きれいな、色だった。
澄みきった空に煌めく夕日のような。
艶やかに磨きぬかれた琥珀のような。
ぬくもりの中で熟れた蜜柑のような。
少女は、小さな手で握りしめる。
「あら、綺麗なリボン」
女性が笑った。
「ね、きれいでしょ」
少女は笑った。
「わたし、リボン、だいすき」
二人は、ゆっくりと歩いていく。そこは庭園だった。心地いい風の中、草むらは青々と生い茂り、花壇には色とりどりの植物が花を咲かせている。
「お花、綺麗ね」
「きれい」
どちらからともなく呟く。
少女は目を細めたのち、女性の表情をうかがうように首をかしげた。
「ねぇ、つんでっても、いい?」
「いいわよ」
「やったぁ」
許可を得ると、わっと駆けていく。
女性は胸元の名札に軽く触れつつ、少女の小さな背中を見守っていた。
「お花、お部屋に持っていくの?」
「うん!」
少女は笑顔で答える。
「ベッドのそばにね、かざるの。きれいでしょ」
女性は努めて優しく念を押した。
「ここはお姉さんお兄さんが管理してる場所だからいいけど、よそで勝手にお花とっちゃダメよ? 敷地から出ないでね」
「…分かってるよぉ」
答えながら、少女はふいとそっぽを向く。
……あ、と思った。
女性は言い直そうとして、口ごもった。
……今のは、
「ねぇ、これ!」
その声をかき消すように、少女は声をあげる。再び綻ぶような笑みを見せた。
「これ、たんぽぽ、でしょ?」
指差して見せたのは、草むらのすみっこにちょこんと居座る、黄色い花。
「よく知ってるねぇ」
女性はまた、笑って見せた。少女の白く細い手足を、ただ見つめる。
「おねえさん、ほん、いっぱいかしてくれたでしょ? そのなかの、ずかん、っていうのにね、のってたの」
「あぁ、植物図鑑?」
「そう、それ! あとね、おはなしにも、でてきたよ」
「物語に?」
「そう!」
少女は自慢げに語った。
「おはなにはね、いみがあるの!」
タンポポ。
——花言葉は、愛の信託。
少女はその小さな花をかかげてみせた。きらきらと輝くそれは、空高い太陽の光を吸い込んでいるようだ。
「きれい、でしょ」
そう、語る。
「ねぇ、お姉さん、みて」
「うん」
女性は、笑った。
「みてるよ」
少女はゆっくりと、庭園を見てまわった。
「ねぇ、このおはなも、きれい」
優しく摘んで、かかげる。
女性は答える。
「うん、綺麗だね」
ナノハナ。
——花言葉は、快活、明るさ。
「こっちも」
「うん」
「きれいだねぇ」
少女は、笑みを絶やさない。
「わたし……綺麗なもの、好き」
キンセンカ。
——慈愛、乙女の姿。
「あ、これ……」
「知ってるお花?」
「これね、すてきないみがあるの!」
少女は、差し出した。
ガーベラ。
——希望、前進。
「へぇ……」
「ねぇ、希望、だって」
「うん」
「希望、あるかなぁ」
うん。女性は、穏やかにそう言って頷いた。
そこは、純白の壁の前だった。静かにたたずむ大きな建物の、敷地の中だった。
「ここから出られると思う?」
少女の問いかけに、女性は頷くことしかできない。
「……さあ、そろそろお部屋に戻ろうか」
「病室」
「……うん」
「あそこは、病室なんでしょ?」
「うん」
「看護師さんは、私を看てるんでしょ?」
「うん、お姉さんは、みてるよ」
「お医者さんは」
「うん……」
女性はただ、自身の相槌が震えていないことを願う。病院にある庭園の中で、二人は笑いあった。
「……ねぇ、見てよ」
「うん、見てるよ」
「わたしはねぇ、リボンがすきなの」
少女は語った。
「リボンはねぇ、きれいでしょ?」
「綺麗だね」
「だから、一緒に飾るの」
少女は、摘んだ花を見せた。
「これは……」
真っ白な花だった。
「綺麗だね」
「でしょ」
「うん」
大丈夫。ちゃんと見てるよ。
シロバナタンポポ。
——私を探して、そして見つめて。
「私はね、リボンが好きなの」
空のなかで、太陽は傾いてきていた。柔い日と同じ色のリボンは、鈍くそれを反射する。
「だって、こうやって、お花を纏められるでしょ?」
集まった花たちは、綺麗に結ばれた。
素敵な言葉を持つ、花たち。
「うん」
女性は、笑う。
「大丈夫」
その言葉は、きっと意味がある。
きっと、叶うよ。
「きれいだねぇ」
「うん」
二人は、ゆっくりと歩いていく。
少女の手の中で、花束が揺れた。
願わくば、その結び目を解くまでは
現代文学、短編小説、ヒューマンドラマ
"花言葉に託された、ささやかな希望の結び目。"
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