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願わくば、その結び目を解くまでは

玖条詩季

2,080 字

現代文学、短編小説、ヒューマンドラマ

"花言葉に託された、ささやかな希望の結び目。"

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きれいな、色だった。
 
 澄みきった空に煌めく夕日のような。
 艶やかに磨きぬかれた琥珀のような。
 ぬくもりの中で熟れた蜜柑のような。
 
 少女は、小さな手で握りしめる。
 
「あら、綺麗なリボン」
 
 女性が笑った。
 
「ね、きれいでしょ」
 
 少女は笑った。
 
「わたし、リボン、だいすき」
 
 
 
 二人は、ゆっくりと歩いていく。そこは庭園だった。心地いい風の中、草むらは青々と生い茂り、花壇には色とりどりの植物が花を咲かせている。
「お花、綺麗ね」
「きれい」
 どちらからともなく呟く。
 少女は目を細めたのち、女性の表情をうかがうように首をかしげた。
「ねぇ、つんでっても、いい?」
「いいわよ」
「やったぁ」
 許可を得ると、わっと駆けていく。
 女性は胸元の名札に軽く触れつつ、少女の小さな背中を見守っていた。
「お花、お部屋に持っていくの?」
「うん!」
 少女は笑顔で答える。
「ベッドのそばにね、かざるの。きれいでしょ」
 女性は努めて優しく念を押した。
「ここはお姉さんお兄さんが管理してる場所だからいいけど、よそで勝手にお花とっちゃダメよ? 敷地から出ないでね」
「…分かってるよぉ」
 答えながら、少女はふいとそっぽを向く。
 ……あ、と思った。
 女性は言い直そうとして、口ごもった。
 ……今のは、
「ねぇ、これ!」
 その声をかき消すように、少女は声をあげる。再び綻ぶような笑みを見せた。
「これ、たんぽぽ、でしょ?」
 指差して見せたのは、草むらのすみっこにちょこんと居座る、黄色い花。
「よく知ってるねぇ」
 女性はまた、笑って見せた。少女の白く細い手足を、ただ見つめる。
「おねえさん、ほん、いっぱいかしてくれたでしょ? そのなかの、ずかん、っていうのにね、のってたの」
「あぁ、植物図鑑?」
「そう、それ! あとね、おはなしにも、でてきたよ」
「物語に?」
「そう!」
 少女は自慢げに語った。
「おはなにはね、いみがあるの!」
 
 タンポポ。
  ——花言葉は、愛の信託。
 
 少女はその小さな花をかかげてみせた。きらきらと輝くそれは、空高い太陽の光を吸い込んでいるようだ。
「きれい、でしょ」
 そう、語る。
「ねぇ、お姉さん、みて」
「うん」
 女性は、笑った。
「みてるよ」
 
 少女はゆっくりと、庭園を見てまわった。
「ねぇ、このおはなも、きれい」
 優しく摘んで、かかげる。
 女性は答える。
「うん、綺麗だね」
 
 ナノハナ。
  ——花言葉は、快活、明るさ。
 
「こっちも」
「うん」
「きれいだねぇ」
 少女は、笑みを絶やさない。
「わたし……綺麗なもの、好き」
 
 キンセンカ。
  ——慈愛、乙女の姿。
 
「あ、これ……」
「知ってるお花?」
「これね、すてきないみがあるの!」
 少女は、差し出した。
 
 ガーベラ。
  ——希望、前進。
 
「へぇ……」
「ねぇ、希望、だって」
「うん」
「希望、あるかなぁ」
 うん。女性は、穏やかにそう言って頷いた。
 
 そこは、純白の壁の前だった。静かにたたずむ大きな建物の、敷地の中だった。
 
「ここから出られると思う?」
 少女の問いかけに、女性は頷くことしかできない。
「……さあ、そろそろお部屋に戻ろうか」
「病室」
「……うん」
「あそこは、病室なんでしょ?」
「うん」
「看護師さんは、私を看てるんでしょ?」
「うん、お姉さんは、みてるよ」
「お医者さんは」
「うん……」
 女性はただ、自身の相槌が震えていないことを願う。病院にある庭園の中で、二人は笑いあった。
 
「……ねぇ、見てよ」
「うん、見てるよ」
 
「わたしはねぇ、リボンがすきなの」
 少女は語った。
「リボンはねぇ、きれいでしょ?」
「綺麗だね」
「だから、一緒に飾るの」
 少女は、摘んだ花を見せた。
 
「これは……」
 真っ白な花だった。
 
「綺麗だね」
「でしょ」
「うん」
 大丈夫。ちゃんと見てるよ。
 
 シロバナタンポポ。
 ——私を探して、そして見つめて。
 
「私はね、リボンが好きなの」
 空のなかで、太陽は傾いてきていた。柔い日と同じ色のリボンは、鈍くそれを反射する。
「だって、こうやって、お花を纏められるでしょ?」
 集まった花たちは、綺麗に結ばれた。
 素敵な言葉を持つ、花たち。
「うん」
 
 女性は、笑う。
 
「大丈夫」
 その言葉は、きっと意味がある。
 
 きっと、叶うよ。
 
「きれいだねぇ」
「うん」
 
 二人は、ゆっくりと歩いていく。
 少女の手の中で、花束が揺れた。
 

── 了 ──

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