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蹉跌の月──Deseo la luna.──

有城 砂卯

31,075 字

現代恋愛、ファンタジー要素

"声優とゲーム、そして夢が織りなす、切なくも愛おしい片想いの軌跡。"

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1・朔望

(1/10)
 
 ぱきっ、
 と乾いた音がした。
 耳に入った音、じゃない。
 体の中で、直接脳に届いたみたいな小さな音。

弥依みいちゃん!どうしたの!玄関で!」
 お母さんの声がする。

「ぱきっていった…痛い…」
 蹲って、そう言うのが精一杯。

 入学式参列仕様でお粧ししていたお母さんは、慌てふためいてお父さんを呼びに行った。
 で、やっぱりいつもの小汚ない格好から一転、イケメン(当人比)に変身したお父さんがやって来て、上がり框にあたしを座らせる。
 
「捻挫か?」って、足首を触ってきたけど、みるみる大きくなる足に異変を感じたのか、触るのを止めて、「病院だ!」って。
 
 ───かくして、
 あたし杉田 弥依すぎた みいは高校の入学式には出ることは無く、病院へ行くことになった。
 なんてこった。

 病院に着くと、看護師さんが車イスを押してやって来た。
 く、車イス?いや、歩けないけど。
 さすがに大袈裟な気もするけど、地に足が着けないから仕方ないのか。
 まさか、高校デビューが車イスから始まるなんて。
 捻挫なんだろうけど、大事になってしまった。

 それにしても。
 待合室というのは、何ともはや。
 かれこれ一時間は待ってる。
 足は、昔の魔法少女みたいに膨らんでいる。
 
 気を紛らすために、お母さんとヲタトーク。
 持つべきはオタクな母だと思うわ。
「ほら、見て。片足だけサリーちゃんみたい」
 真っ青な顔して、だけど話しかけるあたしにちゃんと乗ってくれる。
 
 お父さんは貧乏ゆすりが止まらないけど。
「杉田さん、杉田 弥依さん」
 さて、やっと呼ばれましたよ。

 それから、
 レントゲンを撮って、また診察室に戻って。
 うーん…と考え込むお医者さん。
「CT取りましょう」って。また一時間。
 
『だいこうかいものがたり』って、母のバイブルのひとつでもある古いアニメ。
孤高のキャプテンは幼い心を充分に惹き付けていて、CV勢雄 祥匡せお よしまさと共に、我ら母子の心を掴んで離さない。
そんな話で盛り上がって。
お父さんは、煙草を吸える所を探して彷徨って。

 CTを撮って、またまた診察室に戻って。
 うーん…と、また考え込むお医者さん。
「MRIを撮りましょう」って、それから二時間。
 すっかり夕方になってしまった。

『右踵骨前突起骨折』
 骨折と聞いて、お父さんもお母さんも息を飲むのが聞こえた。
 息ってホントに飲み込むのね、なんて呑気なことを考えてたけど、『しょうこつ』とはなんぞや?
「踵の骨ですよ。こう前の方に回り込んでて、この先の5ミリくらいが、折れてますね」だと。
 
 レントゲンで見つけられなくて、CTでおやっ?ってなって、MRIでやっと確信できた…てか、「ここ、折れるんだ…」って呟き、お医者さん?何を言ってるのかな?

 そのまま、あたしは入院ってことになってしまった。
 
 今日、金曜日で土日は手術出来ないから、最短でも月曜日になると。
 入れる器具──ボルト?──も特注らしくて、細くて長いのを探さなきゃらしくて、それが見つかり次第なんだって。
 無かったら作らなきゃらしい……

「じゃあ、準備して戻ってくるから!」っていうお母さんに、「あ、携帯ゲーム、『デイムメイカー』でお願いします」って、言ったら「ここでもゲームか?」って、お父さんに呆れられた。いいじゃん。

 通された病室は六人部屋で、五人の患者さんがいた。
 みいんな、年上で、おばさ…お姉さん。
 
 電球取り替えようとして椅子から落ちたおばあさんとか、大腿骨を削って同じ長さにするおばさんとか、まずは病状公開自己紹介で、今日入学式だったって言うと、皆さんを涙ぐませてしまった。申し訳ない。

 戻ってきたお母さんから、体を拭いてもらって、寝間着代わりのTシャツと短パンに着替えさせてもらう。
 あう。お風呂に入れないのがツラい。
 ま、仕方ない…しかた…
「ああ!」
 と、声を上げたあたしに、お母さんがびびる。
 
「どうしたの?痛かった?」
明後日日曜日…デイムメイカーの店頭イベント、当たってたのに行けない…よね?」
「……月曜に手術かもだから、無理でしょうね」
「ああ!勢雄せおさんが見られたかもしれないのに!!」
「バカね。勢雄さま…勢雄さんが無料イベントなんかに来るわけないじゃない。クレジットもされてないのに」

 母……冷静。
 ま、確かに。

『デイムメイカー』の隠しキャラ的クリス様。
 出現条件だけでも煩雑で、表だった情報も殆どない。
 
 掲示板では、ちらほら話題になってるみたいで、サジェストには出てくるけど、悲しいかな未成年。掲示板は見ちゃいけません、てお父さんに厳しく言われている。
 お父さんたら、建築現場で働いてるせいか、怒ると怖いのよ。逆らえません。

「お母さん、代わりに行ってきて。で、特典、貰ってきて」
 って言ったら、「娘が大変な時にいくわけないでしょ!」って怒られた。その娘の頼みなのに。大人ってタイヘン。
 
 いいもんねー。
 こうなったら、クリス様追っかけまわしてやる。
 攻略対象じゃないかもだけど、構わん。

「……でさ、これって勢雄さんだよね?」
 ゲーム画面のクリス様を眺めて、イヤホンを母の耳に入れる。
 クレジットされていないキャラボイス。
 専門家声オタの母の見解を仰ぐ。
「うん。非常に近いと思われます。所謂、似てる人や真似っこしてる人とは、一線を引いてます」

 母よ。
 あたしよりも勢雄さんのお声を聴いてきて(年の功)、全盛期にイベントライブを追っかけてた、あなたのその耳を信じますよ?
 
 
 

 

 
 
 

2・蛾眉

(2/10)
 
 病院って、消灯早いー!
 八時って、小学生でも寝ないわ。
 なので、お布団かぶってクリス様攻略(出来るのか謎だけど)に勤しむ。

 だって、足は吊ってるし、寝返りも出来ないし。
 ただでさえ寝付きが悪いのに、無理です。

 それになんだか今夜は、救急車のサイレンがやけに多い。
 ……あ、そうか、ここ救急病院だ。
 そりゃそうだわ。

 廊下のほうがほんのり明るくて、
 足音こそしないのに、誰かが忙しなく動いてる気配だけは伝わってくる。
 看護師さんって夜なのに、タイヘン。
 あたしには無理だな。うん。

 さて、クリス様、クリス様。

 『デイムメイカー』ってゲーム。
 所謂、乙女ゲー、恋愛シミュレーションってやつ。
 今時、攻略対象を落とすって、Web小説の異世界ものにしかないんじゃないかな?
 お母さんが若い時は、一世を風靡したらしいけど。
 
 で、そんなお母さんが同人やってた時の(そんなことまでやってたんですね、母)、友達の知り合いの知り合いが携わってるらしくて、薦めてくれたの。
 顔も知らないらしいけど。
 
 まあ、グラフィックはキレイだし?
 流行りの声優さんがCVで、それなりに楽しめるのだけど、何て言うのかな…攻略対象、薄っぺらくない?!

 宗教も、戦争も、政治さえない世界。
 そこで、王子様目指すとかどんな夢子ちゃんよ。

 そんなわけで、各自を象徴する宝石入りのプレゼントはともかく、指輪は受けとる気になれなくて、いなしていた。

 なんかね、他の人生?の方がワクワクするのよ。
 例えば『料理』。
 極めて、『愛情』があれば『お母さん』。
 『社交』をプラスで『町の食堂』。
 全てを鍛えて、『一流シェフ』!

 恋愛シミュレーションの意味?さて?

 で、そんな時、町のインフラにちょっと口を出したら、クリス様が登場した。

 ほえ…。
 こんなに遅く登場するのに、声までついてましてよ?って、母に聞いてみたら「隠しキャラかもしれないわね。それに…」勢雄さんのお声じゃない?って。

 出現させるまでもタイヘンで、悉く息子のセイレン様が顔を出す。
 君じゃないんだよ。

 あれ?
 ヒロインが聖女様みたいになったとき、地図の中央に、新しい街が現れた。

 ぐりっ、と目の奥に痛みが走る。
 ふわっと湧く、吐き気。
 ほんの、一瞬。
 看護師さんを呼ぶべき?とも思ったけど、なんだか一層、廊下は慌ただしいし、こんな時間まで起きてることを咎められそうなので、寝ることにした。

──病院の朝って早いー!のかな?
 本来なら学校に行く時間…ま、今日は土曜日だけど。
 完全に春休みボケですね。

 朝ごはん食べたら、床擦れを防ぐ運動をして、お母さんが来てくれてリンゴ剥いてくれた。ん、定番。
 そしたら、お医者先生が来て、ボルトが見つかったから月曜日に手術します、って。
 
 全身麻酔……なのね。麻酔って、効くメカニズムが分かってないって言葉が頭を走る。
 蘊蓄だけが変にある自分の脳みそが嫌になる。知らなきゃ、知らないままなのにね。

 それで、明日は昼から絶食ですって。
 お母さんは手術の準備に早々に帰っちゃった。さみしい……時はクリス様っ!

───やったぜ。実にやり直すこと十五回。やっと、クリス様エンドを迎えたぜ。
 あら、窓の外が明るいじゃない。
 そのまま、国民的ヒーローやら、ヒロインを見ながら、最後の食事(大袈裟)をした。
 
 同室のおねえさんたちに、お昼ごはんが配られている。
 食べない時は食べなくても平気なのに、食べられないって思ったら、食べたくなる。
 白米の香りって、イイモノデスネー。
 ……はあ…

 そんな時、スマホのアラームが鳴った。
 あうっ!イベントに行くのに遅刻しないように掛けといたんだ。
 未練はあるけど、仕方ない。
 カミサマ、憐れなワタシに、なにかご褒美ください。
 なんのカミサマ?
 ……勢雄さんで、いっか。

 夕方、サイレンの音。
 そういや、一日中聞こえてはいた筈なのに、慣れって怖いわ。
 てか、緊急搬送される人って多いのね。
 
 夕ごはんも食べられないし、徹ゲーしたせいか起きてられない…誰かの書いたイベントレポ見たいのに…いるのかな?レポ書いてくれる人…いや、公式くらいは書いてくれると信じている!

 夜よりも、廊下を急ぐ音が聞こえる。
 ナースシューズの音のない音。
 時折、きゅって踏み返して。
 ざわざわ…
 とろとろ、とろ……。

───丁字帯って、要するにふんどしなのね。
 処置室に移って、手術の準備。
 ううっ!いろんな管。
 点滴、ぐりぐり。ぺしっ、ぺしっ、って前腕を叩かれていたのに、結局、親指の付け根に針が刺される。
 叩かれた前腕の立場は?
 手術着の下が、ふんどし一丁なのを思い出すと笑いが出る。

 1、2、……

 …………うわぁ!不快、不快!
 痛いのか、吐きたいのか、自分の身体か自分でないみたいに。
 指先のオキシメーターが、食いちぎるみたいで。
 パタパタと看護師さんが、部屋に入ってきて、あー処置室なんだと、少しずつ状況を把握する。
 指が痛いとだけ告げて、寝ることを薦められた。

 夢を見ていた。
 
 やけにリアルで長い夢を。

 幼馴染みの熊みたいなお兄ちゃん。
 手の届かない、キレイな男の人。
 熊みたいなお兄ちゃんとの、穏やかな新婚生活。
 熊みたいなお兄ちゃんの突然の死。
 身籠ったあたし。
 銀髪のキレイな男の子。
 出産するあたし。
 ───死んだ、あたし。…………

 眠りから覚めて、ようやく夢が『デイムメイカー』だと気づいた。
 だって、クリス様若いんだもん。
 セイレン様だって、幼かったし。
 
 それに、お兄ちゃんって……、ラドスって誰なんだよ。
 
 それに、その上。
 出産の妙に生々しい痛みと、やけに現実的な感触。

 なんだったんだ?

 やっと、ごはんが食べられるようになって、激痛のカテーテルがはずされて、一人立ちが出来るようになった、車イスで。
 トイレで用が足せるって、素晴らしい。

 リハビリ室にも行けるもんね!
 リハビリ室にしか行けないんだけど。
 せめて、気合いを入れようとお気に入りの音楽を聴きながら、赴く。
 
 って、談話室?
 こんなところあるんだ。
 時間までまだあるから、入ってみようかな?と、覗いていたらイヤホンが転げ落ちた!
 入学のお祝いにお父さんが買ってくれた、ちょっといいやつ。

 車椅子の下に転げていて、車椅子初心者なあたしは運転に自信がないし、下手に動いてイヤホンを轢いてしまうのはもっと嫌だ。

 そんな風に身動きがとれないでいたら、背後からがらがらと、なにかを引きずりながら近寄ってくる気配がした。

「どうか、なされましたか?」
「どわっ!……!」

 耳元で囁かれた声が、背中を走り抜け腰に刺さる。
 ――何が起こったんだ?
 
 あ、事情説明をしなきゃよね。

「失礼しました。車椅子の下にイヤホンが落ちてませんか?拾っていただけるとありがたいです」
 恐る恐る、声の主に顔を向ける。

 かの人は腰を屈めてイヤホンを拾って、あたしの手に納めてくれた。

「探し物はこちらでよろしいですか?」
 
 妙に芝居がかった物言いだけど、
 だけど、この声ってまさか。
「…しぇおさん…?」
 噛んだ。

「……おや。あぁ……こんな可愛いお嬢さんに、お見知りいただけるとは――光栄の極みでございます。」

 お父さんより上なのか下なのかも計り知れない、謎の人。
 
 いや、勢雄さんみたいだけど。
 笑いを堪えるように、立っていて…いて…
 なんで、点滴なんだ?
 
 

 
 
 
 

 
 

 

 
 

3・弓張

(3/10)
 
「お、お母さん!しぇおさんがいた!」

 病室に戻ると、お母さんが来ていたので、早速報告…したら、また噛んだ。

「何を言っているの?まずは、落ち着きなさい」
 と、冷静に返されてしまった。

「せ、勢雄さんがいたの!今!イヤホン拾ってもらった!」
 そんなわけないじゃない…というお母さんを余所目に、ベッドに移ってからスマホで情報を収集する。
 
『勢雄 祥匡、声優、入院、原因』
 思い付く単語を検索窓に打ち込む。
 あれれ?意外と出てこないぞ?
 ……入院してるんだよね?点滴を引きずっていたし。
 で、『デイムメイカー』って入れたら、とあるSNSが引っ掛かった。

『もー!最悪!“デイムメイカー”のイベント行ったら知らない人が血吐いて中止!赤生さん見に行ったのに!』
 という、赤生アイテール推しの呟きだった。
 ので、公式に飛んで、ようやく記事を見つけることが出来た。

 『本日、予定しておりました“デイムメイカー”店頭イベントは、出演者の急病により、中止となりました』

 イベントのレポは、現実の痛み──特にカテーテル──に負けて、追うことを失念していた。行けなかった悔しさもある。
 と、いうか!なんで、名前が出てないの!
 勢雄さんのことかどうかも分からない!

「あら?デイムメイカー」
 って、声がした。
 見知らぬ看護師さん。
 誰?っぽやっとしてたら、柔らかく微笑んで、
「はじめまして。いつもは消化器病棟にいるの。今日はヘルプなの。検温しますね」
 と、体温計を額にかざされる。
 
 スマホを弄りたくてしょうがない気持ちを押さえつつ、看護師さんのお仕事の邪魔は出来ないので、じっと我慢の子。
 でもでも。
「看護師さん、デイムメイカーをご存じで?」
 聞いてもいいよね?
 
「ええ。そのイベントにも行ったわよ」
 なんて、羨ましい!じゃなくて、今は、
「この!倒れたのってどなたなんですか?!血を吐いたって!」
 つい、前のめりに聞いてしまう。

 すると、看護師さんは「ふぅー」って、大きな溜め息をついた。
「個人情報…なのよねえ……そんな泣きそうにしないの」
 と、困った顔をしてる。
 あたし、泣きそうに見えてるんだ…
 
「──こほん。今の私はそのイベント会場に居合わせた一般人です」
 そう言って、大きく息を吸う。
 そうして、そっと、あたしの耳に顔を近づけて、
 
「勢雄 祥匡さんって方。血は吐いたけど、軽い胃潰瘍だから大丈夫。くれぐれも内緒だからね」
 耳元でこそっと、教えてくれた。
「血を吐いたのに…軽いの?」
「これ以上は、禁則事項です」
 って、口の前に人差し指を立てた。
 ううっ!ごめんなさい。

 そしたら、看護師さんは 
「代わりって言ったらなんだけど、今度、時間がある時にでも私の話、聞いてくれるかな?」
 って、悲しげな顔を無理矢理笑顔にして、別のおねえさんの検温へ行った。
 交換条件ってやつですね!

───

 看護師のお姉さんは次の日に来てくれた。
 制服姿とは違う私服のお姉さん。
「ホントは患者さんと個人的に仲良くしちゃダメなんだけどね」
 と、言って、志山風花ですって自己紹介してくれた。

「早速だけど…」と、切り出した志山さんの話は、まさかの異世界物語だった。
 

 その話は、あたしが見た夢の続きな気がした。
 クリス様とセイレン様の、──ゲームでは普通に親子だけど、夢の中は兄弟に近い年齢差、な点だけど。

「ミリア?」
「話からすると貴女の子供になるのかしら?」
 志山さんが出会った、ミリアと云う三才の女の子。
 ゲームの中で、クリス様から聞く話には名前は無かった。

 ──産まれて間もなく、何者かに殺されるセイレン様の妹で、クリス様の実の娘。
 夢の中で、あたしが生んだ子。
 
「でね、セイレン様がこの病院に来たのよ」
「何ですと!」
「そりゃあ、もう。ホログラムな美麗なセイレン様が漂っていたわよ、二日前」
「この病院に?」
「この病院に!」

 二日前なら、手術の翌日、カテーテルが苦痛でしかなかった時だ。
 セイレン様に会えなかったのは少し残念だけど、カテーテル姿を見せなくて良かったのかもしれない。
 クリス様だったら悔しかったけど。
 
 ──それにしても、あちらとこちらで、随分時間の流れが違うのだろうかと思った。

 夢なのか、妄想なのか。
 ──現実なのか。
 ……ん?

「セイレン様、何しに来たんです?」
 そう聞くと、志山さんは顔を歪めた。

「あのね、多分…憶測だけど、ミリアの中の人を迎えに来たんだと思うんだ」

 セイレンさまが現れた病室で、何日も目を覚まさなかった患者さん。
 志山が夢で会った少女ミリアが、語ってくれた症状と一致するらしい。
 その患者さんが身罷ったとき、セイレン様も同時に消えたらしい。

「ミリア…さん…?ゲームの世界に行ったって事なんですかね?」
「そもそもゲームの世界が在るのかって事なんだけどさ。だから、誰かに話したかったんだけど、適任者が身近にいて助かったわ」

 夢なのか、妄想なのか。
 ──現実なのか。
 それ、なんてラノベ?って、笑い飛ばすのは簡単だけど、“見た”って言われたら、信じたい。
 
 あたしが、生んだ子供かもしれない子。
 幸せだったらいいな、と思った。

 そんなお話をしていたら、リハビリの時間となった。
 結構、お話ししてたのね。
 あたしが病室を出ようとしたら、お母さんが来て、志山さんとお話ししてる。
 ……あたしの病状とかじゃなく、オタトークなんですね。
 母、ぶれないな。

 思うに、リハビリってドラマなんかじゃ「…あ、歩けない」「頑張るのよ!」とか、泣いて感動の一場面を彩るけど、あたしの場合はマッサージだな。
「今日も頑張りましたね。お疲れ様です」と、言われるけど、どう考えても頑張ってお疲れ様なのは先生の方だと思うのよ。

 マッサージ…じゃない、リハビリを終えて談話室の前を通ると…あれは、勢雄さんですわ!
 んー……入院してるのプライベートに、声かけちゃダメかな?でも…でもだよ?あ!昨日のお礼!
 口実見っけ!
 
「勢雄……祥匡さん?」
 疑問系で声かけちゃったよ。
 
振り向いたその人は、思いの外不機嫌全開の表情で、「はぁん?」って、声が聞こえてきそうだった。

 それでも、「昨日はありがとうございました、イヤホン」って、なんとか言うと、若干、眉間の皺が解けて、
「お嬢ちゃんも、物好きだなぁ…」
 って、吐き捨てるように言ってきた。
 ……な、なんか昨日と違うぞ?
 あれは、他所行きの声だったのか?
 
 やっぱり、芸能人に知ったかぶりで話しかけちゃダメだよね。
 ご機嫌斜めみたいだし、お礼も言ったし、その場を立ち去ろうとしたら、「暇潰しに付き合え」と、引き留められた。

 そのまま、談話室に拉致…じゃなくて、連れ込まれるのに、勢雄さんは車椅子を両手で押してくれて、あー、点滴は外れたんだなーって思った。
 
 入り口の自販機で「なんか飲むか?」って言われて、「お茶」って返したら「味がついてなくていいのか?まあ、いいけど」って、麦茶を買ってくれた。
 
 勢雄さんは……飲めないらしい。
「酒、煙草はともかく、コーヒーくらいよくないか?」って、ぶつくさ言いつつ、あたしにペットボトルの麦茶を渡して、車椅子を押して談話室の中に入った。

「もしかして…ご機嫌斜めそうなのって、煙草ヤニ切れですか?」
 お父さんと一緒だ。
 勢雄さんは自分の顔をまさぐりながら、
「顔に出てたか?いかん、いかん」って慌ててる。なんか、可愛いぞ?

 そこからはなんか…高校入試の面接を彷彿とするやり取りが繰り広げられた。
「杉田 弥依、十五歳です。入学式の朝に転んで骨折しました。……スリーサイズとかと言いますか?」
 勢雄さんは、あたしにスッと視線を巡らすと、「いや、それはいい」
 ……失礼だな!これから育つんだよ!

で、話は『だいこうかいものがたり』となった。
「お嬢ちゃんの生まれる前だろう?」
「母の教育の賜物です」
「なんだよ、それ」って、大笑い。
 
でも、ムッとしてるよりずっと良いよ?

 で、『デイムメイカー』の話に流れた。
「ああ、もしかしてお嬢ちゃん、赤生アイテール石舘セイレン推しで、繋がり持とうとしてるのか?残念だった…」
「あたしは勢雄クリス様推しですけど?」っ!……本人の前だよ、あたし…。
 ……でも、あたし以上に、勢雄さん照れてませんか?なんだこの、大型犬。

「……しっかし、血は繋がらないとはいえ、“ふたり”の子持ちだろう?お嬢ちゃんは枯れ専なのかね?」
「枯れって…自分で言って傷つかないでくださいよ。それに、クリス様には実の子“ひとり”ですよ?」
「あん?上の子セイレン拾って、下の子ミリアはメイドと庭師の子だろ?」
「上の子も、下の子も実の子で、下の子は早死にしてるんですけど……」

 それ、あの時の『夢』の話だ。
 メイドあたし、スーラが生んだ下の子。

 談話室の外に、志山さんが通ったのを見つけたので、「志山さん!」と声を出して引き留める。
 
「院内では静かにしてください…て、珍しい組み合わせですね?どっちがナンパしたんです?」
「勢雄さんに拉致された!だけど、そうじゃなくて、勢雄さん、あたしたちの夢を知ってる!」

 我ながら、なに言ってんだ?と思った。
 

 

 
 

4・豆栗

(4/10)
 
「なんか、違ったか?近々でゲームの仕事はそれしかしてないから、確かだと思うが?」
 と、勢雄さんは言う。
 
 ええ、専ら舞台ばかりに出演されて、中学生のあたしには敷居が高うございましたから、よく承知しておりますとも。
 クリス様が勢雄さんなんじゃ?と思いはしたものの、確かめる術はなくて……あれ?

「デイムメイカーって、勢雄さんクレジットされてないじゃないですか。クリス様も巧妙に隠されてるし。なのに、なんでイベントには出てるんです?」
 
 あたしの言葉を聞いた、勢雄さんはそっぽを向いてるし、志山さんは笑って、
「そのイベントで、情報を公開する筈だったのよねー」
 なんですと!
 
「あの、中止になったイベントですか?あ!だから、公式にも“誰が”倒れたのか書かれて無かったんですか!」
「そんなとこまで見てるのかよ。そうだよ、俺と共に発表したいんだと。……ったく迷惑な話だ」

「では!またイベントがあるんですね!」
「いや、今度はネット限定だと。リアイベはやらないって、聞いてるぞ?」
「…くすっ。また、血でも吐かれたら大変ですものね」
 と、言う志山さんの突っ込みに、
「あぁ、たまたま会場にフットワークの鮮やかな看護師がいて、吐血と同時にステージに駆け寄って、息をするように応急処置を繰り広げる、なんてないだろしな。まあ、その節は世話になった」
 勢雄さん、それじゃあ、言い訳したいのか、お礼したいのか分かんないよ。

「私も、救急車で出勤させていただいて、一石二鳥でした」
「志山さん!勢雄さんの命の恩人!」
「命って…そんな現場を目の当たりにしたら、医療関係者なら当然だと思うよ」
「それでもです!ありがとうございます!」
「…ったく、お前は俺のなんなんだよ」
「ファンですけど?何か?」
「あー、ソウデスカ」

「ぷっ!あはは、おっかしい…!勢雄さんって渋さ売りにしてますぅって、顔してるのに、こんな若い子と漫才できるんだ。いやー意外な一面を見せていただきましたわ。息ぴったり!」
 って、吹き出した志山さんは、目尻を拭いながら大笑いしている。

 あたしはなんとなく勢雄さんの顔に目が行って。
 そしたら勢雄さん、なんだか間の抜けた顔してて。
「ほら、勢雄さん。笑われてますよ?」
 って、突っ込んであげたら、
「お前さんだろ?」
 って、返された。
 
 あらら。志山さん、笑いすぎて咳き込み出したよ…。

 と、勢雄さんはすっとウォーターサーバーから水を持ってきてた。
 い、いつの間に。
 志山さんに渡して、背中とんとんして。
 …………う、羨ましくなんか無いもんねっ!

───で。
 
 擦り合わせな訳ですよ。
 まず、
「スーラって、分かります?」
「クリスのとこの、メイドだろ?そうそう、そいつが二番目の子、生んだんだ。たしか旦那は……なんてったかな?」
「ラドス」
「そう!ラドス。でも変なんだよな?ラドスって、クリスの親代わりの執事をしてた記憶もあるんだよな?なんでだ?」
 質問返しされちゃった。
 
 この人、ちゃんと設定を理解してるんだろうか?それとも設定の理解と演技は別物ってことなんだろうか?わかんないけど。

「それ、ゲーム公式の設定じゃないです。まず、クリスの…メリクリオス家の使用人に名前はついてません」
 ウィキに情報もなく、攻略したあたしをなめんなよ?
「クリス様の家庭環境は、クリス様が話すだけでビジュアルはないんです」
「…?じゃあ、わらわらといた…いや、四人か。茶髪のねーちゃんたちはなんなんだ?」
 
「少なくても、ゲームではないですね。……もしかして、設定資料的なんじゃないですか?ほら、キャラとか世界観とか、表に出てない情報ってことないんですか?」
 知らんけど。

 すると、勢雄さんは言いにくそうに頭を掻いて、
「俺、そういう資料で深掘りするタイプじゃねーんだよな。だから、見てない。台本と現場のノリ。あとはディレクションで補完、でなんとかなんだよ」
 
 そういうものなのか?
 あたしは分からない世界だ。
 プロってすごいのね
 
「考えるな、感じろって訳ですか?」
と、志山さんがコロコロと笑いながら、あたしにウィンク。
 
「さすがにそれは雑じゃねーか」
勢雄さんの探るような視線で、頭ポンポンされて。「セクハラじゃねーぞ」って、手を引っ込めたけど――寧ろ御褒美。
 
 あ、…気遣われてるんだ……?……もう…自己嫌悪。
 うー! えっと…
「プロのお仕事、ってことですね!」
 なんて素頓狂なこと、言っちゃった。
 勢雄さんと、志山さんはきょとんとしたあと、「そうそう、そんなとこ」って言ってくれた。

「……で?結局それがなんなんだ?」
 ん。そうですよね。
 核心を見失うところでした。

 志山さんとあたしは顔を見合わせて、頷きあった。
「スーラやらなんやらは、あたしも夢で見たんですよー。で。」
 
 バラエティー宜しく、手の平を志山さんに向ける。次どうぞ。
「図らずも、私も夢で見たんですよ。物語ゲームで殺される子視点で、クリス様の二番目の子、ミリアの。」

 ん。わかるよ、勢雄さん。
 中二病を目の当たりにして、二の句が継げないだね。
 呆れてるのか、可哀相なのか。
 そんな顔。
  
「……流行りのどっか行っちまう系か?お前ら、大丈夫か?」
「……まあ…私も実際、仕事中この病院でセイレン様見るまで、ただの夢なんだと思ってました」

「――はあぁ?病院で?この?」
「はい。この病院で、です――」

 すると、勢雄さんは拳で、とんとんって唇を叩いて黙ってしまった。
 長考。
 談話室のテレビの音。
 他の人の話し声。
 エアコンの音、がノイズのように流れ出す。
 ぼこっと、ウォーターサーバーが音を立てたとき、ようやっと勢雄さんが口を開いた。

「……殺される子って、ラウノか?」

 志山さんの目、後ろからぽんって叩いたら、ぽろって落ちそうなくらい見開いて頷いた。
 
 スーラあたしが、いなくなった後のお話展開
 ――――あたしは、勢雄さんに何を教えたいのだろう?
 何を、分かってもらいたいんだろう。

「…はあぁ……」
 って、勢雄さんの深く長い溜め息。
 ご自分の頭をぐしゃぐしゃって掻きむしって。
 勢雄さんはあたしの顔をじいって見て、
 ふわって頭に手を置くと、ワシワシしてきた。
 お風呂の回数制限があるから、きれいじゃないですよ?とでも言いたかったけど、言えなくて。

「ま、そんな不思議なことも、あっていいじゃねーか?」
 って、ひどく優しい顔で微笑んでくれた。
「……それに」
 って、神妙な面持ちに変化して続けたのは、
「今更、合わせるようでなんだが、俺のも夢だ。ここに運ばれて治療するのに痛み止め打たれて、朦朧としてて。たぶんあれだな、イベントの流れで、ワケわかんなくなってたのかな?」
 
 話を合わせてくれてるのかな?とも思ったけど、勢雄さんの手はずっとあたしの頭に置かれていて、むず痒い、
「で、たぶん脳内電波かなんかで共通の夢を見ましたな、お話なのか?」
 あ、勢雄さん、頭ワシワシ止めないで。
 離された手を名残惜しく眺めていたら、
「ここだけの話なんですけど」
 と、志山さんは、勢雄さんとあたしを引き寄せて、内緒話体勢をとった。
 
 うんと、声を落として
「私が見たセイレン様が消えた時、ひとりの患者さんが亡くなったんです。きらきらと光って、天使みたいに消えたんです」

 昨日話してくれたことと、内容こそ同じだったけど、志山さんの言葉は熱を帯びていた。

「んー…その、なんか違うゲームの世界があるとしてよ?じゃあ、クリスが流行りのループしてるってのは、一体何なんだか検討つくか?」
 
「ループ?」
 あたしは、志山さんと顔を見合せる。
「デイムメイカーに魔法はないですよ?」
「魔法かはしらん。黒髪の子と結婚して、その後――巻き戻った?そういや、いつもと違うって思ったっけ?白い霧みたいな靄に包まれた」
 馬鹿話と一笑しないどころか、顎に手を当てて集中する勢雄さん。
 
「なかなかに、壮大でしんどそうな夢見てますね」
「だから、設定って思ったんだろ。俺が声を録ってない部分の――必要最低資料って勘違いしたんだろうよ。スチル見てるみたいだったから」

 ――スチル、か。
 あ、もしかして、そう思ってあたしはスマホを探った。
 
「奥の手、になるかは謎ですが、これ見てみません?」
 

 

 
 
 
 

 

 

  
 
 
 

 

『独り言ち──変若水/ヲチミズ』side;勢雄

(5/10)

 ───ああ、そうだ。
 
 役者になりたかった。
 舞台でも、映画でもいい。
 重厚な、存在感のあるそんな役者。
 
 食うために受けた吹き替えのオーディションで、うっかり役がついちまって、うっかり人気なんか出てしまって、ずるずると抜け出せなくなって。

 果ては歌ったり、芝居しない舞台ステージに引っ張り出されたり。
 そんで、まぁ、俺もちやほやされて、舞い上がって。
 
 でも、芝居は芝居。
 それなりに楽しんだが、ある時すっと、熱は覚めた。

 チマチマと貯めた金が、そこそこの額になり、ちょっと休むかと、セーブしながら仕事してたら、嫁が出ていった。
 人の縁の脆さに、それなりの衝撃を受けて鬱気味になっていたら、親父が死んだ。
 
『男はね、人生に三度泣くの。
 一に産声、二に親が死んだ時、三は…財布を落とした時かしら?』
 とは、母の言い分。
『…財布?』
『昔は主君を亡くしたときとか言ったみたいだけど、そんなご時世でもないでしょ?よっくんは二つ使ったから、あとは大事なものを失くした時だね』
『……お袋の時は、どうすんだよ』
「笑えばいいんじゃないかな?」
……それ、使い方が違うんじゃないか?

『家なんて継がなくていいから、戻ってらっしゃい。……わたしと、妹だけじゃ物騒でしょ?よっくんがいたら魔除けにくらいなるから』
 っていうお袋の言葉に実家に戻った。

 ──そんな風にあっという間に十年経っていた。
 
 ふらふらと小劇場の客演やらを渡り歩いて日銭を稼いでたら、お子さま向けの番組を見ていたやつらがいい年になり、俺を表舞台に引っ張り出したがる。
 
 ……で、何で女子供のオモチャの仕事なんだよ。
 溜め息しか出ないが、金払いはいい。
 仕事は、仕事だ。

 と、割り切ろうとしていたが、気持ちは割り切れてなかったらしい。
 
 一昔前は、観客席なんざ見えもしない、でっかい小屋劇場でやってたイベントとやらは、最近ではCD屋の店頭でやるらしい。

 芝居をしない空間。
 はっきり見える客。
 押し出される苦痛。
 そりゃ、血吐いて倒れもするってもんだ。

 胃潰瘍、だと。
 ぽっかりと穴が胃に開いた。
 酒?タバコ?悪いか。

 イベント会場CD屋で気を失って、
 目覚めたら、シラナイ天井ってやつだ。
 年は取りたくないねー。

 病院でタバコ吸える場所を探してうろうろしてたら、談話室があった、が禁煙かよ。
 ったくよ。

 車椅子で、もたもたしてる子供がいたから声かけてみたら、コイツ、俺を知ってやがる。
 …中学生か?
 余所行きの顔して誂ってみりゃ、涙ぐんでやがる。
 やりすぎたか?

 何だかんだで翌日も変な縁があるのか、談話室前で声をかけられた。
 いい加減、煙草ヤニ切れが甚だしい。
 いらっとしたまま振り返ったら、怯えとる。
 すまん。
 ジュース買ってやるから、勘弁してくれ。

 なんというか、不思議な子だと思う。
 俺のファンを声高にするが、要求がない。
 もしかしたら、知らないだけなのかもしらんが、「何かやって」がない。
 いや、『だいこうかいものがたり』のキャプテンは遠回しで熱望されてるみたいだが、声にしない。
 若い子特有の、くるくる変わる表情というのは、誰のものでもいいもんだな。
 なんて思えるほどには、年食ったわけだ。
 あーあ…

 いつの間にか、看護師が合流している。
 吐血の際に、たまたま客としていた看護師。
 看護師は健全に、セイレン石舘推しらしい。
 
 ん。そうだよ。一昔前の俺のファンとか、おかしいぞ?中学生お嬢ちゃんと、思ったら高校生かい!
 入学式に入院とは気の毒なこった。
 よし、おっちゃんが遊んじゃる。
 いい暇潰しだ。
 

 ――――なんだそりゃ?
 同じゲームをやってる、嬢ちゃんと看護師。
 同じゲームに、声を入れた俺。
 ま、俺は俺の出てるところしか知らんが、それにしても、だ。
 記憶と一致しない。

 ひとつしか用意されていない結末。
 知ってる。
 そう聞いたし、台本にもそう書いてあった。
――「奇跡の聖女が見いだした、運命の救世主<メシア>」
 …………なんじゃ、そりゃ?だけど。
 聖女が出来たことで、宗教のない世界に教会が発生し、概念さえなかった物語で《《結婚式》》が行われる。
 
 じゃあ、俺が知ってる、違う物語はなんなんだ?
 二次創作なんて、見たこともないし、もちろん作らない。
 仕事は仕事。
 録音してしまったら終わり。
 その筈だ。

 でも、確かに続いている。
 
 セイレンを引き取った。
 スーラが子供を生んだ。
 ミリアと名付けた。
 ラウノと会った。
 セイレンがラウノを殺した。
 
 ――――夢?

 馬鹿げてる…で、片付けていいものか?
 
 セイレンの殺した子、ラウノ。
 それが、この看護師だとしたら?
 
 ───ラウノが霧のように消えたのは、帰った戻っただけ、とでもいうのか?

 俺は、ラウノが消えて、震えるセイレンの肩を抱いたことをいた。

 

 
 

 
 
 

5・既望

(6/10)
 
 なになにと、勢雄さんと志山さんが、あたしのスマホを覗き込む。
「クリス様を攻略すると見ることが出来る、スペシャルコンテンツです」
「クリス様だけ?狡くない?セイレン様には無いの?」
 志山さん、かわいいな。好き。
 
「セイレン様はちゃんとゲーム内でいくつもムービーありますよ。クリス様にはムービーも無いし、エンディングもひとつしかないんですよ」
 
 …………そうよ、ひとつなのよ。
 
 それこそセイレン様には、ハッピーエンドやら、トゥルーエンドやら、はては闇落ちしたりといくつかのエンドが用意されているのに、クリス様だけは『結婚式』が、最良で唯一のエンディング。

「あーすまん、それ、俺のせいだわ。出るのごねて、スケジュール押したんだよ」
 はいっ!?
 
「それで、パッケージにお名前もクレジットもされてないんですか?!」
 つい、大きな声が出ちゃったけど、勢雄さんは動じもせず、拗ねてるみたいな顔してる。
 
「ゲームってさ。一人で録るんだぜ?あんま、好きじゃねーんだよ。別の仕事もあったしな」
「それって、言い訳?大人なのに」
 
「うるせ。やなもんは、やなんだよ」
 こどもか?
 
「まあま、杉田さん。勢雄さんは血を吐くほど嫌だったんだから、勘弁してあげなさいな。血を吐くほど、だったん、だ・か・ら」
 志山さん、目が笑ってません。

「……ふぅ……吐血するほど嫌だったんなら、仕方ないですね。――で、話を戻しますけど、結婚式の後、巻き戻ったんですか?――もう、いつまでも拗ねてないで下さい」
 話が進みません。

 勢雄さんはチラッと、あたしのスマホを見て、あたしを見て、肩を落とした。
 ええ?なんで?あたし、言いすぎた?!
 
「……ああ、巻き戻って、いつもより若いな、って思って、テルルにセイレンを迎えに行く車に乗ってた」
「それって、あたしスーラの妹が、運転手してました?」
 
「ああ。いつもは、セイレンが町の子を殺した時に戻ってたから、“おかしいな”と、思ったな」
「それ、セーブポイントですよ。周回プレイで、クリス様狙いの時だけ、『町の子殺し』からやり直せる」
 
「なんで、クリス様だけ…」
「出てくるのが遅いから?分かんないけど」
 
「なんで、殺した後なんだ?殺す前なら止められるじゃねーか?」
「家出するセイレン様を、ヒロインと一緒に探すか探さないかが分岐だから…?」
 
「でもよ?フツー、そういうループ?とかって、区切りっていうか、一旦死んでから起こったりするだろ?そうじゃねーんだわ」
「?どういうことです?」
 
「セイレンの結婚式なんかは、まあ、ある意味区切りっぽかったけど、いきなり突然くるんだよ。ぴたって周りが止まったかと思うと、白い靄がかかって暗転すんだ。飯食ってたり、仕事してたりしてる最中もお構いなしに」
 
「なんでしょう?エンディングみたいですけど、わかんないや。ごめんなさい」
 
 結局、奥の手は奥の手にならなかった。
 いいとこ見せたかったな。
 
 したら、勢雄はまた、頭ぽんぽんしてくれてて、
「まあ、夢だしな、夢。奇妙な話だが考えても、たらればだ」
 と、大きく伸びをした……のに、その手はまた、あたしの頭に戻った。
 
 と、志山さんが上目遣いで、あたしを見てる。
「…ねえ…どうしたらセイレン様エンド、見られるの…私、町の子殺しても、最初からやり直しになるんだけど…」
 捨てられた何とかみたいになってますけど。
 
「ああ、石を持ってないとダメですよ。みなさんがくれる石。だけど、指輪だけは貰っちゃいけない」
「それだ!指輪貰ったよ…最初の子に。ほいって、くれるんだもん」
「あーあ。ダメですよ、本命以外から貰ったら、ロックされちゃいます……て、話はわりかし有名なんですけど…wiki見てないんですか?」と、志山さんと攻略の話に突入しそうだったんだけど、あたしの頭から勢雄さんの手が離れた。
 
「なんか、めんどくさそうなゲームだな?楽しいか?」
「楽しいですよ!クリス様が勢雄さんと気づいた時から、俄然張り切りました!」
「お、おう、そうか。よかったな」
「はい!」
 よくよく考えたら、本人に向かってなに言ってんだ?だけど、ホントだもん。仕方ないよね!

 ◆

──夜の帳が下りた街。
窓の外には、虫の点す灯りにも似た火が、辺りに漂っている。

その静寂に放たれた矢のような鋭い嘶き。
心臓の鼓動が胸の奥で低く響いた。

一歩、また一歩と未知の足音が近づいてくる。

そこに現れたのは、黒銀の髪を肩に揺らす一人の男性。
黒曜の石に彩られた装飾を襟にまとい、
緑の瞳をいたずらっぽく光らせている。

「……ここまで辿り着くとは、驚いたよ。見つけてくれて、ありがとう」

彼は名乗りを省き、ただゆらゆらと微笑んだ。

「ああ、自己紹介はいらない。君のことは全部知っている」

その瞬間、静かなピアノの旋律が、
壮大なオーケストラへと変調し空気を揺さぶった。

視界いっぱいに広がる白光の中、
六つの影が並び立つ。

各々を象徴する石が、さまざまな装飾品へ形を変える。

その中心に、あり得ない存在感を纏う
――黒曜石の化身、クリストファー。

「彼ら全員と紡ぐ物語の先に、まだ見ぬ真実が待っている」

やわらかで、印象的な低い声が告げる。

そして目の前には、
淡く輝く《選ばれし者の証》が浮かび上がった。

・すべての顛末を受け止め、なお歩む者
・時の環に落ちた“欠片”を拾い集めし者
・語られぬ記憶に触れ、忘却の門を開きし者

「……さあ、行こうか。君の望む未来へ」

緑の瞳が真っ直ぐに射抜く。
白光が扉のように開き、
その先に新たな世界が広がっていた。

───Special Thanks
 全ての、淑女たちへ───

 デイムメーカーより愛を込めて
 
─────

「……さあ、行こうか。君の望む未来へ」
「どわあっ!びっくりした!耳元は卑怯です!」
 
 こうやって勢雄さんは、背後からあたしを驚かすのがすっかり定着してしまっている。
 そりゃあ驚くけど……あたしには御褒美以外の何物でもないんですけど!

「…お嬢ちゃん、ホントに好きな?それ」
「だって、勢雄さんですよ?!好きですよ!」
「……ま、いっか」
 呆れたように、照れたようにそっぽ向く横顔。――素敵。

「で、勢雄さんはまた一人で寂しく談話室ですか」
「…お嬢ちゃんもだろ?」
 その声には意外にも誂いはなくて、なんか、元気ないのかな?
 ……入院してるんだから、元気はないか。

「あたしにはクリス様がいますもん!」
 気になるけど、聞いていい立場じゃない。
 あたしは、ただのファンだ。
 
「そうか。じゃあ心配ないか。退院が決まったよ」

 ――――えっ?

「…あ、そ、そうなんですね。これで、お仕事バリバリ出来ますね!何から始めるんですか?アニメ?ゲーム?それともお芝居?テレビとか?映画とか?あ、ハリウッドとか?あたしが見られるものにして下さいね。そうじゃなくても見るけど…」

 最後まで言い切る前に、あたしの頬を勢雄さんの指がなぞる。
 勢雄さん、物憂げですよ?

「……泣きながら言ってんじゃねーよ…」

 あたし、泣いてたんだ。

 

 
 
 
 
 

 
 

 
 
 
 

 
 
 

6・片割

(7/10)
 
 勢雄さんが退院した後、あたしが退院するには二ヶ月を要した。
 退院したらしたで、直ぐに夏休みになってしまって、遅れた勉強を取り戻すのは、至難の業だった。
 よって、高一の夏休みは補習で終わった。

 とはいえ、高校生活はそれなりに楽しく過ごして。
 告白とかもされちゃったりして、お付き合いとかもしてみたけど、女の子と遊ぶほうが楽しくて、放っといたら罵倒された。
 
 いっけどね。
 
 大学入試だなんだって、ばたばたして、
 あっという間に大学生になっていた。
 
 相変わらず勢雄さんは舞台三昧で、チケット買う身にもなれや、なんだけど、そこはこう……惚れた弱みってやつよね。
 日参したい気持ちを堪えて、初日と千秋楽だけは押さえることで我慢した。
 時々、お母さんがチケットを用意してくれたのは助かった。素直に甘える。
 ありがとう、母。

 で、夏休み。
 チケット代のためにも、バイトでもやろうと検討していたら、母に電車で二時間程離れた観光地を勧められた。
 なんでここ?って聞いたら、お父さんと遊びに行きたいから!って。
 まだ学生のあたしになに言ってんだ?この人は。
 
 まあ、お父さんには反対されましたわな。
「住み込みでバイト?未成年なのに何考えてんだ」って。
 あたしもそう思う。

 母曰く、家族経営のお店で、そのお宅で泊まらせて頂けてのお仕事らしい。
 ……って、母? すでに決定事項なのですね?

 そんなこんなで、大学一年の夏休みは、
 気づけばすっかりお膳立てされておりました。
 勢雄さんの舞台だけは観に行かせてください、後生ですから。

 ───そんなこんなで、夏某日。
 ニヒルな面持ちの電車に小一時間ほど揺られてやってきました、観光地。

 その駅の片隅に、ひっそりと象さんが御座したお城の情報を発見。
 今はいらっしゃらないのね。
 お亡くなりになって幾星霜。
 アイドルだったという象さんに、合掌。

 駅前のお土産やさんをするすると通り抜け、裏通りに。
 そーいや、父と母はこの後、もう少し先にある遊べる温泉で遊ぶんだとか…大学生より遊んでないか?ま、夫婦仲良いのは何より。

 そうして着いたのは、なかなかの店構えのかまぼこやさん。
 観光客もちらほらいるけど、地元密着型な様相で、お隣は同じ屋号の居酒屋さん。
 て…屋号…。

「かまぼこのせお……??って、もしやお母さん?!」
「そのとーり!なんと、勢雄さんのご実家であらせられます!」
「なんだと!」
 あたしより先に、お父さんが驚いた。

「昔のファン仲間では有名なのよ。思い返して探してみたら、バイト募集してたから、一石……何鳥かしら?」
 なんて、涼しい顔してる。
 お父さんは何か言いたげだけど、お母さんにブロックされてる。
 
「……ここで、お泊まりするの?」
 恐る恐る聞くと、
「あら?嫌かしら?」
 ぶるぶる、頭をふって、勢雄さんのスケジュールを思い出す。
 ん。地方公演中。
 で、半月後に戻り公演。
 多分、会うことはない。

 店先で騒いでいたら、すんごい和服美人さんが現れた。

「おや?もしかして祥匡あの子のファンかい?久しぶりだねぇ…」
 
 粋とか、イナセとか、この人のためにある言葉なんでは?と思うような美人さん。
 お母さんがお父さんをそっちのけで、
「バイトをお願いした者です。初めてでご迷惑お掛けしますがよろしくお願いします」
「こちらが?あの子もいい年して、えらくまあ、若い子引っ掻けたこと」
 あたし、引っ掛けられてたの?いやいや。
 そもそも、退院してからお会いしてません。

「何々?!お兄ちゃんのファン?!そんなのまだ存在してたんだ!」
 と、先の美人さんとは、タイプの違う美人さん。おお…目が癒される…。

 お母さんは、何か言いたげなお父さんを引きずって、あたしをその場に残して去っていった。
「おっふろ!おっふろ!」
 ……母?

 ろくな紹介もなしに取り残されたあたしだけど、美人さんたちを失望させては居たたまれない。
「杉田 弥依、十八才です!ご迷惑お掛けしますが、よろしくお願いします!」
 元気良く宣言したぜ。

「何から始めましょう!」
 と、働く気満々だったけど、
「明日からでいいわよ。今日はゆっくりなさい」
 いいんですか?美人ははさん。
 
「そうそ。この辺初めてでしょ?暇な旦那に案内させるから──」
 美人妹さんがすっと奥に入ると、優しげな男の人を連れてきた。
「これ、うちの旦那。…ほら!可愛いからって手出しちゃダメよ」
 と、あたしの手から荷物を引き取った。
 
「僕は君だけだし、義兄さんの秘蔵っ子に手出し出来るわけないじゃない」
 ? 秘蔵っ子とな?
 ポカンとしていたら、
「「「彼女でしょ?」」」
 って、見事な三重奏。
「そんなこと、あるわけないじゃないですか!」
 声量の調整?出来るわけないわよ。
 何がどうなってんだ?

 お三方は顔を見合わせて、プチ家族会議に入ったようだ。
 うちの母は一体どんな斡旋をしてるんだ?
 そうだった、とか、あー、とか時折聞こえてくるけど、およその家庭の事情に首を突っ込んではいけない。
 聞こえないように離れて、陳列棚を眺めてよう。

 わ、可愛いな。
 かまぼこ?しんじょっていうのね。中に海老さんがいる。
 へえーかまぼこって一口で言っても、色々種類があるんだな。
 と、壁の隅に勢雄さんのサインと写真があった。
 勢雄さんっ!若い!
 うわっー!

「それ、二十年は前の写真よ。二十歳くらいの時かしら?」
 と、いつの間にか家族会議を終えていた、美人ははさんの解説。
「あの頃は、ここにも連日女の子が押し寄せてねーびっくりしたわよ。今じゃ閑古鳥だけど」
 て、美人妹さんが顔に似合わない声でガハハって笑いだした。
 
 やっぱ兄妹だなー。勢雄さんみたい。
 妹さんの方が美人さんだけど。
 
「へえー。でも、今の方が素敵ですよね」
 ……あれ?……美人な母子は顔を合わせたあと、あたしの方に向いて、ふわって微笑んだ。ううっ…美のステレオ放送。
「あの子も幸せ者だ」
 って、ん?あたし、なんか変なこと言ったかな?言ったな。
「さて、そろそろ行こうか」
 と、妹旦那さんが声をかけてくれたので、乗ります!杉田逃げます!

「おー!大将!白昼堂々浮気かい!」
 と、商店街を歩いていると、あちこちから声がかかる。

「違います!僕は妻一筋です!夏休みのバイトの子です!」
 て、いちいち説明してるのが可愛い。
 てか、きっと周りの人たちも分かってて言ってる。
 うちの方じゃ、こんなご近所付き合いってないから、フィクションだと思ってたよ。

「人気者なんですね」
「遊んでるだけだよ。隣の居酒屋が僕の店。皆、常連さん。こっちはいけるほう?」
 人差し指と親指を、くいっと動かす旦那さん。
「? こっち?とは?」
 何だろう?
「お酒。飲まないの?」
「未成年ですから」
 大学生なら呑むでしょ!とか言ってますけど、お酒は二十歳からですよ?

 それにしても、お酒って美味しいのかな?
 入院中の勢雄さんも、酒だ、煙草だって言ってたよな。
 いつか、勢雄さんと呑めるといいな。
 …………なんてな!!なに思ってんだ、あたし。
 
 商店街を闊歩していたら、六回は浮気疑惑をかけられて、その都度旦那さんが否定していた。
 ん。人気のお店なんですね!

「戻りました!」
 ただいま、は違うかな?と思ったんだけど、美人ははさんが、悲しそうな顔になった。
 え?
「他人行儀じゃない」
て言われるけど…あう。
「えっと…すいません、えーっと、勢雄さん!」

 ……間違ってないよね?
「それ、言っちゃったら、皆『勢雄』」
 何でも、美人妹旦那さんは婿養子なんですと。

 美人妹さんは、自分を指差して
「わたしはおねえさん、とかでいいよ。旦那は」
「大将とか呼んでくれたらいいよ」
「では、私のことは、祥華しょうかとお呼びなさい」
 え?いやいやいやいや!ダメでしょう!目上の方を名前呼びとか!
「なんで、母さん。敷居をぐっとあげるの」
 そうです!美人…じゃない、おねえさん、その通りです!
「女将さんとか言われたくないもん」
 て、可愛いかよ。
 

「ご馳走はないけど、召し上がれ」
 お風呂(温泉!)から上がって居間に通されると、食卓には所狭しとお皿が並んでいる。
 海鮮!うお…
「お魚ばっかりでごめんね。かまぼこも店の余り物だし」
「お魚大好きです!甲殻類は神!です!」
「そりゃ、良かった。たんと召し上がれ」
 
 気になってた、しんじょのお吸い物。
 ふわふわして、美味しゅうございます。
 ごちそうさまでした!

 
 
 
 
 
 

 

7・哉生

(8/10)
 
 それから、長期の休みの度に勢雄さん家にはお邪魔していた。
 二十歳になったときに、「お酒解禁だね!」って大将に言われたけど、なんとなく飲めなかった。なんでかな?わかんないけど。
 
 わかんないことと言えばもうひとつ。
 
 商店街の方々が、あたしを長男の嫁扱いしてくる。
 ちーがーうー!退院してから、あたしがお芝居を一方的に観に行くだけで、話してもないのに!
 もう…困る…
 ん……困る。

 ――

『満員御礼。お好きな出演キャストの撮り下ろしフォトポストカードを特製フォトスタンドでお手元に!』
 
 勢雄さんの舞台の千秋楽に来たら、物販にそんな企画のポスターを見つけた。
 初日には無かったよね?
 
『ご購入者先着十名様に本日終演後握手会開催!』
 なんですと?!

 一番人気は、セイレン様のCVだった石舘さんで、既に売り切れてる。流石だね。
 志山さんに、教えてあげたいけど、赤ちゃん生まれたばかりだから、メールだけ送っとこ。
 
 …………あら?勢雄さんたら、売れ残ってるじゃない!……もう、仕方ないなあ…と、購入して、握手会……予約して。
 
 ――どんな顔して会えばいいんだろう?
 あたし、あの頃どんな顔をしてただろう。
 会いたいのかな?
 ───会いたいな。

───終演後のロビー。 

「よう、久しぶり」
「どわっ!だから耳元はやめてくださいって!」
 背後からの懐かしいやり取り。
 含み笑いで、全くもう、自分だけ楽しんで。
 この人、ホントにこれ好きだな。

「可哀想だから買ってあげましたよ」
 買った写真を見せながら、思い切りすまして言ってやる。
 ふんだ。
 
「一昔前ならあいつらにも負けてなかったんだけどな」
 って、石舘さんたちの列を見ながら言ってるけど、ちっとも悔しそうじゃない。
 なんで?
 一昔前って、お店にあった写真の頃のことかしら?
 ご実家にまで、ファンが押し寄せて来てたんですものね。
 ――――むっ。
 …え?あれ?おや?
 パシって自分の頬叩いたら、勢雄さんがキョトンとしてる。
 相変わらず可愛いかよ。
 
 に、しても、 
「何でまた、こんな自虐的な企画を……」
 って、悪態をつくあたしに、
「どっかの恥ずかしがり屋さんに気を遣ったつもりなんだがね?こうでもすれば、哀れな年寄りにお慈悲をくれる優しいお嬢ちゃんが現れると思ってな」
 って、祥華さんにも似た笑みが溢れる。
 やっぱ、親子だなー。素敵。

 あれ?
「あたしに会いたかったの?」
 気になることは聞いておく。
 これ大事。
 
「アンケートだけ毎回、びっしりと書き込んで来るのに、楽屋に顔出ししないとか、水臭いと思ってな」
 そういうことね。
 
 会いたかった、と言われたのも驚いたけど、一々アンケートをちゃんと読んでることにも驚いた。
 
 でも…あれ?
 ニックネームで記入して、住所も電話番号も書かなくて良かったから、『スーラ』って書いてたのに、ホントに気づいたのかな?

「お、推し活とはそういうものです。線引きは必要って……アンケートって読んでるんですか?」
 気のせいだ。ん。そう。
 
「読むよ。しっかり全員で回し読む。『スーラ』さんのアンケートは、みんな楽しみにしてる」
 マジか?!
 うわっ!
 初日にアンケート用紙を持って帰って、何日も推敲して。
 楽日に出すのを常として、結構びっしり書いてたのに。

 勢雄さんは、あたしの頭に手を伸ばしたけど、触れずに引っ込めた。
「折角キレイにしてるのに、弄ったら勿体ないか」
 …別にいいのに。
 
──
 
 大学卒業後は、プロダクション・テルルで働くことになった。
 一度だけ病院で会ったゲーム屋さんは、あたしのことを覚えてなかったけど、勢雄さんと一緒の時に会ったって話で思い出してくれた。
「公開前に、先輩クリス落とした子だ!」て、なんかそれ人聞きが悪くない?

 んで、会社では目下、『デイムメイカー』のパズルゲーム化が企画、進行されているらしくって。
 データの救済措置――つまりはリサイクルなんですね。

 あたしの心の支えであり、青春の光(笑)だった『デイムメイカー』への扱いが、お手軽パズルゲームと化すのは癪に障りはするけれど、今一度陽の目を見るのですね!……って、言ったら「陽の目、見たっけ?」って、社員さんたち?!自社製品だよ!酷くない!

――――
 
 歓迎会のこぼれ話で聞いたところ、『デイムメイカー』には当初、クリス様攻略ルートどころか、声がつく予定はなかったらしい。
 セイレンの父親ってだけのモブ扱い。
 
 処が、件のゲーム屋さんが、勢雄さん曰く『うっすい縁』で引っ張って来たことで、一部の開発さん、シナリオさんその他にやる気の火をつけた、と。
 だから、パッケージにクレジットもない扱いだったんですねー、としみじみ。
 お酒を注がれようとしたけど、「飲めないんで」って断っちゃった。
 ………。

 パズルゲームな『デイムメイカー』には、まあ思うところは色々ありはするけれど、勢雄さんの新録のお声が聴けるのなら、それはそれで嬉しい。
 そしたら、面白がったゲーム屋さんが「勢雄先輩を口説き落としてくださいよ~」って。
 いや、無理じゃない?
 あたしにそんな力はなくってよ?
 分かってます?あたし、入りたてのペーペーですよ?
 
 てか、会うの?
 会っていいの?

 この間の舞台から、まだ三ヶ月もたたないのに勢雄さんは次の舞台に出演していた。
 今回は客演とはいえ、間が無さすぎませんか?道理でご実家には全くもって現れないわけだ。
 しっかり初日は観たんだけど。
 
 そしたら、ゲーム屋さんが打ち合わせを兼ねて、就職祝いでもしてもらいなさいって、金曜日のソワレのチケット付きで、勢雄さんと会う約束を取り付けてくれた。
 千秋楽の前日だから、二連チャンですね。
「『新人』の『女の子』を『一人』で『夜』に行かせるのは大いに気が引けるんだけど、次の日は休んで良いから楽しんできて!」
 てか!次の日、土曜日ですよ?お休みですよね?だまされてる?あたし。

 夜、かあ。
 なんとなく、お酒を検索してみる。
 へえ…カクテル言葉なんてあるんだ。
 ……
 『真意が知りたい』プレリュードフィズ
 『胸の痛み』カカオフィズ

 や、カクテルあるお店とは限らないし!
 知ってるとは限らないし!
 第一、お酒のお店とは限らないし!
 
 あたし、どうしたいんだろう?

───

「おう、またせたな、就職、おめでとさん」
「どわっ!もう!何度言ったら!」
 この人、自分のお声の破壊力を知ってるのかしら?
 相変わらずの、耳への直接攻撃の御褒美。
 
「デイムメイカーの続編を作るんですよ!」
「……はぁ?そんなに売れてないだろ?」
「はい!悲しいくらい売れてないです!なので、今回は流行りのパズルゲームです!キャラの使いまわしです!新規録音、宜しくお願いしますね!」

 勢雄さんは、くすくすと腰を折って笑い出した。
「だよな。…ったくブレねーな。で、メシでいいか?」
「あたし、初めては勢雄さんって決めてたんです!」
 
 何を言ってるんだ?あたし。
 ほら、勢雄さんたら、笑うのも忘れて豆鉄砲食らった鳩になってるじゃない!
「お酒!お酒飲みに連れてってください!」
 咄嗟に口から出たけど、間違ってない。
 ん。合ってる。
 合ってることにしてください。

「…あ、あーね。もう、そんな勘違いさせるようなこと言うもんじゃねーぞ?」
 頭…ぽん…ぽん…。
 ……
「勘違い…するの?」
 ぽん、ぽん。
 
「世の中の男が、だよ。おっさんだから間違いにならないんだぞ?」
 両手を腰にして、偉いぞポーズ。

 ……ふん、勘違いしろよ。

 大将のお店みたいな居酒屋さんを予想してたら、ホテルのバーに連れていかれた。
 勢雄さんが、都内でお仕事の時に宿泊しているホテル。
 昔の役者仲間がフロントさんで、内緒で自由が利く……って、内緒で何するの!って聞いたら、帰れなくなった役者さんを(追加料金で)泊めてあげたりできるくらいの融通が利くんですって。
 持つべきものは仲間だね。

 そんな感じで、あたしの初体験の夜が始まったのです。
 
「なに、ニヤニヤしてんだ?気持ち悪いな」
「気持ち…!失礼だな!」
「やーらしーこと考えてんじゃねーぞ。こういうところの方が、いらん火種をつけねーんだ」
 って、言われて、ああ、この人は気の良いおっちゃんじゃなかったんだと思った。
 
 この人は、メディアに顔出ししている、特殊な人なんだ、と。

 

8・二十三夜

(9/10)
 
 触り慣れない感触に、違和感を覚える。
 冷たい、硬いシーツ。
 家…ではないな、ならどこなんだ?

 恐る恐る、薄目を開ける。
 睫毛の隙間から、明るい光が差し込んでる。
 夜…だった筈、だよね?

 ──知らない天井。
 病院…と似てるけど…ホテル?
 ホテル?!
 
 シーツの感覚がダイレクトに太股に当たってるんだけど…頭だけぐるっと動かして、壁に、着ていたはずのスーツが、ご丁寧にハンガーに掛けてあるのを見つける。

 えっとぉ…

 一人掛けのソファーに座り、眠っている勢雄さんが目に入る。

 やっちまったんでしょうか?
 自分を肌掛けの中で確認すると、大きなTシャツを着ている。
 勢雄さんの出ていた舞台のタイトルが書いてあるやつ。
 え?もしや、勢雄さんの、Tシャツでは?
 昨日着ていたタンクトップ…………パンツは履いてる。
 ……

 記憶を辿ると、二杯目に口をつけた所でぷっつりと途切れている。

「気分はどうだ?吐き気はないか?」
「どわっ!だから、耳元はやめてくださいって!」
 てか!正面から、耳打ちって!
 いつ目を醒ましたんですか!
「ん、元気そうだな。良かった」
 勢雄さんはそのまま、ベッドに腰かけた。
 
 あたしの耳元で惜しげもなく商売道具イケボで囁く。
 ありがたや…じゃない。

「すいません!ご迷惑をおかけしました!」
 ベッドの上で、土下座する。
 
「いや、俺の監督不行き届きだろ。具合悪くなければいいさ。あ、親御さんには連絡しといたぞ」
 親?とな?
「親…どうやって?」
「ん?入院中に交換したぞ?知らなかったのか?」
「知りません!…っの、母め…いつの間に」
「それより、姿勢は戻し給え。あちこちから、色々覗けるぞ?」

 勢雄さんの言葉に、自分の姿を見ると、大きなTシャツの首から胸が丸見え(タンクトップだけどね!)で、太股も晒している。
「……がっ!お、お粗末様ですっ!」
 と、慌てて肌掛けにくるまる。
「なんだそれ」
 笑いたければ笑えば良いさ。
「喜んで頂き、ありがたき幸せでございますぅ」
 頭からすっぽり被ってしまった肌掛けの隙間から勢雄さんを見れば、笑いながら──微笑みながら、あたしを見てる。

 ねぇ?そんな顔されたら期待しちゃうよ?

「じゃあ、俺はシャワー浴びてくるから、着替えちまいな。劇場小屋入りの三時までなら遊んでやる」
ソワレの時って、三時入りなんですか?!ご迷惑じゃないですか?!」
「迷惑なら提案しないさ。楽な格好がいいなら買いに行ってもいい」
「え、いや。着てきた服で充分でございます」
 ふっ、と笑い声をあげて勢雄さんはベッドから立ち上がり、スーツを渡してくれた。

 浴室からの水音を聞きながら、スーツを眺める。
 ……着替え、させてくれたんだよね……
 胸…足…ぜーんぶ見られてるの?
 
 改めて色恋の頭数に入ってないことを、実感して、目頭に熱が走り、鼻の奥が痛い。
 あーあ。
 ダメじゃん……

 てかさ。思うのよ。
 恋人でもない男の人に、こんな風に扱われちゃって、この先あたしは別の人と恋愛できるのかしら?
 基準が勢雄さんになっちゃうのって、どうなんだろ。
 いっそ。
 いっそ、貰ってくれたらいいのに────

 スーツに着替えて、大きくため息を吐いた時、勢雄さんが浴室から現れた。
 幾分湿った髪だけど、きちんと浴室で身支度してる。
「なんだ?大きなため息だな。幸せが逃げていくぞ?」
「…ふっ、勢雄さんだけあたしのパンツ姿を見て、ズルいなって思ったんですよ」
「俺のパンツが見たいのか?」
「そう言う訳でもないですけどね」
 我ながら、訳の分からないことを言ってるのは自覚してます。

「で?どうすんだ?なにする?なにしたい?」
 矢継ぎ早に聞かれて、特にしたい事もないのに気づく。
 あたしもシャワー浴びたいけど、それは家に帰ってからしろ、って止められた。
 気持ち悪いかもだけど、我慢しとけって。
 やっぱり、勢雄さんはズルいな。

「勢雄さんって、何でバツイチなの?」
「儲け話を避けたからじゃないか?ただでさえ不安定な職で、安定から逃げたからな」
「ふぅん…大人は大変だね」
「君もその大人の仲間入りしたんだろ?」
「そうだった…!」

 馬鹿話が楽しい。
 打てば返るって、こんなことなのかな。
 心地好い遣り取りリズム

「メシでも、茶でも、取りあえず出るか」
「このままここで、おしゃべりでもいいですよ?」
 少し間を空けて、言葉を掴んだ勢雄さんが言う。
「いや、出掛けよう。腹へった」
 その姿に、なんかもやっとした。
 いらっとかな?うー!

「人目を避けたいんですか?二人きりは避けたいんですか?どっちなんです?」
 考えなしに口をつく言葉。
 責めたい訳じゃないのに、これじゃあ、責めてるみたいだ。
 
 勢雄さんは、おっきな溜め息をついて、手で顔を覆った。
 いつもの余裕綽々の表情は見せてくれない。
 指の隙間は開いていて、あたしを見てるから、睨み付けてやる。

 エアコンの自動風量の強さが変わる音がして、冷たい空気が止まる。

 あたしは、勢いをつけて勢雄さんをソファーに押し倒して、馬乗りになって
 ───勢雄さんの、唇にキスしてやった。
 
 軽く、触れるだけのキス。
 こんなんで、何か変わるなんて思ってない。
 そんな簡単に堕ちる人ならばこんなにも抉らせてはいない。

 ただ、貴方を想っているのだと、刻みつけたかった。
 深く、深く刻み付けることが出来ればいいと、浅はかなのは百も承知。

「やめとけ」
 冷静な勢雄さんの声。
 大好きな、勢雄さんの声。
 こんな、困った顔をさせたかった訳じゃない。
 
 自分の意思とは関わり無くかってに流れ出る涙。
 泣きたくないのに。
 
「なんで、どうして…あたしは、ファンでいたかったのに…どうして…試すみたいな…握手会なんかしたんですか!」

「あー…それは、謝る。すまん。久しぶりにおまえさんと話したかったんだ。申し訳ない」
 
「へっ…?」
「…ぐぉ!」

 素直に謝られて腰が抜けて、あたしは勢雄さんのお腹の上に体重を落としてしまった。

「ごめんなさいっ!」
「…勘弁してくれよ。夜公演ソワレあんだぞ?」

 そう言って、勢雄さんの手はあたしの頬に延びた。
 尻餅で止まった涙の跡を拭ってくれてる。

「おまえさんが、二十年早く生まれてきてくれてたらな」
「それなら、勢雄さんが二十年遅く生まれてきてくれてもよかったんじゃないですか?」

「「でもそれじゃ絶対会ってない」」
 あたしたちは大笑いした。

「そろそろ下りて貰えませんかね」
 て言う勢雄さんに、なんだか悔しいから想いっきり抱きついてあげた。
 
──── 
  
 祝福の、鐘が鳴る。
 祝福の、花が舞う。
 祝福の、鳥が飛ぶ。

 祝福の…、
 …祝福の…、
───祝福…。

「なんて顔してんだ」
「別に、何でもないですよ」
「折角の晴れの日だって云うのに、仏頂面はよせ」
「泣くの堪えてるだけです。お化粧剥げちゃう」
「泣きたいのか?」
「ダメですか?」
「いや、別に」

いつもの軽口。
いつもの笑顔。
そう、いつもの。
今日は、あたしの結婚式だ。
幸せ、だ。

「じゃあ、後でな」

そう言って、扉を出ていく勢雄さん。
思えば、長い付き合いになったな。

あれから───
 病院で出会ってから十年……

「それにしても、芸能人と知り合いなんて、びっくりしたよ」

私の隣で、微笑む彼。
勢雄さんとは違う。
熊みたいなおっきい体。
あたしをちゃんと抱き締めてくれる人…

「スゴいでしょ?」
自慢気に微笑むと、しゅんとしてる。
もう、仕方ないな。
「雲の上の人だよ…」
って、彼の頭を抱き締める。

彼の頭を胸に抱いて、
ごめんね。
これで最後にするから、今だけ勢雄さんを思わせて。

 ────初恋には、厳重に蓋をして、
でも、キレイなリボンを掛けて、
胸の奥に仕舞っておくから。

そう決めたのに、笑うんじゃねえよ。
挫けそうになるじゃん。

……ばーか。

泣きそうになってるあたしの頬を、彼のおっきな手が包んだ。
 
 
 

 
 

 
 
 
 
 
 

『独り言ち──月読/ツクヨミ』side;勢雄

(10/10)
 
 本心を幾重にも入れ子する。
 そんなこと、ずっと当たり前にやって来た。
 それが、罷り通る職業──役者。

「あんた、いつまで弥依ちゃんほっとくの!そんなんじゃ、かっさらわれちゃうわよ!」
 お袋よ…世間様に顔向けできる年齢差だと思ってるのか?アイツの両親は、俺より年下なの!

 ───けど、
 ひどく雑に、そのくせ頑丈に梱包された、本心の行き場は、お袋たちの言う通りにすれば、丸く収まるのだろうか?
 
 複雑に寄せ集まってキレイな紋様を作る寄木細工で作った絡繰魂箱。
 俺の中で確実に存在して、
 俺は手に取ることが出来なくて、
 戸棚にしまって眺めてる。
 
 例えば…
 アイツと二十年前に出会ったとする…
 
 ……ダメだ、俺、結婚してた。
 ──二十年前の俺が、今のアイツに会う…
 想像つかねー。

 多分、1ミリも興味は沸かない。
 そんな気がする。

 ────

惣羽田 五月そうだ いつきさんです!4月吉日に披露宴です!つきましてはその司会を是非、勢雄さんにお願いします」
 正月を控えた日、俺を珍しく呼び出したアイツが言った。

「俺は高いぞ」
「そこはほら、おともだち価格で、ね?」
「友達だったのか?」
「もー、勢雄さんのいけず!」

 ちら、と彼女の横に座るソイツを見ると、熊のぬいぐるみを連想させる。

「嘘だよ。ご祝儀だ」

「惣羽田さんは、造園のお仕事してるの」
 ……ああ、そうか…
 なるべき縁、てことか。

 それだけ言うと、彼女は彼の隣で運ばれてきたジュースに口をつけた。

「…あの…すいません。ぼく、アニメとか疎くって…でも…間違ってたらすいません。『夏椿のはなのいろ』に出てませんでしたか?武将の役で」
「チョイ役だったのに、よく知ってるな?」
 で、隣の女、なんで自慢気に頷いてる。

「チョイ役だなんて!有名武将じゃないですか。あの武将の最期って、歌舞伎とかでも見せ場になってて、こう、派手な感じで。でも…あなたの最期は、静かで、本当に全てを見切ったみたいで、印象的だったんです」
 
 ウンウン、と彼女は大きく頷いて、
「流石、勢雄さんのお芝居よね」
「おまえ、ドラマもチェックしてたのか」
「当たり前じゃないですか、勢雄さんですよ?」
「…ったく、おまえは俺のなんなんだよ」
「ファンですけど、なにか?」
「あーソウデスカ」

「ぶっ!あはは!勢雄さんて渋い顔して、ノリいいんですね」
 と、隣の彼が吹き出した。

「勢雄さん、笑われてますよ?」
「おまえさんだろ?」
 
 と、笑いすぎて咳き込み出した彼に、彼女はすっと、水とハンカチを差し出し、背中をたたく。
「ほら、落ち着いて」

 俺は、届かなくて行き場の無くなった、自分の手を見ていることしかできなかった。
 
「君、早まったんじゃないか?」
 ちょっとだけ、嫌み。
 女々しいな、俺も。

「何かに打ち込めるのは、いいことです」
 真っ直ぐな瞳。
 一拍おいて、見つめ合い、笑い合う二人。
 
 …………良かったな。
 

「いいお式だったねー!まさか私たちまで呼んで頂けると思わなかったよ!弥依ちゃんキレイだったね!」
 
「俺様の司会の賜物だな」
「はいはい」
 
「そうだねぇ。ホントに弥依ちゃん、キレイになったねぇ。――でも、君もキレイだよ」
「…まあ…」
 
「……なにやってんだ、バカップル」
「バカップル上等。羨ましいでしょ~お兄ちゃん」
「そうですよ。地元商店街でも『勢雄の長男が弥依ちゃん棄てた』って、盛り上がってますよ」
「棄てたって…」
 
「だから、さっさと捕まえとけって言ったのに。愚図愚図してるから。自業自得だよ」
「お袋!だから、そんなんじゃないって!」
 
「まあ、そんな時は!」
「楽しく呑もー!」
「おー!」
「……呑みたいだけじゃねーか」

見上げれば、──蒼い月。
 グラスに浮かべて、幻を飲み干す。

「弥依ちゃん、いいこだったね」
「……お袋。──ああ、そうだな」
 
「あんなにキレイになって。惜しい?」
「──ああ、そうだな」
 
「一緒にお酒呑みたかったなぁ」
「えっ……。あ、ああ、そうか」

 
「……おや?財布でも失くしたかい?
 …………全く、仕舞い込み過ぎだよ。
 ──大切だった?」
 
「……ん、大切だ」
 

 

── 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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