どうも、今晩は。漸く秋めいて参りましたね。急に朝晩の冷え込みがきつくなって来てね。風邪なんかお召しになっちゃございませんか。あたくしなんか元々季節の変わり目に弱くてね、ちょっと油断しちまうとすぐ鼻ァずるずる~~やっちゃうもんでね。こないだなんか、かかあに「なんだい、アンタ、また蕎麦すする練習かい。今、この子寝かしつけてるんだから黙ってておくれよ」なんて言われちまうもんだから、「やかましい、季節の変わり目で鼻やられてんだよ。あたしもしたくてしてんじゃないよ」って言ったら、「しかたない人だね、じゃぁさ、この際、鼻から蕎麦すすってりゃ、練習と食事と鼻と一緒に出来て良いじゃないか。稼ぎ少ないんだから時間も一緒に節約しちまいなよ」なんて言われてねぇ。全く参ったもんですよ。かかあは怖えぇや。
怖いって言ったら、最近は良くわかんない、おっかない事件が多いですねぇ。まるで弾みでやっちゃう様なのも増えたように思います。聞いてみたら全く理不尽な理由で殺されてる人なんかも多い。そもそも加害者と被害者の接点が何も無いなんて、当たり前な人間の営みとは思えませんやね。秋葉原で通り魔おこしたアレなんかぁ、やられた方は堪らないですよ。あたくし等が子供の頃はあんまりそんなの無かったように記憶してますよ。そりゃぁ、ちょっとは居ましたよ。だけど、ここまで多くは無かった様に思いますねぇ。
理解できないってのは怖いもんです。
まだ、繋がりで殺された方が理解が出来る。そりゃ、良くない事ですけど、「あぁ、こう言う風に恨まれてたんだなぁ」ってのが解かる。ほら、お金の問題でって良くあるじゃないですか。あれは解かり易い。だから、訳の解らない事件が起こると、本当は解らない心の内をあたかも解っているかの如くワイドショウとかがやる。警察が「動機はコレコレ」なんてやる。そして、皆「なるほどなぁ」と自分の常識に摺り合せる作業をするんですね。本当は犯人は「足が痒かったから」みたいな理由だったりするのかもしれませんけど、それじゃ一般的に納得して貰えない。世間ってもんが許してくれない。それは「世間一般の常識から考えると、そんな理由は無い」から世間一般様からすると、非常に怖いんですな。
まぁ、怖いの代名詞みたいなもんと言やぁ、『幽霊』、こいつに限りますね。コイツも訳が解らないから怖い。まず、存在するのかどうかわからない。それなのに、心霊写真の話なんか良く在りますし、心霊スポットの話なんてのも良く在りますよ。もう、中学生くらいまでには、皆さんも聞いたことが無いってくらい「何処~~の何誰~~が見た」とか「何処~~は何か居る」とか、「誰某君は霊感が強い」とか、果ては「先輩のTさんって寺の息子が除霊できる云々」とかね。
昔から『幽霊の正体見たり枯れ尾花』なんてぇ言いますから、本当は何かが間違って写ったり、勘違いだったりすることが多々なんでしょうがねぇ。
もともと尾花ってぇのはススキの事でして、『萩の花 尾花 葛花 撫子の花 女郎花(おみなえし) また藤袴 朝顔の花』と山上憶良が詠んだように頃合もちょうど今。秋ですね。十五夜なんかにゃ、あの彩のパッとしないハギとススキを飾って一杯やれるってね。いやぁ、日本的趣きがあるやね。あれが外国の方なら、また違った華を活けるんだろうねぇ。コスモスなんて活けられた日にゃ、台無しだろうね。あたくしは、結構好きなんですよ、月見酒。風流で良い。まぁ、年中呑んでるってんで、酒の差し入れは大歓迎ですよ。いけねぇ、話がそれちゃった。
あの趣き深い感覚、日本人の美的感覚から幽霊も日本の様式美があって、その代表みてぇなモンっていやぁ、四谷怪談のお岩さんなんですがね。「ひゅ~どろどろ」と出てくるんですが、用も解ってるし、相手も分かってるから、実はあんまり怖くない。まず、あたくしにゃ関係ございませんもんね。でも、基本的に、お化けや妖怪、幽霊ってのが怖いのは理不尽に関わってくるから怖い。
最近で言えば白い子が机の下で「ぎにゃぁぁあ」と声を上げる。怖い。理不尽だから余計に怖い。何だか良くわからない呪いとかに直ぐ掛かる。怖い。おまけに死んじゃったりしてね。しかしながら、あれは映画のお話だから、良く考えるとあんまり怖くは無いんですな。現実じゃぁ、流石に憑き殺されたってのは、あんまり聞いたことが無い。
ただ、部屋の中でガリガリと音がした。変なモノが鏡越しに見えた。変な写真が撮れた。なんて恐ろしい経験は一度ならず皆さんもあるのではないでしょうかね。ひとりぼっちで部屋に居る時に、こんな思いをしたら、それはもう怖い。訳が解らないから、余計に怖い。電気を煌々と全部つけて、部屋の隅に転がってるアイロンを武器代わりに持ち構えて、布団かぶって、「のうまくさんまんだ、ばざらだん、せんだん、まかろしゃだ、そわたや うんたらた、かんまん」なんて真言唱えてる人、皆さんの中にも居ますよねぇ。そりゃ、怖いもん。
そんな人に朗報なのが、この咄。
さる先輩から聞いた、とある話から、あたくしはあんまり幽霊が怖くなくなったんですな。理由がわかれば怖さも減るってもんですな。
噺 じばくれい
「次っ! おまえだ! さっさと来やがれ」
「あれぇ、ここぁ、どこですかい?」
「決まってんじゃねぇか、三途の川だよ」
「えっ? 三途の川? なんで? てぇことは、あたしゃ死んでるって事?」
「そうだよ。それじゃなきゃ、なんでお前さんが三途の川に居るってんだよ」
「そんなぁ。なんだってそんなことに!」
「知らないよ」
「知らないって、そんな無責任な! 教えて下さいよ! ねぇ、教えて下さいよ、やい! 教えろ!」
「ちょっと、ちょっと、知らないってば。そんなのは俺の領分じゃねえんだよ。俺はただの川渡しだからよ。上に聞いてくれよ。この川を渡ったら直ぐ着くからよ。まぁ、それは措いといて、とにかく早く払わねぇか」
「え? なにを?」
「決まってんだろ。六文銭だろうよ」
「は? 何ですって? 六文銭? 持っちゃないですよ、そんなもん。たぶん財布の中に二万円くらいは入ってたと思いますけど」
「なんだぁ? 今時のヤツはたまに持ってねぇヤツがいるけどよぉ。お前さんもそのクチか?」
「ええ? なんですか? だいたい文なんて、今時だれも使いやしませんよ。ちょっとお役所仕事過ぎじゃありゃしませんか?」
「もう、コレだからやなんだよ、今時のヤツは。渡し賃は六文ってのアッチ側で坊主に習ってないのかよ。じゃあ、あそこの婆さんに着てる物をとっとと渡してきな」
「なんですか、そりゃ? 泳いで行けって事ですか? 冗談は顔だけにして下さいよ。そもそも六文なんたらなんて知るわけ無いでしょ。こちとら、まだ三十四ですよ。ジジババじゃあるまいし、ウチの坊主なんざ、お経もニャムニャム聴こえないようなお経上げて、お布施ふんだくる時くらいしか会った事なんざありゃしねぇ。法話なんざ碌にしねぇ癖にキャバクラでは良く車の自慢話するって評判の坊主からそんな話聞けませんよ。だいたい、なんで両替所とかないんですかい? 不親切な! 銀行じゃなくてもホテルでも空港でも国外と関わるところは全部そうって相場ですよ!」
「いやいやいや、な、わかるだろ。決まりなんだよ。嗚呼、嗚呼、もう煩ぇなぁ! じゃあ、百二十円置いて行けよ! 六文だからそれで!」
「え? 百二十円! 良いんで? じゃぁ、最初ッからそうすれば良いじゃねぇか。しかも、地下鉄初乗りより安いんでやんの。ところでスイカ使える? あ、それは使えないか」
この頃じゃ、こんな遣り取りも往々にして御座います。三途の川渡しも現代人の我が儘には、閉口しておるようですな。
そして、男が着いたのは地獄の裁判所。所謂、閻魔様のお白州の前。ぎょろりと目を開いた閻魔様の前に引きだされました。浄波璃の鏡の前にずでんと鎮座する閻魔様の迫力に、然しもの男も先ほどと違って、多少は殊勝気味に切り出しました。
「あのぅ、ここは、あの世って聞いてるんですが、あたし死んだつもり全然ございやせん」
「そうであろう。その方、自分では全く気付いておらぬようだが、残念ながら既に死んでおる」
「そんな殺生な。大体知らない内に死んでるなんて、全くもって理不尽じゃございませんか。あたしは一人っ子でして、父が亡くなって一人っきりになった母もございますし、それに、婚約したばっかりなんでございますよ。それが、目が覚めてみたら、やれ、三途の川だ、閻魔様だと、すっかり死人扱い。酷いじゃありませんか。閻魔様お頼みもうします。どうか、どうか、あたしを生き返らせてくださいませんか」
「まぁ、落ち着かぬか。わしは輪廻の先を定める閻魔とは言え、その様な権限はないのだ」
「そこを曲げて、曲げてお願いもうします。神様、仏様、閻魔様」
「おいおい、止さぬか。しかもなんじゃ、神様、仏様だの。奴らと一緒にするでない」
「左様でございますか。やはり、そこは神様や仏様の領域で閻魔風情じゃ無理ってもんですね」
「何を戯けた事を申すか。あやつらも所詮は極楽浄土の役人じゃ。立法機関そのものであるわしの方が偉いに決まっておるではないか。それに、あやつらとて余程の事情でもない限り簡単に生き返しなどせぬわ」
「しかし、閻魔様と言えば地獄なんでござしょう」
「その方、何か勘違いしておるぞ。ここは前世の所行を鑑み、行き先を決める機関じゃ。地獄はその一つに過ぎぬのだ。まぁ、罪が無いものなど皆無に等しいがな。極楽など極一部じゃ。然るに、大抵の者は輪廻するまで地獄で過ごすのが常じゃな」
「左様で……じゃぁ、川渡しの爺さんは教えてくれませんでしたが、そもそも、あたしは何で死んだんで」
「うむ、それならば答えられるぞ。その方、車にはねられて即死じゃ」
「えぇ! そんな! あたしが歩いていたのは歩行者天国でございますよ!」
「そのようじゃな。不憫ではあるが、そこに自暴自棄になった若者が車で突っ込んで参ってのう。死んだことに気付かずコチラに来た者がその方の他にも幾人か居る」
「まさか! ……そんなぁ。あたしゃあ死に損ですかぁ!」
「確かに不憫よのう。流石のわしも少し日数をまけてやろうかと思っておる」
「日数?」
「地獄の沙汰も金次第と言う言葉があるが、やれ袖の下だ、黒い金だと周りが五月蠅くてな。かなり前から一律で『時間』にしようと相成った」
「時間でございますか。そいつはどのような次第で?」
「地獄に居る期間が違うという事じゃ。もちろん生前の所業によって加算に個人差はあるがな。それと生まれ変わりたい生き物なぞに寄ってかなり違うでのう。その方は要らぬ殺生も少ない。多少の嘘くらいじゃな。なになに、そのくらいでは舌は抜かぬ。日数の加算はさほどではない」
「へぇえ、そうでございますか」
「ではな、その方、オケラなどどうじゃ? 最近、空きがあって三日と格安であるぞ」
「うへぇ、オケラですか。御免こうむります」
「ならば、キツツキなどはどうじゃ。ここのところ人気が無いでな。四十九日となっておる。虫など気儘につまみつつ、森を羽ばたいて、気楽に過ごしてみぬか」
「冗談じゃございませんよ。何が楽しくて四十九日にキツツキなんぞになって木をコツコツやらなきゃいけないんで!」
「然らば、何が所望じゃ」
「そりゃぁ、決まってまさぁ。人間でしょう。に・ん・げ・ん」
「人間は人気転生先であってな。空きが少ない。しかるに百八十六年待ちじゃが、あまりに不憫ゆえ、同じ人間ならば、五十年差っ引いて、百三十六年待ちとするが、その方、それでも良いか」
「え! 百三十六年! ちょ、ちょ、ちょっと何ですか、それ!! 三十四年しか生きてなくて、いきなり理不尽に殺されて、それで人間になりたいなんて言ったら四倍の百三十六年も地獄ですって! そりゃ、理不尽だ! あんまりだ! 不公平だ!」
「まぁ、まぁ、落ち着かぬか。近いところで猿が三十四年であるがどうじゃ?」
「なんですって! 猿! あたしの生きてきた日数はたかだか猿如きですか!」
「乱心するでない! わしとしても不憫と思うが、これは決まりでな」
「その、あたしを殺したヤツはどうなったんですか!」
「知って如何にする!」
「閻魔様、後生でございます。このような理不尽、あたしは全く納得がいきません。後生ですから、あたしを化けて出させてやっちゃくれませんか。できることなら憑き殺してやりたい。お願い申し上げます。そのような手立ては無いんでございますか」
「無い事は無い」
「あるんでございますか、閻魔様!」
「しかしなぁ。わしとしても安易に承服し兼ねる」
「お願い申し上げます! なにとぞ、なにとぞ!」
「仕方が無いのう。その方、『地縛霊』になると申すか。あれは何のメリットも無いぞ。なぜなら時間の無駄だからのう。五百年、その方が死んだ一定の場から離れられず、その上、戻ってきたら地獄はもちろん行って貰わねばならん。それでも行くと申すか」
「仕返しが出来るなら、いくらでも!」
「思った以上に五百年は永いぞ。しかもな、その方勘違いしておるが、直接手を出せるわけでもないのだぞ。相手の良心の呵責を引き出し、相手が自ずから命を絶たせねばならぬ。しかも、その方はその場から動けぬのだぞ。相手がその場所を避ければ、復讐の機会は得られぬ。まずもって難儀なのだ。その方、それでも良いと申すか」
「もちろん構いません。なにとぞ、なにとぞ復讐の機会を!」
と、こう言う次第で、男はこの世に戻って参ったわけです。
「あれ? あれれ? あぁ、深夜なのか。一瞬暗くてわかんなかったよ。昼間の電車が通ってる時間しか来ないもんなぁ。意外と人は居ないんだなぁ。えぇーと、そこのビルに時計がくっ付いてたな。なになに、三時かぁ。丑三つ時ってこんな感じなんだろうね」
「おい、おい、おぬし」
「え? なに? だれ?」
「おぬしだ、おぬし」
「う、うわぁ! 落ち武者だぁ! お化けだぁ!」
「いやはや、おぬしもそのお化けだろうに」
「あぁ、そうだった。ところでどちら様で?」
「まぁ、おぬしの先輩に当たる者と思って貰って良かろう」
「はぁ、先輩ですか。そちらさん、結構時代がかった格好しちゃございますが、コチラは永いんで?」
「うむ、元号が慶応から明治に変わった年に死んだよって百四十三年だの」
「へぇ~明治にもお侍さんが居たんで?」
「明治も十年くらいまで、九年に廃刀令が出たあと少しくらいはまだ刀を差したのが居ったのだ」
「へぇ~。そうなんですか。でもその後は文明開化でしょ。先輩はそんな時になんでまた、何の怨み晴らそうと態々この世に戻ったんで?」
「おぬし、歴史は学ばなんだか。あの頃まではまだ日本の国内で戦争をしておってな。拙者は、彰義隊と言うのに入っておってな。上野寛永寺を本拠に置いて新政府軍に徹底抗戦した幕府軍じゃ。しかし、残念ながら捕縛されての。小伝馬の牢で敢え無く獄死じゃ。武士なのに腹を切ることも出来ずにな。お上を勝手に祭り上げ、われらを賊軍呼ばわりした薩長の豚どもも怨んだが、それ以上に『いざ一戦』と後ろを見たら拙者一人を置き去りに逃げ遂せた意気地無しの旗本どもが許せなかった。閻魔の話によるとこの世に魂だけ舞い戻れると言うではないか。なので拙者は意気地なしの旗本次男坊や三男坊どもに喝を入れてやろうとこの世に戻ってきたわけだが、いざ戻ってきてみたら、彰義隊の他の面々は皆殆ど北の戦線で死んでおるかでのう。捕縛された生き残りは獄死しておるか、明治に変わった後も戸籍すら作れず、乞食のような暮らしをしておった。それを見ると、拙者が自ずから科したこの時間は無意味なのかと感じてきた。しかし、永いものだ。まだ三百年以上もある。おぬしも罪な足かせを選んだものよのぅ。早く地獄に戻りたいわい」
「そんなものですか? あたしは兎に角、犯人を憑き殺さなきゃ気がすまないんですがねぇ」
「そう言うがな、おぬし、百年も生きる人間は稀ぞ。おぬし、その後の四百年どうするつもりじゃ」
「あ、そう言われりゃそうだ」
「まぁ、この辺りは幸いにも最近は活気があるし、日本も目まぐるしく変わっておるしな。今はさほど退屈はせぬ。情報もあの頃と比べ格段に多いしのう」
「へぇ、そんなもんですか」
「落ちてる新聞なんかも良く読むものでな。最近はペーパーレスと言うのか、ネットでニュースなぞ読む輩が増えた所為で態々電気屋のテレビで情報を得ておる。拙者達は物質には中々触れぬのでな。触れぬことも無いが、なにぶん、触るとなると出費が痛い」
「出費ですか?」
「おぬし、閻魔に何も聞いておらぬのか」
「いやぁ、なんせ、おっかなびっくりですし、偉そうな人は苦手で萎縮しちゃって。ろくすっぽ聞かずにこの世に飛び出してきたもんですから」
「おぬし、拙者が居って良かったのう。出費と言うのは『時間』だ」
「なんですか? 『時間』ってどういう意味ですか」
「例えば、先ほど言った『触れる』と言う行為は異常な時間が加算される。新聞めくるのに一年も時間は払えぬ」
「え? 五百年じゃないんですかい?」
「それは基本の縛りじゃ。能力追加、近頃の言葉では『おぷしょん』と申すのか、色んな物があってな。『触れる』などちょっとで一年の加算がされる」
「はぁ、そりゃ参りますね」
「だがな、実はこの基本五百年はある条件を元に減らせるのだ」
「へぇ、減らせるんですか?」
「左様。どういった了見か拙者にはわからぬが、人を驚かせれば良い」
「はぁ? 人を驚かすですって?」
「そうじゃ、驚かし方にも依るが、驚けば驚くほど地獄に帰る時間が減るのじゃ。良くできる者はものの数十年程で帰って行く。先ほどの『触れる』は驚かすのにかなり使えるが、なにせ馬鹿高い費用に対して効果が悪い。一回こっきりしか使えぬのに、一年だからの。なにぶん直接触れると言う行為はいろいろなものに影響を及ぼすのだろうな。そのぶん高価なのだろうて。一年で買って半年しか減らねば、本末転倒と言うもの。より効果が高く、何回も使えるのが良い。例えば、どうじゃ、ほら、これなんかオススメじゃぞ」
「うわぁあ! く、く、首が取れたぁあ!」
「何を驚いておるか、そもそも死んで居るのだから首が取れるくらいで驚くでない。これは、たかが五年の加算で借りられて、使い放題じゃ。うまくやれば二十年は縮められる。すぐ元は取れるわい。ただし、鏡に映る能力や写真に写る能力も借りねばならん。それはさほど高くないので皆直ぐに借りるようだがな。まだ、ここなど人が多く脅かしやすいが、山の中など退屈じゃぞ。そのような所で化けて出れば、それこそ一所懸命に驚かすほかあるまい。だからこそ心霊スポットなどと呼ばれるのだがな」
「なるほど、あたしが生きてた時分なんか、良く面白半分でそんなとこ行って、大いに肝を冷やしたもんですが、そんな事だったんですか。因みに先輩にお尋ねいたしますが、その鏡に映るとやらは借り賃どんなもんで?」
「鏡は一月、写真は三月の加算じゃ。いずれも使い放題で、うまくやれば十分に元が取れる」
「へぇ~、そりゃお買い得ですね」
「そうであろう、そうであろう。しかし、おぬし本当に何も知らぬのだな」
「へぇ。えへへへ」
「そんなもので良く霊が勤まるものよ。地獄での説明は本来一回こっきり。新技術、例えば写真などが出来た時には、随時、お達しがあるが、基本を知らず、拙者がおらねば、無為に五百年過ごさねばならぬとこぞ」
「でも、霊なら何処でも行き放題ですねぇ」
「なにを申す。拙者達『地縛霊』は読んで字の如くその地に縛られておる。大凡十丁程しか動けぬ。今の尺度だと『一きろめーとる』程であるな。拙者はこの界隈の『めいど』と言う西洋女中が好みでな。ギリギリのここまで良く遣って来る。そこにおぬしが湧いて出たと言うわけじゃ」
「へぇ、メイドですか。そいつぁ随分と洒落た趣味をお持ちで」
「洒落たも何も、近頃の娘は随分と愛想が良いのう。拙者が生きておった頃には、見ず知らずの男にあれほど笑顔を振りまく女中などおらなんだ」
「そりゃ先輩、商売ですから」
「商売?」
「ええ。あの娘さん達は、そうやって愛想を振りまくのがお仕事なんですよ」
「なんと! 笑顔を売るのか」
「そうですよ。しかも結構いい値段を取るんです」
「ほう。世の中、随分と変わったものよのう。拙者も生きておれば、さぞ楽しかったであろうな」
「いや、先輩。生きてたら百四十何歳ですよ。店に入る前にお迎えが来ちまいますよ」
「既に来ておるわ」
「そりゃそうでした」
「ところで、おぬしはどうするつもりじゃ。仇を討つと申しておったな」
「もちろんでさぁ。あの野郎がここに来たら、思いっ切り脅かしてやるんです」
「しかし、おぬしを殺した者は捕縛されておるのではないか」
「へぇ、そうかもしれません。何しろ、あれだけの事件でしたからね」
「ならば、しばらくはここに来るまい」
「そこなんですよ。先輩、あたしゃ何だか損した気分になってきましたよ」
「今頃気付いたか」
「何だか随分と薄情なことを仰いますねぇ」
「いや、拙者も同じであったからのう。百四十三年も過ごせば、少しは物事も見えてくる。恨みというものは、抱えておるうちは相手に向けておるつもりでも、気がつけば己自身を苦しめておる」
「へぇ。そりゃごもっともで」
「まあ、拙者の場合は、今さら仇に会うたところで顔も思い出せぬがな」
「駄目じゃありませんか!」
「仕方あるまい。生きておった頃から人の顔を覚えるのは苦手であった」
「そんな人が仇討ちなんぞするもんじゃありませんよ!」
「全くじゃ。さて、おぬしもせっかく戻って参ったのじゃ。人を驚かせて、少しでも年季を縮めるがよい。まずは首を外すところから稽古じゃな」
「首ですか。先輩、あたしゃまだ自分の首が取れるなんて、どうにも気味が悪くて」
「何を申す。既に死んでおるのじゃ。首の一つや二つ、気にするでない」
「二つもありゃ、そっちの方が気味悪いですよ」
さて、それからというもの、男は落ち武者に教わりながら、幽霊稼業の稽古を始めました。
首を外すにも、ただ外せば良いというものではございません。相手を見定め、頃合いを計って、いかにも恨めしげに首を持ち上げる。ところが、慣れないうちはこれがなかなか難しい。
「おい、おぬし。何をしておる」
「いや、先輩。首を外すのはいいんですが、どこに置いときゃいいのかわからなくて」
「手に持てばよかろう」
「そうすると片手が塞がっちまうんですよ」
「片手くらい使えばよかろう」
「いや、首ってのは案外重いもんですねぇ」
「馬鹿者。重さなどあるものか。おぬしが重いと思うておるだけじゃ」
「そうですかねぇ。どうも肩が凝るような気がして」
「首を外しておいて肩が凝るとは、器用な奴じゃ」
稽古も進み、いよいよ人間を驚かせようということになりました。
夜も更けて、人通りが途絶えた路地に一人の酔っ払いがやって参ります。
「先輩、来ましたよ」
「うむ。あの男など良かろう。ほれ、行って参れ」
男は路地の暗がりから、ゆらりと姿を現しました。
「うらめしやぁ……」
「ん? なんだお前」
「うらめしやぁ……」
「何だよ、酔っ払ってんのか?」
「いや、あたしゃ幽霊で……」
「幽霊? ははぁ、ハロウィンか!」
「違いますよ。ほら、この通り!」
ひょいと首を外して見せますと、酔っ払いは目を丸くいたしました。
「おお! すげえな! どうなってんだそれ!」
「いや、あの、怖くないんですかい?」
「怖い? なんで?」
「なんでって、首が取れてるんですよ!」
「見りゃわかるよ。すげえ手品だな。もう一回やってくれ!」
「手品じゃありませんよ! 本物の幽霊です!」
「わかったわかった。ほら、もう一回!」
男はがっくり肩を落とし、先輩のところへ戻って参りました。
「先輩、駄目ですよ。ちっとも怖がりゃしません」
「うむ。近頃の人間は、随分と恐ろしいものに慣れておるからのう」
「それじゃ、あたしら商売あがったりじゃありませんか」
「まあ、そう言うな。驚かせる相手を選ぶのも腕のうちじゃ」
ところが、しばらくすると別の困りごとが持ち上がりました。
首の取れる幽霊が出るという噂が広まり、夜な夜な若い連中が集まって来るようになったのです。
「先輩、困りましたよ。あたしが出ると、みんな揃って携帯電話を向けてくるんです」
「ほう。何ゆえじゃ」
「写真を撮ってるんですよ」
「それは好都合ではないか。写真に写る技を借りれば、いくらでも人を驚かせられよう」
「そりゃそうですが、三月でしょう? まだ借りるほどの稼ぎがありませんや」
「うむ。最初は堅実に参るがよい」
「しかし、どうも納得いきませんね。せっかく化けて出てるのに、写真に写らない方が文句を言われるんですから」
「何と申すのじゃ」
「『何も写ってねえじゃねえか、つまんねえ』って」
「……幽霊も難儀な時代になったものよのう」
それでも、男は諦めずに稽古を続けました。
鏡に映る技を覚え、暗がりに立つ頃合いを覚え、相手の目にどう映るのが一番恐ろしいかを研究する。時には先輩と二人がかりで化けて出て、どちらがより多くの時間を稼げるか競うこともございました。
もっとも、幽霊同士の付き合いにも、いろいろと厄介なことがあるようでして。
「先輩、昨日の勘定はどうなりました?」
「勘定?」
「ほら、あの若い二人連れを脅かしたでしょう。あたしが先に出て、そのあと先輩が首を外したやつですよ」
「うむ。あれはよく驚いておったな」
「それで、あの減刑はどっちにつくんです?」
「拙者じゃ」
「ええっ! そりゃ酷い! あたしが先に出たんですよ!」
「しかし、悲鳴を上げたのは拙者が首を外した時じゃ」
「じゃあ、あたしの下準備は何だったんです!」
「そういうものじゃ。幽霊稼業も、最後に驚かせた者の手柄となる」
「そいつぁ随分と世知辛いですねぇ」
「世の中、死んだからとて公平になるものではない」
「嫌な世の中だねぇ。死んでも変わりゃしない」
そんなことを繰り返すうちに、幾年もの月日が流れました。
男を殺した犯人は、とうとう姿を見せません。
初めのうちは通行人の顔を一人ずつ確かめ、時には似た男を見つけては後を追いかけようとしましたが、何しろ地縛霊でございます。少し離れると、見えない縄で引き戻されるように、元の場所へ戻されてしまいます。
そのうち、犯人が出所したという噂を、通りがかりの者の話から耳にしたこともございました。
しかし、その頃には、恨みを忘れたわけではないにしても、男の関心は次第に別のところへ移っておりました。
「先輩、あたし、ようやく十年減らしましたよ」
「ほう。腕を上げたのう」
「ええ。最初の頃は一人驚かせるのも一苦労でしたけど、最近じゃ、どういう人が怖がるかわかるようになりまして」
「それは重畳じゃ」
「ところで先輩、あたしを殺した野郎、まだ生きてるんでしょうかね」
「さあのう。拙者にもわからぬ」
「何だか、最近じゃ顔もおぼろげになってきちまって」
「うむ」
「困ったもんですねぇ。あれだけ憎んでたのに」
「人の恨みなど、そのようなものじゃ。百年も経てば、おぬしを知る者とておらぬようになる」
「へぇ……」
「それでも時は過ぎる。おぬしが何を恨もうと、誰を許そうと、時は過ぎてゆく」
「先輩、今日は妙に難しいことを仰いますね」
「拙者も長う居すぎたからのう」
「そんな先輩は、あとどれくらいなんです?」
「うむ。実はな、ここのところ随分と稼いでおって、ようやく年季明けが見えてきた」
「ええっ! そりゃおめでとうございます!」
「ありがたいことじゃ。思えば長い年月であった」
「先輩、帰ったら何になるんです?」
「さあのう。できることなら、今度は平穏に暮らしたいものじゃな」
「じゃあ、人間ですか」
「いや、人間はもう懲りた」
「へぇ。じゃあ、オケラかキツツキですかい?」
「馬鹿者。何もそこまで急いで生まれ変わることもあるまい」
「そりゃそうでした」
そして、さらに幾年かが過ぎたある日のことでございます。
落ち武者が、いつになく晴れやかな顔でやって参りました。
「おい、おぬし! とうとう年季が明けるぞ!」
「ええっ! 本当ですか!」
「うむ。あと三日じゃ」
「いやぁ、そいつぁおめでたい! とうとう地獄へお帰りですか」
「うむ。百何十年も居ると、地獄すら懐かしく思えるものじゃ」
「地獄が懐かしいってのも、妙な話ですねぇ」
「おぬしもそのうちわかる」
「そうですかねぇ。しかし、先輩が居なくなると寂しくなりますね」
「何、別れなど生きておっても死んでおってもあるものじゃ。おぬしも精進いたせ」
「へぇ。しかし、最後に一杯やれないってのは残念ですねぇ」
「そうじゃな。酒も飲めぬ身では仕方あるまい」
「じゃあ、あたし、何か餞別でも差し上げたいところですが」
「気持ちだけ頂いておこう」
そう言って別れた落ち武者でございましたが、翌日になりますと、どうも様子がよろしくない。
「先輩、どうなすったんです? せっかく帰れるってのに、浮かない顔して」
「うむ。実はな、心残りが一つあってのう」
「まだ仇のことですか?」
「いや、めいどじゃ」
「またメイドですか! 先輩、もういい加減にしなさいよ!」
「そう申すな。長いこと馴染みにしておった娘がいてな」
「へぇ。ところで先輩、その娘さんは先輩のこと知ってるんですかい?」
「いや、知らぬ」
「じゃあ、馴染みでも何でもないじゃありませんか!」
「馬鹿者。こちらが馴染みに思うておれば、それでよいのじゃ」
「そりゃ、先輩の勝手な思い込みですよ」
「それがな、拙者、前々から一度やってみたいことがあってのう」
「何です?」
「『ちぇき』というものじゃ」
「チェキ?」
「うむ。めいどと客が二人並んで写真を撮る。すると娘がその写真に絵や文字を書いてくれるのじゃ。『ご主人様』などと申してな」
「ああ、ありますねぇ。あたしも生きてる頃、見たことがありますよ」
「拙者もな、一度でよいからあの娘と二人で写真を撮ってみたいと思うておった」
「へぇ。そりゃ、撮ればよろしいじゃありませんか」
「しかし、写真に写る技は三月の加算であろう」
「そうでしたねぇ」
「せっかく年季が明けるというのに、今さら三月も延ばすのは如何なものかと思うてな」
「いやぁ、先輩。百何十年も居たんでしょう。三月くらい、今さら何てことないじゃありませんか」
「そうであろうか」
「ええ。それに先輩、今度帰ったら、もうメイド喫茶なんか来られませんよ」
「うむ……それはそうじゃな」
「だったら、最後の記念に一枚くらい良いじゃありませんか。先輩のことだから、きっと何百年経っても忘れられない思い出になりますよ」
「……うむ。おぬし、良いことを申すのう」
「何しろ、百何十年のお付き合いでしょう」
「そうじゃな。よし、決めた。最後にあの娘と写真を撮ることにしよう」
さて、落ち武者は早速、写真に写る技を借りまして、馴染みのメイド喫茶へと出かけて参りました。
もっとも、幽霊が普通に店へ入ったところで、客として扱って貰えるわけではございません。ましてや、写真を撮ってくれと頼むことも出来ない。
そこで落ち武者、店の客と娘が写真を撮るところへそっと入り込み、二人の間に並んだのでございます。出来上がった写真に娘が文字を書き込んで、よくよく見れば、写っているはずのない落ち武者が真ん中に。店内は大騒ぎ。その写真は気味悪がった客が置いて帰り、後日、店の入口近くに飾られることとなりました。
翌日。
「おお、先輩! どうでした、チェキは?」
「うむ! 撮れたぞ!」
「そいつぁ良かった! で、どうでした?」
「いやぁ、実に良いものじゃな。娘が拙者のすぐ横に立ってな。何やら手でハートなど作っておった」
「そりゃ先輩、隣のお客にやってたんでしょう」
「無粋なことを申すな!」
「で、写真は?」
「うむ。あの店の窓から見えるであろう。あそこに飾ってあるのじゃ」
「へぇ、立派なもんですねぇ。先輩、ちゃんと真ん中に写ってるじゃありませんか!」
「そうであろう、そうであろう!」
「でも、隣の娘さんとお客さん、えらく驚いた顔してますね」
「それがな、娘が写真に文字を書き終えて、ようやく拙者に気付いたらしくてのう。大きな悲鳴を上げた。客も腰を抜かしておった」
「そりゃそうでしょうよ。見ず知らずの落ち武者が真ん中に写ってるんですから」
「おかげで、少しばかり年季が縮まったわい」
「そいつぁ結構! じゃあ、三月の分も取り返せたんじゃありませんか!」
「いや、それがのう。二人を驚かせた分では、とても三月には足りなんだ」
「えっ! じゃあ、まだ帰れないんですか!」
「うむ。結局、三月近く延びてしもうた」
「何だい、そりゃ! せっかく年季が明けたってのに、また三月も地縛霊ですか!」
「仕方あるまい。だが、悔いはないぞ。見よ、あの写真を。娘が『ご主人様、ずっと一緒だよ』と書いてくれたのじゃ」
「そりゃ、隣のお客に書いたんでしょう!」
「……おぬしは先ほどから、どうも夢のないことばかり申すのう」
「いや、先輩、あたしゃ心配してるんですよ。メイドの写真なんか撮ったおかげで、地獄へ帰れなくなっちまったんですから」
「いやいや、これも良い思い出じゃ。拙者にとっては何よりの宝物よ。三月くらい安いものじゃ」
「へぇ、そいつぁ結構なことで」
「うむ。まさしく、これが本当の冥土(メイド)の土産」
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