第1章 旅のはじまり/種の起源
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「人類の旅はどこから始まったの?」
妻が僕に尋ねたのは、サンフランシスコの南にある小さい町のホテルからシリコンバレーへ向かう車の中だ。結婚してしばらくは仕事の話ばかりで、出会った頃のように話すことができなかった。だからアメリカに来てよかったと思う。僕に強い確信があったから、出発前から車を借りてサンフランシスコからシリコンバレーへ向かおうと話していた。
「アフリカに生息していた最初の人類は、600万年前から700万年前に、チンパンジーから人類という種にわかれたってきいたけど」
僕は運転をしながら彼女の質問に答える。
「そういうことじゃなくて」と彼女は言う。「そういう科学的なことじゃなくて、どう思うのかということなのよ」
妻がそう言うのは、僕が自分で考えたり、話したいと思っていることを引き出そうとしているからだ。
「何が人類のはじまりかということは、わからない。今日と明日の区別は、時計というものが発明されてから凄く明確になった。起きたことは、ものごとの実際よりも、ずっと後でラベルを貼られて明確にされる」
そう言うと彼女は旅先ならではの笑顔を浮かべる。もうここはアメリカなのだ。旅の間は現実的な問題は忘れてしまえばいい。
アメリカに来て思うことは、道がとても広く、空がどこまでも広がっているということだ。言葉も思った以上に自分たちが遠くから来た人間であることを教えてくれる。
フリーウェイの両側に茶色の山肌が広がっている。カリフォルニアの海岸は地中海性気候で夏は涼しく、冬は温かい。山肌は乾燥した気候のせいか、ぽつりぽつりと樹木があるだけだ。太陽の強烈な日差しの強さはカリフォルニア独特のものだろうか? 日本で感じる太陽の光よりも輝きはずっと巨大だ。
結婚して半年が過ぎた後の旅行をハネムーンと呼べるなら、僕の念願は叶ったことになる。ずいぶん昔からアメリカに行きたかった。そして行くならシリコンバレーだと思っていた。聖地という言葉で自分の行きたい場所を表現してきたけれど、こちらに住む人々にとっては、自分たちが日常的に住む世界でしかない。でも近い未来、シリコンバレーが聖地として崇められる場所になるのではないかと思っている。たとえば人類の祖先が願ったことが、何10世代を経て叶うように。
「あらゆる生命がどう生まれ、どう誕生したのかはわからない。無機物から有機物が誕生するとは考え難いから。だからミッシング・リングとして、今なおわからないことや考えなければならないことは、無数に存在する」
僕はそう自分の意見を述べる。
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僕たちがアメリカで本当に自由に話すことができるようになったのは、新しい年の1月1日のことだ。アメリカへ行くことを願っていたのは、妻と出会うよりもずっと前のことで、この旅は僕の夢と言ってしまってもいいかもしれない。故郷の海の対岸にある空港を眺めながら、いつか自分が空へ向けて飛び立つ日を何年も待ち望んでいた。
空港で働いていた僕は、世界中へ運ばれていく貨物をずっと眺め続けていた。ともに働いていた上司は「トランクケースの中に潜りこんで世界へ運ばれたいよ」なんて冗談を言いながら、毎日の仕事を正確に繰り返していた。何百日もそういう貨物とともに朝と昼と夜を繰り返した。通勤の朝の電車には、キャリーバックを持った旅行客の集団が楽しそうに空港へ向かっていた。僕は彼らのことをずっと見てきた。彼らや彼女たちにとって海の向こうへいくことは、なんでもないことなのかもしれない。でも自分がそう簡単に世界へ飛び立つことができるとは思っていなかった。まずお金の問題もあった。語学力の問題もあった。そういうことよりも本当に自分ひとりで海外へ行くことが正しいことなのか確信を持つことができなかった。1度は実際にパスポートをとって、ガイドブックを購入し、思いきってチケットさえ購入すれば、いつでも海外へ行くことができる状態をつくった。でも5年間有効だったパスポートは期限切れになっていた。その間に自分が望んでいたささやかだけれど幸せな暮らしを手にした。妻と出会い、様々な困難に打ち勝って結婚し、小さな平穏の時を迎えた。
すぐにハネムーンに行くことはできなかった。お互いの仕事の問題もあったし、結婚式には費用もかかっていた。だから結婚という夢を達成してから、本当に海外へ行く準備をはじめた。そしてずっと昔からアメリカへ行きたいと強く願っていたことを思い出した。
出国ゲートを潜り抜け、空港から海の向こうの自分たちの住んでいる世界を眺めると、世界へ飛び立てるのだという実感がわいた。対岸の海辺で僕は何年もいつか飛び立つ日のことを願い続けていたのだ。夢はその最中にいるよりも思い描いている間がひと際美しいと思う。ずっと願っていた旅立ちの日がようやく訪れたのだと思った。
きっと人間の美しさは願う時間そのものにあるのだろう。
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9時間のフライトを終えてサンフランシスコ国際空港に降り立つ。アメリカへの入国審査は、事前にインターネットで調べていたよりもとてもシンプルだ。入国審査官は、僕たちが自分たちの旅行目的を「観光。そしてハネムーンです」と説明すると緊張をほぐすように笑顔を浮かべて「カリフォルニアはとても良いところだ」と言ってパスポートに入国のスタンプを押してくれる。
僕たちはサンフランシスコ国際空港を走り回るフリートレインに乗ってレンタカーセンターへ向かう。窓からは日本と同じような曇り空がみえる。その下にはハイウェイを車が走っている。異国の実際の景色を眺めてもここが本当のカリフォルニアだという実感がわかない。まるで飛行機という密閉された空間に閉じ込められていた間に、誰かが少し世界を作り変えただけのように感じられる。何より灰色の空が旅が本当に正しいものか決めかねているというように中間的だ。
レンタカー会社のスタッフが選んだ車は白色のフォルクスワーゲン・ビートルだ。曲線的なフォルムに圧倒される。好みよりも派手だし、高級すぎると思う。しかしレンタカー会社の案内の人に別の車に交換してもらうだけの交渉をする英語力が僕にはない。
妻は「いいじゃない」と言って、助手席にもぐりこむ。
初めての左ハンドルに戸惑いを覚えながらエンジンをかけてみる。力強いエンジンの音がする。車内は広く清潔だ。ワイパーと方向指示器の位置が逆であることを確認してから、ゆっくり車を走らせる。
アメリカが右側通行であることのシュミレーションはグーグルマップのストリートビューで行っている。そして実際の道で車を走らせることができるという感覚を掴んでいる。日本ではもう何年も車を運転してきたのだ。ほんの少し運転すれば慣れるだろう。
車道に出ても、方向指示器とワイパーの位置を何度も間違えてしまう。でも普通に車を走らせることはできる。
彼女にiPhoneを使用してホテルまでのナビゲートを頼む。事前に101フリーウェイに乗って、ほんの10数キロ走るだけでホテルまで行くことができることもわかっている。でもフリーウェイの入り口がわからない。
「どこをどう走ればいい」
妻に尋ねる。「わたしはアメリカの道には慣れていなくてそんなに簡単にナビゲートできない」と妻が言う。とにかく他の車に迷惑にならないように道をひとつひとつ確かめながら運転する。
車を走らせることに慣れるだけの交通量が少ない道路がサンフランシスコ国際空港の周辺にはない。日本とはすべてが逆になったような右側通行の世界で車を走らせることは、取り立ての運転免許で公道を初めて走ることよりも難しい。交通ルールが違う。案内表示が違う。右車線から左折するその方法が違う。まるで鏡の中の世界のようにすべてが反対だ。
妻はiPhoneを駆使して、なんとかナビゲートしようとしてくれている。でも僕は「こんな状態でいきなりフリーウェイを走ることはできない」と言う。
「じゃあどうするのよ」と妻が言う。
「とにかく穏やかな道を少し走ってみるしかない」と言う。地理がわかっていないからできるだけ慎重に走るしかない。ハンドルを両手でしっかり持つ。アクセルとブレーキの感触を何度も確かめる。道は日本と違って何車線もある。そしてひとつひとつの道幅が広い。
少し小高い丘の上にある町をゆっくり走る。シートベルトもちゃんと着用している。問題は何もない。
でも後ろからスピーカーを通して英語が聞こえる。青いランプを光らせて警官が僕たちに向けて何か呼びかけている。
やってしまった。パトカーのランプをみて最初に思ったのはそういうことだ。旅の最初でつまづいてしまったのだ。でもなんとか気持ちを落ち着かせて車を道路の脇へ停める。背後にアメリカの警察の車が停車し、ふたりのアフリカン・アメリカンの警察官が巨大な銃を腰にぶら下げて近づいてくる。僕は神様に向かって何も悪いことはしていませんと心の中で言う。妻が冷静に「とにかく両手を頭の上にあげて」と言う。とてつもない恐怖感の中で妻の言うとおりにする。よりによってアメリカに来て初日に警察に捕まるなんて。本当に何が起きているのかわからない。
「一旦停止でなぜ停まらなかったんだ」
黒人の警官は英語で僕にそう言う。言葉の意味がわからない。妻が国際免許証と日本の免許証を出して「わたしたちははじめての海外で運転のしかたがわからなかったの」と英語で言う。黒人の警官は「日本でも停止すべきところでは停止するべきじゃないか」と言う。妻はしっかりと自分たちはまだ慣れていないだけだという説明をする。
彼らはしばらく何も言わずに僕らをみている。少しの間、沈黙がある。でもその短い時間が僕にはとても長い時間のように感じられる。鼓動がとてもはやく脈うつ。でも彼らは何かを英語で話して僕たちを置いてどこかへいってしまう。
「気をつけるように。そして良い旅をって彼らは言ったのよ」そう妻がいう。
「怖かった」と僕は言う。
「当たり前よ」と妻は言う。
日本で学んだアメリカの交通ルールをネットでもう1度調べ直す。そしてきっとオールウェイストップの標識を見逃してしまったのではないかと言うことを話す。アメリカでは信号のない交差点が複数ある。そこでは一旦停止を行い、停止した順番に発車しなければならない。
「とにかくホテルへ行こう」
気落ちした心と恐怖心をなんとか落ちつけて、ホテルへのナビゲーションを妻に頼み、車を再び走らせる。
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ホテルはフリーウェイを降りるとすぐ側にある。海がみえていて、とても落ちついている。僕は車を駐車場に停車させる。
ホテルのチェックインはとてもスムーズだ。日本で予約をしていたから、証明書を提示し、クレジットカードをみせるだけでとても簡単にルームキーを預けてくれる。僕たちが日本人であることは何も問題がない。
部屋のドアを開けると広いリビングルームとキッチンがある。さらに奥の扉を開けると大きなベッドルームもある。空調は自動的に適温に整えられている。疲れた身体でソファに寝転ぶ。妻が荷ほどきをしてくれる。時刻は14時を少し回ったところだ。「さっきのトラブルは本当に怖かったよ」そう妻に言う。
何か飲み物を。そう思ったところで自分たちが何も持たずにホテルに来てしまったことに気づく。
「どこかご飯を食べることができる場所を探さなければならない。このホテルはキッチンはあるけれど、ディナーはないんだ」そう彼女に言う。
「何かホテルには売店のようなものがあったはずだけど」と妻が言う。
僕と妻はまずホテルを散策し、エレベーターですれ違ったホテルの従業員に飲み物はどこで買えるのかと尋ねる。テーブルを運んでいるホテルの従業員は「1階に売店はある」と教えてくれる。
インターネットではコンビニエンスストアのような売店がホテルに併設されている情報が掲載されていた。でも実際にはロビーの脇に簡単なドリンクとタイ製のカップヌードルが置いてあるだけだ。そして値段は考えていたよりもとても高い。インターネット上の情報は、実際と違う場合がある。泊まっているホテルはかなり良いホテルだが、想像していたよりも豪華というわけではない。
ミネラルウォーターを何本か購入する。ミネラルウォーターを購入することも、僕の英語力では難しい。ホテルのフロントにいる女性に何度も言葉を聞き返される。発音や文法に問題があるのだ。
やっとのことでミネラルウォーターを購入し、なんて物価が高いのだと妻に言う。妻は歩いてどこかショッピングができる場所を探そうと言う。
夕日を眺めながらホテルの周辺を歩く。インターネットでウォルマートなどのスーパーが近くにあることを確認している。初日の目標としては、まずホテルにチェックインができて、車を運転することができて、何か買い物ができればいいと思っていた。しかし海沿いのホテルの周辺には何もない。道をどこまで歩いてもかつてショッピングモールだったであろう廃墟があるだけだ。なぜショッピングモールの廃墟があるのだろう?
「何もないね」妻は言う。
「インターネット上の情報が古いものなのかもしれない」僕は答える。
「とにかく水や食料を購入してなんとか晩御飯を確保しなければならない」
僕は駐車場に並んでいる白いフォルクスワーゲン・ビートルを眺める。
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iPhoneでホテルからできるだけ近くにあるスーパー・マーケットを探す。陽が完全に沈んでしまう前にどこかで飲み物と食べ物を買わなければならない。たとえ車を運転することが怖くても、怖がり続けていてはどこにも行くことができない。
「なんとかスーパー・マーケットまでナビゲートして欲しい。僕は少しでも車の運転に慣れる。ナビゲートに慣れてくれさえすれば、きっとどこへだって行ける」
そう言うと妻とふたりでビートルに乗り込む。見知らぬ地で車を走らせる恐怖はまだ体の芯に残っている。でも何か食べ物や飲み物を購入しなければこのまま飢えてしまうだけだ。
狩りをしにいくようにスーパー・マーケットへ向けて車を走らせる。ホテル付近の道は車がそれほど走っていないから問題はない。
妻は何度もナビゲーションを間違う。目的のルートへ向けてどこの車線を走り、次にどう曲がり、どう店へ入れば良いか、日本でルートを検索するよりも道が入り組んでいてとても難しい。でもなんとか目的地に到着する。
スーパー・マーケットでは飲料水や、鶏肉や野菜やワインを購入する。店内は薄暗い。そして生の野菜が販売されていない。でも妻はアメリカでの買い物を楽しそうにしている。すれ違った黒人の女の子が店内の音楽に併せて歌いながら踊っているその様子にみとれる。何をどう考えてもここはもうアメリカなんだ。スーパー・マーケットで繰り広げられるダンスにそういう実感を抱く。
踊るということはとても純粋な感情の表現なのだと少女を見ながら思う。踊らされているのではない。彼女は踊っているのだ。
僕たちは買い物を終えるとホテルに戻り、スーパー・マーケットで買った鶏肉を焼いてワインを飲む。わざわざ買い物をする必要はなかったのかもしれない。食堂では、旅行客たちが集まり、みんなでワインを飲みながら楽しそうに過ごしていた。このホテルにはちゃんと簡単なディナーサービスがあるのだ。それを知らずにわざわざスーパー・マーケットに行った。良いことなのか、悪いことなのかわからない。ホテルにはちゃんと簡単な食事があったのだから。
旅ははじまったばかりだ。まだ自分がどれほど遠くへ来ているのか、実感がうまくつかめない。でも人類はその旅のはじまりから住処を探し、食べ物を探し、安全に暮らすことができる場所を探してきた。だから僕たちの旅のはじまりが、まず生きることそのもののようになったとしてもおかしくはない。
まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。