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物語る少女とストーリーテラー

彩野リン

30,578 字

ファンタジー学園サスペンス

"物語の力で世界を紡ぐ少女と、その相棒フィンが織りなす、学園都市の光と影。"

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第3話  白銀の男たち

 深い眠りの中から浮上していく感覚がする。
 目が覚め始めている。
 自分は今、どういう状況下にいるのか、怪我はしていないのか、場所はどこか、フィン二人はついているのか、確認する必要があった。が、目覚めると同時に手足が何かで縛られ、ベッドに括りつけられている状態に気づく。ベッドは上半身が少し起き上がるようにセッティングされており、病院内の医療用ベッドを彷彿とさせた。どことなく、医薬品の匂いもしたからだ。
『……奈桜? 奈桜―! 大丈夫!?』
 アリスの声が聞こえる。視線を巡らせ、フィンたちの姿を探すと、部屋の隅にアリスとデスが二人まとめて狭い鳥籠に閉じ込められていた。フィンの二人ならば、何てことのない攻撃で蹴破られそうなのに、その鳥籠は何かの細工でもしてあるのか、二人はもどかしそうにガタガタと籠を揺らすばかりである。
「――アリスも、デスくんも、大丈夫?」
『自分の心配をしてくれ、奈桜! 俺たちは何ともない』
 デスはちょっと叱咤するように強い口調で言う。
「そうか、よかった」
 奈桜はほっとした。フィン二人は自分の分身だ。傷つけられれば同じだけ自分自身の心が傷つく。
 奈桜は辺りを観察した。
 部屋は白いというより少々灰色に濁ったコンクリートの造りで、四隅には埃が溜まり、あまり掃除が行き届いていないようだった。ここは奈桜をさらった男たちの根城か、それともたまたまここを使っただけか、見ただけでは判別しづらかった。
 真四角、と呼べそうな正方形の部屋だった。広さは八畳ほどか。人一人が住むアパートとして機能できるだろうか。よく目を凝らすと奥の方にユニットバスや物入れなども設置されており、元々は独身世帯の住居として機能していたのかもしれない。
「これ……、誘拐事件よね」
 奈桜は事の状況をつぶやき、すぐにフィンたちが乗っかった。
『そうだ、そうだー! 犯罪だー!』
 アリスが可愛らしい頬を真っ赤にして怒る。
『こんなトラップがなかったら、今すぐにでも全員八つ裂きにしてやるぜ!』
 デスは物騒な発言をして、手に持っている鎌を強く握り込んだ。
「誰か通報してくれたかな……。とにかく手足の自由が利かないと……」
 奈桜の両手には頑丈そうな手錠がかけられ、それぞれベッドの手すりに括りつけられており、両足も同じ状態になっていた。あの男たちの催眠スプレーがまだ体内に残っているのか、どことなく体もだるい。いつもの十分の一も能力が使えないかもしれない。
 生まれて初めて経験する危機的状況に、「クールビューティー」と称された奈桜の表情がさすがに硬くなっていく。
 涙は出なかったが、大きな心細さと恐怖心が胸の内を覆っていた。
「あいつら、一体何なんだろう……」
 奈桜はつぶやく。
 突然の襲撃で、やつらの顔をまったく認識できなかったが、顔のどこか一部分に奇妙なマークのようなものが見えたのだ。あれは何かのシンボルということなのか。
『俺も見えたぞ! あいつら、たぶん組織で動いているんだ!』
 デスが怒りマークを飛ばしそうな勢いでまくしたてる。奈桜と意識の一部分を共有しているため、考えが行き渡る時があるのだ。
 アリスも『確か、お月さまみたいな、ちょっとメルヘンな感じのマークだった気が……』と顎に手を当てて考えている。
「お月さま……?」
 疑問を浮かべていると、ふいに扉がガチャリ、と開いた。
 建付けの悪い玄関ドアらしく、ギイイ、と耳障りの悪い音が響く。それが何とも不気味で、奈桜たちは一瞬にして静まり返ってしまう。
 ぎゅっと、息を詰まらせてしまうような緊張が奈桜の体に走る。
 入ってきたのは、背が高い細身の青年だった。
 年は二十代の後半に入るだろうか。中学三年生の奈桜には大人の男の詳しい年齢が判別できず、おおよその年齢しか当たりをつけられない。
 男はこちらにゆっくりと近づいていく。
 圧の強さが一般人のそれではない。悪人だ。れっきとした。
 奈桜の背筋に悪寒が走る。
 男の表情がうかがい知れる距離にまで、近づかれた。
 フィンたちの言う通り、男の左の頬に、ちょうど目の下の位置に、そのマークはあった。
 銀色に光る、三日月。
 一見しただけでは、幼い子どもがクレヨンで絵に描いた可愛らしいデフォルメにも思われるが、まるで三日月そのものに力が宿っているような発光具合である。あの銀色に、何か大きな力でも隠されているのだろうか。
 男の髪は首筋にかけて少々長い襟足をしており、昔の言葉で「ぬばたまの髪」と称されるような、艶のいい黒髪だった。服装は周りに怪しまれないためか、至って地味な、ジャケットとインナー、黒パンツスタイルだというのに、あふれ出る圧は奈桜を委縮させるに十分だった。
 そして何より、男の瞳が、実に奇妙だった。
 綺麗に開かれた二重の目は色っぽく、黙っていれば市井しせいを沸かせる色男になれる素材の良さがあるのに、瞳の奥の瞳孔に、銀色の縦の筋が入っている。
 左頬の三日月と同じく、妖しげに光る銀色。
 彼は、何者なのか。
 怖いのに、目が離せないような、不思議な引力を感じさせる。
 奈桜は彼と目が合ったまま、一瞬たりともそらすことができなかった。
「気がついたか」
 男は口をきいた。
 声は見た目ほどの冷たさはなく、甘やかに響くような、むしろ耳心地のいい声質だった。そのギャップにも奈桜は戸惑いを隠せない。
「具合は」
 男の問いかけに、
『いいわけねーだろうが!』
 デスが鳥籠からガタガタと暴れて男を威嚇する。
 男の方はさして気にした風もなく、デスを無視し、奈桜の傍らにそっと手を置いた。男の顔がぐっと近づき、より一層、彼の冴え冴えとした美貌が肌身に感じられる。
『こらーっ、奈桜に近づくな!』
 今度はアリスがバタバタと暴れるが、なおも男はこちらから視線を外さない。
 男は静かに話し始めた。
「お前の身元は割れている。月山奈桜。『稀代のストーリーテラー』になるとされる、フィンの使い手。
 フィンを一人生み出すだけでも、並大抵の想像力では一朝一夕でできる芸当ではない。それをお前は二人、生み出している。
 もはやお前の存在は、お前一人だけのものではない。強いフィンを生み出せる子どもは、やがては世界の砦となっていくだろう。お前は自分で思っているよりもずっと、注目されうる人間なのだと知っておいた方がいい」
 男の言葉一つひとつには、こちらに対する何かしらの強い期待が感じ取れた。それは『フィン』を使う才能を持った子どもに対する嫉妬よりも、むしろ子どもを上手く利用して、こちら側に引き込もうとするような意志の表れにも思えた。
「……この『学園都市』に、どうやって侵入できたんですか」
 奈桜は気丈に振る舞おうと、正面から男をキッと見据えた。表情一つ変えず、男は応える。
「『学園都市』は強固なネットワークによって築き上げられた鉄壁の城だが、完璧な守りは存在しない。どこからでも抜け道はある」
 男の発する言葉の意味を、奈桜は注意深く考える。
 先ほどから、男から放出される不可思議な気配を奈桜は感じ取っていた。
 何だか、似ている。
「何」に似ているかは、明白だった。
『フィン』だ。
 奈桜は信じがたい推察を、男に対して持ち始めた。
「――もしかして、『フィン』がついているんですか? 大人のあなたに?」
 そこで初めて、男は少しばかり笑んだ。
 口の端を上げるだけの、ニヒルとも取れる微笑だったが。
「使い手同士ならば、容易に感じ取れるのだな。やはりお前には稀有な才能がある」
 奈桜は気を高めて、男を取り囲む濃厚なオーラを見定めた。
 ピリピリとした気配を放ち、人間離れした野性を感じさせ、かつ人と共生することもできる、人とは違う生態系。
「――アニマルタイプの『フィン』?」
「ほう、見破れるか」
 男は感心したように目を細めた。
 だんだんと、目に映る景色がクリアになっていく。催眠スプレーの毒が抜け始めているのか、奈桜の集中力の高まりによって五感が鮮明になっているのか、判断はつかなかったが、しかしついに見つけた。
 彼の『フィン』を。
 それは、例えるならば羊のぬいぐるみの姿かたちだった。
『フィン』は、子どもの想像力によって生み出されるフィクション的なものである。よって姿かたちはリアル感には乏しく、むしろどこかメルヘンチックなフォルムをしている場合が多い。デスもアリスも、手のひらサイズに収まる大きさで、体重なども感じない。ぬいぐるみを抱いているような質量のみである。
 今、奈桜が目にしている『フィン』も同じく、おどろおどろしさよりも愛嬌を感じてしまう見た目だった。
 羊のフィンは、日本の動物ではなく、海外の羊の姿を取っていた。白い羊毛はふわふわで何とも触り心地がよさそうで、一方で顔と手足は艶やかな黒である。日本の羊は顔も手足も白いから、男のフィンは海外文学から創り出されたのかもしれないと奈桜は当たりをつけた。
 熟考し、奈桜は再度、男を見据え、言う。
「――『羊たちの沈黙』」
「ご名答」
 男はどこか嬉しそうに、不敵に笑った。
 羊のフインもフンッと得意げに鼻を鳴らす。
「クラリスだ。俺の相棒」
 名を呼ばれたクラリスは、意地悪そうに歪んだ目つきをしているものの、ぬいぐるみのフォルムのせいでいまいち迫力が出ていなかった。が、奈桜のフィンたちとは違う異質さも同時に感じさせる、不穏なオーラをまとっている。やはりこの子も悪としてのフィンなのか、と奈桜は警戒を抱く。
「俺は柴崎しばさき。名を明かしたからには、お前をどう扱いたいか、わかるな?」
 柴崎と名乗った男は、奈桜の横に置いた手のひらの圧を、ぐっと強めた。
「……帰すつもりはないということですね」
「そうだ。お前は今日から、俺たちの手足となる」
 柴崎は当然のように言い放った。
 それは、月山奈桜としての平和な日常が、この日を境に終わったという事実の証明だった。
 恐怖に内心震えながらも、奈桜は気丈に言い返す。
「私に、犯罪の片棒を担ぐ真似はできません。……何をされても、私は、あなたの行為を受け入れることなど、しない」
 その場に空気の凍るような、強い緊張が走る。
 ふっと、柴崎が手を上げた。
 暴力を振るわれると思い身構えた奈桜に、しかし柴崎は、手足の拘束を解き始めた。
 そして吐き捨てる。
「強がっても、しょせんお前は女子中学生だ。俺から逃げることは叶わない。生活の保障はしてやろう。ここで過ごすうちに、俺に従う以外の道はないと思い知るだけだからな」
 拘束具を外されても、体の奇妙なだるさが抜けないのは、この部屋の辛気臭い空気のせいか、それとも彼のフィンによるものなのか、今の段階では何もわからない。
 奈桜は黙り込むしかなかった。
「ここにいろ」
 どこまでも威圧的に言い切ると、柴崎は冷徹に光る瞳をいっそう細め、奈桜を見下ろした。

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── 第4章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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