← 作品ページへ戻る

蹉跌の月──Deseo la luna.──

有城 砂卯

47,759 字

現代ファンタジー恋愛小説

"月を望む少女の初恋と、交錯する夢と現実。これは、諦念と希望が織りなす、大人のためのファンタジー。"

← 右から左へスクロール

2・蛾眉

 病院って、消灯早いー!
 八時って、小学生でも寝ないわ。
 なので、お布団かぶってクリス様攻略(出来るのか謎だけど)に勤しむ。

 だって、足は吊ってるし、寝返りも出来ないし。
 ただでさえ寝付きが悪いのに、無理です。

 それになんだか今夜は、救急車のサイレンがやけに多い。
 ……あ、そうか、ここ救急病院だ。
 そりゃそうだわ。

 廊下のほうがほんのり明るくて、
 足音こそしないのに、誰かが忙しなく動いてる気配だけは伝わってくる。
 看護師さんって夜なのに、タイヘン。
 あたしには無理だな。うん。

 さて、クリス様、クリス様。

 『デイムメイカー』ってゲーム。
 所謂、乙女ゲー、恋愛シミュレーションってやつ。
 今時、攻略対象を落とすって、Web小説の異世界ものにしかないんじゃないかな?
 お母さんが若い時は、一世を風靡したらしいけど。
 
 で、そんなお母さんが同人やってた時の(そんなことまでやってたんですね、母)、友達の知り合いの知り合いが携わってるらしくて、薦めてくれたの。
 顔も知らないらしいけど。
 
 まあ、グラフィックはキレイだし?
 流行りの声優さんがCVで、それなりに楽しめるのだけど、何て言うのかな…攻略対象、薄っぺらくない?!

 宗教も、戦争も、政治さえない世界。
 そこで、王子様目指すとかどんな夢子ちゃんよ。

 そんなわけで、各自を象徴する宝石入りのプレゼントはともかく、指輪は受けとる気になれなくて、いなしていた。

 なんかね、他の人生?の方がワクワクするのよ。
 例えば『料理』。
 極めて、『愛情』があれば『お母さん』。
 『社交』をプラスで『町の食堂』。
 全てを鍛えて、『一流シェフ』!

 恋愛シミュレーションの意味?さて?

 で、そんな時、町のインフラにちょっと口を出したら、クリス様が登場した。

 ほえ…。
 こんなに遅く登場するのに、声までついてましてよ?って、母に聞いてみたら「隠しキャラかもしれないわね。それに…」勢雄さんのお声じゃない?って。

 出現させるまでもタイヘンで、悉く息子のセイレン様が顔を出す。
 君じゃないんだよ。

 あれ?
 ヒロインが聖女様みたいになったとき、地図の中央に、新しい街が現れた。

 ぐりっ、と目の奥に痛みが走る。
 ふわっと湧く、吐き気。
 ほんの、一瞬。
 看護師さんを呼ぶべき?とも思ったけど、なんだか一層、廊下は慌ただしいし、こんな時間まで起きてることを咎められそうなので、寝ることにした。

──病院の朝って早いー!のかな?
 本来なら学校に行く時間…ま、今日は土曜日だけど。
 完全に春休みボケですね。

 朝ごはん食べたら、床擦れを防ぐ運動をして、お母さんが来てくれてリンゴ剥いてくれた。ん、定番。
 そしたら、お医者先生が来て、ボルトが見つかったから月曜日に手術します、って。
 
 全身麻酔……なのね。麻酔って、効くメカニズムが分かってないって言葉が頭を走る。
 蘊蓄だけが変にある自分の脳みそが嫌になる。知らなきゃ、知らないままなのにね。

 それで、明日は昼から絶食ですって。
 お母さんは手術の準備に早々に帰っちゃった。さみしい……時はクリス様っ!

───やったぜ。実にやり直すこと十五回。やっと、クリス様エンドを迎えたぜ。
 あら、窓の外が明るいじゃない。
 そのまま、国民的ヒーローやら、ヒロインを見ながら、最後の食事(大袈裟)をした。
 
 同室のおねえさんたちに、お昼ごはんが配られている。
 食べない時は食べなくても平気なのに、食べられないって思ったら、食べたくなる。
 白米の香りって、イイモノデスネー。
 ……はあ…

 そんな時、スマホのアラームが鳴った。
 あうっ!イベントに行くのに遅刻しないように掛けといたんだ。
 未練はあるけど、仕方ない。
 カミサマ、憐れなワタシに、なにかご褒美ください。
 なんのカミサマ?
 ……勢雄さんで、いっか。

 夕方、サイレンの音。
 そういや、一日中聞こえてはいた筈なのに、慣れって怖いわ。
 てか、緊急搬送される人って多いのね。
 
 夕ごはんも食べられないし、徹ゲーしたせいか起きてられない…誰かの書いたイベントレポ見たいのに…いるのかな?レポ書いてくれる人…いや、公式くらいは書いてくれると信じている!

 夜よりも、廊下を急ぐ音が聞こえる。
 ナースシューズの音のない音。
 時折、きゅって踏み返して。
 ざわざわ…
 とろとろ、とろ……。

───丁字帯って、要するにふんどしなのね。
 処置室に移って、手術の準備。
 ううっ!いろんな管。
 点滴、ぐりぐり。ぺしっ、ぺしっ、って前腕を叩かれていたのに、結局、親指の付け根に針が刺される。
 叩かれた前腕の立場は?
 手術着の下が、ふんどし一丁なのを思い出すと笑いが出る。

 1、2、……

 …………うわぁ!不快、不快!
 痛いのか、吐きたいのか、自分の身体か自分でないみたいに。
 指先のオキシメーターが、食いちぎるみたいで。
 パタパタと看護師さんが、部屋に入ってきて、あー処置室なんだと、少しずつ状況を把握する。
 指が痛いとだけ告げて、寝ることを薦められた。

 夢を見ていた。
 
 やけにリアルで長い夢を。

 幼馴染みの熊みたいなお兄ちゃん。
 手の届かない、キレイな男の人。
 熊みたいなお兄ちゃんとの、穏やかな新婚生活。
 熊みたいなお兄ちゃんの突然の死。
 身籠ったあたし。
 銀髪のキレイな男の子。
 出産するあたし。
 ───死んだ、あたし。…………

 眠りから覚めて、ようやく夢が『デイムメイカー』だと気づいた。
 だって、クリス様若いんだもん。
 セイレン様だって、幼かったし。
 
 それに、お兄ちゃんって……、ラドスって誰なんだよ。
 
 それに、その上。
 出産の妙に生々しい痛みと、やけに現実的な感触。

 なんだったんだ?

 やっと、ごはんが食べられるようになって、激痛のカテーテルがはずされて、一人立ちが出来るようになった、車イスで。
 トイレで用が足せるって、素晴らしい。

 リハビリ室にも行けるもんね!
 リハビリ室にしか行けないんだけど。
 せめて、気合いを入れようとお気に入りの音楽を聴きながら、赴く。
 
 って、談話室?
 こんなところあるんだ。
 時間までまだあるから、入ってみようかな?と、覗いていたらイヤホンが転げ落ちた!
 入学のお祝いにお父さんが買ってくれた、ちょっといいやつ。

 車椅子の下に転げていて、車椅子初心者なあたしは運転に自信がないし、下手に動いてイヤホンを轢いてしまうのはもっと嫌だ。

 そんな風に身動きがとれないでいたら、背後からがらがらと、なにかを引きずりながら近寄ってくる気配がした。

「どうか、なされましたか?」
「どわっ!……!」

 耳元で囁かれた声が、背中を走り抜け腰に刺さる。
 ――何が起こったんだ?
 
 あ、事情説明をしなきゃよね。

「失礼しました。車椅子の下にイヤホンが落ちてませんか?拾っていただけるとありがたいです」
 恐る恐る、声の主に顔を向ける。

 かの人は腰を屈めてイヤホンを拾って、あたしの手に納めてくれた。

「探し物はこちらでよろしいですか?」
 
 妙に芝居がかった物言いだけど、
 だけど、この声ってまさか。
「…しぇおさん…?」
 噛んだ。

「……おや。あぁ……こんな可愛いお嬢さんに、お見知りいただけるとは――光栄の極みでございます。」

 お父さんより上なのか下なのかも計り知れない、謎の人。
 
 いや、勢雄さんみたいだけど。
 笑いを堪えるように、立っていて…いて…
 なんで、点滴なんだ?
  

── 第2章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

作品ページへ戻る

コメント

まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。

しおりを挟みました