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蹉跌の月──Deseo la luna.──

有城 砂卯

47,759 字

現代ファンタジー恋愛小説

"月を望む少女の初恋と、交錯する夢と現実。これは、諦念と希望が織りなす、大人のためのファンタジー。"

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3・弓張

 
「お、お母さん!しぇおさんがいた!」

 病室に戻ると、お母さんが来ていたので、早速報告…したら、また噛んだ。

「何を言っているの?まずは、落ち着きなさい」
 と、冷静に返されてしまった。

「せ、勢雄さんがいたの!今!イヤホン拾ってもらった!」
 そんなわけないじゃない…というお母さんを余所目に、ベッドに移ってからスマホで情報を収集する。
 
『勢雄 祥匡、声優、入院、原因』
 思い付く単語を検索窓に打ち込む。
 あれれ?意外と出てこないぞ?
 ……入院してるんだよね?点滴を引きずっていたし。
 で、『デイムメイカー』って入れたら、とあるSNSが引っ掛かった。

『もー!最悪!“デイムメイカー”のイベント行ったら知らない人が血吐いて中止!赤生さん見に行ったのに!』
 という、赤生アイテール推しの呟きだった。
 ので、公式に飛んで、ようやく記事を見つけることが出来た。

 『本日、予定しておりました“デイムメイカー”店頭イベントは、出演者の急病により、中止となりました』

 イベントのレポは、現実の痛み──特にカテーテル──に負けて、追うことを失念していた。行けなかった悔しさもある。
 と、いうか!なんで、名前が出てないの!
 勢雄さんのことかどうかも分からない!

「あら?デイムメイカー」
 って、声がした。
 見知らぬ看護師さん。
 誰?っぽやっとしてたら、柔らかく微笑んで、
「はじめまして。いつもは消化器病棟にいるの。今日はヘルプなの。検温しますね」
 と、体温計を額にかざされる。
 
 スマホを弄りたくてしょうがない気持ちを押さえつつ、看護師さんのお仕事の邪魔は出来ないので、じっと我慢の子。
 でもでも。
「看護師さん、デイムメイカーをご存じで?」
 聞いてもいいよね?
 
「ええ。そのイベントにも行ったわよ」
 なんて、羨ましい!じゃなくて、今は、
「この!倒れたのってどなたなんですか?!血を吐いたって!」
 つい、前のめりに聞いてしまう。

 すると、看護師さんは「ふぅー」って、大きな溜め息をついた。
「個人情報…なのよねえ……そんな泣きそうにしないの」
 と、困った顔をしてる。
 あたし、泣きそうに見えてるんだ…
 
「──こほん。今の私はそのイベント会場に居合わせた一般人です」
 そう言って、大きく息を吸う。
 そうして、そっと、あたしの耳に顔を近づけて、
 
「勢雄 祥匡さんって方。血は吐いたけど、軽い胃潰瘍だから大丈夫。くれぐれも内緒だからね」
 耳元でこそっと、教えてくれた。
「血を吐いたのに…軽いの?」
「これ以上は、禁則事項です」
 って、口の前に人差し指を立てた。
 ううっ!ごめんなさい。

 そしたら、看護師さんは 
「代わりって言ったらなんだけど、今度、時間がある時にでも私の話、聞いてくれるかな?」
 って、悲しげな顔を無理矢理笑顔にして、別のおねえさんの検温へ行った。
 交換条件ってやつですね!

───

 看護師のお姉さんは次の日に来てくれた。
 制服姿とは違う私服のお姉さん。
「ホントは患者さんと個人的に仲良くしちゃダメなんだけどね」
 と、言って、志山風花ですって自己紹介してくれた。

「早速だけど…」と、切り出した志山さんの話は、まさかの異世界物語だった。
 

 その話は、あたしが見た夢の続きな気がした。
 クリス様とセイレン様の、──ゲームでは普通に親子だけど、夢の中は兄弟に近い年齢差、な点だけど。

「ミリア?」
「話からすると貴女の子供になるのかしら?」
 志山さんが出会った、ミリアと云う三才の女の子。
 ゲームの中で、クリス様から聞く話には名前は無かった。

 ──産まれて間もなく、何者かに殺されるセイレン様の妹で、クリス様の実の娘。
 夢の中で、あたしが生んだ子。
 
「でね、セイレン様がこの病院に来たのよ」
「何ですと!」
「そりゃあ、もう。ホログラムな美麗なセイレン様が漂っていたわよ、二日前」
「この病院に?」
「この病院に!」

 二日前なら、手術の翌日、カテーテルが苦痛でしかなかった時だ。
 セイレン様に会えなかったのは少し残念だけど、カテーテル姿を見せなくて良かったのかもしれない。
 クリス様だったら悔しかったけど。
 
 ──それにしても、あちらとこちらで、随分時間の流れが違うのだろうかと思った。

 夢なのか、妄想なのか。
 ──現実なのか。
 ……ん?

「セイレン様、何しに来たんです?」
 そう聞くと、志山さんは顔を歪めた。

「あのね、多分…憶測だけど、ミリアの中の人を迎えに来たんだと思うんだ」

 セイレンさまが現れた病室で、何日も目を覚まさなかった患者さん。
 志山が夢で会った少女ミリアが、語ってくれた症状と一致するらしい。
 その患者さんが身罷ったとき、セイレン様も同時に消えたらしい。

「ミリア…さん…?ゲームの世界に行ったって事なんですかね?」
「そもそもゲームの世界が在るのかって事なんだけどさ。だから、誰かに話したかったんだけど、適任者が身近にいて助かったわ」

 夢なのか、妄想なのか。
 ──現実なのか。
 それ、なんてラノベ?って、笑い飛ばすのは簡単だけど、“見た”って言われたら、信じたい。
 
 あたしが、生んだ子供かもしれない子。
 幸せだったらいいな、と思った。

 そんなお話をしていたら、リハビリの時間となった。
 結構、お話ししてたのね。
 あたしが病室を出ようとしたら、お母さんが来て、志山さんとお話ししてる。
 ……あたしの病状とかじゃなく、オタトークなんですね。
 母、ぶれないな。

 思うに、リハビリってドラマなんかじゃ「…あ、歩けない」「頑張るのよ!」とか、泣いて感動の一場面を彩るけど、あたしの場合はマッサージだな。
「今日も頑張りましたね。お疲れ様です」と、言われるけど、どう考えても頑張ってお疲れ様なのは先生の方だと思うのよ。

 マッサージ…じゃない、リハビリを終えて談話室の前を通ると…あれは、勢雄さんですわ!
 んー……入院してるのプライベートに、声かけちゃダメかな?でも…でもだよ?あ!昨日のお礼!
 口実見っけ!
 
「勢雄……祥匡さん?」
 疑問系で声かけちゃったよ。
 
振り向いたその人は、思いの外不機嫌全開の表情で、「はぁん?」って、声が聞こえてきそうだった。

 それでも、「昨日はありがとうございました、イヤホン」って、なんとか言うと、若干、眉間の皺が解けて、
「お嬢ちゃんも、物好きだなぁ…」
 って、吐き捨てるように言ってきた。
 ……な、なんか昨日と違うぞ?
 あれは、他所行きの声だったのか?
 
 やっぱり、芸能人に知ったかぶりで話しかけちゃダメだよね。
 ご機嫌斜めみたいだし、お礼も言ったし、その場を立ち去ろうとしたら、「暇潰しに付き合え」と、引き留められた。

 そのまま、談話室に拉致…じゃなくて、連れ込まれるのに、勢雄さんは車椅子を両手で押してくれて、あー、点滴は外れたんだなーって思った。
 
 入り口の自販機で「なんか飲むか?」って言われて、「お茶」って返したら「味がついてなくていいのか?まあ、いいけど」って、麦茶を買ってくれた。
 
 勢雄さんは……飲めないらしい。
「酒、煙草はともかく、コーヒーくらいよくないか?」って、ぶつくさ言いつつ、あたしにペットボトルの麦茶を渡して、車椅子を押して談話室の中に入った。

「もしかして…ご機嫌斜めそうなのって、煙草ヤニ切れですか?」
 お父さんと一緒だ。
 勢雄さんは自分の顔をまさぐりながら、
「顔に出てたか?いかん、いかん」って慌ててる。なんか、可愛いぞ?

 そこからはなんか…高校入試の面接を彷彿とするやり取りが繰り広げられた。
「杉田 弥依、十五歳です。入学式の朝に転んで骨折しました。……スリーサイズとかと言いますか?」
 勢雄さんは、あたしにスッと視線を巡らすと、「いや、それはいい」
 ……失礼だな!これから育つんだよ!

で、話は『だいこうかいものがたり』となった。
「お嬢ちゃんの生まれる前だろう?」
「母の教育の賜物です」
「なんだよ、それ」って、大笑い。
 
でも、ムッとしてるよりずっと良いよ?

 で、『デイムメイカー』の話に流れた。
「ああ、もしかしてお嬢ちゃん、赤生アイテールや石舘セイレン推しで、繋がり持とうとしてるのか?残念だった…」
「あたしは勢雄クリス様推しですけど?」っ!……本人の前だよ、あたし…。
 ……でも、あたし以上に、勢雄さん照れてませんか?なんだこの、大型犬。

「……しっかし、血は繋がらないとはいえ、“ふたり”の子持ちだろう?お嬢ちゃんは枯れ専なのかね?」
「枯れって…自分で言って傷つかないでくださいよ。それに、クリス様には実の子“ひとり”ですよ?」
「あん?上の子セイレン拾って、下の子ミリアはメイドと庭師の子だろ?」
「上の子も、下の子も実の子で、下の子は早死にしてるんですけど……」

 それ、あの時の『夢』の話だ。
 メイドあたし、スーラが生んだ下の子。

 談話室の外に、志山さんが通ったのを見つけたので、「志山さん!」と声を出して引き留める。
 
「院内では静かにしてください…て、珍しい組み合わせですね?どっちがナンパしたんです?」
「勢雄さんに拉致された!だけど、そうじゃなくて、勢雄さん、あたしたちの夢を知ってる!」

 我ながら、なに言ってんだ?と思った。

── 第3章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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