるげな声が、いつも通りに適当な事を言う。
そんな彼に、ニナはそっと震える手で触れてみる。黒いノースリーブのシャツは大量の汗で湿っていた。外気に触れたというのに、まだほんのり温かい。そして、薄い布一枚向こうにある鋼のような身体は———やはりホンモノだった。地上戦艦五隻を伴う大艦隊に、数え切れないほどの最新鋭機、そして街を滅ぼしたキノコ雲・・・その全てをねじ伏せて、男はこうして立っている。
「もう・・・あんたって奴は———」
———不死身なんじゃないか、とニナは感じていた。
赤銀の死神編 終
赤銀の死神編 エピローグ
あたたかな日差しと柔らかな風が、病室の半開きの窓からやってくる。白く透き通ったレースカーテンが不規則になびいて、見ているだけで心地よい。
「風があるな。閉めようか?」
気を利かせたアントニー中尉が、言いながら椅子から立ち上がろうと上半身を倒す。しかし病床に横たわるロベルタ二等衛生兵は、僅かに目を閉じて首を振った。
「大丈夫。それより私、こんなにして貰っちゃって。」
申し訳なさげに視線を落とす。彼女の腕には幾重にも包帯が巻かれていた。両足も、首も、肋骨の半数以上も、全身実に五十箇所以上の大小さまざまな骨折を抱えて、彼女は静かに横たわっている。
———そんな女性を、どうして責められようか。
アントニー中尉は彼女の手に優しく触れ、申し訳程度に顔を覗かせる色白の指先をゆっくり握り込んだ。
「いいさ。僕が『好きに』して、———勝手にやった事だ。良い医者がが見つかって本当に良かった。」
もう一陣、風が吹いた。
ロベルタの髪が顔にかかると、アントニー中尉は慣れない手つきでそれを退かす。触れて良いものか、痛くはないだろうか、———そんな迷いを指先から感じる。その葛藤が、今のロベルタには心地良い。
『あの戦い』から三日間———それはアントニー中尉にとって戦闘以上に慌ただしく、また気が気ではない時間が続いた。
誰もが無傷ではいられなかったあの狂気の檻を、二人は必死に駆け回って出口を探した。人や物で塞がって通れない場所、火の手が及んで近づけない場所、扉が壁ごとひしゃげてしまった場所、———様々な『行き止まり』を乗り越えて、二人はなんとか脱出に成功した。
しかしそれは、あの場限りの火事場の馬鹿力。アドレナリンの成せる技でしかなかった。アントニー中尉の傷は、艦長におられた前歯と強打した肋骨数本の骨折。痩せ我慢でどうにでも出来る程度のダメージだ。
だが、ロベルタ二等衛生兵は違った。その異変は、戦場をいち早く離れる為に少々強引に都合した車の中で始まった。息を荒げ、ひどく発熱し、ぐったりするロベルタ。街中では痛々しい戦闘痕が、街を離れても未舗装の荒野が、疾走する自動車を容赦なく突き上げて車内を激しく揺さぶった。それがまた、傷ついた彼女の身体にはよくなかった。一番近い別の街へ辿り着いた頃には、ロベルタはすっかり息も絶え絶えの状態でぐったりしていたのだ。
アントニー中尉は街を必死に駆け回った。中尉は軍人である事をどこまでも活用し、周囲の集合住宅や民家から水や食料、鎮痛薬や応急処置の道具などを民間人に求めた。これを断る事は法律上出来ないので、人々は渋々ではあるが、なけなしの食料や薬を譲らざるを得なかった。そしてその甲斐あってか、アントニー中尉は幸運にもさる無免許医の門戸を叩いた。
ゴンゴンッ———
「夜分遅くにすみません、軍の者ですが———」
ノックというにはあまりにも野蛮なのに、その口調は焦燥のさなかでも丁寧さを忘れない。そんな青臭くも真っ直ぐな声を聞いて、老齢の男は戸の向こうからでは正しく聞き取れない返事をした。
中尉の前の戸が開くと、そこにはグシャグシャに丸めた新聞紙を広げたような、シワにシワが重なったような顔の男が立っていた。剥げかけた頭頂部以外は毛量はむしろ多く、しかし一切の手入れをされていない無精髭はヒトというより獣のようであった。動物図鑑の猿の並びにこの顔が載っていても、恐らく誰も違和感を抱く事はないだろう。
「兄さん、階級は?」
ぶっきらぼうに言う男。アントニー中尉は僅かに気圧されながらも、ここへ来た目的を思い出して気丈に振る舞う。
「中尉であります。この近くのキャンプで水と食料、それから薬が不足してるので、申し訳ないが民間の義務に則り・・・」
「一人でかい?」
最後まで言い終える事もなく、男の質問が中尉の言葉を断ち切った。
「将校サンが部下の一人も引き連れず、しかも使いっ走りってのは・・・おかしいよなぁ?」
ぎょろりと、老齢の男の怪しい相貌が中尉に向けられる。
貧しくて汚らしい風貌とは裏腹に、この老人はこの街で出会った誰よりも聡明に思えた。
「いいさ、ワケアリなんだろ。———連れてきな。」
アントニー中尉は理解するのに少しだけ時間を必要とした。しかし、そのボロ小屋の奥から香る薬と消毒剤の匂いでようやく、目の前の男の正体を理解したと思った。
敬礼し、感謝を述べながらアントニー中尉は駆け出した。生き延びた幸運と、その男に出会った幸運、その両方を噛みしめる彼に疲れはなかった。どこまで走ろうと、息を切らそうと。
そしてロベルタは一命を取り留めた。簡素な食事と市販の鎮痛薬では、こうは行かない。本物の医学の知識と、それを活かす器具や機材と、それを使いこなす医者がいてはじめて命は救われるのだ。
———その奇跡を噛み締め、アントニー中尉はロベルタの髪を顔から退けて流すと、そのまま何度か頬を撫でた。
そうして暫く無言の時間が流れると、風が止んだ。柔らかな風に煽られて踊っていたカーテンもいつしか動きを止めていた。中尉は、それを合図だと直感する。
「中尉?」
撫でるのをやめて、中尉は懐から小さなメモ帳を取り出した。不安げにこちらに顔を向けるロベルタと一瞬目が合う。
中尉はペンを持ち合わせていなかったので、近くに転がっていた適当なペンを借りてページの上を走らせた。
「僕はさ、ロベルタ———」
書き終えるとページを破いてメモ帳から切り離し、二つ折りにして見舞いの花が入った花瓶を重しに机に置いた。
風で飛んでしまわないように・・・というのは方便だ。本当は、それを直接渡すのがあまりにも気恥ずかしかっただけ。
「僕はね、君を助けられて本当に良かったと思ってるんだ。こうして二人無事なのは、やっぱり何かの縁で・・・いいや違う、そういう事が言いたいんじゃなくて・・・!」
痒くもないくせにせわしなく動き、顔を背けたり、頭の後ろを掻いてみる中尉。ロベルタはそんな姿を静かに、しかし嬉しそうに見ていた。
「いずれ元気になったら連絡してくれ。その時はメソ・キャピタルの方にでも遠出して、何か良いものでも食べに行こう。」
ロベルタが静かに頷くと、アントニー中尉は病室を後にした。無免許医と何か二三言葉を交わしていたようだが、ここは存外壁が厚くてよく聞こえない。しかし、あの中尉の事だから律儀にお礼やら挨拶やらを言いに行ったのだろう。
本当はまだ動かすべきではないのに、そうすれば痛みが走って、患部が刺激されて治りが遅くなると———衛生兵の彼女は———わかっているのに、ロベルタは一生懸命に手を机に伸ばしていた。中尉のメモに触れたかった。こんな包帯でぐるぐる巻きの手では花瓶を退かして何が書かれているかを確認することは出来ないが、それは退院までの楽しみに取っておこうと思う。
「・・・意気地なし。」
ロベルタが小さな声で呟いた。
指先に、粗悪な再生紙の手触りを感じる。そこには、まだ中尉の温もりが残っていたような気がした。
———————
—————
—————
———————
あれほど連続していた爆発も、あれほど轟いていた砲撃も、あれほど戦艦を力強く揺さぶっていた戦闘の余波も、もはや何処にもありはしない。嘘のような静寂が、この夜闇に溶ける漆黒の艦内をも支配していた。
———これはまだ、VOLTと同盟軍艦隊の戦いが終結して五分もしない頃の出来事だ。
ライトウッド少尉は、ようやく目的地にたどり着いていた。長い道のりを、彼は彼なりに、諦めずに踏破してみせた。いつ潰れるかもわからないひしゃげた通路、黒鉛が充満して呼吸さえままならない排熱ダクトの中、高熱化した金属壁に売れた腕や身体を焼かれながら、それでもこの場所を目指していたのだ。
———それこそが『兵士の務め』と信じて。
そこには僅かな照明があった。艦のシステムの照明ではなく、何者かが持ち込んだライトの光だ。壁面には、大きなヒトガタの影が映し出されている。
この辺りの構造はほとんど歪んだり、破壊されたりしていなかった。いくつもの砲撃を受けても、それでどれほど表層の隔壁や通路や施設がやられても、やはりここに攻撃は届かなかったという事なのだろう。少尉は自前の通信デバイスの明かりで足元を照らしながら、最後の通路を靴音をカツカツと立てて進んだ———それはもはや意味のない巡礼、あるいは殉教の道だった。
「・・・若いな。」
少尉が『そこ』にたどり着くと、先客が絞り出すような声で言った。壁に背を凭れ、足をだらりと伸ばした男の姿が、ライトウッド少尉にもようやく見て取れた。
光は彼の脇の大きなライトから発せられたものだった。反対側には自動小銃が乱雑に投げ捨てられていた。男は見たところ老齢。マントのように羽織っていた軍服の上着の階級章を確認すると、ライトウッド少尉は勢いよく踵を打ち合わせて背筋を伸ばし、美しい敬礼をしてみせた。
「観測班所属、ライトウッド少尉であります。大尉殿!」
聞き届けると、大尉は静かに頷いた。
「ご苦労、休んで良し。・・・だが、少し来るのが遅すぎたな。もう終わってしまったぞ。」
「は。申し訳ありません。奮戦虚しく・・・いえ、ひとえに私の力不足であります。」
労う大尉に、少尉は敬礼の姿勢を解かないまま言葉を続けた。少尉はそれで、大尉は目が見えていないことを確信する。
「変わらんよ、俺も。ここへ来ればなんとかなるかと思ったが・・・こいつじゃなぁ。」
自嘲気味に笑いながら、大尉は傍らの自動小銃を持てる限りの力で引っ叩いてみる。すると、銃は少しだけ置かれた角度を変えて見せた。
———そう、意味はないのだ。何せここにあるのは戦艦の心臓部、小型原子炉なのだから。
小型とは言っても、それは通常の原子炉と比べた話だ。広い施設と巨大建造物を用意してようやく成立する発電所の原子炉に比べれば、この戦艦に詰め込める程度の大きさにまで圧縮された原子炉は十分小型と言える。しかしそれでも、その膝元から見上げて頂上が見えないほどには、小さな人間の身体からしてみれば十分巨大な建造物と言わざるを得ない代物なのだ。
ライトウッド少尉がここへ持ち込んだ武器は拳銃、大尉が持ち込んだのは自動小銃。まるで話にならない。そんなものでは原子炉の外装に穴の一つも開けられないだろう。———これを爆弾として使って一か八か、VOLTを吹き飛ばす爆弾に利用しようなどと、夢のまた夢である。
「悔しいなぁ、少尉。とはいえ・・・俺たち兵士は、」
その先の言葉はない。敬礼したまま最後まで聞き届けるつもりのライトウッド少尉だったが、待てども待てども先がなければ、年若い少尉でもその意味を理解するのは難しくなかった。
静かに、しかし確実に一歩一歩大尉の方へ足を運ぶ。カツカツという靴音がぴちゃりという水音に変わった時、少尉はたまらず駆け足になっていた。大尉のそばまで駆け寄ると、少尉は片膝をついて大尉の脚に触れる。それはちょうど膝あたりで口を結んだ砂袋のようであった。その先は何もなく、大尉の周囲を満たす液体は、彼自身の夥しい流血だったのだ。
そこから腕へ、腕から肩の方へ。順番に指先を這わせて行く。暗闇で指が引っかかったのは、上着の袖に縫い付けられた腕章だった。
「技術士官の特殊章・・・それじゃ、あなたは技術大尉だったのか。」
元来、技術士官は戦闘員ではない。技術者である事———電気室や機関室、GS格納庫の整備ドックで日夜兵士たちをサポートする事こそが、彼ら技術士官の最大の戦いなのだ。
———そんな技術者たちの長が、自動小銃で原子炉を破壊できない事ぐらい知らないはずがない。
「あなたは勝てないと知って、無意味に散ると知って、それでも———」
———それでも立ち向かった。『技術者』としてではなく『兵士』として。
そのあり方に敬意を表し、少尉は今一度敬礼する。鎮魂の静寂の中、ライトウッド少尉は思いをはせる。同じ戦艦にいて、同じ結論に至った偉大な先輩の事を想う。同時に、二人はこんなにも似ているのに、結末は何故こうも違うのかと。
理屈の上ではいかようにも説明できる事だ。技術士官なら機関室やその周囲に、つまり戦艦の撃沈とともに真っ先に潰れたエリアにいた可能性は高い。そこできっと、奇跡的に潰れたのは片足だけだったのだ。一人だけ生き残ったなら、自分だけがまだ動けるのなら、兵士として成すべき事は決まっている———最期の刻まで戦い続けるのだ。標的を撃滅せしめるまで、あるいは、其の命尽きるまで。
持ち場にいたからこそ、『兵士の矜持』に突き動かされた大尉と———
———持ち場を離れて奇跡的に難を逃れたからこそ、この場に辿り着いた少尉。
対極の二人がこの場所で邂逅した意味は、本当に理屈で説明できるだろうか。
少尉は、ふと大尉の首元に輝く違和感に気がついた。恐る恐るその輝きに手を伸ばすと、それは細くデリケートな鎖の一部だと分かった。ペンダントか何かだろうか。少尉はそれを手にとってよく観察してみる。
鎖を手繰ると、卵のような楕円形の平べったい物体があった。留め具とスプリングの簡単な仕掛けで開くロケットらしい。少尉は片手でそれを持ち上げると、親指で器用に開けてみる。
”ISAAC & MARRY SAMSON, PRECIOUS DAYS START HERE (イサークおよびメアリー・サムソン夫妻、かけがえのない日々がここから始まる)”
そんな文字に縁取られた、若い二人のカップルの写真があった。男は生真面目そうな顔立ちでタキシードを着ていて、相手の女はお姫様抱っこに浮かれていたのか、その仏頂面を抱き寄せて口づけしていた。黄ばんだ古い写真なのに、そのドレスが艶やかで真っ白なウェディングドレスだとひと目で分かった。
その写真の隣には、後から貼り付けたのがすぐに分かるもう一枚の写真があった。蓋の裏についていた上に、明らかに材質が違ったからだ。端的に言えば、先の写真の埋め込み方より明らかに出来が悪い、素人の手作業丸出しなのだ。そこにはまだあどけない顔立ちで、精一杯の凛々しさを演じる少年の顔が写っていた。
「すみません、イサーク・サムソン技術大尉殿。せっかく兵士の生き様を、そして死に様をも教えていただいたのに。」
パタリとロケットを閉じると、少尉はそれを強く握り込んで勢いよく引っ張った。
鎖が音もなく切れると、首を引っ張られて大尉の身体が頷くように跳ねた。
「———自分はまだ、あなたの元にはいけません。」
ペンダントを強く握って、この区画の天井を見上げる。しかし、見ているものはいくつもの鉄板をボルトで打ち付けた、そんな天井そのものではない。
より高く、
より彼方の、
甲板の更に向こうの———赤い悪魔。
———少尉の相貌には、いつしか決意の黒い炎が宿っていた。
——————―
———――
———――
——————―
戦いの日、その晩———
ジョーとニナは既にねぐらに戻っていた。決戦の地が工業都市という事もあり、壊れたGS用トレーラーの変え部品や修理機材を見つけるのはそれほど難しくなかったのだ。無論、それはニナのメカニックとしての類稀な才能と技術あっての事ではあるが。
二人のドックに帰ると、ジャンクパーツや組立中のモジュールブロックの並びにVOLTも安置される。
「ジャンクじゃないGSがうちのドックにいるなんてね。壮観だね。」
片膝を付いてうなだれる赤い巨人を見上げてニナが言うと、ジョーも同じ方を見上げながら「ああ。」と短い返答をした。
こういったGSの整備用ドックには巨人を直立させて置くためのレーンや、直立させた状態で整備するための可動式ブリッジがよく用いられる。その例に漏れず、このドックにもレーンやブリッジは用意されているのだが、十五メートル級GS用の機材は備わっていないのでVOLTはしょうがなく座らせているのだ。VOLTを整備するより先に、まずは整備環境そのものを整備しなければならないとは。改めて『とんでもないプレゼント』を渡されたものだ、と二人は呆れ混じりに居間の方へ向かうのだった。
居間に戻るなり、ジョーは汗が染みたシャツを煩わしそうに脱いでソファーに放る。そして奥の方に敷いたブルーシートにあぐらをかくと、ガラクタの山から手頃なバネと筒を手に取り、指で抵抗を確認したり中を覗き込んだりしてみる。こんなゴミの山でも、工夫すれば手頃な武器や日用品が出来る事もあるのだ。
「ジョー!ちょっと来て。」
背後でニナが呼んでいる。しかしジョーはガラクタいじりを始めたばかりで作業の手を止めたくなかったので、ここは聞こえないふりで乗り切ろうとする。
「・・・もう。」
呆れ混じりの溜息をついて、ニナの方からジョーへと歩いていく。
極度の面倒くさがりで、多着で、だらしなくて・・・あれほどの戦いを乗り越えたというのに、この男は何も変わっている様子がない。そんな姿にどこか安堵のようなものを感じながら、ニナは無言の背中に向かっていく。
———バサリと、何か大きな布がジョーの頭と背中に覆いかぶさった。
「これは?」
作業の手を止めて、ジョーはニナの方に向き直りながら布に触れてみる。
それは軽くて丈夫な黒い布だった。表面と裏面で別の生地が使われている。表の生地は傷や汚れに強く、裏側はしなやかな手触りだ。それでいて、二層構造なのに風通しも良い。頭に被さったものはフードのようで、ジョーの方から胸にかけて紐が垂れ下がっていた。
「ロングパーカーっていうの?ほら、ジョーはおしゃれとか全然しないじゃん・・・だから・・・作った・・・」
照れくさそうに言うニナの声は、言葉を紡ぐ都度に少しずつ小さく、弱々しくなっていく。そんな彼女の変化に全く気付かない様子で、ジョーは左右の腕を袖に通していく。
「うん。これ良いな。軽いし丈夫そうだ。」
「そう!生地選ぶの大変だったんだよ!あと寸法!あんた本当に服のバリエーション少ないから参考になるものがなくって・・・ほとんど目分量でやったんだから・・・!」
封を切ったように吹き出るニナの文句を、当のジョーは聞いているのやら聞いていないのやら。腕を伸ばしたり、肩を回したり、胸を張ってみたりする。
「ぴったりだ、ありがとう。似合ってるか?」
何か気の利いたポーズでも取ればいいのに、ジョーはいつも通りの無造作な立ち姿で言った。
相変わらずの抑揚のない声だが、角度のせいか、それとも光の辺り具合がそうさせるのか。鉄面皮のジョーの口元が、少しだけ緩んだようにみえる。
「うん、想像した通りかっこいいよ!・・・それから、お誕生日おめでとう。」
その晩、ロングパーカーは上着だと言うのに、ジョーは就寝の時まで着用し続けていた。
それから、いつもよりはほんの少しだけ、ほんの僅かにではあるが———少しだけ素直にニナの言うことを聞いていた。
———その数日後、早朝。
ジョーは昨晩中断した機械いじりを再開し、ジョーより遅い時間に起きるニナはようやく目を覚ましたところだった。簡単な挨拶を交わしてから、ニナはボサボサの髪を手ぐしでとかしながら洗面所に向かう。眠気はまだまだ抜けきらず、こすっていた目元が少しだけ赤くなっていた。
コンコンッ———
珍しい事もあるもので、誰かがこんな早朝からドアをノックした。
ジョーとニナは表向き様々なジャンクの修理屋を営んでいる。日用品から護身用の武器に至るまで、ほとんど何でも修理する業者だ。こういう業者は非常に多い。特に戦いが延々と続くこの土地ではジャンクパーツはいくらでも手に入るので、拾ったジャンクを修理して欲しいという客やら、ジャンクから何か有用なものを組んで欲しいという客やら、そういう需要で溢れているのだ。それでも、表の看板に書かれた始業時間より何時間も早く門戸を叩く客というのはやはり珍しいものだ。
「ジョー!出てー!」
洗面所から聞こえる声を、ジョーはやはり聞こえないふりでやり過ごそうとする。素直に言うことを聞いたのは期間限定の珍事らしい。
洗面所の鏡に映った自分を見るニナ。髪はボサボサだし、身につけてるのは寝巻き代わりの大きめのTシャツ一枚だし、眠そうな顔もだらしない。本来他人に見せられるような状態ではないが、これ以上客をまたせるわけにも行かないのでしょうがなく自分が向かう。
「はーい。誰ですかー?」
眠気を隠す気もない声色で言いながらドアをゆっくり開くと、そこには軍服の男が立っていた。
男は丁寧に会釈をすると、懐から軍人手帳を取り出す。
「こんな早朝からすみません。アントニー・アンダーソン中尉と申します。少しお話、よろしいでしょうか?」
赤銀の死神編 エピローグ 終
機甲大戦記VOLT
第五話『赤銀の死神 その①』
アントニー中尉は、空に広がる巨大な黒雲を複雑な気持ちで見上げていた。彼はまだ若かったが、自分の選択や行いは常に正しいと自負していた。親の反対を押し切って同盟軍の一般公募に志願した時も、訓練兵時代に上官の勧めで士官課程に進んだ時も、それを修めてこれから順当に将校課程のステップを駆け上がろうと決めた時も、自分の選択は正しいという自信があった。
レジスタンスという連中の言い分が完全に理解できないわけではないのだ。この土地に大昔から存在した三国、イグラ、アイラ、スコラが合併して同盟国を名乗りだしたのはほんの十六年前の話だ。それが事実上イグラによる他二カ国の併合だったのは間違いないが、第一次三国大戦、第二次三国大戦、機神戦争とも呼ばれる第三次三国大戦という三度の世界大戦を経てようやく辿り着いた戦争なき時代が現在なのだ。過去の時代を知る世代であればあるほど納得しかねる事もあるだろう。恨みつらみの数々もあるだろう。アントニー中尉はそれを否定しない。しかしその上でなお、相争い続けた三国が手を取り合う現在の平和の方が尊いと思うのだ。
だからこそ中尉はレジスタンスのような輩が許せない。過去に縛られ、今と未来をまるで見ていない。過去の出来事に折り合いをつける事もなく、おかしな陰謀論ばかり真に受けて、平和な世界に戦争の火種を撒き続ける連中。そんなテロリストどもがいるから、軍隊はまだ廃業しないのだ・・・と彼は本気で信じていた。
中尉の目から見ても、今度の作戦はやり過ぎだった。この工業都市のどこかの民間ドックがレジスタンスに協力している疑惑があるからと、同盟軍は街そのものを消し去る選択をした。ラブリュス級巡洋艦五隻に、ナイト三十機、センチネルは十五機も随行した。その時点でおかしいと気付くべきだったが、同盟軍の権威を見せつけてテロリストどもを牽制する意図でもあるのだろうと、勝手に脳内で補完していた。しかし事実は違った。今回の作戦は完全な焦土作戦だった。
誰も生かしておかない。
何も残してはならない。
『ソレ』の痕跡さえ継承させない。
こんな事が許されて良いのだろうか。中尉は疑問に思う。
しかし、同盟国という絶対的な正義を許さないのは———中尉は、これ以上考えてはいけないと首を振った。
——————―
———――
———
全方位から全身を覆う爆炎と黒煙の分厚い雲を抜けると、そこではじめて自分が落下している事を理解する。
定義する: ———重力が引く方が下、ならばその反対が上。
推測する: ———頭が下なら、これは逆さま。
結論する: ———今自分は、真っ逆さまに墜ちている。
「これは、まずいな・・・」
全備重量六十五トンの鉄塊が、時速五百キロメートル以上の速度で落下する。人型で、頭から真っ逆さまに。これは良くないと直感すると、ジョーはせめて姿勢の上下だけでも反転しようと試みる。
VOLTの操縦システムは拍子抜けするほどシンプルだ。それはアインハルト博士が、脳波コントロールパイロットシステム(BCP=Biological Control Pilot system)と名付けた次世代の人型兵器操縦システム。VOLTの機械の身体とパイロットの脳を『ビジュアルコネクトヘルメット』を通じて接続することで、パイロットは自分自身の身体を操るのと同じ要領でVOLTを操縦する事が出来る。ヘルメットを被る事でパイロットの脳と機体を接続し、パイロットが『グリップタイプコントローラー』を握った時に意思を操縦として出力する。VOLTの操縦は事実上これだけで完結するが、補助的にコントローラーには武装制御のスイッチや射撃用のトリガー、出力管理のための『コントロールペダル』、そしてその他の詳細設定を担う『コントロールパネル』が存在する。パイロットの脳への負荷さえ考慮しなければ実にシンプルで実用的なシステムなのだ。
加速度的に地面が近づく。激突するより先に身体を屈んで丸くなり、足を振り子のように使って体勢を入れ替える。しかしそれだけではない。全身に配置された衝撃波発生装置『ショックポイント』がタイミング良く起動し、空中で瞬間的に体勢を変える。
「うッ、これは・・・!」
これだけでも、凄まじい負荷が身体にかかる。ジャゴのような機体を限界以上のスペックで使い潰すジョーでさえ、この怪物のスペックは持て余していた。姿勢変化でさえこの重圧だ。着地した時の衝撃を考えただけで、ジョーでさえ生唾を飲み下さずにはいられなかった。
「ッ———!!!!」
分かっていたつもりだった。凄まじい衝撃と、それ以上の重圧は避けられないと。それは着地と同時に襲いかかる狂気で、さながら巨大な悪魔の手の中で握りつぶされるような重圧だった。途切れそうな意識をなんとか繋ぎ止め、力の限り歯を食いしばって耐える。
地上戦艦の艦橋からは、巨大な黒い髑髏が赤い巨人を産み落とす様子が良く見えた。巨人は吸い込まれるように大地に消え、轟音とともに何もかも薙ぎ払う衝撃が僅かに残存した建物や、その足元の瓦礫を吹き飛ばした。砂塵に阻まれ、目視は不可能。計測器の類は著しく乱れ、モニター映像も度重なるノイズに切り刻まれる。
「なんだ、ありゃ・・・」
同盟軍のGSたちはシールドを構えてなんとか踏ん張り、地上戦艦は艦橋保護のシャッターを下ろして衝撃に耐える。その場に集った戦艦の乗組員も、随行するGSのパイロットたちも、置かれた状況を理解しきれないままひたすらに衝撃にだけ耐えていた。
アントニー中尉のような考えを抱いて作戦に参加した同盟軍兵士は決して少なくない。この作戦は本当にただの牽制なのか。牽制で無ければやはり街一つを巻き込んだ掃討作戦なのか。そこまでして歴史の勝者が恐れるものは、一体何なのか。この戦いに正義はあったのだろうか。
・・・衝撃が、そんな疑問を希釈していく。目の前の現実にはそれだけの説得力があった。
しかしアントニー中尉は食い下がる。揺れる艦橋で計測装置のインターフェースを掴んでバランスを取りながら、今一度立ち上がって振り返る。
「艦長!『VOLT』とは一体何なんですか!あの爆発が『VOLT』なんですか!説明してください!」
黙って見ているだけの、他の乗組員たちも同じ気持ちだった。人はどこまで『正体不明』についていけるだろう。状況を注視しながら目を逸らす。そんな士官たちと、啖呵を切る若い中尉を鋭い視線で艦長が流し見る。
やがて自分の席から立ち上がった艦長は、揺れる艦内でも驚くほど安定した足取りで中尉に近づいていく。
「艦長・・・!」
中尉がそれ以上何かを言う前に、静かな仏頂面の艦長が鬼の形相に変貌しながら中尉の顔面を殴った。拳打は中尉の前歯を叩き折り、揺れと衝撃でコントロールを失った顎が勢い良く閉じて犬歯で舌を貫いた。
殴られた衝撃か、艦内の揺れか、あるいはその両方か。中尉は後頭部から計器に強打して身体の力が抜ける。パチパチとノイズが走る視界に、ぼやけながらも飛び込んでくる艦長をぼうっとした頭で眺める。他人事のように。
艦長は中尉の胸ぐらを掴み、自分の顔の高さまで引きずり上げながら怒鳴りつける。
「半年以上前だ!同盟軍の大隊が未開拓領域に資源採集へ行って、帰って来なかった!その後向かった救護班も!調査班も!誰も!事件から実に四ヶ月、ようやく回収出来たボロボロの友軍機から復元できた情報がV-O-L-Tの四文字!そして今度はここの民間ドックがVOLTに関わってると来た。どうだ、これで満足かッ!」
未開拓領域とは、この東西八千キロメートル・南北五千キロメートルにも及ぶアルビオンと呼ばれる大陸の北東部を占める高山地帯と、そこにある無数の高原や大地を広くアバウトに指し示した言葉である。厳密には未開拓ではなく、定住や開発に向かないので捨て置かれた土地であり、地政学的には充分解明済み。文明から隔絶された少数民族の存在も確認されている。
この地形はアルビオン大陸における戦いが延々と終わらない一因でもある。人々は悠久の時から限られた住みやすい土地を奪い合って戦い、戦いの怨恨を精算するために戦う。文明は戦いに勝つために進化をやめず、進化すればするほどに戦いは激化していく。
言うだけ言って、艦長はアントニー中尉を放り出す。
「ライトウッド少尉、中尉を懲罰房に連れて行け。命令無視は三日間の拘束と決まっている。その他客員は引き続き戦闘態勢維持。VOLTがなんであれ、我々兵士にはそれを打倒する義務がある。艦長として、諸君らの奮戦を期待する。」
視界は晴れ、徐々に粉塵が降りて街の全体像が浮かび上がる。すり鉢状にえぐれた大地と、ビルだったものの土台の残骸がまばらに確認できる。そしてその中心部には、赤銀の戦士がたった一人、無傷の外装を輝かせながら立っていた。
ライトウッド少尉が意識朦朧のアントニー中尉の腕を取って肩に担ぐと、中尉がうわ言のように「ずびまぜんでした・・・ずびまぜんでした・・・」と謝り続けるのを聞いた。冷静沈着な艦長の取り乱しようも信じられなかったが、少尉には尊敬していた先輩のこの姿も信じられなかった。懲罰房に一歩近付く度に、少尉が積み上げてきた現実が一欠片ずつ崩れていく、そんな焦燥感が胸を支配した。
砂塵の霧が晴れると、ジョーは置かれた状況を確認する。無数の銃口が自分に向いている。VOLTの目はとても良いので、ジョーは各戦艦の主砲から、ナイトやセンチネルの射撃兵装から、何から何まで大小様々な銃口を一つ一つ舐めるように観察する事が出来た。
・・・それはなんて、見慣れた光景か。
慣れないコクピットで、ようやく慣れたシチュエーションに一息つく。これならいくらでも見てきた光景だ。最初は戸惑ったVOLTの視界だが、慣れてしまえば悪くない。撃ってくるなら迎え撃つまで。
「ジジイの置き土産か、お手並み拝見と行こうかな。」
ポキポキと指を鳴らすと、胸中の高揚感を隠しきれないままグリップタイプコントローラーを握る。それでVOLTはジョーの意図を反映し、仁王立ちの姿勢を解いた。腕がだらりと脱力して垂れ下がり、姿勢は少々猫背気味。膝関節は伸び切らずに余白を残し、人面を模した鉄面皮の表情が先程よりも明らかに鋭く、冷たい殺意の視線を真正面に投げかける。
その動きが決定打だった。VOLTを取り囲む戦艦が一斉に主砲を解放し、弾幕のドームがVOLTに襲いかかる。だが、そんなものは障害にさえならない。己の身体のように巨体を動かせるなら、なおさら。素早い身のこなしで弾幕に突進し、無数の凶弾を最小限の動きで受け流す。それを可能にしているのはVOLT特有の圧倒的な出力と運動性能、そして強制的に慣性を殺すショックポイントの反作用だ。ゆえにVOLTは、ただ動くだけでパイロットを容赦無く食らう。
「ぐう・・・うう・・・!」
その身を潰しかねない重圧と、引き裂く程のエネルギー。それを歯ぎしりと根性でねじ伏せながら、ジョーは分厚い弾幕を無傷で抜ける。
ここまで動かしていれば分かる事だが、恐らく命中してもVOLTは平然と戦い続けられるのだろう。しかし、それでは乗りこなしたとは到底言えない。いち早くこのじゃじゃ馬に慣れ、乗りこなす。その為には率先してより険しい道を選ぶ。それが唯一の生存と勝利の道だと、ジョーは良く知っている。
「敵GS、防衛ライン突破!第二波、間に合いません!」
焦った兵士の声が艦橋に響き、時を同じくして護衛のナイトやセンチネルたちが一斉に飛び立った。
ジョーの少々強引な慣らし運転の甲斐あってか、大出力で弾幕を突破したVOLTは既に戦艦の目と鼻の先まで来ていたのだ。それ自体が巨大なサイズで、大出力の武装を扱える地上戦艦は強力な兵器だが、それ故に艦上から狙える射角には限度がある。それは大型艦であればあるほど顕著で、この全長二百メートルのラブリュス級巡洋艦も例外ではない。だからこそ、近接戦闘は護衛の騎士たちが受け持つ体勢を取っている。
三機のセンチネルと四機のナイトで全七機。センチネルは全バリエーション揃ってひとチームを組み、ナイトはウォーリアーとアーチャーがそれぞれ二機ずつでバディをふた組み編成していた。これほどのVOLTの性能を見せられては、もはや誰も過剰戦力だとは思わなかった。戦艦五隻の艦載砲一斉掃射を避けきる以上、弾幕は完全に無意味。そうと即座に判断したナイト・ウォーリアー二機はシールドとメイスを構え、身を守りながら突撃する。近接戦闘で動きを止めてから、ナイト・アーチャーかセンチネル・スナイパーに狙い撃ちさせるためだ。
駆け抜けるウォーリアーたちを追い抜くようにストライククロスを構えたセンチネル・ソルジャーも加わり、同盟軍GSの第一陣とVOLTが遂に激突する。
「・・・まずは、あいつから。」
ジョーはセンチネル・ソルジャーに狙いを定めると、互いの間合いが重なるより先に跳躍した。そしてソルジャーのシールドに向かって急降下しながら飛び蹴りを放つ。
それは敵からの射撃を警戒しつつソルジャーの体勢を崩す為の一手だったが、VOLTの蹴りがセンチネルシールドに激突すると足裏のショックポイントが起動してシールドを破壊。そのまま貫通した蹴りが正確にソルジャーの胸部を捉えて蹴飛ばした。背後へ飛ばされたセンチネルは何度かバウンドし、その度に地面との接触で腕や足がもげながら内部構造も粉砕される。そして爆散しながら騎士だったものが大地に散らばった。
「すごいな。」
思わず感嘆の声が漏れるジョー。想定以上の威力に驚きを隠せない。しかし同盟軍の兵士は待ってはくれない。
爆炎を切り裂いてアーチャーの矢が放たれる。動きが止まった瞬間に撃つ、ただそれだけに集中していた弓兵達が引き金を引いていた。ドリル状の特殊な矢が回転しながら直進し、螺旋状に空気を押しのけていく。それに煽られた黒煙もとぐろを巻きながら散っていく。
VOLTはひらりと身を躱して矢を一つ避けると、もう一つの矢は素手で捕まえた。握りこぶしの中で回転して暴れる矢がやがて観念したように動きを止める。するとVOLTは拳で握り込んだ矢を手の中で回転させながら親指と人差し指で持ち直し、ダーツのように構えて近くのウォーリアーに投げ放つ。
状況を受け止めきれないウォーリアーのパイロットはこれに全く反応できなかった。腰と肩の回転を効果的に活かし、腕の振りと手首のスナップを加えた投擲はさながら野球選手の投球フォームを思わせる。大胆な身体の動きに反して、指先の挙動は異常なほど繊細だった。僅かな狂いもなく想定通りのコースを進んだ矢はウォーリアーの眉間を貫き、カメラユニットを完全に破壊して沈黙させる。
「・・・こんな事も出来るのか。」
ジョーは他人事のように言いながら、動かないウォーリアーからシールドを取り上げる。そして取り上げたシールドでウォーリアーを張り倒すと、少し距離が離れたもう一機のウォーリアーに盾を投げつける。
シールドが激突したウォーリアーは大きく体勢を崩すが、VOLTが近づこうとするとアーチャーたちが矢で阻む。もとい、アーチャーたちはウォーリアーを囮にして今度こそ命中させるつもりだったが、死角から射たはずの矢を立て続けにVOLTに避けられてしまったのだ。そして、この一瞬の隙を利用してセンチネル・ヒーローが一気に間合いを詰める。
ヒーローは背部ブースターを全力で吹かしながら最高速で接近すると、身の丈程もある巨大なシールドソードを振りかぶる。
「くっ、何か武器は・・・」
ヒーローを見て悪態をつくジョー。その意思に呼応して、ジョーの脳内に背部のディスク式マウントラックのイメージと、そこに収納された刀、サムライソードのイメージが流れ込む。
「後ろか。」
VOLTが背後に手を回すと、その手のひらに受け渡すようにディスクが回転して刀の柄を握らせる。手のひらに硬い実感を得たジョーはそのまま引き抜く動作をし、刀を袈裟懸けに振るった。
勢いよく大剣を振り下ろすヒーローと、刀を振り抜くVOLT。二機が金属音を鳴らしてすれ違う。それは日本刀に似た形状の近接武器。高速振動する刃が容易にGSを両断できる脅威の切断力を有する。盾を構えれば盾ごと両断し、鍔迫り合いさえ成立させない。VOLTシリーズに備わった驚異的な運動性能と合わせることで近接戦闘においてほぼ無敵の攻撃性能を誇る。
大剣はその中腹から一直線の断面が輝いて分離し、誘われるようにヒーローの右腕も上腕辺りから分離した。そして露わになったヒーローの胴には、一筋の分割線が増えていた。線はヒーローの胸部を斜めに駆け抜け、脇腹を通じて同じ線が背部にも浮かんでいた。それはサムライソードがプレートアーマーを袈裟懸けに切り裂いて侵入し、コクピットを切り裂き、中のパイロットをも切り捨てながら内部フレームを両断し、最奥のマイクロ原子炉S型さえも真っ二つにし、最後は背部のアーマーを内側から切り裂いて抜けた証拠である。
ヒーローは糸の切れた人形のように慣性に従って反転すると、そのまま大の字に倒れ伏した。その衝撃によって寸断された内部組織がドミノ倒しのように次々とズレては壊れ、原子炉が暴走して大爆発を起こす。VOLTは背後からの激しい爆炎に飲まれるが、なお無傷。燃え盛る火炎を逆光に、漆黒の巨人が浮かび上がる。
「すごい・・・けど、変な剣だ。刃が片方にしかない。じゃあ、こんな感じか。」
炎を照り返して激しく輝く刀を物珍しそうに眺めると、右手は鍔に設置するように握り、左手は柄頭の方に添えて手をクロスする。刃は上を向き、刀の側面がVOLTの頬を鏡のように映した。身体は半身に引き絞り、足は肩幅よりもやや開いて安定感と瞬発力を両立する。
それはどこかの国、どこかの世界で『霞の構え』と呼ばれる立ち方だった。背に炎を纏い、刃先を敵兵の喉元に向けた赤銀の巨人が、次の標的に狙いを定める。
「だんだんこいつのクセにも慣れてきたな。さあ、行くぞ・・・」
そう言って操縦桿を握り直すと、脚部に点在する複数のショックポイントと背部の大型のショックポイント、ショックブースターを全く同時に起動する。その瞬間に発生する推進力は今までの比ではなく、瞬間移動とさえ見紛う速度に到達していた。殴りつけるような衝撃がコクピットを駆け抜けるが、ジョーの身体は既にその威力に慣れつつあった。
アーチャーとすれ違い、刀は電撃のように振り抜かれる。遅れて駆け抜けた衝撃波が胴の位置で両断されたアーチャーの上半身と下半身、そして携行していた数々の武装を四方に撒き散らす。その動きは上空を旋回するセンチネル・スナイパーにも追う事が出来ず、狙いを定めようとするうちに地上の残存したウォーリアーやアーチャーを一機、また一機と撃破される。
「あれでラストッ!」
スナイパーが攻めあぐねている内に立て続けに三機のナイトたちを片付けると、スナイパーの方へサムライソードを雑に投げる。すると刀は回転しながら放物線を描き、スナイパーをも切り裂いてしまった。
スナイパーは上空で爆発を起こし、その爆炎から姿を表した巨大な刀が地上戦艦の甲板に深々と突き刺さってそそり立つ。
「バ、バカな・・・」
艦長は言葉を失っていた。『VOLT』と呼ばれる何かが同盟軍上層部も恐れる脅威だとは知っていたが、それがこれほどの怪物だとは思いもしなかった。戦艦五隻による飽和攻撃も、ナイトとセンチネルによる一糸乱れぬ陣形を組んだ戦術も、このたった一機のGS相手には通用しない。
先程刀が刺さった時よりも一回り大きな衝撃がホバークラフトで浮くラブリュス級巡洋艦を揺らした。VOLTが甲板に飛び乗り、主砲を目の前にして悠然と刺さった刀を抜いている。
「はッ・・・!砲手は何をしている!これはチャンスだッ!今のうちに・・・」
腰を抜かし、戦意喪失しかけている部下たちを鼓舞しようと指示を出す。しかし、艦長が命令を言い終えるより先にVOLTはサムライソードを横薙ぎに一閃して第一砲塔を斬り飛ばす。それは刀で樹齢百年を超える木を切り倒すような横暴だ。ジョーは構わず、切り株同然になった第一砲塔の残骸に足を掛けると、今度は第二砲塔を斬り飛ばそうと刀を振りかぶる。
「ジョー・・・ザ・スクラッパー・・・か。」
艦長がうわ言のように小さな声で呟いた。
それは戦場にはびこる数々の根も葉もない噂話、あるいは都市伝説の類い。曰く、それは制御不能な怪物、冷酷な殺戮マシーン、死体の丘で嗤うもの、立ち塞がるもの全てをスクラップに変えるもの・・・およそ信じるには値しない作り話として艦長は認識していた。『ラインヘッセの要塞陥落』も『デカール坑道の屈辱』も、一人の英雄が戦況をひっくり返すなどありえないと。それは軍人なら誰もが見るユメであり、ユメのまま終わる御伽噺だと。
同じ『戦う者』として、艦長の胸中には色々なものが込み上げてくる。VOLTの力に対する恐怖、憧れ、嫉妬・・・そして、自分はここで終わるという冷たい現実。導くべき部下たちを道連れにするという、無責任。艦橋越しにVOLTの巨大な鉄面皮と向き合って、その全てを容赦無く突きつけられる。
艦長は一人席を立つと、何も言わずにVOLTを睨みつけた。VOLTは第一砲塔の時と同じように斬り飛ばした第二砲塔の残骸を足場に艦橋に肉薄すると、大上段に刀を構えて振り下ろす。部下たちが我先に艦橋から逃げようとする中、艦長だけは拳銃で艦橋の窓を撃ち続けた。その窓の強化硝子さえ貫通出来ない銃弾が、一発、また一発と硝子にめり込んで止まる。艦橋の天井が潰れながら裂け、窓硝子が無数の破片に割れて爆ぜる。それは巨獣が脳天を砕かれて血飛沫を上げるように。
頭脳を失った戦艦はホバーの制御が乱れ、VOLTの一刀で斬り伏せられると同時に大地へ沈む。落下して勢いよく地面と激突したホバー装置が戦艦の自重で潰れ、細かい爆発を繰り返しながら沈黙する。ジョーは残り四隻の戦艦を見据えながら、勢いよく刀を艦橋から抜き放った。
つづく
第六話『赤銀の死神 その②』
望遠スコープのダイヤルを慎重に指先で動かしながら、戦場の様子を観察する。ここは廃墟都市の中でもひときわ高いビルの一角。それでも構造の半分以上は倒壊してしまっている。当然、無残に破壊されてしまった建物はここだけではない。この都市の全ての建物が砲撃を免れることはなく、砕かれ、あるいは炎上してその本来の機能を失っている。
ジョーとの連絡が途切れてからというもの、ニナはずっと工業都市の様子を観察していた。もうじきここと同じになる、今も戦火が絶えない街の事だ。五隻もの地上戦艦が街中の建物という建物を徹底的に破壊しながら奥地へと侵攻する。さながら、それはクジラが地上に這い出てちっぽけな人間たちを蹂躙しているよう。遂には目標の第七ドックをも、主砲の一斉掃射で地表から消し去ってみせた。攻撃は執拗で、無慈悲だった。
誰も生かしておかない。
何も残してはならない。
『ソレ』の痕跡さえ継承させない。
そんな執念を感じずにはいられない程、攻撃は残忍で、執拗で、徹底的だった。
徹底的な砲撃の末に第七ドックは見たこともないほどの大爆発を起こし、その周囲一帯を吹き飛ばした。ドックの地下から太陽が生まれたかのような強烈な光と熱波が発せられ、程なくして異常事態は巨大な雲として結実する。キノコのような、巨大な積乱雲。赤黒い不気味なそれは、絶えずもくもくと姿を変えながら吹き上げた瓦礫やら何やらを吐き出し続ける。
「・・・」
少女は言葉を失っていた。
ジョーはあの第七ドックに向かうとだけ言い残して、一方的に通信を切った。それから程なくして、あの大爆発。誰でも分かる、生存の可能性は絶望的だ。どんな死地でも機転と工夫で乗り越えるのがあの男ではあったが、そんな小手先の技術や戦術でどうにか出来る事には限度がある。出撃前から分かっていたはずのことなのに、予定調和の結論を見せつけられているのに、少女はショックを隠しきれなかった。口元に手を当て、目は充血するほど見開いていた。
しかし、自分自身でもその正気を疑いそうになるが、少女は未だに望遠スコープで『彼』を探していた。倍率を最大望遠まで引き上げて、戦場を端から端まで舐め回すように観察する。脳と理性は死亡確定の四文字を弾き出して、彼女自身もそれに納得したと言うのに。ニナの中の何かが、当然の帰結・絶対の真実を無根拠に否定する。
———再び、衝撃。
今度のは上空の黒雲も、直下の炎も吹き消すほどの極大の衝撃波。
ニナは別方面を最大望遠で見ていて『その瞬間』には気付かなかったが、衝撃に驚いて望遠スコープから目を離した瞬間に『ソレ』を目の当たりにした。
「今度は何っ・・・!」
悪態をついてスコープを構え直す。
砂塵の霧が晴れるまでの時間が矢鱈と長く感じる。もどかしさ余って何度も舌打ちをしながら視界が開くのを待っていると、遂に『VOLT』の姿をその目に映し出した。
「何、あれ・・・」
言葉が自然と口からすり抜ける。優秀なエンジニアである彼女でも見たことも聞いたこともない造形の、巨人。
悠然と仁王立ちする巨人は、兵器にしてはあまりにも人間的で、人間と呼ぶにはあまりにもおどろおどろしいチグハグな見た目をしていた。ヒトにしては、その目はあまりにも冷たすぎる。抜き身の刃のような、ヒト。
———そんなヒトを、ニナは既に知っている。
巨人がわずかに動いた瞬間、砲撃の第二波が襲いかかる。全方位から隙間無く。徹底的に、無慈悲に叩き潰す為に。
しかし巨人には弾の一発も当たっている様子はなかった。それこそ真実味の無い話だが、あの十五メートルを超える巨体が人間以上の身軽さで、僅かな弾幕の隙を縫うようにしてすり鉢状にえぐれた大地を駆け抜けたのだ。凄まじい速度で、ジグザグの軌道を描いて飽和攻撃をやり過ごす超人・・・
———そんな人を、ニナは既に知っている。
そして同盟軍のGSと赤い巨人が遂に激突する。
その動きを、少女はよく知っている。その戦い方を、誰よりもよく知っている。赤い巨人はまるで彼のように、さも当然のように最適であり得ない戦いを繰り広げる。
センチネルが爆ぜる、切れる、撃ち落とされる。ナイトが立て続けにバラされる。戦艦すらも、何の抵抗も叶わないまま艦橋を潰されて撃沈した。その戦い、あまりにも速く、あまりにも鮮やか。もはやその結論は疑いの余地がなく、ニナは衝動に駆られるままに望遠スコープを放り出して廃ビルを駆け下りる。
ここは中腹から折れたビルの地上六階に相当し、崩れかけた壁と柱に囲まれて屋上テラスのように開けている。そんな一角が下階へ続く大穴になっており、もう一階下まで突き抜けて壊れたコンクリートブロックが小高い山のように積み上がった姿が見て取れる。登る時は慎重に内壁をよじ登って開けた頂上の六階を目指したが、今回は勢いよくその山に向かって飛び降りる。高さが見た目以上にあったせいか、それともコンクリート礫はやはりクッションには適さなかったのか、飛び降りたニナはゴロゴロと細かい礫と一緒に転がり降りながら体中に打撲や切り傷をつける。
「いっ、たぁ・・・」
歯を食いしばりながら、思わず片目をつぶる。なんとか体勢を立て直して、膝立ちして袖をめくってみると、肘から腕全体にかけて表面の肌色の皮が不規則に剥がれて中のピンク色が覗いていた。白くめくれた皮膚が泥を巻き込んで汚れ、露出した部分から赤いものが滲んでいた。
少し遅れて、切り裂いた刺すような痛みをじわりと発熱するような鈍痛が塗りつぶしていく。この袖をまくり上げた肘だけでなく、反対の方も。膝も、尻も、背中の方も同じ鈍痛が同時多発的に広がっていく。もう少し上手いこと降りられると思っていたが、現実はそうもいかないらしい。
「萎えるなぁ、これ絶対跡が残るやつじゃん。」
袖を下ろしながら立ち上がると、小走りで先へ進む。
ここは廃ビルの四階。先程の五階エリアはほとんど床が倒壊していたが、こちらは大部分が残っている。当然照明はなく、割れた窓から覗く自然光だけの薄暗い室内を横切って下階へ続く階段に向かう。床に散らばった窓硝子をパキパキと踏み、横転した汚いパイプ椅子をいくつか横切り、壁に張り付くように置かれた作業机を通り過ぎる。この街でも、同盟軍の軍事作戦が決行されるまでは当たり前に人が暮らしていたのだろう。こんな風なビルに職場があって。この周りのどこかの建物に自宅があって。当たり前の生活が、人生が、一瞬のうちに瓦礫とともに崩れたのだろう。他人事なのにやるせない気持ちになる。 真っ暗な階段の壁に手のひらを這わせながら三階に降り立つと、新たな問題に直面した。
「そうだ・・・ここ、外登って来たんだっけ。」
ここは三階から一階まで完全に床が抜けており、階段も瓦礫で埋まってしまっている。行きは外の外壁の窓枠や突起を頼りによじ登ってきたが、同じ方法で降りるのは難しい。とくにこの傷だらけの身体では思うように手足に力も入らない。
どうやって降りたものかと考えていると、窓の外から僅かに覗く突起物を発見する。
「あれは?」
よく見るために慎重に壁伝いに靴底とさほど広さが変わらない足場を進むと、それがちょうど二階の高さに設けられたこの建物正面玄関の庇(ひさし)だと分かった。
割れて窓枠に残った硝子を気にしながら内壁から外壁に移動すると、ゆっくり屈んで足場に手をつき、そのまま慎重にぶら下がる。三階から一気に一階まで落ちてしまったらただでは済まないが、このまま庇に降りれば高さは一階分しかない。覚悟を決めて手を離すと、ジョーの教えを思い出して足首や膝など特定の関節に体重が乗らないように、着地と同時に膝を屈して段階的に両手をつく。
「うっ、くぅ・・・」
とっさだったからか、不慣れだったからか。やはり衝撃は全身を駆け抜け、負傷した場所を中心に痛みが走る。耐えきれずに声が漏れ、目を瞑る。それでも怪我はない。見様見真似のうろ覚えではあるが、彼の教えはちゃんと生きていた。
同じように庇の縁にもぶら下がり、今度はもう少し慣れた要領で飛び降りる。相変わらず痛みはあるが、この落下で怪我はしなかった。いとも簡単にビルの合間をパルクールして見せるジョーほどではないが、自分も捨てたもんじゃないと達成感を噛みしめる。
その足で急いで大型トレーラーに飛び乗ると、廃墟都市を離れて一直線に工業都市へ向かう。アクセルを踏むとエンジンが勢いよく唸りを上げ、荒野の道なき道を巨大な車輪が蹂躙する。車内がガタガタと揺れて傷に響くが、今の彼女には些末な事に思えた。むしろ気付けになるとさえ。乾いてひび割れた大地を疾走する車体は何度も飛び上がり、ニナは巧みなハンドル操作でデカブツが横転しないように制御する。そして危険を顧みず、赤銀の巨人の元へ全速力でトレーラーを走らせるのだった。
——————―
———――
———
「ライトウッド少尉・・・僕はここじゃなく、懲罰房に・・・」
弱々しい声で言うアントニー中尉は、ここまで無言で付き添ってくれた少尉を心配して懲罰房の方を指差した。指が向く先は何も無い壁だが、中尉にはその先の角を曲がった通路の奥の、薄暗い部屋が見えている。
「行ってどうするんですか、先輩。」
冷たい声色で少尉が返答する。それは疑問文であったが、答えを求める問いでないのは明白だった。「軍規だから・・・」と外の爆音に埋もれる声でつぶやく中尉に、少尉は苛立ちからか一段と強く包帯を引いて結ぶと、一歩中尉から後退して離れる。
「軍規なんかないですよ。先輩なら、分かるでしょう。」
しばらく、揺れる艦内で二人は黙り込む。
そう、分からないわけではないのだ。艦が何度か揺れて、ひときわ大きな爆発音が響いて。ホバー装置が停止して戦艦は動きを止めた。艦橋が破壊されたのはもはや疑いようがない。高度こそ高くはないが、それでも浮遊していた巨体が大地に落下したのだ。船底付近のサブエンジンやホバー装置はまたたく間に自重で潰れてしまった。そこに配属された者たちも逃げる暇もなく圧死してしまったはずだ。
砲手たちももういない。第一、第二と砲塔が立て続けにVOLTに斬り飛ばされた時点で生存は絶望的だ。そして、艦を幾重にも貫く砲弾の数々。この医務室も辿り着いた頃には既に大穴が開いて半壊していて、衛生兵だったものがそこら中に転がっている。もはやこの艦で生き残っているのは、ライトウッド少尉やアントニー中尉のような『偶然持ち場にいなかった者』だけだ。
「撃ってるのは・・・友軍なんだよな。」
揺れが来る度に外れたと安堵し、次こそ当たるのではないかと恐怖する。
「でしょうね。奴は真上なんだから、横から撃ってるのは・・・」
友軍がこちらを撃っているという絶望は計り知れなかった。この戦場にもはや味方はいない。敵と敵が戦っていて、自分は抵抗出来ずに巻き込まれる。二人の将校は、この時はじめて民間人の気持ちを理解したと思った。その恐怖と無力さを。
「狙いはメインの原子炉か。」
アントニー中尉がライトウッド少尉の方に振り返りながら言うと、少尉は無言で頷いた。
このラブリュス級巡洋艦の動力はメインエンジンの小型原子炉と、サブエンジンのバッテリー水素ハイブリッドエンジンだ。船底付近に設置されたサブエンジンは自重で潰れてしまったが、艦の最奥に埋め込まれた小型原子炉は依然生きている。同盟軍はこれを外部からの砲撃で破壊して、戦艦そのものを一つの大型爆弾として利用するつもりなのだ。
もう随分前からお互いに理解していた結論だが、そうと口にするのが恐ろしかった。そうと口にすれば、それは同盟軍という組織があたかも兵士を使い捨ての駒としか見ておらず、いよいよとなれば生存確認もせず友軍を爆弾として使い潰す組織だという事になる。
———こんな事が許されて良いのだろうか。中尉は今一度、疑問に思う。
しかし、同盟国という絶対的な正義を許さないのは———
・・・先送りにした問いが、アントニー中尉を逃さない。
その甲板では、ジョーと同盟軍の攻防が続いていた。同盟軍の戦艦は二手に分かれ、二隻は並んでジョーが落とした艦を集中砲火、もう二隻は大きく弧を描いて回り込みながら載せたGSを発進させる。その狙いがVOLT本体ではなく、直下の戦艦なのは明白だった。その狙いが見えていながら、ジョーはその甲板を離れられないでいた。
———真紅の光が一閃する。
甲板の上をローリングして躱すと、今度はその先でネメシスボウの矢が降り注ぐ。
「チッ・・・」
苛立ちから、舌打ちしながらVOLTの刀で矢を切り払うと、既にエネルギーチャージを終えたプラズマ粒子加速砲の一撃が放たれる。
同盟軍のナイト・アーチャーにはホバリングボードが、センチネル・スナイパーにはフライトボードが外付けの飛行ユニットとして存在するが、VOLTにはそういった飛行能力が存在しない。並み居る敵の大群を一騎当千の白兵戦能力で打ち砕き、戦艦さえ真正面から屠るVOLTだが、こうして格闘と刀のリーチの外から付かず離れずの攻撃をされては立つ瀬がない。
「ん、今度はなんだ?」
その苛立ちに呼応してか、再びジョーの脳内にイメージが流れ込む。
それはVOLTが背部のディスク式マウントラックに背負っているもう一つの武装、『レールキャノン』の存在を知らせる機体からのメッセージだった。それは『サムライソード』の鞘と一体になった巨大な電磁砲で、鞘の鯉口と砲口の位置を入れ替えるほどディスク式マウントラックを大きく回転させて肩に懸架する。
背中のものがぐるりと回転する慣れない不快感に反射的に身をよじると、次の瞬間には右肩にレールキャノンの重量を感じる。BCPのなせる技だ。それとほぼタイミングを同じくして、ジョーの視界にはX軸、Y軸、Z軸で構成された独特な照準表示が展開された。その交差点がレールキャノンが狙う先を示し、意味ありげに『3』の数字が現れた。
「これが、射撃兵装・・・なのか?」
慣れないインターフェースに戸惑いながらも、上空を旋回するスナイパーに狙いを定める。
敵機の動きを観察し、その軌道の特性を見切り、動きを先読みして弾道と発射から着弾までのラグを感覚で掴み取る。
「———そこッ!」
叫ぶと同時に、操縦桿の射撃用トリガーを強く押し込む。
レールキャノンの砲身は二枚の長いレールを向かい合わせた形状だ。その断面は六角形になっており、そのレール内を滑る特殊弾もまた独特な六角錐の構造をしている。この特殊弾が互いに力場を干渉し合って指数関数的にエネルギーを増幅する電磁加速レーンで押し出され、音速の何倍もの速さで射出される仕組みだ。
甲高い唸り声を轟かせ、閃光と稲妻を散らしながらレールキャノンの特殊弾が放たれる。砲身はその一撃で砲口から中腹ほどまで赤熱し、怪しく蒸気を吹き上げていた。
「外した!?」
完璧な一射を放ったつもりが、レールキャノンの弾は敵機に当たるより先に目標ポイントを通り過ぎ、あらぬ方向へと消えてしまう。
通常の射撃理論では、弾速が速すぎて当たらないのだ。ジョーは熟練者だからこその轍を踏む。
「クソッ!」
そうこうしている間に、再び敵機の射撃。急いで飛び退くと、閃光とともに背後の艦橋の残骸が焼き穿たれて融解する。
体勢を整えつつ照準軸の数字を見ると、数字は『2』に変化していた。
「残り二発か。今度こそッ———!」
再び三つの軸を敵機に重ねる。
スナイパーはチャージまでの時間を旋回してやり過ごそうと空中で移動を開始するが、今度は『ラグがほとんどない』事を考慮して狙いを研ぎ澄ます。
トリガーを引くと、再びレールキャノンが叫び声を上げた。火薬の爆発を推進力とする通常の射撃兵装とは明らかに違う、鼓膜を引き裂くような高い音が木霊する。そして特殊弾はその怪音さえも置き去りにし、スナイパーをバラバラに引き裂きながら絶空に散らした。
GSがバラバラに砕け散ってから動力炉が空中で爆発するという、世にも奇妙な映像をその場に集った兵士たちが目撃する。それは敵対する同盟軍だけでなく、VOLTを操縦しているジョーさえも目を見開く光景だった。
戦いはまだまだ続く。同盟軍の艦隊は依然として原子炉の破壊を狙っている。VOLTが戦艦の主砲並の射撃兵装を所持していることが判明して同盟軍のGS部隊も動揺しつつ、だからこそここで斃さねばならないと奮起する。
甲板の上で反撃に転じるVOLT、その直下で絶望と向き合う同盟軍の士官たち。なりふり構わず畳み掛ける同盟軍艦隊と、真実を見届ける為にそこへ向かうニナ。戦況は、さらに混迷を極めていく。
つづく
第七話『赤銀の死神 その③』
揺れる艦内に、レールキャノンの発射音が響く。通算で二回。甲板という板一枚挟んだ外の出来事だと言うのに、遠く彼方のように錯覚する。それだけ戦艦の装甲は厚く、多層的な構造をしている証拠なのだろう。
「変な武器を使うんですね。あのVOLTっての。」
世間話をするような軽さで、ライトウッド少尉は鳴り響いた音をコメントする。他人事のような口調には、諦観が色濃くにじみ出ていた。
「射撃、なのかな。おかしな話だよな。僕たちが攻撃した奴が皆を殺して、今度は死に損なった僕らを、友軍の砲撃から守ってる。気が・・・気がどうにかなりそうだ・・・」
両手で顔を覆い、そのままうずくまるようにして頭を抱えるアントニー中尉。ライトウッド少尉も同じ気持ちだった。いつ破られるかも分からない壁に背中を預け、五臓六腑に響く砲撃を直に感じながら中尉から目をそらす。
———『守ってる』なんて言葉が出る時点で、この男は軍人失格だ。敵と味方、それから戦況というものが見えていないのだろう。
しかし、それなら軍人として失格していない自分はどうするべきか。ライトウッド少尉の脳裏には悍ましい最善策が去来する。軍人として正しくあり続けるなら、何を犠牲にしてでも目標を撃墜することに全力を注ぐべきだ。環境も、味方も、自分自身さえも。
その手段が分かっていながら、足が動くことを拒絶する。少尉もまた己の軍人失格を痛感して歯噛みした。
「どこへ、行くんですか?」
不意に、壁に手を突きながら歩き出したアントニー中尉を呼び止める。振り返りざまに彼が見せた顔は、弱々しくも吹っ切れた顔だった。
「・・・軍規なんかもうないって、さっきお前が言ったんじゃないか。じゃあ、僕は『好きに』する。お前も『好きに』してくれ。」
「言ってる意味がわかりません。」
「艦を脱出する。ついでに誰か、生き残ってたら連れて行く。命令も強制もしないけど・・・もしその気があるなら、ライトウッド、ついて来てくれ。」
それだけ言って、アントニー中尉の背中は医務室を後にして通路に消える。
今しがた、中尉は「これから敵前逃亡する。」と宣言したようなものだ。軍人失格、なんてものではない。銃殺刑もやむを得ない行為だ。ライトウッド少尉の手が、自然に腰のホルスターのスナップガンに伸びていた。
———敵前逃亡は、銃殺刑。
———命を賭してでも、目標達成が兵士の本分。
そんな兵士の常識を正しいと認めていながら、少尉はがら空きの背中が完全に消えるまで引き金を引けないでいた。壁に手をつき、短い歩幅で足を引きずる中尉を撃つのはこんなにも簡単なことだと言うのに。裏切り者は処刑するという原則は、こんなにも単純明快なのに。
——————―
———――
———
その直上、甲板の上。レールキャノンの一射によって砕け散ったセンチネル・スナイパーの残骸が降り注ぎ、乾いた大地に鉄の雨を降らす。同盟軍のGSは仕切り直しとばかりに距離を取り、戦場には僅かなインターバルが発生していた。
「残り一発・・・」
レールキャノンの残弾表示を見て、ジョーは焦るでも奮起するでもなく、むしろ冷静に訝しんでいた。初めて乗った機体ではあるが、設計者の人となりを考えれば総弾数三発限りという事は考えられなかった。
ジョーの思考に合わせて、VOLTは腰から下腹部辺りをペタペタと手で触れ始める。それはなくした何かを探して、とっさにポケットに触れるような———あまりにも人間的な仕草。
「これか。」
その成果か、ジョーはVOLTの腰部に設置されたスカートアーマーの裏、その収納部に隠された予備マガジンを探り当てた。
それはGSの携行火器としては大きめながら、レールキャノンの破壊力を考えれば拍子抜けなほど小ぶりな湾曲弾倉だった。懸架式の砲塔に、この形状の弾倉ときた。ジョーには直感的に使い方が理解できる。これまでの戦いの中でおよそあらゆる武器武装に接してきたという事情もあるが、パイロットの頭脳と機体を直接繋ぐBCPがそうさせるのだろう。
VOLTの視界、VOLTの五体、VOLTの武装・・・その全てを人間の頭脳で制御するのがBCPの本質だ。自他の境界、つまりパイロットと機体の境界は有って無いが如し。獣が指導も事前知識もなく鉤爪や牙の使い方を本能で解するように、ジョーもまた本能でVOLTの機能を開拓しつつあった。
重厚な金属音とともに、湾曲弾倉がレールキャノンに接続されて特殊弾がもう二つ、薬室に受け渡される。ほの冷たい金属塊が弾倉から滑り出て砲身内を移動する感覚、それすらも弾丸を手の中で転がすような確かな感覚でフィードバックされる。そして、眼前の三次元軸式照準表示の数値は『1』から『11』に修正された。
「最大で十三発ってわけか。まあ、妥当かな。」
気を取り直してレールキャノンを構えると、敵のGSたちもVOLTに強力な射撃兵装が備わっていると弁えた陣形に組み替えていた。
有効射程ギリギリの高さを、緩やかに高度を上下しながら旋回する。射撃の瞬間もその場にとどまらず、距離、位置、射程の全てを悟られないように立ち回るのがこの陣形の特徴だ。二機いたセンチネル・スナイパーはこれで一機、随行するナイト・アーチャーは十機。本作戦に参加したアーチャー部隊で、ここまで生き残った全てが駆り出されていた。
「ひとつ———」
ジョーが呟くと、アーチャーが一機、爆ぜて塵になる。
VOLTの三次元軸式照準で狙い定められた獲物には、もはや高度も陣形も関係ない。レールキャノンの長射程は上空を旋回するアーチャーたちのみならず、遠く離れた戦艦そのものさえ狙えるのだ。VOLTは更に狙いやすくするために艦橋の残骸によじ登り、さながら新たな主砲となって飛行するGSたちに狙いを定める。
「ふたつ、みっつ、よっつ———ッ!」
立て続けにGSが撃ち落とされる。
原型すら残らず、爆散してはバラバラに砕け散って鉄くずが大地に撒き散らされていく。たとえ動き回る標的であっても、レールキャノンの弾速を超えられなければ止まっているも同然なのだ。逆に同盟軍のGSは、VOLTがその場を動かないにもかかわらず、動き続けなければならないので狙う難易度は跳ね上がっていた。当たるかどうか分からないという迷いが隙を生み、その隙が利用される。そして友軍が立て続けに撃ち落とされるという恐怖が新たな恐怖と迷いを生んで、負の連鎖は病魔のように同盟軍の陣形を蝕んでいた。
「よし、後は———ぐッ!」
残ったGSを探していた矢先、はじめてVOLTが被弾する。回避する為の足場はほとんど無く、逆に敵戦艦の砲撃は一点に集中する。それは見えていた攻撃だったのに、艦橋に登った事が仇となって避けきれなかったのだ。
鉄筋コンクリートの巨大ビルをいくつもなぎ倒してきた艦載砲の砲撃だが、それでもVOLTの装甲に傷をつけるには至らなかった。命中した砲弾は全部で三発。右半身の胸部と腹部、そして側頭部に一発ずつ。音速を超えて飛行した円筒形の鉄塊が勢いをそのままに激突し、粘土のようにぐにゃりと形状を変えて円盤型に広がる。そして個体のまま液体のように放射線状に飛び散って消えた。
ダメージこそ全くなかったが、砲弾の威力は艦橋の先端に立っていたVOLTを突き飛ばすには充分だった。落下しまいとジョーはサムライソードを逆手に持ち替えて艦橋の側面に突き立てる。鋭い刀身は容易に艦橋を貫いて突き刺さり、峰を下に向けて突き刺す事でロックがかかる。刀の柄にぶら下がったまま、追撃しようと高高度から降りてきたアーチャーをレールキャノンで撃墜して次の攻撃に備える。
戦艦たちがこのチャンスを逃すまいと一挙に動き出した。並列した二隻は引き続き艦橋への攻撃を集中し、左右から回り込もうとしていた残りの二隻は、弧を描いていた進路を直角に曲げて両側面からVOLTを挟撃した。砲撃は一挙に集中し、VOLTがぶら下がる艦橋はその背面と側面からの集中攻撃に耐えかねて爆散した。凄まじい光と熱波と爆音を伴い、黒煙が巨大なサムライソードを天高く放り出した。炎上する艦から錐揉み回転しながら飛び出した刀身が何度もギラギラと光を照り返し、放物線を描いて大地に突き刺さった。
轟音は艦内にも響き渡る。何もかも薙ぎ払う衝撃が駆け抜けて、アントニー中尉もその威力の餌食となってしまった。憔悴しきった精神は容赦なく肉体の力を奪い、ゴムボールのような自分が壁から壁へ叩きつけられながら通路を転がり進む自覚があった。
「ぐっ・・・ぁああ・・・!」
何度目かの激突は平坦な壁面ではなく、通路の曲がり角への直撃だった。肋骨が挫滅し、内臓に衝撃が響いて内出血を誘発する。肋間筋の一部が機能を一時停止し、動かない胸郭が呼吸を拒んだ。
くの字に体を屈して患部を庇い、伝播した激痛に耐えかねて反転する。弓なりに体を反ると、甲板からこのフロアまでの天井が丸ごとなくなっていることにようやく気がついた。艦橋を丸ごと消し飛ばすほどの総攻撃が行われたのだろう。いよいよこの戦艦の装甲も限界だと状況が訴える。甲板は灼熱の業火が支配し、黒煙は容赦なくこのフロアも侵食していく。黒い亡霊の魔の手のように。死神が命運尽きた者を追い詰めるように。殺人にのみ特化した赤と黒がやってくる。
「クソ、クソ・・・」
悪態を吐き散らしながら、沢山の背中を踏んで進む。あるいは倒れても、四つ足で這ってでも。
その一人ひとりを、中尉は知っている。ルーカス少尉、ヴラド少尉、マーカス曹長、リン・リー技術大尉、マリアンナ伍長、ノルド大尉、エルソン少尉、マーティン少尉、アダムス牧師・・・全員、同じ艦で同じ時間をともにした仲間だった。親しい者もいれば、ただの顔見知り、反りが合わない奴もいた。それでも、こんな最後を迎えていい者は誰一人いなかったはずだ。作戦が終わったらなんだかんだと文句を言いながら退屈な哨戒任務に戻って、久々に田舎の家族にでも顔を見せて、部下に威張って上官の顔色を伺う。そんな日常が待っていたはずだった。
文句を言いながら、声も涙も枯れ果てて進むアントニー中尉。火のない方へ、煙のない方へ。ただそれだけを目指して。
「・・・誰か、いるんですか・・・?」
死体の山から、か弱い声が問いかけた。
———錯覚だろうか。中尉は絶えず口にしていた悪態を飲み込んで立ち止まる。
見渡す限り、一面死体。軍服が軍服の上に重なり、光を失った目玉がいくつかこちらをぎょろりと覗いている。この墓場に、生きたモノの気配はない。
「いるなら、たすけて。」
消え入りそうな声が死体の山から呼びかける。
———錯覚じゃない。中尉はようやく確信した。視線の先の死体の山が、その重なり合う背中が少しズレたように見えたからだ。
何人もの体をかき分けて進み、軍服を掴んでは放り投げて行く。屈強な軍人たちの体は大柄で、完全に力が抜けきって物同然になったそれは、体重が生前の二、三倍増しにでもなっているかのように思えた。覆いかぶさり離れようとしない死体の数々は、まるで生存者の救出を何が何でも妨げたいようにさえ見えてくる。
お前だけ、生き延びるのか。
お前だけ、逃げるのか。
明日なき我等を、置いていくのか。
そんな無声の罵声を無視して、あるいは振り払って次々に死体を投げ捨てる。
「どこだ!手を伸ばしてっ!———ゴホゴホッ・・・」
叫びながら死体の山を漁っていた中尉は、すでに黒煙を吸いすぎていた。もはや体に力が入らない。もはやこれが、最後の一体。そう思ってすがるように言うと、積み重なった男たちの大きな身体の脇の下から、なにか白いものが顔を出す。
———それはなんて、綺麗な手。泥と煤と、赤黒く乾いた血がべっとりこびりついているのに。アントニー中尉は奪い取るようにその手を取り、頬に触れた。
「あたたかい・・・生きてる!まだ生きてる!」
力の限りその手を引くと、二、三人ほど死体を押しのけて女性が姿を現した。
ここに衛生兵として配属されたばかりの二等兵、ロベルタ・スーを中尉が抱き寄せる。容赦なく揺れる艦内で、臆せず彼女は職務を全うしようとしていた。負傷兵が多く集まるエリアにたった一人でも駆けつけようと回廊を駆け抜け、そして爆風に巻き込まれて兵士たちの濁流に飲まれて生き埋めになってしまった。
じわりじわりと死体の山の底で酸素を失って圧死する運命の彼女にとって、かすかに聞こえた中尉の悲鳴のような悪態は天恵にも等しかった。
「ああ、中尉さんだ・・・」
抱きしめられたまま、ロベルタ二等衛生兵はわずかにまぶたを開く。そこには彼女を包容する太い腕と、大きな肩の擦り切れた階級章と、迫りくる炎と黒煙があった。
———
———――
——————―
「チィ・・・油断した・・・」
間一髪、砲撃が届くより先に甲板に飛び乗っていたVOLTは集中砲火の直撃を避けきっていた。迷いない判断で刀を放棄し、大炎上する甲板の炎と黒煙に紛れることに成功していたのだ。ジョーの機転によるところが大きかっただろう。しかし同時に、VOLT特有の視界の恩恵でもあった。それは単に全周囲三百六十度の像が見えるというだけでなく、『死角』を極限まで排除するのが目的の視界なのだ。刀を頼りに艦橋にぶら下がった瞬間、ジョーには背後の艦橋の壁面のレイヤーと、はるか先の砲門を向ける戦艦のレイヤーが同時に見えていた。だからこそ容易に最適なタイミングを掴むことが出来た。
VOLTはパイロットに必要なモノを見せる、それをパイロットが受け止められるかなど———微塵も構うこと無く。その容赦のなさこそが、すなわちVOLTの規格外さでもあるのだ。
黒煙の向こう、VOLTは再びジョーに信号を送る———
「お前・・・今度は何を見せるつもりだ・・・?」
その問いかけに応じるように、黒煙のレイヤーに新たな像が映る。
砲口から煙を燻らせる敵の戦艦。重厚な鉛色が金属光沢を照り返す装甲に、ほの赤いエリアがぼんやりと浮かぶ。位置はちょうど艦橋と第三砲塔の直下の辺り。装甲と、戦艦の構造そのものによって幾重にも厳重に守られた『艦の心臓』だ。
「本当に当たるっていうのか?」
———この距離から?
———あの場所が?
「・・・やる価値は、あるか。」
黒煙から見え隠れするレールキャノンの砲口が、今一度敵に向いた。
狙いは装甲。正しくは、その奥の『モノ』。多層的な装甲と隔壁、回廊や施設に守られた奥にある『心臓』———すなわち、メインエンジンたる小型原子炉。
GSの盾や装甲を抉り穿つ『ネメシスボウ』でも———届かない、
GSそのものを焼き穿つ『プラズマ粒子加速砲』でも———届かない、
街中の建物を薙ぎ払って蹂躙する『地上戦艦の主砲』でも———届かない。
———あの場所を、睨めつけて・・・
「届けッ———!」
閃光と稲妻を置き去りにして、音速を超えた凶弾が今一度唸り声をあげる。
怪鳥の嘶きが、鋼の巨獣の懐を穿つ———
つづく
第八話『赤銀の死神 その④』
医務室の扉を開いて、アントニー中尉が通路の曲がり角に消えていく。ライトウッド少尉は、そんな背中を何も出来ずに見送っていた。銃口は的確に急所を射抜いていたが、銃身はせわしなく小刻みに震えていた。それでも撃てば外さない———外し得ない———距離なのに、引き金にかけた指はやけに重かった。
「・・・」
そして少尉は取り逃がす。狙いを定めきる前に、引き金を引き切る前に『敵前逃亡を企てた裏切り者』が射程内から姿を消したのだから。それならばしょうがないと、銃を下ろすしかないのだから。
———命令も強制もしないけど・・・もしその気があるなら、ライトウッド、ついて来てくれ。
残響が頭蓋骨の空洞の中を跳ね回って繰り返される。それはなんて、人として正しい言葉だろう。とても倫理的で、あたたかで、———兵士にあるまじき思想か。
「トーマス・ライトウッド、お前はまだ『兵士』だろう?」
両手でバチンッと顔を叩き、覆った手のひらで表面のものを拭き取る。
少し湿っていて、脂っこい。黒い汚れは煤か埃か。念入りに拭ったので、目元は赤く充血していた。声に出して己が何者かを確認すると、ライトウッド少尉も医務室を後にする。ただしアントニー中尉が向かった先とは反対の通路を、より艦の奥へと進むために。
——————―
———――
———
炎上し、崩れかけた甲板から向けられたレールキャノンの砲口が怪鳥の嘶きを上げる。そうと形容する他ないほど甲高い射撃音は既存のどの射撃兵装とも違い、その威力もまた比べようもなかった。
電磁加速レーンが特殊弾を砲身内ですべらせ、稲妻を伴って砲口から射出する。衝撃波は怪音とともに周囲の黒煙を散らし、そこに同盟軍の戦艦たちは『VOLTは未だ健在』という事実を容赦なく突きつけられる。
射撃と、着弾———それはほぼ同時に。
甲板に一つ、それほど大きくない穴が出現する。拍子抜けなほど、小さい穴。VOLTを回り込んでいる二隻の戦艦からは確認することさえ出来ない、数多くある装甲の凹みか汚れにすら思える程度の穴だった。
「やりやがった・・・」
この瞬間、その真の意味を理解していたのはレールキャノンの引き金を引いたジョー本人だけだった。
そして、惨劇が始まる———
艦橋や主砲の中から覗く照明や艦体の周囲に配置されたライトの数々が、戦艦という巨獣が突然死したかのように一気に暗転する。そして光が失われ尽くすより先に、VOLTが開いた穴から勢いよく炎が吹き出した。それは曲芸師の火吹き芸のようでも、容赦なく命の灯火を吹き消す血飛沫の奔流のようでもあった。
吹き出した超高温の炎の正体は、小型原子炉の破壊に端を発する大爆発だった。艦内という閉鎖空間に発生した高熱と衝撃波が内部構造をすり潰しながら焼き払い、各施設に配備された乗組員らを貪食しながら装甲の方へと広がっていった。そして装甲に空いた小さな穴が唯一の内から外への出口となっていたので、炎と衝撃と破壊の勢いは自然にそこに集中した。
炎の奔流の勢いは凄まじく、死に体のままホバーで浮遊する戦艦が反作用で横転を始める。しかし破壊はそれで終わらなかった。第二波は船底部に位置するホバー装置と直結したサブエンジンの爆発だった。小型原子炉の爆発によって艦内部から崩壊の煽りを受け、こちらも耐えきれずに爆発してしまったのだ。横転しかけていた戦艦は誘爆したサブエンジンの爆発とホバー装置の粉砕によって僅かに角度を修正し、揚力を完全に失って船底の左舷から大地に激突した。
既に破裂して炎上していたサブエンジンとホバー装置は戦艦の重量でまたたく間に潰れ、それを皮切りに下から上へと崩壊の波が押し寄せる。それは重力が狂った世界のドミノ倒しのよう。根本から突き上げる衝撃とテコの原理で艦橋や主砲がもげ、内部構造の何もかもが原型を留めない艦内には燃料や可燃性ガスが充満する。そしてもげた艦橋が地面に落下して叩きつけられるのを合図に、戦艦全体が大爆発を起こして光と熱波の中に消えた。
並列したもう一隻の戦艦も爆風に煽られ、装甲表面を赤熱化させながら横転を始める。艦の傾きは加速度的に角度を増し、揚力を生み出すはずのホバー装置が制御を逃れて横転の勢いを加速させた。落下しながら半転する戦艦の巨体が側面から大地に激突し、こちらの艦も大爆発を起こす。甲板と船底が大きく膨れ、楕円形に戦艦を引き伸ばして破裂させる。戦艦という狭い檻を突き破って広がる光と熱波がドーム状に広がり、鉄くずを飲み込んで燃え広がる。
———
———――
——————―
爆風は遠く離れたVOLTの甲板の黒煙をも吹き消していく。それだけの凄まじい衝撃が駆け抜け、艦内に残されたアントニー中尉やライトウッド少尉にも轟音が届いた。閉鎖空間の艦内からは、当然外の様子は分からない。それでも彼らには外の状況が想像出来た。
ロベルタ二等衛生兵と中尉は一緒に黒煙が充満しつつある回廊を進み、この鋼の牢獄の出口を探す。ライトウッド少尉は一人、潰れて狭くなった回廊を匍匐前進で進む。照明は既にどこも物理的に壊れているか電気の供給が無くなっているので、通信デバイスの画面の僅かな明かりと直感を頼りにより深く、奥へと進んでいくのだった。
——————―
———――
———
———たった一撃で戦艦二隻、撃沈。
その事実が戦慄となり、生き残った同盟軍を震え上がらせた。今この場に巻き起こっている現実が『焦土作戦』ではなく『命懸けの決闘』だと、ようやく真の意味で理解する。
———自分たちは決して『優位な側』ではないと。
———自分たちはむしろ『駆られる側』なのだと。
山並みに沈む夕暮れの赤が、爆散した戦艦の赤と溶け合ってあたりを照らす。
それは真昼がまだ続いているかのよう。遠くの空はもう夜の紺色を連れてきているというのに、この場所だけは時が止まったようである。VOLTか、同盟軍か、どちらかが死に絶えるまで———時計の針は前に進まないのである。
同盟軍は最後の賭けに出る。残った戦艦二隻は挟撃の進路をほぼそのままに、VOLTが甲板にいる戦艦を左右から挟み込んで全速前進した。斧の刃に似た船首が風を切って、大地に深々と座礁した艦に突撃する。そこには、遠距離から砲撃して小型原子炉をVOLTを殺す爆弾として使おうなどという回りくどい戦略はなかった。
戦艦の大質量で『アレ』を轢き潰す。それ以外に、斃す手段は存在し得ない———それが将校たちの結論だった。
「・・・来るか。」
高速接近する戦艦に、ジョーもレールキャノンの砲口を向けて応戦する。
「何ッ———!」
しかし、レールキャノンが自弾を発射するより先に、複数のGSがVOLTの甲板に飛び込んできた。
四方から飛びかかるのは残存したナイト・ウォーリアーやセンチネルの数々だ。空からも次々とアーチャーたちが降りて来る。開けていた甲板は次々に押し寄せる同盟軍のGSで埋まっていき、ところ狭しと並んでVOLTを取り囲んでしまった。
悪あがきと分かっていながら、こんな事をすれば生きては帰れないと理解していながら、それでも同盟軍の兵士たちはそうせざるを得なかった。VOLTの背後から二機のナイト・アーチャーが取り押さえようと飛びかかり、正面からは胸部を貫こうとセンチネル・ソルジャーが十文字槍を突き出した。VOLTは敢えて両腕をアーチャーたちに掴ませると、ショックポイントを有効活用して高速反転する。勢いをそのままに一機のアーチャーはソルジャーの槍に突き刺さって背部からコクピットを串刺しにされる。反対の腕を取ってアーチャーはそのまま甲板から投げ出される。地面に激突したアーチャーは腰の位置で身体が半分に千切れながら潰れると、爆発するより先に全速前進する戦艦のホバーで吹き飛ばされた。
アーチャーが串刺しになった槍をかなぐり捨てると、ソルジャーの視界からは至近距離にいたはずのVOLTが消えていた。ソルジャーはVOLTが姿を表した時に備えてシールド裏の三連装グレネードを構えるが、それは悪手。深々とかがみながら懐に滑り込んでいたVOLTの強烈なアッパーカットがソルジャーの顎を撃ち抜いた。もげた首は天高く打ち上がり、甲板に集った無数のGSのシルエットの中に消える。
入れ替わりに、また別のGSが飛びかかる。それはスパイクメイスを携えたナイト・ウォーリアーだった。VOLTの頭部を打ち砕こうと振り抜かれたメイスだったが、VOLTは首無しのソルジャーを無理やり立たせて盾として使う。メイスの一撃をうけてソルジャーのバックパックブースターが大爆発を起こし、周囲のGSをも吹き飛ばしながらウォーリアーを薙ぎ払った。
「しめた・・・そこだッ———!」
ジョーはこの瞬間を逃さない。並み居るGSの軍勢、その肉の壁に穴が空いた瞬間———
ディスク式マウントラックが回転する、
砲口が戦艦に向く、
そして、———射撃。
照準も使わず、狙いもせず、レールキャノンの特殊弾が正確に迫り来る戦艦の艦橋を捉えた。
撃ち抜かれた建造物が爆ぜて舞い散り、制御を失った戦艦は小刻みに揺れながら大地に沈んで行った。高速で船底から激突すると、サブエンジンとホバー装置は即座に潰れて爆裂する。そして艦体は自重で下部が潰れながら徐々に地中へめり込んでいき、やがて速度を失って停止した。
戦艦は残り一隻。それだけは何としても守り抜く為にGSたちは更に激しく抵抗する。盾持ちのGSは盾を構え、持たないものは放棄されたフライトボードやホバリングボードを構えてVOLTを取り押さえようと押し寄せる。面と数、絶対に逃がすまいという強い意志でGSたちはVOLTを取り押さえた。格闘など出来ないほどの密度、わずかたりとも誰も動けないほどの密度でVOLTを拘束する覚悟だ。
戦艦は依然として迫りくる。全方位からスクラムを組んだGSたちは一歩も退かず、こうも密着されては流石のVOLTでも殴打や蹴りで敵を排除する事は出来ない。
「道連れにするつもりか・・・悪いが、御免だ。」
前後左右、どの方向にも動けないこの陣形だが『穴』はある。
小さく呟くとジョーは全方位から押し寄せる敵たちではなく、自分の足元の甲板に目を向けた。ここは固く揺るぎない大地ではなく、脆く儚い甲板の上なのだ。既にいくつもの砲撃を受け、ギリギリなんとかその形を維持しているにすぎない。そこが、突破口。
VOLTは勢いよく体勢を下段に崩すと、拳のショックポイントを利用した強力な拳打を甲板に放つ。瞬間、ギリギリのバランスで形状を保っていた甲板の一部が抜けて直下のフロアにまで陥没した。
ここで生まれた『僅か半身分の間』———
———ジョーはこれを無駄にしない。
ナイトの顔面を捕まえ、握りつぶしながら引き寄せる。カメラユニットを破壊されたパイロットはとっさの反応が出来ない。次にナイトを襲ったのは謎の浮遊感だった。VOLTはナイトの顔面と股関節を掴んで持ち上げると、そのままどこか遠くへ放り投げた。
『たった一機分の猶予』
———それが、ジョーがこの局面に求めた最後の一手。同盟軍艦隊の完全敗北に王手を掛ける一手だ。
ミサイルのように飛び上がったVOLTが宙を舞う。同盟軍のGSたちはもはやそれを見上げるしかなかった。瞬間的な加速力の差は歴然で、生まれた隙間を潰そうとパイロットがアクセルペダルを踏み込んだ頃には、既にVOLTはそこにいなかったのだから。
アントニー中尉とロベルタ衛生兵の二人も、その姿を見上げていた。結局生存者は他に見つからず、脱出に成功したのはこの二人だけだった。
「中尉。GSって、あんなに跳ぶものなんですか?」
防風に暴れ乱れる髪を押さえながら、ロベルタ衛生兵が聞いた。中尉は静かに首を振る。
「まさか。」
———GS(ギガント・ソルジャー)とは、ヒトが扱う兵器だ。如何に技術が洗練され、その形質が変化しようと、重力や慣性の法則からは逃れられない。ヒトの限界、その軛からは逃れ得ない、はずだ。
ならば、『アレ』は———
「アレは、VOLTだよ。」
中尉が言い終えるより先に、天高く舞い上がったVOLTは大きく身体を捻る。体中のショックポイントが起動し、重力に抗いながら十五メートルの巨体が何度か回転して空中で姿勢を修正した。
思えば、起動したばかりの時はこの動きだけで悶絶するほどの重圧を感じたものだ。それが今では、嘘のように軽やか。
「これで、終いだァッ———!」
ジョーが叫び、応じたVOLTが飛び蹴りの姿勢を取った。
重力に従った落下———だけではない。全身のショックポイントと、背部の大型ショックブースターも動員した空前絶後の超加速で戦艦の艦橋に突進する。
戦艦の方も全速前進している。止まることも避けることもままならない。
もはや止まれない鋼の巨獣と———
———誰にも止められない死神が、激突する。
果たして、艦橋は轟音を上げて爆裂した。ホバーの制御を失った艦はそのまま大地に激突し、船底部で何度か細かい爆発を起こしながらドリフトする。そして、二隻の戦艦はGSの一機も入れない程度の隙間を残して並列して停止する。ほんの僅差ではあったが、遂ぞ戦艦は到達出来なかった。
VOLTはそんな戦艦の背後に着地———奇しくも、そこは放り出されたサムライソードが突き立った地点だった。大地から引き抜いて振り返ると、同盟軍のGSたちも甲板から降りては各々の武器を掲げてVOLTの方へと接近していた。
———この戦いに、もう意味はない。
随行機の本分は戦艦の守護だというのなら、その任務遂行は望むべくもない。
『VOLT』の破壊が任務の最終目的だというのなら、それが不可能なのは誰の目にも明らかだった。
本作戦に投入された戦力ではVOLTには対抗出来ない———その結論だけが、同盟国勢力にとっての『収穫』だった。
夜の帷はもう降りて久しく、撃沈した戦艦の炎も薪となるものを喰らい尽くした頃、VOLTは最後の一閃にて勝負を決めた。手首のスナップで刀を回転させ、振り下ろされたメイスを弾き飛ばす。そして刃が一回転して元の角度に戻ると、勢いよく突き出された刀身が眼前のナイト・ウォーリアーを貫いた。
この頃になるとジョーはすっかりVOLTの視界にも慣れ、むしろ使いこなす域に達していた。目の前に映った敵はシールドを構えていたが、ジョーは意図的に通常のレイヤーとシールドに隠れたコクピットブロックのレイヤーを確認しながら戦う。『最小限の手数で斃せ』と己に追加のルールを課し、その枷に則って最後まで残っていた二十余機のGSを屠ってみせた。紙細工のような手応えで貫かれたシールドと、その先のコクピット。十五メートルのナイトの巨体が刀の鍔に凭れて息を引き取る。そこから勢いよく刀を引き抜くと、鋼の巨人はその反作用で大の字に倒れてしまった。
全てが終わった静寂の時間。すり鉢状に抉れた決戦の地、そこに動くものはもはや何もなかった。立っているのは、夜闇に黒ずむ赤銀の巨人が一機。それ以外は、全て死んでいた。あれほど轟音を上げていた砲弾砲塔も、縦横無尽に駆け回り飛び回っていた人型兵器達も、何もかも。
この土地にこれだけの静寂が訪れたのはいつぶりだろうか。昨日までここは活気ある工業都市だった。沢山の兵器工場、沢山の整備ドック、沢山の廃品処分場が立ち並ぶ、この歪な機械文明の縮図のような場所だ。絶え間なくGS用大型トレーラーが行き来し、昼も夜も関係なく研究員や作業員が職務に明け暮れた。それはまるで、鉄と鋼の蟻塚のよう。無機質で規則的な喧騒は途切れる事を知らず、彼方から見た街は眠らない不夜城そのものだった。
———そんな静寂を、一陣のエンジン音が断ち切った。
このすり鉢状の大地、兵(つわもの)たちの集団墓地に、一台のGS用トレーラーが乱入する。
速度は明らかにオーバー、横転も自壊も覚悟の上なのだろう。すり鉢の縁から飛び上がった車両が僅かに飛翔し、既にひび割れていた運転席のフロントガラスは、接地とともに勢いよく木っ端微塵に砕け散った。ハンドルを握っていたのは、運転席の大きさと比べるとその特徴が顕著なほど小柄な少女。手入れ不足の針金のような長い金髪が風に煽られて顔にかかると、邪魔そうに首を振ってそれを払い除けた。
トレーラーは迷わず、最短距離でVOLTの膝下に突撃していた。荒れ地も、窪みも、瓦礫も、機械の残骸も、障害の悉くが存在しないかのような振る舞いだ。避けもせず、回り込みもせず、その進路は定規で引いたような直線。そんな走り方をしていれば車両は跳ねるし、歪むし、悲鳴を上げる。
———少女はその小さな手で大型車両を取り押さえ、引きずり回しているようであった。
しかし、それも長くは続かない。
何度目かの跳躍、何度目かのバウンド。何度も車体を衝撃が走り、遂に前輪が一つ外れて彼方へ転がり消えてしまった。本来ならそれだけで走行不能になるような設計ではないのだが、少女が出していたスピードは車体を大きく揺さぶるのに充分だった。制御を失った鉄の巨体は大きく傾き、そのまま横転してドリフトする。
ガリガリと乾いた地面を削り、砂埃を立てながら大型車両が腹をみせて大地を滑った。そんなトレーラーが動きを止めて砂埃に姿をうずめる頃、小さな人影が飛び出した。少女は邪魔そうに砂埃を振り払い、やはり真っ直ぐに赤銀の巨人の元へ走っていく。そんな彼女を、鉄面皮の視線が見下ろしていた。切れ長の睨めつけるような視線はあまりにも鋭く、星空の光を鏡のように照り返す抜き身の刀はあまりにも冷徹だった。
そんな巨人に真っ向から立ちはだかり、走り疲れて息も絶え絶えの少女が叫ぶ———
「ジョーッ!」
———その名を呼ばれて、巨人は刀を振り上げる。
一陣の風が、少女の髪を薙いだ。
乱れた金髪は背後にながれ、
『彼』を見上げる少女は僅かに目を細めている。
ガチンッ———刀が鞘に収まる、重厚な金属音。
巨人は少女に覆いかぶさるようにかがむと、片膝立ちの姿勢でうなだれる。逆光ゆえか、黒い影が星空を塗りつぶして、むしろくっきり映って見える。切れ長の両目が光を失い、各関節部から僅かに力が抜けるのが見て取れた。次いで、頭部の付け根から腰部の辺りまで連綿とつらなる脊髄上の器官、スパインブロックが動き出す。ドミノ倒しのように一つずつ、隣接するブロックに促されてもう一つ、ちょうど項の位置が盛り上がって隠されたコクピットハッチが露出した。
ハッチが開くと内部が高温なのか、まずは夥しい蒸気が勢いよく音を立てて噴出する。そしていくつかの駆動音を伴い、蒸気の霧の中に人影が現れる。その位置、地上からおよそ七メートル半にも関わらず、男は何の躊躇もなく飛び降りた。暑そうに、そして煩わしそうにパイロットスーツのジッパーを下ろすと、上半身部分が腰のベルトの位置までパックリ割れる。裸けた両肩を捻りながら袖から両腕を抜き出す。いったいどう鍛えればそうなるのか想像するだけ足がすくむような、ほぼむき出しの筋肉。それを、ところ狭しと傷がびっしり並び、傷の上に傷がいくつも折り重なった皮膚が覆っている。
———それは少女が見知った『彼』の両腕だった。
「言っただろ、ニナ。———なるようになるって。」
相変わらずの抑揚のない気だるげな声が、いつも通りに適当な事を言う。
そんな彼に、ニナはそっと震える手で触れてみる。黒いノースリーブのシャツは大量の汗で湿っていた。外気に触れたというのに、まだほんのり温かい。そして、薄い布一枚向こうにある鋼のような身体は———やはりホンモノだった。地上戦艦五隻を伴う大艦隊に、数え切れないほどの最新鋭機、そして街を滅ぼしたキノコ雲・・・その全てをねじ伏せて、男はこうして立っている。
「もう・・・あんたって奴は———」
———不死身なんじゃないか、とニナは感じていた。
赤銀の死神編 終
赤銀の死神編 エピローグ
あたたかな日差しと柔らかな風が、病室の半開きの窓からやってくる。白く透き通ったレースカーテンが不規則になびいて、見ているだけで心地よい。
「風があるな。閉めようか?」
気を利かせたアントニー中尉が、言いながら椅子から立ち上がろうと上半身を倒す。しかし病床に横たわるロベルタ二等衛生兵は、僅かに目を閉じて首を振った。
「大丈夫。それより私、こんなにして貰っちゃって。」
申し訳なさげに視線を落とす。彼女の腕には幾重にも包帯が巻かれていた。両足も、首も、肋骨の半数以上も、全身実に五十箇所以上の大小さまざまな骨折を抱えて、彼女は静かに横たわっている。
———そんな女性を、どうして責められようか。
アントニー中尉は彼女の手に優しく触れ、申し訳程度に顔を覗かせる色白の指先をゆっくり握り込んだ。
「いいさ。僕が『好きに』して、———勝手にやった事だ。良い医者がが見つかって本当に良かった。」
もう一陣、風が吹いた。
ロベルタの髪が顔にかかると、アントニー中尉は慣れない手つきでそれを退かす。触れて良いものか、痛くはないだろうか、———そんな迷いを指先から感じる。その葛藤が、今のロベルタには心地良い。
『あの戦い』から三日間———それはアントニー中尉にとって戦闘以上に慌ただしく、また気が気ではない時間が続いた。
誰もが無傷ではいられなかったあの狂気の檻を、二人は必死に駆け回って出口を探した。人や物で塞がって通れない場所、火の手が及んで近づけない場所、扉が壁ごとひしゃげてしまった場所、———様々な『行き止まり』を乗り越えて、二人はなんとか脱出に成功した。
しかしそれは、あの場限りの火事場の馬鹿力。アドレナリンの成せる技でしかなかった。アントニー中尉の傷は、艦長におられた前歯と強打した肋骨数本の骨折。痩せ我慢でどうにでも出来る程度のダメージだ。
だが、ロベルタ二等衛生兵は違った。その異変は、戦場をいち早く離れる為に少々強引に都合した車の中で始まった。息を荒げ、ひどく発熱し、ぐったりするロベルタ。街中では痛々しい戦闘痕が、街を離れても未舗装の荒野が、疾走する自動車を容赦なく突き上げて車内を激しく揺さぶった。それがまた、傷ついた彼女の身体にはよくなかった。一番近い別の街へ辿り着いた頃には、ロベルタはすっかり息も絶え絶えの状態でぐったりしていたのだ。
アントニー中尉は街を必死に駆け回った。中尉は軍人である事をどこまでも活用し、周囲の集合住宅や民家から水や食料、鎮痛薬や応急処置の道具などを民間人に求めた。これを断る事は法律上出来ないので、人々は渋々ではあるが、なけなしの食料や薬を譲らざるを得なかった。そしてその甲斐あってか、アントニー中尉は幸運にもさる無免許医の門戸を叩いた。
ゴンゴンッ———
「夜分遅くにすみません、軍の者ですが———」
ノックというにはあまりにも野蛮なのに、その口調は焦燥のさなかでも丁寧さを忘れない。そんな青臭くも真っ直ぐな声を聞いて、老齢の男は戸の向こうからでは正しく聞き取れない返事をした。
中尉の前の戸が開くと、そこにはグシャグシャに丸めた新聞紙を広げたような、シワにシワが重なったような顔の男が立っていた。剥げかけた頭頂部以外は毛量はむしろ多く、しかし一切の手入れをされていない無精髭はヒトというより獣のようであった。動物図鑑の猿の並びにこの顔が載っていても、恐らく誰も違和感を抱く事はないだろう。
「兄さん、階級は?」
ぶっきらぼうに言う男。アントニー中尉は僅かに気圧されながらも、ここへ来た目的を思い出して気丈に振る舞う。
「中尉であります。この近くのキャンプで水と食料、それから薬が不足してるので、申し訳ないが民間の義務に則り・・・」
「一人でかい?」
最後まで言い終える事もなく、男の質問が中尉の言葉を断ち切った。
「将校サンが部下の一人も引き連れず、しかも使いっ走りってのは・・・おかしいよなぁ?」
ぎょろりと、老齢の男の怪しい相貌が中尉に向けられる。
貧しくて汚らしい風貌とは裏腹に、この老人はこの街で出会った誰よりも聡明に思えた。
「いいさ、ワケアリなんだろ。———連れてきな。」
アントニー中尉は理解するのに少しだけ時間を必要とした。しかし、そのボロ小屋の奥から香る薬と消毒剤の匂いでようやく、目の前の男の正体を理解したと思った。
敬礼し、感謝を述べながらアントニー中尉は駆け出した。生き延びた幸運と、その男に出会った幸運、その両方を噛みしめる彼に疲れはなかった。どこまで走ろうと、息を切らそうと。
そしてロベルタは一命を取り留めた。簡素な食事と市販の鎮痛薬では、こうは行かない。本物の医学の知識と、それを活かす器具や機材と、それを使いこなす医者がいてはじめて命は救われるのだ。
———その奇跡を噛み締め、アントニー中尉はロベルタの髪を顔から退けて流すと、そのまま何度か頬を撫でた。
そうして暫く無言の時間が流れると、風が止んだ。柔らかな風に煽られて踊っていたカーテンもいつしか動きを止めていた。中尉は、それを合図だと直感する。
「中尉?」
撫でるのをやめて、中尉は懐から小さなメモ帳を取り出した。不安げにこちらに顔を向けるロベルタと一瞬目が合う。
中尉はペンを持ち合わせていなかったので、近くに転がっていた適当なペンを借りてページの上を走らせた。
「僕はさ、ロベルタ———」
書き終えるとページを破いてメモ帳から切り離し、二つ折りにして見舞いの花が入った花瓶を重しに机に置いた。
風で飛んでしまわないように・・・というのは方便だ。本当は、それを直接渡すのがあまりにも気恥ずかしかっただけ。
「僕はね、君を助けられて本当に良かったと思ってるんだ。こうして二人無事なのは、やっぱり何かの縁で・・・いいや違う、そういう事が言いたいんじゃなくて・・・!」
痒くもないくせにせわしなく動き、顔を背けたり、頭の後ろを掻いてみる中尉。ロベルタはそんな姿を静かに、しかし嬉しそうに見ていた。
「いずれ元気になったら連絡してくれ。その時はメソ・キャピタルの方にでも遠出して、何か良いものでも食べに行こう。」
ロベルタが静かに頷くと、アントニー中尉は病室を後にした。無免許医と何か二三言葉を交わしていたようだが、ここは存外壁が厚くてよく聞こえない。しかし、あの中尉の事だから律儀にお礼やら挨拶やらを言いに行ったのだろう。
本当はまだ動かすべきではないのに、そうすれば痛みが走って、患部が刺激されて治りが遅くなると———衛生兵の彼女は———わかっているのに、ロベルタは一生懸命に手を机に伸ばしていた。中尉のメモに触れたかった。こんな包帯でぐるぐる巻きの手では花瓶を退かして何が書かれているかを確認することは出来ないが、それは退院までの楽しみに取っておこうと思う。
「・・・意気地なし。」
ロベルタが小さな声で呟いた。
指先に、粗悪な再生紙の手触りを感じる。そこには、まだ中尉の温もりが残っていたような気がした。
———————
—————
—————
———————
あれほど連続していた爆発も、あれほど轟いていた砲撃も、あれほど戦艦を力強く揺さぶっていた戦闘の余波も、もはや何処にもありはしない。嘘のような静寂が、この夜闇に溶ける漆黒の艦内をも支配していた。
———これはまだ、VOLTと同盟軍艦隊の戦いが終結して五分もしない頃の出来事だ。
ライトウッド少尉は、ようやく目的地にたどり着いていた。長い道のりを、彼は彼なりに、諦めずに踏破してみせた。いつ潰れるかもわからないひしゃげた通路、黒鉛が充満して呼吸さえままならない排熱ダクトの中、高熱化した金属壁に売れた腕や身体を焼かれながら、それでもこの場所を目指していたのだ。
———それこそが『兵士の務め』と信じて。
そこには僅かな照明があった。艦のシステムの照明ではなく、何者かが持ち込んだライトの光だ。壁面には、大きなヒトガタの影が映し出されている。
この辺りの構造はほとんど歪んだり、破壊されたりしていなかった。いくつもの砲撃を受けても、それでどれほど表層の隔壁や通路や施設がやられても、やはりここに攻撃は届かなかったという事なのだろう。少尉は自前の通信デバイスの明かりで足元を照らしながら、最後の通路を靴音をカツカツと立てて進んだ———それはもはや意味のない巡礼、あるいは殉教の道だった。
「・・・若いな。」
少尉が『そこ』にたどり着くと、先客が絞り出すような声で言った。壁に背を凭れ、足をだらりと伸ばした男の姿が、ライトウッド少尉にもようやく見て取れた。
光は彼の脇の大きなライトから発せられたものだった。反対側には自動小銃が乱雑に投げ捨てられていた。男は見たところ老齢。マントのように羽織っていた軍服の上着の階級章を確認すると、ライトウッド少尉は勢いよく踵を打ち合わせて背筋を伸ばし、美しい敬礼をしてみせた。
「観測班所属、ライトウッド少尉であります。大尉殿!」
聞き届けると、大尉は静かに頷いた。
「ご苦労、休んで良し。・・・だが、少し来るのが遅すぎたな。もう終わってしまったぞ。」
「は。申し訳ありません。奮戦虚しく・・・いえ、ひとえに私の力不足であります。」
労う大尉に、少尉は敬礼の姿勢を解かないまま言葉を続けた。少尉はそれで、大尉は目が見えていないことを確信する。
「変わらんよ、俺も。ここへ来ればなんとかなるかと思ったが・・・こいつじゃなぁ。」
自嘲気味に笑いながら、大尉は傍らの自動小銃を持てる限りの力で引っ叩いてみる。すると、銃は少しだけ置かれた角度を変えて見せた。
———そう、意味はないのだ。何せここにあるのは戦艦の心臓部、小型原子炉なのだから。
小型とは言っても、それは通常の原子炉と比べた話だ。広い施設と巨大建造物を用意してようやく成立する発電所の原子炉に比べれば、この戦艦に詰め込める程度の大きさにまで圧縮された原子炉は十分小型と言える。しかしそれでも、その膝元から見上げて頂上が見えないほどには、小さな人間の身体からしてみれば十分巨大な建造物と言わざるを得ない代物なのだ。
ライトウッド少尉がここへ持ち込んだ武器は拳銃、大尉が持ち込んだのは自動小銃。まるで話にならない。そんなものでは原子炉の外装に穴の一つも開けられないだろう。———これを爆弾として使って一か八か、VOLTを吹き飛ばす爆弾に利用しようなどと、夢のまた夢である。
「悔しいなぁ、少尉。とはいえ・・・俺たち兵士は、」
その先の言葉はない。敬礼したまま最後まで聞き届けるつもりのライトウッド少尉だったが、待てども待てども先がなければ、年若い少尉でもその意味を理解するのは難しくなかった。
静かに、しかし確実に一歩一歩大尉の方へ足を運ぶ。カツカツという靴音がぴちゃりという水音に変わった時、少尉はたまらず駆け足になっていた。大尉のそばまで駆け寄ると、少尉は片膝をついて大尉の脚に触れる。それはちょうど膝あたりで口を結んだ砂袋のようであった。その先は何もなく、大尉の周囲を満たす液体は、彼自身の夥しい流血だったのだ。
そこから腕へ、腕から肩の方へ。順番に指先を這わせて行く。暗闇で指が引っかかったのは、上着の袖に縫い付けられた腕章だった。
「技術士官の特殊章・・・それじゃ、あなたは技術大尉だったのか。」
元来、技術士官は戦闘員ではない。技術者である事———電気室や機関室、GS格納庫の整備ドックで日夜兵士たちをサポートする事こそが、彼ら技術士官の最大の戦いなのだ。
———そんな技術者たちの長が、自動小銃で原子炉を破壊できない事ぐらい知らないはずがない。
「あなたは勝てないと知って、無意味に散ると知って、それでも———」
———それでも立ち向かった。『技術者』としてではなく『兵士』として。
そのあり方に敬意を表し、少尉は今一度敬礼する。鎮魂の静寂の中、ライトウッド少尉は思いをはせる。同じ戦艦にいて、同じ結論に至った偉大な先輩の事を想う。同時に、二人はこんなにも似ているのに、結末は何故こうも違うのかと。
理屈の上ではいかようにも説明できる事だ。技術士官なら機関室やその周囲に、つまり戦艦の撃沈とともに真っ先に潰れたエリアにいた可能性は高い。そこできっと、奇跡的に潰れたのは片足だけだったのだ。一人だけ生き残ったなら、自分だけがまだ動けるのなら、兵士として成すべき事は決まっている———最期の刻まで戦い続けるのだ。標的を撃滅せしめるまで、あるいは、其の命尽きるまで。
持ち場にいたからこそ、『兵士の矜持』に突き動かされた大尉と———
———持ち場を離れて奇跡的に難を逃れたからこそ、この場に辿り着いた少尉。
対極の二人がこの場所で邂逅した意味は、本当に理屈で説明できるだろうか。
少尉は、ふと大尉の首元に輝く違和感に気がついた。恐る恐るその輝きに手を伸ばすと、それは細くデリケートな鎖の一部だと分かった。ペンダントか何かだろうか。少尉はそれを手にとってよく観察してみる。
鎖を手繰ると、卵のような楕円形の平べったい物体があった。留め具とスプリングの簡単な仕掛けで開くロケットらしい。少尉は片手でそれを持ち上げると、親指で器用に開けてみる。
”ISAAC & MARRY SAMSON, PRECIOUS DAYS START HERE (イサークおよびメアリー・サムソン夫妻、かけがえのない日々がここから始まる)”
そんな文字に縁取られた、若い二人のカップルの写真があった。男は生真面目そうな顔立ちでタキシードを着ていて、相手の女はお姫様抱っこに浮かれていたのか、その仏頂面を抱き寄せて口づけしていた。黄ばんだ古い写真なのに、そのドレスが艶やかで真っ白なウェディングドレスだとひと目で分かった。
その写真の隣には、後から貼り付けたのがすぐに分かるもう一枚の写真があった。蓋の裏についていた上に、明らかに材質が違ったからだ。端的に言えば、先の写真の埋め込み方より明らかに出来が悪い、素人の手作業丸出しなのだ。そこにはまだあどけない顔立ちで、精一杯の凛々しさを演じる少年の顔が写っていた。
「すみません、イサーク・サムソン技術大尉殿。せっかく兵士の生き様を、そして死に様をも教えていただいたのに。」
パタリとロケットを閉じると、少尉はそれを強く握り込んで勢いよく引っ張った。
鎖が音もなく切れると、首を引っ張られて大尉の身体が頷くように跳ねた。
「———自分はまだ、あなたの元にはいけません。」
ペンダントを強く握って、この区画の天井を見上げる。しかし、見ているものはいくつもの鉄板をボルトで打ち付けた、そんな天井そのものではない。
より高く、
より彼方の、
甲板の更に向こうの———赤い悪魔。
———少尉の相貌には、いつしか決意の黒い炎が宿っていた。
——————―
———――
———――
——————―
戦いの日、その晩———
ジョーとニナは既にねぐらに戻っていた。決戦の地が工業都市という事もあり、壊れたGS用トレーラーの変え部品や修理機材を見つけるのはそれほど難しくなかったのだ。無論、それはニナのメカニックとしての類稀な才能と技術あっての事ではあるが。
二人のドックに帰ると、ジャンクパーツや組立中のモジュールブロックの並びにVOLTも安置される。
「ジャンクじゃないGSがうちのドックにいるなんてね。壮観だね。」
片膝を付いてうなだれる赤い巨人を見上げてニナが言うと、ジョーも同じ方を見上げながら「ああ。」と短い返答をした。
こういったGSの整備用ドックには巨人を直立させて置くためのレーンや、直立させた状態で整備するための可動式ブリッジがよく用いられる。その例に漏れず、このドックにもレーンやブリッジは用意されているのだが、十五メートル級GS用の機材は備わっていないのでVOLTはしょうがなく座らせているのだ。VOLTを整備するより先に、まずは整備環境そのものを整備しなければならないとは。改めて『とんでもないプレゼント』を渡されたものだ、と二人は呆れ混じりに居間の方へ向かうのだった。
居間に戻るなり、ジョーは汗が染みたシャツを煩わしそうに脱いでソファーに放る。そして奥の方に敷いたブルーシートにあぐらをかくと、ガラクタの山から手頃なバネと筒を手に取り、指で抵抗を確認したり中を覗き込んだりしてみる。こんなゴミの山でも、工夫すれば手頃な武器や日用品が出来る事もあるのだ。
「ジョー!ちょっと来て。」
背後でニナが呼んでいる。しかしジョーはガラクタいじりを始めたばかりで作業の手を止めたくなかったので、ここは聞こえないふりで乗り切ろうとする。
「・・・もう。」
呆れ混じりの溜息をついて、ニナの方からジョーへと歩いていく。
極度の面倒くさがりで、多着で、だらしなくて・・・あれほどの戦いを乗り越えたというのに、この男は何も変わっている様子がない。そんな姿にどこか安堵のようなものを感じながら、ニナは無言の背中に向かっていく。
———バサリと、何か大きな布がジョーの頭と背中に覆いかぶさった。
「これは?」
作業の手を止めて、ジョーはニナの方に向き直りながら布に触れてみる。
それは軽くて丈夫な黒い布だった。表面と裏面で別の生地が使われている。表の生地は傷や汚れに強く、裏側はしなやかな手触りだ。それでいて、二層構造なのに風通しも良い。頭に被さったものはフードのようで、ジョーの方から胸にかけて紐が垂れ下がっていた。
「ロングパーカーっていうの?ほら、ジョーはおしゃれとか全然しないじゃん・・・だから・・・作った・・・」
照れくさそうに言うニナの声は、言葉を紡ぐ都度に少しずつ小さく、弱々しくなっていく。そんな彼女の変化に全く気付かない様子で、ジョーは左右の腕を袖に通していく。
「うん。これ良いな。軽いし丈夫そうだ。」
「そう!生地選ぶの大変だったんだよ!あと寸法!あんた本当に服のバリエーション少ないから参考になるものがなくって・・・ほとんど目分量でやったんだから・・・!」
封を切ったように吹き出るニナの文句を、当のジョーは聞いているのやら聞いていないのやら。腕を伸ばしたり、肩を回したり、胸を張ってみたりする。
「ぴったりだ、ありがとう。似合ってるか?」
何か気の利いたポーズでも取ればいいのに、ジョーはいつも通りの無造作な立ち姿で言った。
相変わらずの抑揚のない声だが、角度のせいか、それとも光の辺り具合がそうさせるのか。鉄面皮のジョーの口元が、少しだけ緩んだようにみえる。
「うん、想像した通りかっこいいよ!・・・それから、お誕生日おめでとう。」
その晩、ロングパーカーは上着だと言うのに、ジョーは就寝の時まで着用し続けていた。
それから、いつもよりはほんの少しだけ、ほんの僅かにではあるが———少しだけ素直にニナの言うことを聞いていた。
———その数日後、早朝。
ジョーは昨晩中断した機械いじりを再開し、ジョーより遅い時間に起きるニナはようやく目を覚ましたところだった。簡単な挨拶を交わしてから、ニナはボサボサの髪を手ぐしでとかしながら洗面所に向かう。眠気はまだまだ抜けきらず、こすっていた目元が少しだけ赤くなっていた。
コンコンッ———
珍しい事もあるもので、誰かがこんな早朝からドアをノックした。
ジョーとニナは表向き様々なジャンクの修理屋を営んでいる。日用品から護身用の武器に至るまで、ほとんど何でも修理する業者だ。こういう業者は非常に多い。特に戦いが延々と続くこの土地ではジャンクパーツはいくらでも手に入るので、拾ったジャンクを修理して欲しいという客やら、ジャンクから何か有用なものを組んで欲しいという客やら、そういう需要で溢れているのだ。それでも、表の看板に書かれた始業時間より何時間も早く門戸を叩く客というのはやはり珍しいものだ。
「ジョー!出てー!」
洗面所から聞こえる声を、ジョーはやはり聞こえないふりでやり過ごそうとする。素直に言うことを聞いたのは期間限定の珍事らしい。
洗面所の鏡に映った自分を見るニナ。髪はボサボサだし、身につけてるのは寝巻き代わりの大きめのTシャツ一枚だし、眠そうな顔もだらしない。本来他人に見せられるような状態ではないが、これ以上客をまたせるわけにも行かないのでしょうがなく自分が向かう。
「はーい。誰ですかー?」
眠気を隠す気もない声色で言いながらドアをゆっくり開くと、そこには軍服の男が立っていた。
男は丁寧に会釈をすると、懐から軍人手帳を取り出す。
「こんな早朝からすみません。アントニー・アンダーソン中尉と申します。少しお話、よろしいでしょうか?」
赤銀の死神編 エピローグ 終
機甲大戦記VOLT
SFメカアクション・戦記ドラマ
"鋼鉄の巨神が舞う戦場、剥き出しの魂が、赤銀の死神へと変貌する。"
ここは戦争が延々と続く大陸、アルビオン。 ヒトの智慧がどれほど進歩しようと争いは終わらず、独特な進化を辿った機械文明の産物『ギガント・ソルジャー(GS)』を駆る『同盟軍』と『レジスタンス』が日々戦場で刃を打ちあわせていた。軍配が上がるのは、秩序か、自由か、ーーーそれとも執念か。 『VOLT』が今、戦いの歴史を塗り替える。
まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。