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ひとりぼっちの空

hat47x

53,113 字

幻想的内省小説

"見えない水に包まれて、私は虹色の世界を歩き出す。"

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第7話 いつもの朝へ

朝、少女は光で目を覚ました。

カーテンの隙間から、白い線が床に落ちている。

眩しい。

少女はベッドの上で目を細めた。

掛け布団の内側は暖かい。出していた手を引っ込めると、冷えた指が胸元に触れた。触れたところは、指先より温かかった。

息を吸うと、指の下で胸が動いた。

少女はふと、胸の奥のあの一か所を探した。

最初に気づいたとき、息を吸うと少し遅れて動いていたところ。

今朝は、その差が見つからなかった。

もう一度吸っても、指の下で胸はすっと動いた。

見つからないのに、ほんの少し名残惜しかった。

それ以上は探さなかった。

掛け布団をあごの下まで引き上げた。頬だけが、まだ冷たかった。

時計を見る。

そろそろ起きる時間だった。

「うーん」

数秒だけ、ベッドの上で動かなかった。

それから起きた。

掛け布団をめくると、腕や脚へ朝の空気が一度に触れた。

思っていたより冷たい。

少女は肩をすくめた。

髪が片側だけ変な方向へ跳ねている。

鏡の前で押さえてみる。

手を離すと、また跳ねる。

もう一度押さえる。

「今日はこれでいいか」

顔を洗った。

水が冷たかった。

頬から顎へ流れた一滴が、首の付け根まで落ちる。

少女は小さく身を縮め、タオルで顔を拭いた。

台所へ行って湯を沸かし、カップに飲み物を注ぐと、湯気が上がった。

両手で包む。

熱い。

少女は指をずらし、熱すぎない位置で持ち直した。

手のひらに、じわじわと熱が広がる。

少女はカップを両手で包んだまま、窓の近くへ行った。

窓の近くは、部屋の中央より少し冷えていた。足首の近くを空気が通り、袖の内側では布が腕に触れている。

外は晴れていた。

建物のあいだから見える空は狭く、その中を雲が一つ流れていた。

下の道で自転車のブレーキが鳴り、誰かが笑った。遠くでは車が走っている。

少女は一口飲んだ。

温かいものが喉を通り、胸の下へ落ちていく。手のひらにはカップの熱があり、足の裏には床がある。窓際の空気は少し冷たい。

少女は窓のそばに立ち、湯気がほどけていくのを見ていた。

スマートフォンが短く震えた。

机の上に置いてある。

少女はすぐには取らなかった。

カップをもう一口飲んでから、机へ戻る。

友人からだった。

画面には、「今度、帰りに何か食べよ」とある。

少女は笑った。

「行こ」

それだけ打って送った。

送信された二文字を一度見た。指は入力欄へ戻らなかった。

いつにするかも、どこへ行くかも、まだ決めなかった。

少女はカレンダーを開かず、ホーム画面へ戻った。

ホーム画面の下のほうに、生成AIのアプリがあった。

一度だけ目をやった。

指先がアイコンの上まで来たが、触れなかった。

アプリはそのまま、画面の中にあった。

スマートフォンを机に戻す。

隣に、読みかけの本がある。

昨夜、途中で閉じたままだ。ページのあいだから、しおりの端が出ている。

少女は表紙に指を置き、すぐに離した。

今日は開かなかった。

しおりは抜かず、本を机の端へ寄せる。

飲み物を飲み終えると、カップを洗った。縁に残った泡まで水で流し、伏せて置いた。

部屋へ戻り、着替えた。

袖口に指が引っかかり、一度引き抜いて通し直した。裾を引くと、背中側の布がすっと落ち着いた。

鏡を見る。

さっきの髪の跳ねは、まだ残っていた。

窓から入った朝の光が、鏡の端に当たった。

少女は一瞬、目を細めた。

光はきれいだった。

少し眩しかった。

*

登校するには、まだ少し余裕があった。

少女は部屋を見回した。

財布。

鍵。

スマートフォン。

ハンカチ。

今日使う教科書とノート。それから、数学の小テストの範囲が載ったプリント。

今日使うものは、そろっている。

机には読みかけの本があり、窓の向こうでは、雲がさっきより先へ進んでいた。

少女は鞄を持った。

玄関へ行く。

靴を履く。

片方の靴紐がねじれていたので、ほどいて結び直した。もう片方も緩んでいたので、締め直した。

立ち上がる。

足の裏が床につく。

ドアノブに手をかける。

金属が冷たい。

少女は一度握り直し、ドアを開いた。

その先は、いつもの廊下だった。

白い壁。金属の手すり。突き当たりの小窓から、朝の光が斜めに入っている。

少女は廊下へ出て、ドアを閉めた。鍵をかけると、かちり、と短く鳴った。

頬と手の甲に、部屋の中より冷たい空気が触れる。

小窓のほうへ歩き出した。

二、三歩進んだところで、足元に水があるように感じた。

少女は立ち止まり、足元を見る。

床は乾いている。靴も濡れていない。

水は、音もなく上がってきた。

足首を越え、脛を上がり、膝から腿へ。下ろした手の指先も水に入り、手の甲から手首、腕へと水位が上がっていく。腰からお腹へ、胸へ、肩へ。

冷たくも重くもない。

そのまま首まで上がり、顎を越えて、頬へ届いた。

目のすぐ下まで来たところで、一度、息を吸った。

息はいつもと変わらず通った。

まばたきをすると、額も頭のてっぺんも、もう同じ水の中にあった。

足元へ向いていた視線が、いつの間にか小窓の光へ移っていた。

水は何も押し流さなかった。

下ろした手を、少し開いた。水は指のあいだにもあった。

見える水ではなかった。けれど、知らない水でもなかった。

少女は指を動かした。手を開くと、掌の線が伸びた。皮膚はちゃんとそこにある。それでも、水はそこで途切れているようには感じなかった。

目は開いたままだった。

小窓から差す光も見えている。階下でドアが閉まる音がして、遠くを車が走る音もした。

廊下の冷たい空気が頬や手の甲に触れる。その変化も、全身を包む水の中で感じられた。

白い壁に光が当たり、金属の手すりが細く光り、床には淡い四角が落ちていた。その端が、少女の袖にもかかっていた。

光の縁に、ごく薄い色がにじんだ。白い壁にも、床にも、手すりの角にも、小さな色の欠片が一瞬ずつ浮かんでは消えた。雨上がりの水滴に出る虹よりもずっと淡く、ひとつの帯にはならなかった。

同じ光でも、手すりでは細く鋭く、袖では織り目の上へやわらかく広がっていた。

袖に目を落とすと、布の細かな織り目まで見えた。

全身を包む水はそのままに、頬の冷たさも、肩にかかる鞄の重みも、靴の底に伝わる床の硬さも、遠くの車の音も、小窓の光も、一度にあった。

階段を上がってくる足音が近づいた。

少女は端へ寄った。

すれ違った人に、軽く頭を下げる。

相手も頭を下げた。

その人は廊下の角を曲がり、見えなくなった。

足音も、少しして聞こえなくなった。

廊下はまた静かになった。

水は途切れなかった。

そのとき、鞄の中でスマートフォンが短く震えた。

さっきの友人から、「やった」と短い返事が来ている。

少女はその返事を読んだ。笑いがこぼれた。

画面を消し、鞄に戻す。

階段を降りる。

一段。

もう一段。

靴の底に床の硬さが返り、そのたび肩にかけた鞄が小さく揺れた。水は途切れなかった。

外の光が近くなる。

建物を出ると、風が頬に当たった。

首筋を通り、袖を膨らませる。

風が触れたところだけ、皮膚の感覚が少し変わる。

少女は顔を上げた。

建物に切り取られた青い空を、薄い雲が一枚流れていた。縁だけが白く光っている。

一台の自転車が道を通り過ぎ、タイヤの音が遠ざかっていった。向こうでは車のエンジン音がした。

雲が動くと、頬に当たる光がいったんやわらぎ、また戻った。袖の上でも、明るさの境目がゆっくり移っていく。

雲が抜けると、白い壁と舗道が明るくなった。窓には小さな反射が残り、路面では細かな砂粒まで光って見えた。

水はまだそこにあった。

朝の光は、水の中を通っているように感じられた。壁は壁の白さのまま、窓は窓の反射のまま、舗道は乾いた硬さのまま見えていた。

光は、見えない水の中へ静かに注いでいた。白い明るさは、水の奥で折れ、散り、細かな色へほどけていった。壁のざらつきでは細かく散り、窓の薄い反射では揺れ、舗道では砂粒のまわりに小さな色が現れては消えた。その光が見えない水の中でもう一度ほどけ、袖の織り目にも、袖口から出た手の甲にも、赤や橙や黄や緑や青の細かな色を落とした。

手をわずかに返すと、皮膚の上の色も動いた。色が触れているように見えるところは、朝の光でほのかに温かかった。見えない水は、身体の表面を途切れず包んでいた。

虹、と少女は思った。

風が頬を通った。肩の鞄がわずかに揺れ、舗道の硬さが靴の底へ返った。自転車の音はもう遠く、息はいつものように通っていた。細かな色は、視界のあちこちで、なお生まれてはほどけていた。

少女は、静かに輝く海の中に立っていた。

足は地面についていた。鞄は肩に重く、風は頬を通っていた。手の甲にはまだ細かな色が揺れ、そこには光の温かさと水の感触も重なっていた。

長く息を吐いた。

吐ききると、息はまた自然に入ってきた。

寂しさは、消えていなかった。

頬には朝の光があり、薄い雲は、さっきより少し先へ流れていた。

それから、歩き出した。

── 了 ──

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